揺らぐ視界に
*この小説はフィクションです。実在の事故・人物とは一切関係ありません。
病室に一人、玲央はいた。玲央はベッドから身体を起こした状態だ。なにをしているのか。ただ自分の手を眺めていた。その手は震えている。恐怖や喜びからくる震えではなかった。
(なんなんだ。止まってくれよ。畜生)
心の中で呟き、片方の手で震える手を抑えて、止めようとする。それでも、震えは止まらない。そんな時、不意に扉を叩く音が聞こえてきた。
「はい」
玲央は応答した。すると、貴美が入ってきた。
「玲央くん、調子はどう?」
貴美は心配そうに問い掛けた。玲央は咄嗟に震える手を隠した。
「だいぶ調子がいい」
玲央は答えた。玲央の言葉に貴美は安心する。
しかし、玲央の体調は良くなかった。手の震えは勿論、未だに頭痛は続き、時々視界が二重に見える現象まで起きていた。手術を受けたはずの玲央の症状は良くなかった。寧ろ、悪化しているように玲央は感じていた。
「これなら早く退院出来るわね。良かったわね」
玲央の本当の状態を知らない貴美は明るく言った。玲央が本当の事が言えないまま、時間は過ぎていった。
暫くして、貴美が病室を出ていった。玲央は思っていた。
(治ったんじゃないのか? これじゃ、役立たずじゃねえか。なんのための手術だったんだよ。どうすればいいんだ)
どうする事も出来ない自分の身体に嘆くばかりだ。だが、気持ちをなんとか落ち着かせるために病室を出ようと、ベッドから出た。その瞬間、玲央は酷い目眩を起こした。余りの目眩に体勢を崩し、倒れそうになってしまうが、咄嗟にベッドの柵を掴んで体勢を立て直した。そして、やっとの思いで病室を出た。目眩のせいで足元がふらついた状態で廊下を歩く玲央。壁や手摺りを頼りにどこかへと行こうとしていた。そんな玲央を見かねて、ある人物が近付いてくる。
「あの、大丈夫ですか?」
その人物は、あの時悲惨な現場にいた医師だった。医師の名は柳。彼は救命科に所属している。なぜ救命科の彼がここに居るのか。それは、ここの病院の一員だったのだ。偶然なのか、それとも……。
柳に心配の声を掛けられた玲央はふらついたまま歩き続けていた。柳を無視、しているのではなく、視界に入っていなかった。声は聞こえてはいるが、それどころではなかったのだ。油断すれば、倒れてしまうと危機を感じていた。
「大丈夫ですか? 手を貸しましょうか?」
柳は言うが、玲央は応えない。見ていられなくなったのか、柳は玲央に手を貸した。その瞬間、玲央は振り払った。そして、柳を睨みつける。あまりにも突然の事だったせいか、柳は動揺した。
「邪魔、しないでくれ」
玲央は柳を振り切って歩いていった。柳は玲央の背を見つめた。もしかしたら、持病を抱えているのかもしれない、手を貸すことが出来たらと思っていたのだった。
____
それから、玲央はある場所に辿り着いた。そこは、売店だった。エレベーターで向かえばいいものの、階段を使って売店の階まで降りた。ふらふらの足取りだったせいか、転びそうになりながらも手摺りを掴んだおかげで転倒せずに済んだ。だが、それでも油断を許さない。売店に着いても尚、目眩は治まっていなかった。玲央は売店でノートとペン、ティッシュを購入した。会計が終わると、ふらついた足取りのまま病室へと戻った。
病室に戻ると、テーブルに買ったものを置いた。目眩は治まっていた。玲央はベッドに腰かけて、先ほどの症状はいったいなにかをふと考えた。もしかしたら、手術は失敗したのではと医師を疑うまでに思い始めていた。
そんな時、病室の扉を叩く音が聞こえてきた。玲央は返事をした。入ってきたのは玲央を執刀した医師の鹿島だった。
「今大丈夫ですか」
鹿島は問い掛けた。
「はい」
玲央は答えた。その後、玲央は鹿島から幾つかの質問をされたり、今後の生活についての事を聞かされた。手術は成功したが、数日は経過観察入院。退院出来たとしても数週間は通院しなければならないらしい。玲央はその時、身に起きている症状は話さなかった。話してしまったら、と考えてしまったからだ。
「黄山さん」
鹿島の呼びかけに我に返った玲央。今の状況を忘れてしまうほど考え込んでいた。
「大丈夫ですか」
玲央は再び声を掛けられる。
「すみません」
玲央は謝ると、聞き逃したところを聞いた。そうして、時間は過ぎていった。
玲央は知らなかった。とんでもない事が起きていることを。これから起きることを。
次話更新は4月19日(日)の予定です。




