真実と罪悪感
週連載の予定ですが、体調不良続きでもしかしたら隔週になるかもしれません。
その時になったらお知らせします。
それは、ゲームが開始される数日前に遡る。八月十四日の午前。
その日は、茜音が紫弦の手によって殺された翌日でもあった。
某隠れ家にて。
「なんだ? この名前、初めて見るな。誰だ?」
携帯を操作し、ある画面を目にすると、急に目を細める男は呟いた。その男は不意に何を思ったのか場所を移動し、一台のパソコンが置かれているデスクの前に立った。そして、椅子を引き、腰を下ろした。パソコンを立ち上げる。
真っ暗な画面のパソコンが起動するまでさほど掛からなかった。起動するまでの間、男は片手で持っている携帯を操作した。それは、ある情報を得る為だった。しかし、先程の名前の情報しか得る事が出来なかった。
パソコンが起動すると、男は手に持っていた携帯をデスクに置いた。そして、キーボードを触って操作し始めた。
「さあ、何が出てくるか。楽しみだ」
男は呟くと、不敵な笑みを浮かべた。その場には男ただ一人しかいなかった。掛け時計のカチコチと針が動く音とキーボードを叩く音だけが響き渡っていた。
数十分後、ようやく何かを得たのだろうか。パソコンを弄っていた男が動きをピタリと止めて、再び不敵に笑った。不敵な笑みはさっきと比べると、不気味さを漂わせている。
「ようやく、見つけたぞ。大神 涙。水川市内在住。まずは、水川市内からだな。近いうちにゲーム再開だ。待ってろ、お前ら」
男は誰に言うわけでもない独り言を口にした。そして、再びパソコンのキーボードを操作し始めた。あらゆる情報を得て入念に計画を立てる。それがこの男、紫弦の邪道なやり方。
何を企んでいるのかは紫弦に立ち向かった茜音さえ分からなかった。ただ、人の命を奪う事をゲームとして楽しんでいるという事だけは分かった。
「よし、この方法で殺ってやろう。ハハハハハ」
突如、紫弦は独り言を呟き、狂ったように低い声で笑い出す。
それから、座っていた椅子からゆっくりと腰をあげ、その場から離れた。一分もしないうちに隠れ家は静まり返り、誰もいなくなってしまった。
***
突然の紫弦からの電話に驚かされた涙、玲央、翠。電話が切られると、三人がいた事務所内は気まずい空気に包まれた。
「チッ。くそが!」
玲央は怒鳴り声を上げた。紫弦に対して、怒りを抑えきれないのだ。それは、翠も同じだった。ただ、玲央とは違い無言だ。
そんな中、涙は一人混乱していた。なぜなら、紫弦が指定した水川市内は涙の住んでいる市だった。ちなみに今居るビクターライフの事務所は水川市から十数キロ離れている小金井市だ。そんな離れた場所を指定したのに違和感をも覚えていた。
「おい、大丈夫か?」
「え!」
涙は耳に届いた玲央の声に我に返った。
「だ、大丈夫です」
涙は咄嗟に返事をした。
「涙ちゃん、水川市に住んでいる。おそらく」
翠が思い出したかのように言葉にした。
「何だよ、またそこから狙うのかよ!」
玲央は直ぐに事の状況を把握し、声を荒げる。
「それってどういう事ですか?」
涙は二人の言葉と今の状況が理解が出来なかった。すると、二人は無言になり、真剣な表情でお互い見合わせた。そして、ほぼ同時に涙のほうを振り向いた。二人が涙に向ける表情はどこか悲しみを浮かべていた。
「あの、なんですか?」
涙は不思議に思った。玲央が動き出す。
「翠、悪い。涙ちゃんに説明してくれ。俺、行ってくるわ。何か分かったら教えてくれ」
玲央は翠に声を掛けると、背を向けて、事務所を出て行ってしまった。玲央が涙の名前を読み間違えているのにも関わらず、涙は気にしないでただただ呆然と立ち尽くしていた。
***
玲央が事務所を後にしてから数十分。玲央はある場所に辿り着いていた。そこは、大きな建物で十字マークがあった。
(まだ、目を覚めないままなんだよな)
建物を見上げるも、どこか浮かない顔をしながら、心の中で呟きつつ歩を進めた。
数分後、『黄山怜太』と書かれたプレートの部屋の前で足を止める。深呼吸して中に入ると、そこには一人の男が機械に繋がれて眠っていた。
「兄貴、来てやったぞ。兄貴……」
玲央は眠っている男のすぐ近くまで来て声を掛けた。部屋には玲央の兄の黄山怜太がいた。怜太はある事故がきっかけで長らく目を覚ましていない。所謂、植物状態だ。その状態だと認識していても、玲央は怜太の顔を見る度に沈んでしまう。その理由は目を覚まさない状態が続いているからというのもあるのだが、唯一の血の繋がりである兄が、昔から玲央に対して優しかったのを思い出す度にどうしてこうなってしまったんだという悔やみからだった。玲央はいつか目を覚ましてほしいと思い、不定期ではあるが、ここに訪れているのだ。
「あれ、玲央くん? 久々ね。元気だった?」
不意に女性が病室に入ってきては玲央に声を掛けた。玲央はその声に振り向いた。
「あ、すみません。俺、帰ります」
「ちょっと待って。怜太くんに会いに来たんでしょ。居ていいのよ」
玲央は女性を見ると、余所余所しくなり、その場を去ろうとするが、女性は玲央の腕を掴んで呼び止めた。
「叔母さん、すみません。俺、用事があるので。また来ます」
その女性は玲央の叔母の貴美だ。貴美から逃れるように苦笑い気味で退出した玲央。玲央の背に向ける貴美の視線はどこか寂しそうにしていた。
玲央は病室に少しでも居たかったのだが、貴美が来てしまった事により、あの時の罪悪感が押し寄せてきたのだ。居づらくなってしまい、結局、事務所に戻る事にした。
***
玲央が兄の場所を訪れる前の事。事務所から玲央が出て行った後、未だに事務所内に居る翠と涙の間に無言が続いていた。
「あの、玲央さんはどこに?」
無言の空気を断ち切ろうと、涙は話し掛ける。
「嗚呼、病院だ」涙の問い掛けに答える翠。
「病院って事は、まだ、風邪が治っていないんですか?」
涙は玲央が風邪を引いていたのを思い出し、口にする。
「いや、お兄さんのお見舞いって言えばいいのかな」
「玲央さんにお兄さんが居たんですね。どこか悪いんですか? あ、」"配慮"という言葉が頭から離れていた涙は、場の雰囲気をどうか明るく持っていこうと、話を続けようとしていた。しかし、話している途中に察してしまった。
再びその場は無言の空気が流れた。
「実は、紫弦が仕掛けるこのゲーム。最初は茜音、レオ、そして俺の身内の人間の命が狙われたんだ。全員、親は失ってしまったが、レオの兄と俺の妹は命が助かった。けど、レオの兄は意識が戻っていないんだ」それを聞いた涙は衝撃を受けた。
「もしかして、私の身内も狙われるって事でしょうか?」涙は問いかける。
「そうだ。だから、次に狙われるのは涙ちゃんの身内かもしれない。いきなりで悪いと思っているが、俺たちに自宅と身内が行きそうな場所を教えてくれないか?」翠が申し訳なさそうに涙に問い掛けた。
「は、はい」
涙は戸惑いつつも、素直に返事をしてしまった。
次話更新は9月16日(日)の予定です。