不意に訪れる開始の合図
「涙ちゃん。君はここに残ってくれないか。先に話しておきたい事があるんだ」
翠がそう言って、何分が経っただろうか。その後、翠はパソコンを弄るばかりで、場には沈黙が流れていた。話をしない翠に涙は不信感を抱き始めた。暫くして涙は耐えられなくなった。
「あの、話って何でしょうか?」
涙は問い掛けるが、反応がない。唐突に涙が椅子から腰を上げて、翠をじっと見る。ただ待つだけだ。
「よし、どこから話そうか」
漸く、パソコンを弄っていた翠が声を発した。翠は悩んでいた。
「あの、話ってなんですか?」
「あ、悪い。今から話す」
翠は不意に弄っていたノート型パソコンと茶封筒を持って立ち上がった。涙のほうに近付き、向かいの椅子に座った。
「最初に、この封筒の送り主の紅 茜音の事だ。多分だけど、もうこの世に居ないかもしれない」
「どういう意味ですか?」
茶封筒を見せてやっと話を切り出した翠だったが、予想していたものとは遥かに違っていた事に涙は戸惑った。
「信じてもらえないかもしれないんだけど、この間のニュースの犠牲者はおそらく茜音かもしれない」
翠は説明するように言うが、その言葉に涙は更に困惑する。
「涙ちゃん、今から話す事はレオには言わないでほしい」
翠が意を決して話を切り出した。涙が了承したと思い、翠は直ぐさまパソコンを彼女のほうに向けて、映っていた映像を見せた。
その映像とは涙が耳にしたニュースだった。
「これって、テレビでやっていたニュースですよね」
涙が確かめるように言った。
実際、テレビではどこのチャンネルでも分かるように放送されていた。
廃墟での火災。涙は映像を見せられると、即座に朝の記憶を辿った。
身元不明の遺体が発見されたと言っていた。
「もしかしたら、この犠牲者が茜音かもしれないんだ」
確かではないが、翠にとっては悟っていた。紫弦が関わる事ならば。
「でも、決まったわけでは、」
「実のところ、ビクターライフに居た茜音が最近になって、行方が分からなくなっていたんだ。昨日、連絡は取れたんだが、奴が、」
翠は長々と語るように話す。
『奴』という翠の言葉に涙は引っ掛かった。
「あの、奴って誰なんですか?」
全く話が掴めないばかりで、涙は疑問が浮かぶばかりだ。
「ああ、その事なんだけど、ここから先が長くなる」
翠は、表情を歪ませながら言葉を口にした。
________
それから、どのくらい経っただろうか。
「要するに、その紫弦さんに勝てば、全てが終わるということですね」
翠の話を理解したように、涙は確かめるように言った。
「半分は茜音とレオから聞いたことになる」
翠の話によると、数年前に突如、茜音に仕掛けられた人々の命をかけたゲームが始まった。それを仕掛けた人物が紫弦だという。茜音は紫弦のゲームが嘘ではないと思っていた。予想通りにメディアで次々と人々の命が犠牲になる事故が多発。この時、翠は不可思議な事故などの多発により疑問を抱いたという。だが、家族が巻き込まれたことによりそれが事実だと思うようになった。
そして、後に翠は知り合いだった茜音と玲央の三人で『ビクターライフ』という組織を設立したらしい。その事務所でひっそりと活動しながら、紫弦と戦い続けている。そのおかげか少しずつ犠牲は減ったらしい。その最中で起こった火災。茜音が犠牲になってしまった可能性があるところまで。
ただ涙が鍵になる人物だということは知らせなかった。
ざっくりとした話だったが、長話だったこともあり、いつの間にかお昼過ぎになっていた。
「それじゃ今日の話はこの辺で。お昼にしようか。レオも起こさないとだし」
唐突に話が終わり、翠は事務所内にあった掛け時計を見て、話を切り替えた。
「あ、いや。今日はもう帰ります」
しかし、涙は家に帰る事にした。
「もしかして、用事がある? それなら、長話して悪かった」
「そういうわけではないんですが……」
涙は言葉に詰まってしまった。そして、軽く頭を下げ、その場を後にしようと背中を向ける。
その時だった。
「また、明日来れる? 力になってくれると助かる」
「申し訳ないんですが、明日はバイトで……」
涙の言葉に難しい表情をする翠。その表情が涙にとってはどこか深刻さを物語っていたように感じた。
あの話の後だ。信じない事も出来るが、それが嘘だとは思わなかった。
「あ、明後日。来れます! また、この時間に伺います」
その言葉に翠の表情が晴れたように変わった。
「ありがとう。その時にレオも交えて話をしよう。実はまだ話せてない事があるんだ」
「はい」
涙は返事をすると、事務所を後にした。ソファに横になっていた玲央を見つけて起こさないようにそっと出ていったのだった。
***
「私が居れば、勝てるかもしれないって、どういうことですか?」
あれから、二日。涙がビクターライフを訪れた翌日はバイトでだった。そのせいか、一日のほとんどが潰れてしまった。
次の日、涙は再び訪れた。玲央が早く風邪が治ったと聞き、三人で話をしていた。
「可能性ってだけで、まだ決まった訳じゃない」
玲央は言った。
「まあ、その通りなんだけど。茜音がそう言っていた」
玲央の言葉を言い換えるように翠は言った。
「根拠はあるのかよ。つーか、まだアカネの居場所は掴めてないのか」
玲央が突っかかるように言うが、二人は黙っている。
「なんだよ。まだ見つかってないのかよ。俺が見つけてやる」
玲央は二人の様子になにかを察した。話を無理矢理打ち切り、その場を離れようとした、その時だった。
「レオ、待て。見てほしいものがある。茜音は紫弦の犠牲になったかもしれない」
翠が玲央を呼び止めた。
「は?」
玲央は思わず声を出してしまう。
翠は素早く自分のデスクに向かい、ノートパソコンを開いた。ある映像を玲央に見せた。先程、涙に見せた映像だ。玲央は映像を観ると、目を丸くした。
「おい、ここって。まさか」
「そうだ、あの時のだ。だから、可能性として茜音はここで犠牲になったかもしれない」
「くそ、アカネを守ってやれなかったのか」
玲央の反応が映像を見た瞬間、あからさまに変わった。悔しがっていた。
「この場所は最初の犠牲者を出した場所から近い場所だ」
翠が説明するように言った。
「もしかすると、新たに犠牲者が増え続けるかもしれないのか」
「嗚呼、そういうことになるかもな」
それから数分の事だった。
不意に携帯が鳴り出すが、翠と玲央は気付いていない。気付いたのは涙だけだった。なぜなら、携帯は涙が抱えている鞄の中にあったからだ。二人は会話に夢中になっていた。涙にはそっちのけで未だに話し続けている。涙は鞄からそっと携帯を取り出し、発信者を確認した。
「あの、すみません。電話なので出てもいいですか?」
画面を確認し、発信者に一度は疑問を抱く涙だが、二人に断りを入れて出ることにした。
「おう」
「気が付かなくて悪い」
涙の言葉にハッとして振り向き、それぞれが言葉を発する。二人の返答に涙は座っていた席から立ち上がり、その場から少し離れた。そして、電話に出た。
「もしもし」
第一声を発する涙の声は若干震えていた。
『大神涙か? 御前がアカネが残した切り札って奴か』
電話越しから篭った男の声が聞こえてきた。突然の事で涙は戸惑いをみせる。
「あの、あなたは誰ですか?」
涙は怯みはしたものの立て直し、問い掛けた。
『俺が誰かって? 笑わせてくれるじゃねえか。アカネって奴から何も聞いてないのか? この際、教えといてやるよ。俺は霧崎紫弦だ。覚えておけ』
「し、紫弦さん!」
電話越しの男の名を聞いた涙は思わず大きな声を出してしまった。その声に翠と玲央は視線を向けた。それと同時に玲央が動き出す。
『その反応じゃ、俺を知ってそうだな。話が早、』
「おい、紫弦。てめえ、アカネを殺ったんじゃないだろうな!」
突如、紫弦の声に突っかかる玲央。
『紫弦』という言葉を耳にした直後、涙から携帯を奪い取ったのだ。
『その声はレオだな。その事は眼鏡が居るんだから分かっているはずだろ?』
玲央の言葉に嘲笑う紫弦。
「くっそ、どこまで卑劣な野郎なんだよ。紫弦、てめえだけはぜってえ許さねえ!」
紫弦の声を耳にした途端、突っかかる玲央。
『おいおい、以前よりも随分感情的になったな。まさか、』
「うるせえ! つーか、てめえがこの子に何の用だよ!」
『おー、そうだったな。御前と眼鏡が居るならちょうどいい。よく聞け。三日後に水川市内のある場所だ。出来るなら止めてみせろ。ゲーム再開だ』
そこで電話は途切れてしまった。
次話更新は9月9日(日)の予定です。