不利
*この小説はフィクションです。実在の事故・人物とは一切関係ありません。
「チッ、彼奴はまだ生きているのか。面倒だな。けど、あの時を呼び起こして、致命傷を喰らったのは確かだ。そう長くは持たないだろ」
独り言を呟くのは紫弦だ。紫弦は舌打ちをし、苛々を吐き散らすかと思ったが、そんな事はない。冷静になっている。そして、不敵にニヤリと笑みを浮かべた。
紫弦はなにを考えているのだろうか。きっと、誰もが知らない卑怯な事を企んでいるのだろう。
座っていた椅子から腰を上げると、歩み出す。誰も居ない隠れ家にコツコツと革靴の足音が響き渡る。十歩辺りだろうか、不意に足音が止んだ。
「再びこの計画を実行するが、今度は上手くいく。いや、成功させてやる」
その言葉はやけに決意が込もっていた。不意に紫弦は肩を震わせた。なにを想像しているのか。恐怖かそれとも興奮しているのだろうか。それも直ぐに分かった。
「ハハハハハハ」
突如、低い声の嗤いが辺りに響き渡った。興奮で奮えていたのだ。人の命を狙うゲームを仕掛ける紫弦という男は残酷な考えをしている。想像もしたくない出来事が起こっているとはいえ、それが立て続けに起こっているとは、ある人物たちを除いて誰もが知らない。
「これからが本番だ」
紫弦は何度目かの呟きを口にすると、ポケットから煙草を取り出し、口に咥えた。どこからか持ち出したライターを取り出す。そして、煙草に火をつけると、吸い始める。煙が出始めた。
それから、紫弦は出口の方へと歩いていってしまった。
暫くして、隠れ家は不気味な静けさを漂わせた。
***
「えーと、次は駅ですか?」
「そうだ。奴の次の狙いは車両だ」
翠と涙はそれぞれ言葉を口にする。
現在、二人はある駅に居た。
『新津駅』という少しばかり、有名な駅。勿論、二人も知っている。だが、そこには一緒に来ているはずの玲央は居なかった。玲央は二人とともに事務所を後にしたのだが、忘れ物があると言って事務所へと戻ってしまったのだ。その忘れ物は二人が知らないモノで、知られてはいけないモノでもあった。しかし、戻りに行ってから時間が経っていた。そんな事も気にせず、翠と涙は歩を進める。
「車両、ですか?」
唐突に涙は問い掛けるように言葉を口にする。飛行機の次は車両という、乗り物ばかりの狙いにも不思議に思っていたのだが、それだけではない。空港での出来事から次の狙いが予想している事とは異なる可能性も有りうる。その事に翠は気付いていないはずがなかった。
「コレだ。おそらく、奴はコレを起こさせるつもりだ」
翠は一枚の紙を涙に差し出した。その紙には新聞記事が載っており、見出しとして大きくこう書かれていた。
『車両脱線事故発生』
この事故は過去に起きた出来事。それがこれから再び起きると翠は予想していた。紫弦は翠がこの事を予測出来るだろうと考え、敢えて言わなかったのだ。
しかし、涙はそれを見ても納得はせず、頭になにか引っかかっていた。狙いが本当に車両なのか、と。
そんな事を他所に翠は駅構内へと向かっていた。涙はその後を黙ってただただ着いていくばかりだった。
____
それは、突然の事だった。翠の携帯に電話が掛かってきた。
「もしもし」
翠は躊躇うことなく、電話に出た。涙は翠の様子から電話の相手が予想出来た。おそらく玲央だろうと。
「突然どうしたんだ、柚葉」
しかし、涙の予想は外れた。玲央ではなく、翠の妹の柚葉だったのだ。
「ん、それで? は? なにを言ってるんだ! ここには来なくていい。いや、来るな」
様子を伺っていた涙は翠の言葉に目を丸くして驚いた。翠は落ち着いて話していたが、不意に怒鳴り始めた。
「取り敢えず、ここに来るな」
翠はその言葉を発した後、電話を切った。
「あの、柚葉さんですか?」
「そうだ。取り乱して悪かった。アイツ、後で従兄弟と一緒にここに来ると言っていたんだ」
涙の問い掛けに直ぐに答える翠だったが、表情は思わしくない様子を見せていた。それは、妹の柚葉が原因らしい。
依然として、状況は良くないが、それが徐々に最悪な方向へと進み始めていた。
***
一方、玲央はというと、二人とともに事務所を後にしたはずだったのだが、あるモノを忘れて事務所に取りに戻っていた。二人と事務所を後にして、十数後の出来事だ。
(また起こったら誤魔化せねえから、思い出して良かったぜ)
玲央は心の中で呟き、溜め息を一つ零す。また起こるとは頭痛の事だ。あの強烈な痛みがいつ起こるかも分からない状態だ。
それを意味する忘れモノとは薬だった。棚の奥に隠していた処方箋と記載された紙袋を手にする玲央。なぜ、態々隠す必要があるのか。二人に言ってしまえばいいものの、隠す理由には玲央の考えと今の現状にあった。
一つは二人の心配を掛けまいと、隠していたこと。特に涙に。涙は玲央が事故に遭った時、一緒に居た。もし、倒れてしまったら、涙は責任を感じてしまうのではと思っていた。
誰のせいでもない。紫弦の仕組んだ罠だ。強いて言うならば、紫弦が悪いと言っていいだろう。
二つ目は紫弦があの時の事を繰り返そうとしていることだ。これは只事ではない。ただ繰り返されようとしているわけではない。次々と起こされるせいか、休んでいられない状況だった。
「チッ。こんな時に限って、」
玲央は紙袋の中身を確認し、不意に呟く。中身は当然、頭痛を抑える薬が入っているが、運悪くもう直ぐ切れようとしていた。忘れたままにしていたら、再び強い頭痛が起こり、二人にバレていただろう。
玲央は紙袋を手にすると、薬を貰いに病院に行くことした。上手く事が進まない事をこの時思わなかった。
それから暫くして、玲央は病院に着いた。薬を貰う為に来たのだが、診察を受けなければならない。その為、一階の外来受付を直ぐに済ませるつもり、だった。しかし、そこである人物を目にする。
「や、やべえ」
玲央は思わず声に出してしまい、咄嗟に引き返そうとするのだが……。
「あら、玲央くん?」
見つかってしまった。玲央が目にした人物は叔母の貴美だった。だが、玲央は逃げるようにその場から立ち去ってしまう。本来ならば、立ち去る事はない。その理由は兄の怜太のお見舞いに来るからだ。今は違う。誤魔化せるかもしれないが、紫弦から来た予告を阻止するためには早く終わらせたかった。
そのまま、薬を貰わずに翠と涙が居る場所へと急ぐ事にした。
貴美は玲央の背を心配そうに見ていた。
着々と計画を進める紫弦。
追い詰められる三人。
どうなる!?
次話更新は9月15日(日)の予定です。
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