出会いの始まり
※登場する人物によって名前の呼び方[読み方]が違ってきます。
一人の少女が伸びをしながら、部屋の窓際にいた。朝日を浴びているが、まだ少し眠気が残っているようだ。ぼんやりとしている目を擦っている。
彼女は、今年で十九歳。もうすぐ、大人の仲間入りだ。
名前は大神涙。髪の毛は短めで、年齢よりも幼いとよく言われてきた。まだまだ好奇心旺盛。高校を卒業した後、就職をしたものの僅か二ヶ月で辞めてしまった。その後、アルバイトをしながら、就職活動をする日々。幾つかは面接まで辿り着くも中々採用されない。アルバイト生活になっていた。実家暮らしだったが、両親はなにも言わなかった。涙は焦らずゆっくりと次の職場を探すつもりでいた。
朝日を浴びた後、自分の部屋から出て、顔を洗うために洗面所へ。そして、リビングへと足を運んだ。すると、母の瑠璃子の姿があった。軽く挨拶をする。
「今日、バイトあるの?」
涙の声に気づいた瑠璃子は不意に問い掛けた。
「今日はない。休み」
涙が瑠璃子の問い掛けに答えた。瑠璃子はそれ以上何も言わなかった。
『次のニュースです。昨夜、二十三時頃に都内の廃墟で火事があったとのことです。焼け跡からは一人の身元不明の遺体が発見され、』
突然、リビングにあったテレビからニュースが流れ始めた。
「最近、こういうニュース多いのよね。事件なら物騒だし、事件じゃなくても見たくなくなっちゃうわ」観ていた瑠璃子が呟いて、その場から去ってしまった。尚もテレビのニュースは流れ続けていた。
涙はそのニュースに関心はなかったものの耳だけを傾けていた。瑠璃子の言うとおり、最近事故が多発している。死者は出ていないものの、激しい跡が残されている事が多々あった。今回みたいな火事で焼け跡が大きかったり、交通事故で衝突が激しかったりと、色々と起きていた。それも今回は死者が出てしまった。
(何が起きているのだろう)と涙は不思議に思う。
「そういえば、涙宛てにこんな物が届いていたわよ」
先ほどリビングから出ていってしまった瑠璃子が不意にA4サイズが入る、大きな茶封筒を持ってきた。涙は茶封筒を受け取ると、真っ先に宛て先を確認した。
『大神 涙 様』
宛て先には涙の住所と名が書いてあった。裏返してみた。そこには見知らぬ住所と『紅 茜音』という人物の名前が書かれていた。
「どういうこと?」
全く理解出来ない物に驚く涙。
「お母さん、これなに?」
茶封筒に目を通しながら、聞いてみたが、返事はなかった。リビングを見渡すと、瑠璃子は居なくなってしまっていた。そのまま、キッチンへ足を運んだ。
瑠璃子は油で汚れているお皿を洗っていた。
「お母さん、これなに?」
涙は問い掛けるが、返答はない。お皿を洗っていたせいか、蛇口から出る水の音で聞こえていなかったようだ。瑠璃子は蛇口を捻り、水を止めた。
「それで、なんだって?」
「これってなに?」
涙は再び問い掛けた。
「涙宛てに来てるんだから、また面接の結果じゃないの?」
当たり前のように言う瑠璃子だったが、涙には心当たりがなかった。
それ以上何も聞かず、涙はキッチンを後にした。
茶封筒を手に持って自分の部屋に来た涙はベッドに体を預け、天井に視線を向ける。
数分間、茶封筒を天井にかざして中に入っているものが透けて見えないか確認した。中を開けようとはしないが、気にはなっていた。
そして、ベッドから飛び上がった。突然、なにを思ったのか、涙は無造作に茶封筒の端をビリビリと破って開封した。入っていたのはA4サイズの紙二枚だけだった。たったそれだけのものに涙は少しがっかりした。
紙を手に取ると、一枚目にはこう書かれていた。
『大神 涙 様
貴方の力が必要です。助けてください。もし宜しければこちらの事務所に来て下さい。
ビクターライフ 紅 茜音』
一見、怪しい文書だが、一切気にしない涙は黙読する。そして、二枚目に目を通す。二枚目には地図が記載されていた。暫く地図を見続けていた。
それから、数分後の事だった。
(休みだし行ってみようかな)と内心呟いたあと、出掛ける準備を早々と済ませた涙だった。
***
「ビクターライフ。ここかな?」
約一時間後、涙は地図を頼りに電車を乗り継いだ。そして、目的地に到着した。辿り着いた場所はいかにも怪しい看板が建っていた。
『ビクターライフ』という看板に、涙は一瞬不審に感じてしまう。なぜなら、本当にここが例の場所なのかと疑った。戸惑うも、意を決して一歩踏み出した。
不意に涙は事務所のインターホンを鳴らした。しかし、反応はない。
「留守、なのかな?」
反応がなく、涙は思わず独り言を呟いた。数分しても反応なかった為、アンティークっぽいドアノブに手を掛けて開けようとする。すると、簡単に開いたのだ。
「あの、すみません。誰かいませんか?」
涙は申し訳ないと思いつつも、ドアを開けてなかに入った。中は薄暗く、不思議な雰囲気を醸し出していた。ここまで来てしまった以上、後戻り出来ない。
「お邪魔しまーす」と涙は小声で発し、歩を進める。
すると、先客用にとテーブルとソファが置いてあった。ソファに目を向けると、一人の男が仰向けで寝ていた。涙はビクッと肩を震わせた。なぜなら、寝ていた男に恐怖を感じたからだ。目は腕で覆い隠されていて、よく見えなかったが、普通ではないと感じさせた。
涙は勇気を振り絞って、忍び足で男に近づいていく。その時だった。
突然、涙の足元で物音がした。驚いて飛びあがった涙は男の様子を伺う。
男は目を擦り、再び寝始めた。間一髪だ。
もう一度、静寂に包まれようとしていたかに思えたが、男がなにかを察したのだろうか飛び上がった。目を覚ましてしまった。
「誰だ!」
「は、えーと」
涙は戸惑い慌てる。言葉が上手く見つからない。涙の挙動不審の姿に男が睨みつける。
「あ、あの。これ。私のところに送られてきて……」
涙はそう言って、思い出すように鞄から例の茶封筒を取り出して見せた。男は警戒しつつも強引に受け取り、茶封筒を開けた。
出てきたのはA4の紙二枚。一枚目には文書、二枚目には地図が記載されていた。それに目を通すのにさほど時間は掛からなかった。
数十秒すると、男が涙と手元の紙を交互に見やる。そして、口を開いてこう言った。
「おい、これなんだ? アカネがこんな文章打つわけないだろ。ゴホッゴホッ」
男は文書を不審に思った。
「そう言われても、」涙は困り果てる。
「つか、お前は誰なんだ? ゴホッゴホッ」先程から男は咳をしている。風邪を引いているようだ。
「えーと、私は」
涙は男の言葉に答えた。男の顔に怯えてしまう。
「まさか! ちょっと待ってろ」
涙が何かを話さなければと必死になっている時、男が茶封筒の裏側の送り主をじっと見ていた。何かに気付いたのか、事務所の奥へと行ってしまった。
時折、男の咳が涙の耳に届いた。
時間はあっという間に過ぎていき、涙がその場に残され、十分が経っていた。しかし、一向に男は戻ってこない。事務所の奥で何が起こっているのかも分からない。
涙の視線は事務所の奥へと向けられ、数歩だけ進む。そして、奥を覗き見る。事務所内は薄暗かった。覗き見しても、よく見えなかった。一歩一歩忍び足で進むことにした。
進むとそこには一室の前に着いた。涙はさっきまでは気付かなかったが、扉は閉まっていた。だが、隙間から若干の明かりが洩れ出していた。涙は聞き耳を立てる。
『もしかして、前に俺に頼んでいたのにはこうなる事を予想していたのかもしれない』
『まじかよ。それなら鍵となるあの子に協力してもらわないと。けど、危険な目には合わせたくねえな。ゴホッ』
涙は会話に耳を傾けていた。その会話は途中で途切れてしまった。不意に足音が扉の前に居る涙に近づいてきた。
(隠れなきゃ)
咄嗟に涙はそう思い隠れようとしたが、遅かった。
扉が開いてしまった。
『あ、』
涙は扉を開けた男と目が合ってしまった。その瞬間、二人の声が重なってしまう。そこで涙は背筋が冷たくなるのを感じた。男をよく見ると、金髪で耳にピアスをしていて、今にも殴りかかってきそうな表情をしていたからだ。実は、先程までソファに居た男だった。
「お邪魔しました」と涙は言って、早急にその場を逃げ出そうとした。その瞬間、男に腕を掴まれてしまった。
「この女の子が例の子か?」
『例の子』という言葉を発したのは、デスクでパソコン操作している緑縁眼鏡をかけている男だった。
「そうだ。ちょうどいいところに来た。ゴホッ。涙ちゃんだっけか? 今から大事な話があるから、よく聞くんだ。ゴホッゴホッ」
いかつい男は明るい調子の声で涙に話しかけた。
「涙、大神涙です!」
涙は名前の読み間違えに声を張り上げる。若干だが、声が震えていた。まだ、男の存在に怯えていた。
「レオ、その前に休んどけ。咳が酷くなってる」
緑縁眼鏡の男が玲央という名らしい男に気を遣って休むように言った。
「風邪、ですか?」
「そうそう。こいつさ、嗚呼、俺は緑川翠。で、こいつが黄山玲央。昨日の夜、凄い雨だったのにも関わらず、レオは傘も差さずに外に飛び出していったんだ」
翠という男は嘲笑いながら話す。
「うるせえ! アカネが、」
玲央が怒鳴り声を上げたが、突如倒れた。
「だ、大丈夫ですか?」
「嗚呼、大丈夫。って倒れるくらいなら大丈夫って言えないか。熱もあるんじゃないか。暫く休め。それからだ」
涙は玲央に問い掛けたのだが、答えたのは翠だ。そして、翠は再び玲央に休むように言った。
「分かった。ゴホッゴホッ」
玲央は立ち上がって、部屋をフラついた足取りで出ていく。
「涙ちゃん。君はここに残ってくれないか。先に話しておきたい事があるんだ」
「はい」
翠の言葉につられて、涙は返事をした。
次話更新は8月26日(日)の予定です。