笑いと迫り来る現実に
今年初めての更新です。
壁と天井が真っ白の色で統一された場所。そこは病院。その病院は先程まで怜太の病室に涙達が居た病院でもあった。その一階にある、外来の待合室。そこには順番に診察を待つ人、既に診察を終えた人などが待合室の椅子に座っていた。
そこに、交ざっている涙が居た。涙はある人を待っていたが、その様子はどこか浮かない顔をしていた。
涙がなぜここに居るのか、どうして浮かない顔をしているのか。
それは、数十分前の時間に戻る。病院の少し離れた場所に涙と玲央が居た。突然、玲央の携帯に電話が掛かってきたのだ。その相手は紫弦だった。玲央は電話で周囲に気付いていなかったのだろうか。突然、道路に飛び出そうと足を一歩踏み出した。
その瞬間だった。玲央の真横まで車が来ていた。涙が危険だと知らせたが、時すでに遅し。
玲央は車と衝突してしまった。その後、玲央は意識を失い、病院へ運ばれた。その病院が直ぐそこにあった、先程まで涙達が居た病院だった。
そんな事もあって、涙は玲央を心配していた。
「涙ちゃん! レオは大丈夫なのか?」
翠は急いで駆けつけたせいか、息を切らしている。そんな翠は先程まで病院に戻っていたはずだったが、連絡に気付かずに玲央が運ばれた後、玲央達のところへ向かおうと外に出ていた。しかし、玲央と涙は見つからず、二人とすれ違いになってしまっていた。
その後、涙の連絡にやっと気付き、道を引き返して、病院へと駆け足で戻った。
「それが、」
玲央を心配する翠の言葉に涙は言葉に詰まる。
「とりあえずレオのところにいこう。レオはどこにいるんだ?」
「あ、えーと」
涙は答えようとするも、言葉が中々出てこない。なんと言えばいいのか言葉を探している。すると、涙の様子に翠は嫌な予感が過ぎった。
「まさか、レオもお兄さんと、」
その嫌な予感とは、玲央が怜太と同じ最悪の事態になってしまったという事だった。
「違います!」
しかし、涙は真っ先に大声で、否定をした。
「今、玲央さんの居る場所へと案内します」
涙は座っていた椅子から立ち上がった。翠は前を行く涙の後をついていった。
数分もしないうちに、二人はある場所についた。そこは『黄山 玲央』という名が書かれたプレートの病室の前だった。
「この状況はやっぱり、」
翠は独り言を呟く。
「大丈夫です。玲央さんは無事です。ただ、」
涙は翠の呟きに答えるかのように言う。大丈夫だと言われたものの、翠は未だに不安そうな表情を浮かべている。
「とりあえず、中に入ろう」
翠はそう言うと、扉をノックをした。中からの応答を待たず、直ぐに病室の中に入っていた。翠が中に入ると、ベッドに玲央が居た。
翠は最悪の事態を予想していたが、玲央は身体を起こし、平気そうな顔をしていた。しかし、玲央の顔には痛々しい傷が処々にあった。頬にはガーゼや絆創膏が貼られており、頭に包帯が巻かれていた。
「おい、レオ。涙ちゃんから聞いたぞ。大丈夫なのか?」
玲央の姿を見て、翠は問い掛ける。
「死ぬかと思ったが、怪我や打撲だけで済んだ。ははは」
玲央は答えると、乾いた笑いを浮かべた。
あの時、不意の飛び出しに車が迫ってきていたことに対して死の恐怖を感じてしまう程に危険だった。だが、強い衝撃を受けて、一瞬意識を失ったものの、幸い命に別状は無かった。
それでも、強い衝撃を受けたのには変わりない。平気な顔をしていても、障害が残らないとも言い切れない。
「笑い事じゃないだろ。無事で良かった。だが、無理はするな。それに、今後も油断をするな」
玲央の笑いに翠は真剣な表情で忠告した。
「分かってる。でも、まさか彼奴の狙いが俺だったとは思わなかった」
そう口にする玲央に翠は無言になり、真顔で聞いていた。その意味は今回の一件で、何か知っているのだろうか。はたまた気楽な玲央に呆れて、なにも言えなくなっているのだろうか。
翠がそんな気だという事も玲央は気付かずにただただ笑って話している。自分の身に起こった事に一瞬の死の恐怖を感じていた事も忘れて。
そんな時だった。
「あの、すみません。私のせいで玲央さんが……。本当に、本当にすみません」
突然、涙が二人に向かって謝罪の言葉を口にした。
「いやいや、涙ちゃんのせいじゃない。あれは、彼奴に気を取られていた俺の自業自得ってやつだから気にしなくて大丈夫だから。な?」
玲央はそう言って、翠のほうを向く。
「そうだな」
翠が相槌を打つ。
確かにあれは玲央が紫弦に感情的になったのが原因だったと言えるだろう。勿論、それを利用した紫弦も悪いと言えよう。
だが、ここまで玲央が涙に気にするなというのは自分の行動を反省し、責任を感じてほしくないと思っていたからでもあった。
「でも、私が翠さんの言葉を忘れて、外に出たのが、」
「ああ、もう気にするなって。あの時、涙ちゃんの言葉に気付けなかったら、もっと最悪だったかもしれない。ありがとな」
涙の言葉に玲央が御礼を言った。御礼を言われて、涙はなにも言えなくなってしまった。
「話が変わるけど、これからどうする?」
「嗚呼、それなら大丈夫だ。一応、検査と様子見で入院って事になってるから数日で退院出来る」
翠の問い掛けに玲央は答える。
「そうか。なら、その後に動けるか。でも、油断はするなよ。強い衝撃だったって、」
「分かってる」
翠は忠告するが、玲央は軽い返事で済ませた。その返事に翠は一瞬眉間に皺を寄せた。
「じゃあ、一旦事務所に戻る。策を練りたいし、また来る」
「おう」
その会話を最後に、翠は病室から出ていこうとするが、その場から動かない涙を見やった。
「話したい事があるから、涙ちゃんも事務所に来てくれないか?」
「は、はい」
翠と涙はそう会話をし、病室を後にした。
この時、二人は近い将来に起こる事を知らなかった。
***
「俺の計画が上手くいったみたいだな」
独り言を発したのは紫弦だ。実際には、言葉通りに上手くいったとはいえない状況なのだが、紫弦は知らなかった。
「それにしても馬鹿だなアイツ。気が狂って俺の言う通りにするとはな。そりゃ殺られるのも当たり前だ。最高だぜ。ハハハ」
馬鹿なのはどっちだと突っ込みたいところだ。なぜなら、紫弦が言うアイツは殺られてはいないのだから。
それすらも知らない紫弦はパソコンのモニターに映っている名前を見ながら、嘲笑っている。そして、その名前の後に✕印を付ける。
「まあ、フェイクだった奴はもうじき死ぬだろ。放って置いても良さそうだな」
嘲笑い続けながら、紫弦は静かに呟く。
『××市』
突然、紫弦がパソコンの画面を切り替えた。映ったのはどこかの市の名前。
これがなにを意味するのか。
「さあ、第二幕の開始だ」
誰に言うまでもなく紫弦はふと言葉にする。そして、肩を震わせる。それは恐怖からくる震えではない。
「ハハハ!」
突如、大声で笑い出した。この男は楽しんでいるのだ。これから始まる新たなゲーム、第二幕の計画を。
次話更新は1月27日(日)の予定です。