黄山 玲央
あの時、俺は兄貴が危険な目に合うなんて思わなかったし、思いたくなかった。今でも後悔をしている。
俺のせいで、兄貴は……。
***
それは突然の事だった。俺の携帯に電話が掛かってきた。
【非通知】という表示を確認すると、俺は電話に出ず、そのまま放置した。
「紫弦を許さない。なんで、こんなことを」
そう言葉にしたのは、ソファに座っている茜音だ。
「本当に人の命を簡単に。紫弦というやつがアカネにゲームを仕掛けた。今回ばかりは嘘じゃないって信じる」
デスクでパソコンを操作しながら、そう話すのは翠だ。こいつは今まで俺たちの言うことに半信半疑だった。紫弦というやつがアカネに人の命を奪うゲームなど有りやしないと。
今回ばかりは信じてくれた。俺たちの親を一気に抹殺するような悲惨な事が起こった。そりゃ、信じるよな。
「そういや、紫弦からは?」
「いや、それがなにも」
俺がアカネに問い掛けると、アカネは残念そうに答えた。
俺たちはこの時知らなかった。
紫弦が次の標的を定めてる事を。
___________
それから、何日か経った頃。ちょうど、俺たちの親の葬式が終わった時だ。
あれから、紫弦からなにもこないまま過ぎていた。
「これ以上、なにも無いと良いんだけど、あいつは絶対やる、そういう男よ」
どこか、俺たちに告げるようなそんな言葉を吐き出すアカネ。
そんな時、それは突然やって来た。油断をしていた俺たち、いや、俺に襲い掛かるように。
突如、着信音が鳴った。その着信音は俺の携帯から鳴り出していた。俺は茜音と翠に構うことなく、電話に出る。
「もしもし、」
『あ、玲央くん。今すぐに白川病院に来てちょうだい』
俺が電話に出ると、電話の向こうで焦ってる様子を見せる貴美叔母さんが大きな声で言った。それは余りにも突然だったせいか、俺は一瞬携帯から耳を離してしまった。《病院》という単語を聞いて、なにが起こったのか気になり、直ぐに携帯に耳をあてた。
「え、なにかあった?」
『怜太くんが。怜太くんが事故に遭って、意識不明の重体だって、』
「え?」
俺は突然の言葉に衝撃を受けた。そして、咄嗟にアカネと翠に目を向ける。二人は俺の視線と様子になにかを察したのか、表情を曇らせて無言で俺を見続けている。
『玲央くん。玲央くん!』
手に持っていた携帯から叔母さんの呼び声が聞こえてきたが、応答する気力を失っていた。
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あれから、結構な日が経っていた。あの時、突然聞かされた兄貴の事故。聞くところによると、交通事故だったらしい。命は助かったが、打ちどころが悪く、長らく目を覚めさないまま状態が続いている。このまま目を覚まさない可能性もあると言われた事もあった。
けど、生きていてほしくて、目を覚ましてほしくて。その一心で願った。それでも、目を覚まさない。
「兄貴、御免な」
機械で繋がれた兄貴を見て、俺は声を掛けた。その声は兄貴には届いているのか。届いてほしい。
病室内はただただ機械の規則正しい音だけが響き渡るように聞こえてくる。唯一、この音が兄貴が生きている証だ。
「玲央くん、来てたのね」
突如、病室の扉が開く音と見覚えの声が俺の耳に聞こえてきた。その声の人物は貴美叔母さんだ。
俺は頭を下げて、その場を去ろうとした。
「玲央くん」
俺の後ろから声が聞こえていても、俺は振り返る事なく、無言で立ち去った。
(本当の事が言えなくて、悪い)
そう思いながら、廊下を静かに歩き始めた。
***
涙ちゃんが来て、初めて俺の電話に、あの【非通知】電話が来た。あの時の事を思い出し、今度は出てみる事にした。すると、予想していたとおりの人物、紫弦だった。紫弦は涙ちゃんの身近な人、湊人さんが亡くなった事を楽しんでいるように嘲笑っていた。
胸糞悪い事言いやがって!
俺は紫弦の事を絶対に許さねえ。
『この前の事は置いといてだな。よく、聞け。御前の兄、死んでるようなもんかもしれねえ状態だがまだ生きてるんだよな。あの時、上手く殺れなかったからな。いいか、次は殺ってやる。今に見とけ。ははは、楽しみだな』
俺はこの言葉を耳にすると、あの時を再び思い出した。同時に奴の言葉になにかが引っ掛かった。なぜ、兄貴が死んでないと分かるんだ?
その疑問を奴にぶつけた。しかし、その答えを聞く前に電話は切れた。
それから、俺はある場所に向かった。
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俺の予想は思いも寄らない形で崩れ去った。紫弦が狙っていたのは兄貴ではなかった。俺の兄貴じゃないとしたら、誰だ?
俺の身近な人物を狙うとしたら……もしかすると、貴美叔母さん?
俺は迷いもなく、叔母さんに電話を掛ける事にした。叔母さんには何かあったら連絡するように伝えたんだが……。
その考えも呆気なく崩れていく事を知ることになるとは思わなかった。
再び【非通知】からの電話。嫌な予感がした。その電話も紫弦だった。不意に紫弦から指示が出た。右を向くと、そこには紫弦の姿が目に映った。
奴を捕まえて、殴ってやりたかった。その感情に飲み込まれ、一歩踏み
出す。
「危ない」
聞き覚えのある声を聞いて、咄嗟に振り向こうとした、その時だった。俺の真横まで車が来ていた事に気付いた。
その瞬間、俺は死の恐怖を感じた。
次話更新は来年1月13日(日)です。