怒りと疑問と
※玲央は涙を[ウル]と呼んでいますが、涙は[るい]と読みます。
玲央が翠と涙のほうへと歩み寄った。
「涙ちゃんを契約させた? 今すぐに無かった事にしてやる!」
突如、玲央が怒鳴り始めた。
次の瞬間、玲央は二人の前のテーブルに置いてある紙を取り上げ、ビリビリと破り始めた。涙はポカンと口を開けていた。
一方、翠は慌てる様子もなく、冷静な表情をしている。その理由は紙を破されてもデータに残している為、平然としていられたのだ。
「そんな事をしても無駄だ。それに涙ちゃんに承諾をもらっている」
「んなこと言っても俺は認めねえ!」
翠が冷静に説明しても、玲央は怒鳴るように声を荒らげるばかり。
「前にも言ったが、このままじゃ俺たちに勝目はない。紫弦のせいでどんどん犠牲が増えていくばかりだ。それは玲央にも分かっているはずだ」
「そんなの分かる! けど、契約させて協力させるのは違うだろうが!」
二人は段々と声が大きくなり、次第には喧嘩にまでも成りかけていた。いや、寧ろ既になっていると言っていいだろう。この状況に涙は戸惑った。
(私の答えが、私の所為でこんな、)
仕舞いには心の中で自分を責めてしまうハメに。
「分かっているなら、協力させるべきだと気付くはずだ。いいか、これは多数の人の命が懸かっているんだ」
「んだよ! それと涙ちゃんを結び付けるな! チッ、クソが!」
玲央と翠の考えが交互にぶつかりあう。玲央は苛々が募って、舌打ちをしながら、近くの壁を蹴りあげた。そのせいで鈍い音が辺りに響いた。
そして、さっき事務所に戻ってきたのにも関わらず、事務所を立ち去ろうと出入口へと向かっていった。
「おい、待て。まだ他に話がある。一旦、落ち着け」
玲央の行動に翠が引きとめようとする。
「は? こっちは話をすることなんかねえよ!」
玲央は落ち着かない。寧ろ怒りが爆発したように言葉を吐き捨て、入口の扉を勢いよく閉めて、出て行ってしまった。扉の音があまりにも大きかったせいで、涙は一瞬ビクッとなり、玲央の怒りに恐怖を感じてしまった。翠は呆れていた。
「あの、翠さん」
「あー、悪いところを見せたみたいで申し訳ない。この話は一旦保留にしておいてくれないか」
涙が声を掛けたが、翠は話を打ち切ってしまった。
「は、はい。大丈夫です。それよりも玲央さんがまた出て行ってしまいましたけどいいんですか?」
「レオは兄が居る病院に戻ったんだと思う」
翠は玲央の向かった場所を口にした。
「戻ったっていうと、あの紫、」
涙は《兄》と《病院》の二つ言葉を耳にしてある事を思い出し、不意に翠をチラッと見た。翠の表情を見て、言葉にしてはいけないような、そんな気がした。
それ以降、二人は会話をしなくなってしまった。
沈黙が流れ始めて、数分経った頃。
「涙ちゃん。実はついこの間、レオの携帯に紫弦から次の予告がきたらしいんだ。俺もその場所に居たが、あまりよく聞いていない。ただこれだけは聞こえた。《御前の兄、次は殺ってやる》と。だから、次狙われるのはおそらくまたレオの兄である可能性が高いんだ」
説明するように翠は言うと、涙はその事実に驚愕した。
「え? でも、お兄さんは、」
「ここのところ、レオは頻繁にお兄さんに会いに行っている。ここに来る前のさっきもだ」
涙は何かを言おうとしたが、言葉を続けようとする翠に遮られてしまった。
「あの、それって本当ですか? 本当だとすると、私、その病院に一度行ってみたいです」
涙は聞き返すように言った。
「レオの言っていたとおり、危険が及ぶかもしれない。それ以前に追い出されるかもしれない。本当は誰も巻き込みたくないと思って、ああ言ったんだ」
「それでも行ってみたいです。お願いします」
涙は真剣な顔だった。
「分かった。レオに追い出されそうになったら、俺がなんとかする」
涙の真剣な眼差しに負け、行くことを決めた。
それから、二人はなるべく急いで、外に出掛ける準備を始めた。
***
ここは病院。ある病室の前には翠と涙が突っ立っていた。涙はある一点に視線を向けている。その視線の先には『黄山怜太』と書かれたプレートがあった。
「ここが、玲央さんの、」
涙はふと呟いた。
翠が病室の扉を開けて、先に入っていった。
「レオ、怜太さんの状態はどうだ?」
唐突に玲央に声を掛ける翠。玲央は兄の様子を見ていたが、翠の声に気付いて即座に振り向いた。
「兄貴は未だにこの状態だ。目を覚ましてくれればいいんだが、きっともう、」
翠の姿を目にした玲央は意外にも驚きも怒鳴りもしなかった。だが、話し始めると、萎れていくように徐々に元気がなくなっている様子を見せた。
「そうか。あれから紫弦からはなにもないのか?」
翠は問い掛けた。
「なにもない。それより、さっきは悪かった。涙ちゃんは帰ったか?」
玲央は事務所内の事を思い出し、言葉を口にした。
「それが、」
玲央の問い掛けに翠は言葉を詰まらせた。
その時だった。
「あの、玲央さん」
突然の声に玲央が振り向く。声のする方へと向けると、そこには涙が立っていた。
「あ、」
涙と視線が合い、玲央が思わず声に出した。
涙は病室の中にいるもののズカズカと入っていかず、扉の近くで立っていた。少しずつ中へと進んで、ベッドの上で機械に繋がれて眠っている玲央の兄の怜太の姿に視線を移した。その怜太の見た目は玲央とは正反対の好青年だった。
玲央と涙の間になにも起こらないように見守る翠。
「さっきは悪かった。突然、紫弦からので動揺してた。それに、」
思いもしない言葉に翠はホッと一安心する。玲央の見た目からは想像も出来ないほど冷静さを取り戻していた。
「あの、それってそこに居る玲央さんのお兄さんが狙われるって事でしょうか?」
「え? あー、翠から聞いていたか。そうだ。俺の兄貴がまた狙われるかもしれない」
玲央は翠を一度見ながら言った。視線に気付いた翠は目で合図を送った。
「紫弦さんはどうやって、ここに眠っている怜太さんを狙うんですか?」
『え?』
不意の言葉に玲央と翠は声を揃えて驚きの声を出した。
次話更新は12月30日(日)の予定です。
もしかしたら、二話分更新と考えています。