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あの日の責任感を抱きながら


「久しぶり、(るい)ちゃん。よく来てくれた」

 (すい)はパソコン画面に目を向け、キーボードの文字を打ちながら申し訳なさそうに言った。

「大丈夫です。最近、来れてなくてすみません」

 涙は言葉を気にせず、自分がビクターライフに顔を出していなかったのが悪いと責任を感じていた。翠は作業に集中している為、涙を気に止める様子はない。ただひたすら文字を打ち込んでいく。

「あの、翠さん?」

 涙は翠の様子を見て呼びかけた。しかし、一向に振り向きもしない翠に涙はムスっとし始めた。


「やっと出来た。涙ちゃん、悪い」

 数分経った頃、翠がボソッと独り言を呟いたかと思えば涙を見て謝った。不意の言葉に何事かと思った涙は目を見開いた。

 翠は座っていた椅子から腰を上げ、一台の印刷機の前へと足を向ける。そして、一枚の紙を手に取る。


「涙ちゃん、今から大事なことを説明するからこっちに座って話そう」

 翠はデスクに戻り、持っていた一枚の紙とノートパソコンをテーブル席に置いて、涙に来るように招いた。

「は、はい。それより玲央(れお)さんはどこに?」

 不意を突かれたように、涙は上擦った声で返事をした。そして、玲央が居ないことを聞いてみた。翠は涙の問い掛けに首を横に振るだけでそれ以降、何も言葉を発さなくなってしまった。

 仕方なく涙は指示されたテーブル席に座り、翠の言葉を待つことにした。

_______


「それで、大事なことってなんですか?」

 涙が椅子に座って待つこと五分程が経とうとしていた。翠は一言も喋らず、ずっとパソコンを弄ってどこか難しい顔をしていた。その姿が涙にとっては何か重要なことを話そうか話さまいか迷っているように見えていた。

「あの、翠さ、」

「涙ちゃん、湊人(みなと)さんを助けてやれなくて本当にすまない」

 涙が翠に呼びかけるように問いかけようとしたその時、翠は意を決して突如深く息を吐いて、謝罪の言葉を述べた。予想外の言葉に涙は一瞬怯む。


「あの、そのことは大丈夫、とは言い切れないですけど、翠さんが謝る事ではないです」

 涙は気持ちを抑えつつも言葉を発した。涙の中には『お兄さん的存在』の湊人との記憶が深く刻まれている。今は無理をして笑うことしか出来なかった。


「それで、いきなりで悪いが今後こういったことを無くすためにこれからも俺たちと協力して紫弦(しづる)と戦ってくれないか?」

 翠はそう言って涙にわかりやすいようにスっと一枚の紙を差し出すように見せた。それを見た涙は驚いた。チラッと翠のほうへと向き、目線をもう一度紙に向けた。


「これってつまり、」

「そういうことになる。力を貸してくれないか?」

 その紙にはいったい何を意味するのだろうか。

 それが、玲央を不機嫌にさせるものだろうと今の涙にとっては知らなかった。


  ***


 ところ変わってここは病院のある一室。そこに玲央は居た。

「兄貴、今度は守ってやるから、だから、」

 機械に繋がれて、眠るように横になっている怜太(りょうた)に声を掛ける玲央。しかし、その怜太は長い間、目を覚まさない。その為、届くことはない。

 それでも、玲央はいつか目を覚ましてくれると信じて見舞いに来たときはこうして声を掛けているのだ。

「兄貴、目を覚ますのを待ってるんだからな」

 玲央は途中まで言いかけていた言葉を最後まで口にする。その直後だった。不意に閉まっていた病室の引き扉の開く音が聞こえた。その音に玲央は扉の方へ咄嗟に振り向く。

 入ってきたのはあの時の女性、貴美だった。貴美は玲央が居ることに気づくと嬉しそうに微笑む。

「玲央くん、来てくれたのね。今度は帰らないで居てあげてね」

「はい、ありがとうございます」

 貴美が優しく声を掛けると、玲央は帰ろうとはせず、その場に居座る事にした。だが、表情は明るくならない。その様子に気付いた貴美は玲央の側まで来ると、丸椅子を持って座った。


「今まで言わなかったんですけど、俺のせいで、兄貴がこんな状態になったんです」

 玲央は唐突に言葉を切り出した。


「あれは事故だったのよ。玲央くんのせいじゃない」

 貴美は怜太の姿を見ながら言葉を口にした。

「けど、あれは」

 玲央は言いかけた言葉を飲み込んだ。その理由は本当のことを言ってしまったら、貴美まで巻き込んでしまうかもしれないと一瞬頭を過ぎったのだ。

「玲央くん、あまり背負いこんじゃダメよ。きっと、怜太くんは自分を責める玲央くんを見たくないと思ってるわよ」

「……」

 暖かい言葉を玲央に掛け続ける貴美に玲央は答えることが出来なかった。



 それから、数十分。

「あの、また明日来ます。兄貴をよろしくお願いします」

 玲央は言った。立ち上がり病室を出て行こうと扉へ向かった。

「来てくれてありがとうね。怜太くん喜んでるわ。それと、今更だけれど、そんなに余所余所しくしなくていいのよ」

 貴美は優しく言うと、玲央に微笑みかけた。玲央は頭を下げて、去っていった。


________


 玲央は兄の怜太が居る病院を後にし、ある場所に向かった。それは事務所『ビクターライフ』なのだが、表情はどこか鋭さを浮かべていた。

その理由は紫弦から来た『兄を狙っている』ということも一理あった。しかし、それだけではないような鋭さを放っている。


(何か、嫌な予感がするな)

 ふと心の中で呟く玲央。


 暫くして、『ビクターライフ』に着いた玲央は扉を開ける。事務所の中はいつも通り静かな空気が流れていたが、何かを感じ取っていた。

 いつもなら翠が弄っているであろうキーボードを叩く音が聞こえてくる。それなのに、今日は何か違っていた。玲央が耳を澄ますと、聞こえてくるのはキーボードではなく誰かと誰かの話し声。玲央は一人の声が翠の声だと分かった。

 もう一人の声は、聞き覚えがある声だが、玲央にとってはここに居て欲しくない人物でもあった。その声のする方へと玲央は進んでいった。

 そして、予想通りした人物が玲央の視界に映った。その人物はちょうど今話し終わり、何かを書いていた。翠はそれが終わるのを待っているかのように黙っていた。


「は? (ウル)ちゃん?」

 どうやら、さきほどの声は(るい)だったようだ。

 突然の玲央の声にハッとする二人。


「レオ来たか。ちょうど良かった。涙ちゃんを契約させたから。協力して紫弦と戦ってもらう」


「は? それはどういうことだよ」

 翠の言葉に衝撃を受ける玲央。


 いったい、どういう事なのか事務所を来たばかりの玲央にはさっぱり理解出来なかった。

次話更新は12月16日(日)の予定です。

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