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雨の日に

 八月十三日 二十二時半 某廃墟にて

 崩れやすい夏の天気のせいだろうか。昼間は澄みきっていた空が、夕方頃から一変し、激しい雨が降っていた。雨は一向に止まない。


 そんな天気の中、廃墟で怪しげな雰囲気が漂っていた。


「おい、どうした? もう降参か? 根性無しだな」

 そう話すのは、霧崎(きりさき)紫弦(しづる)という男。

 紫弦は背が高めで肌が白い。細身の見た目に反して、篭った低い声で嘲笑っている。そして、一点を見下すように、目を向けている。その一点に視線を向けると、そこには紫弦と同年代の女性が這うように蹲っていった。

 彼女の名前は(くれない)茜音(あかね)。肩より下まで垂れている髪に、顔が整っている容姿。しかし、その顔にはとても痛々しい傷が刻まれていた。ボロボロの状態だった。


 茜音は顔を上げて紫弦を睨みつけた。


「あんたなんかに、降参するわけないでしょ」

 紫弦に向かって吐き捨てるように言い切る茜音だったが、その声は若干震えているようだった。


「は? 笑わせてくれるな。今の状況が分かって言っているのか?」

 茜音の言葉に嘲笑ったかと思えば、真剣な表情で問い掛けた。


 紫弦の言葉通り、今の茜音の状況は不利だった。顔は痛々しい傷、更には衣服には血痕の後もある。それに加え、足も負傷していた。

 一方、紫弦は負傷はしていない。寧ろ、余裕だ。紫弦の手には拳銃がある。矛先は勿論、茜音だ。この拳銃の引き金を弾けば、確実に茜音に当たるだろう。そんな状況の中で、茜音はなにも出来るはずがない。

 しかし、そんな茜音は紫弦をチラッと見て、口角を上げた。


「こっちだって考えがあるのよ。切り札がね」

 茜音は紫弦に向かって得意げに言う。


「チッ」

 得意げな言動に苛つく紫弦。言葉に惑わされ、銃を握る紫弦の手が少しずつ動く。

 その瞬間だった。


 突如、銃声が廃墟中に鳴り響いた。


 紫弦が拳銃の引き金を引いてしまったのだ。

 だが、茜音には当たっていなかった。茜音の後ろにある壁に当たり、弾が貫通したのか、小さな穴が空いていた。

 確かに茜音を狙っていた。なぜ、当たらなかったのだろう。その理由は直ぐに分かった。

 紫弦は茜音へ視線を向け、脅しだ、といった。次は確実に殺すからな、と続けて言うが、茜音は平然としていた。


「切り札という言葉に惑わせられるなんて馬鹿ね。あんた、本当に殺す気がないでしょ」

 紫弦と同様に余裕を見せる茜音。


「切り札っていうのは嘘なのか! 馬鹿にするのもいい加減にしろ!」

「嘘じゃないわ。切り札は本当に居るわ。これで、私たちの勝ちよ」

 そんな二人が討論している時だった。


 一瞬、薄暗い廃墟に眩しい光が差した。その時だった。


 耳が(つんざ)くほどの凄まじい轟音が鳴った。その正体は雷だった。


「!?」

 突然の事に茜音は驚き怯む。茜音は雷が苦手だった。

 一方、紫弦は余裕だ。茜音が怯んでいるのを見ると、不気味な笑みを浮かべた。


「おいおい。雷で怯んでいるのか? やっぱり女は弱いな」

 紫弦はそう言って、再び茜音に拳銃を向けた。


「うるさいわね!」

 紫弦に負けじと、怒鳴る茜音。若干だが、肩を震わせていた。


 引き金が紫弦の手によってゆっくりと動く。

 緊迫した空気が流れる中、激しい豪雨の音だけが廃墟に響き渡っていた。


 ついに、紫弦が引き金を一番下まで降ろされる、その直後だった。またもや紫弦を苛々させる出来事が起こった。


 突然、鳴り響く携帯の着信音。音は、放ってある茜音の鞄の中から鳴っていた。誰も手に取らず、鳴り続ける。なぜなら、鞄は紫弦の近くにあった。数十分前に紫弦が奪って、置きっぱなしにされていたのだ。当然、茜音は出ることが出来ない。動こうとすれば、紫弦が拳銃の先を合わせてくる。

 依然として鳴り続ける着信音に紫弦は鞄ごと茜音に投げつけた。上手くキャッチとまではいかなかったものの、携帯が入った鞄は茜音のすぐ手前で落ちた。周りは薄暗かったが、落下音で鞄が手前に落ちたのを確認出来た。それでも、茜音は鞄を手にしない。下手に動けば、殺られると悟っていた。


「おい、出ろ!」

 声を張り上げて、茜音に指示をする紫弦。漸く、茜音は鞄を取った。中を開けて、未だに着信音が鳴り続ける携帯を取り出す。誰からの着信か確認せずに出た。確認しなくても誰かからの電話か茜音には分かっていた。


「もし、もし?」

 茜音は電話に出ると、問い掛けた。その声は弱々しく震えていた。


『茜音、大丈夫か? 今どこにい、』

 電話越しに男性が心配の声を発し、居場所を聞こうとしていた。その時だった。


「おい、レオ。俺だ。アカネの命は残り僅かだ。助けたければ、居場所を突き止めろ」

 男性の声は紫弦によって遮られた。紫弦が力任せに茜音から携帯を奪い取ったのだ。力で押された茜音はバランスを崩してしまう。


『おい、紫弦。お前、茜音に手を出すな。どこに居るか教え、』男性は怒りを紫弦に向け、上手く居場所を聞き出そうとしたが、電話を切られてしまった。


 そして、紫弦が再び銃を構える。


「そんな事しても無駄よ。私たちが必ず勝つ」

 茜音は今から起きろうとしている事に恐れずに言い放った瞬間、廃墟に銃声が重々しく響き渡った。それを待っていたかのように廃墟が再び光に包まれる。直後、雷が轟いた。


 それから、廃墟は静寂になった。



  ***


 茜音と紫弦が廃墟に居る同時刻。 某事務所内に二人の男が居た。


(すい)、どこにもアカネが居ないんだ。居場所を知っているか?」

「知らない。探してるが、中々見つからない。そっちも探してくれないか」


 一人は焦った様子を見せている。その男の名は黄山(きやま)玲央(れお)。通称、レオと呼ばれる男は金髪で耳には複数のピアスで、見た目はそこらにいるヤンキー。その見た目とは裏腹に、根が優しく仲間思いのある性格だ。頼りにされる事もある。

 そんな玲央はなぜ茜音が居ないことに焦る様子を見せているのか。それは前々から嫌な予感がしていた。茜音の身に良かなぬ事が起こっているのではと思っていた。それもあってか、居ないことに焦りを見せている。


「まさか、紫弦が関わっているんじゃないか。だとしたら一刻も早く助けに行かないと」

「そんな事を考えたってまだ紫弦が関わっているか分からないんだ。少しは落ち着け」

 玲央を落ち着かせようとしているのはもう一人の男。

 その男の名は緑川(みどりかわ)(すい)。目には緑縁眼鏡を掛けていて、いかにも頭脳派。初対面にはほとんど寡黙な彼はクールな第一印象を与える。だが、当の本人はクールだとも寡黙だとも思っていない。

 そんな彼の手元にはノートパソコンのキーボードがずらりと並んでいる。目線をノートパソコンの画面に目を向けながら、次々と文字を打ち込んでいく。ちょうど茜音の位置を特定しようとしているところだ。しかし、特定までは上手くいかず、何かに遮られているかのようだった。


「落ち着いていられるかよ。紫弦の狙いがもし茜音の命だったらどうする?」

 翠が玲央を落ち着かせようとしても玲央は焦るばかり。玲央は問い掛けるが、返答はない。翠は作業に集中し、黙々とキーボードをカタカタと叩いていた。


「チッ、くそ!」

 玲央の焦りが苛々に変わっていく。気持ちを落ち着かせようとソファまで歩く。そして、ドカッと勢いよく寝そべった。向きを変えて、天井を見つめる。何かを考え始める。

 一気に事務所内は無言の空気に包まれた。

 ただ時計の針が進む音と外から聞こえる雷雨の音。


 数分くらい経った頃だろうか。さっきまでよりも雷雨が激しくなり、一瞬の出来事だったが、事務所内に雷の光が指した。

 次の瞬間、凄まじい雷鳴が轟く。


 音を聞いた玲央がヤバいな、と呟いた。

 一方、キーボードを操作していた翠は一旦手を止め、窓の方に視線を向けた。


「そうだ、レオ。茜音に連絡は?」

 翠はパタンとノートパソコンを閉じると、玲央に視線を移して、問い掛ける。


「その手があったか!」

 玲央は直ぐにソファから勢いよく飛び上がり、携帯を取り出した。玲央の反応にやれやれといった表情を見せる翠。


 玲央の耳元で発信音が鳴っているが、一向に出てこない。

「電話に出ねえ。まさか、紫弦に殺られたんじゃ、」

 不安になる玲央が思わず声に出した、その時だった。


『もし、もし?』

 電話の向こうで弱々しい女性の声が聞こえてきた。

「茜音、大丈夫か! 今どこにい、」

 どこに居るか状況を聞く玲央だったが、誰かに遮られてしまった。


『おい、レオ。俺だ。茜音の命は残り僅かだ。助けたければ、居場所を突き止めろ』

 その声はさっきの女性ではなく、玲央より低い。玲央にとって不快になる人物、紫弦だった。


「おい、紫弦てめえ。茜音に手を出すな。どこに居るか教え、」

 紫弦が話し終わると、玲央は突っかかるように言った。それが良くなかった。居場所を聞こうとした瞬間、電話は切られてしまった。


「くそっ! 紫弦の野郎許さねえ」

 電話が切れると、玲央は携帯をソファに投げ捨てた。そして、直ぐに事務所の出入口まで駆け、勢いよく扉を開けた。


「待て。こんな雨の中、どこに行くんだ!」

 会話に耳を傾けていた翠は玲央が勢いよく駆け出していった事に驚いた。声を掛けるが、時すでに遅し。

 その言葉が玲央の耳に届くことはなかった。


「茜音、無事で居てくれよ」事務所内の窓から外を眺め、独りポツンと取り残された翠は茜音の無事を願うばかりだった。


  ***


「あいつ、手間取らせやがって」

 言葉にするのは廃墟から出てきた紫弦だ。あの後、紫弦は拳銃で弱っている茜音を撃ち、足で蹴り上げ更に弱らせた。そして、廃墟を出ていった。茜音は追ってこない。

 外はさっきまでの雷雨が嘘のように止んでいた。それに比例するように紫弦の気分も晴れやかになっていった。廃墟に居た時はタイミング悪く、事が進まなかった。今は笑みが零れるほどに余裕を見せている。その笑みは誰が見ても不吉に見えるかもしれない。


「けどな、これで終わりじゃないんだよな。まだ生き残りが居るから始末しなくっちゃな。じっくりと、」

 紫弦は誰に言うまでもなく独り言を呟く。よく見れば紫弦の手には茜音の携帯が握られていた。


「さあ、新たなゲームの開始だ」

 紫弦が呟きが合図のように後ろの廃墟が突如大きな音を立てて爆発した。火は燃え盛っていたが、紫弦は構うことなく歩き出す。

 そして、その場に誰もいなくなった。

次話更新は8月19日(日)の予定です。

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