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ゴミ捨て場

作者: らびふら

午後10時。全ての扉や窓が閉まっていることと、他に人が居ないことを確認して、僕はセキュリティキーをパネルにかざす。

右手には、この1週間で膨らんだゴミ袋を持っている。重たい。

「セキュリティを、開始します。時間内に、出てください」

機械的なアナウンスがパネルから聞こえた後、僕はその横にある扉から外へ出る。そのまま振り返って、セキュリティキーと一緒になっている鍵で施錠する。

中からは、先程のアナウンスが繰り返し流れている。1分ほどでおさまるはずだ。

僕は鍵が閉まっているのを確認してから、ゴミを持ってゴミ捨て場に向かう。

この職場に来てから1年が経つ。初めはおっかなびっくりだった夜勤業務も、鼻歌交じりにこなせるようになった。

セキュリティだって、昔は焦って鍵がうまく閉められなかったりしたものだ。1年も経てばそりゃあ何事もなく終われる。

ただ、問題はこのあとだった。

「…やだなあ」

1人、ドアの前でため息をつく。自然と、右手に力が入る。

これから、職場指定のスペースにゴミを出しに行くのだ。

そこは、徒歩で1分もかからない場所にあるのだが、外灯がない。職場のライトを阻むかのように壁があり、スマートフォンのライトなんかを使わないと転びそうになる。

そしてなにより、1番厄介なのは、この職場のルール。初めて夜勤を任された時に、先輩から教わったこと。

「ゴミ捨て場にゴミを捨てる時は、袋を投げないこと。それと、ライトでゴミ捨て場を照らさないこと」

である。

袋を投げない理由は分かる。破けて中身が散らかるようなことがあれば衛生的にも、回収業者の方的にも迷惑だ。

だが、ライトで照らすなとは?

当時、もちろん理由を聞いた。

「猫とかな、蛇が出るんだよ。明かりに驚いて逃げるならまだしも、襲いかかってきたりするから。危険なんだ」

蛇とか出るなら、すぐにでも何らかの対策をした方がいいのではないかと思ったが、まあそこは、田舎の会社と言うべきか。そのへんの行動が遅い。怪我人が出そうならすぐにどうにかしてほしいものだ。

そんな事を、毎回の夜勤で思う。

ちなみに、今のところ、夜勤で蛇や猫に遭遇したことはなく、また、先のルールも律儀に守っている。

今日も今日とて、途中まではライトを照らし、ゴミ捨て場に続く通路の扉の前でライトを消す。

段差や障害物がないことは昼間の時に確認しているが、やはり、いざ暗闇を歩くとなると不安だ。目が慣れるのにも時間がかかるし。

道幅が狭いため、壁に手をつけながら歩いていく。梅雨時期には素手でかたつむりを押しつぶしてしまい、嫌な思いをしたこともある。

そのまま直進、もう1枚の扉を開けると、燃えるゴミも燃えないゴミも一緒くたになったゴミ捨て場がある。

暗くてよくわからないが、大量のゴミ袋の山があるようだ。

僕はいつものようにゴミを手近な場所に置いた。その時だ。

「ギャッ!」

何かが叫ぶ声が聞こえ、ゴミ袋の山に飛び込んだ。

僕は驚いて、左手に持っていたスマートフォンを落としてしまう。

慌てて拾い上げ、ゴミ袋の山の様子を伺う。

少しして、またガサガサと聞こえたかと思うと、何かが自分に向かって飛び出してきた。身をよじって避ける。ソレは、音もなく着地したようだ。もう目が慣れたので、だいたい区別はついている。

僕は、試しにライトをつけて照らしてみた。

案の定、猫だ。こちらを眩しそうに見つめ、にゃぁと鳴いて外に行ってしまった。どうやら、寝ていた野良猫の上にゴミ袋を置いてしまったらしい。

「なんだよ…」

ほっとして出た一言。そして、扉を閉めようとそのままゴミ捨て場に向き直る。

ライトをつけたまま。

「あっ…!」

先輩の言っていたルールを破っしまった。

慌てて身構えるが、どうやら他に猫や蛇はいないようだ。何かが飛び出てくる様子もない。安心して、扉に手をかけた時、見てしまった。

「…っ! …っ!」

ゴミの山の1番上に、それはあった。

異様な形の生首がこちらを見て、パクパクと口を動かしている。

右目は殴られたようにあざが出来ていて、左目のあるばしょには暗闇が広がっている。

ひたいの皮膚はところどころ剥がれて、頭蓋が見えている。

何より奇妙なのは、その頭の形。左前部分が凹んでいる。その代わり、頭頂部が普通の人よりも高く伸びている。

その生首は、僕を見つめ、しきりに何かを呟こうとしている。

恐怖で動けない僕に向かって、何かを訴えている。

なんだこれは、何を伝えようとしている。

と、その時。ふいに、耳元で声がした。子供の声で、はっきりとこう聞こえた。


「こうたいする?」


それで僕の硬直はとけた。大声をあげながら元来た道を走る。

後ろを振り返る余裕も無く、ただ、外に向かって全速力で。

最後の1歩、足がもつれて、転ぶ形で外へ出た。

地面に激突して変な声が出るも、すぐに立ち上がって走り出す。

ゴミ捨て場とは真反対にある駐車場まで来て、ようやく足を止めた。息も絶え絶え、後ろを振り返る。何もいない。

僕はそれを確認すると、自分の車へと足を運ぶ。

体が重い。なんだか熱っぽい。

車にたどり着き、鍵を開けて中に入る。その動作だけでも疲れが出る。

僕はその日、いつも以上に慎重に帰路についた。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


次の日の朝、吐き気と高熱が出た僕は、職場に電話をかけた。

1日休みをもらうことを伝えるためだ。電話に出たのは、いつも世話になっている先輩だ。

「おう。どうした。キツそうだな?」

「吐き気と、9度5分の熱が出てまして…お休みをいただきたくてですね」

「分かった。伝えとくよ。それよりお前もしかしてさ…」

何か言いたそうにして、先輩は黙った。

僕はなんとなく、向こうが言おうとしている事が分かった。

「すみません。昨日、約束破っちゃいました…」

大きなため息が聞こえてきた。

「そうかぁ…見た?」

「はい…アレはなんなんですか?」

「俺にも分からん。俺も新人の頃、約束破ってライトをつけたら、いた。生首だろ? 気持ち悪い形してる生首。俺より上の人らとかも見たらしい。ただ、アレがなんなのかは分からん。お祓いまでしたが、相変わらずあの場所にいるんだと。まあ、なんだ。あそこはこの建物ができる前からゴミ捨て場として使われてたらしいし…。そんなとこにずっといるってことはよ…」

「アレは本来、もう不要な存在なのだろう」と、先輩は気味悪そうに言った。

その言葉に、僕自身も気持ちの悪いものを感じていたが、それを抑え、半ば八つ当たり気味に先輩に質問をした。

「なんで言ってくれなかったんですか」

「言っても信じねぇだろ普通。2年くらい前までは正直に伝えてたんだが、新人社員が気味悪がって次々やめてくもんでよ。それで、適当な理由をでっち上げることになった」

まあ、確かに信じない。

「本当のこと言わなくて、悪かったな。ひとまず今日は休め」

「ありがとうございます。…あの、昨日のこととか受けて思ったんですけど、ゴミを捨てる時間って、昼間とかに変更したらいいんじゃないですか?」

そしたら、僕のように転んだりしないし、ライトをつける必要も無い。ゴミ捨て場自体、薄暗いとはいえ、昼間の方が夜に比べれば圧倒的に明るい。だが、この名案に対して、先輩はこう返した。



「バカお前、昼間の明るさならライトつけなくても見えちまうじゃねえかよ」

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