5 接近
5話です!
鈴木くんが男になるのか?!
体育倉庫爆破の翌日。その日は休校だった。
もちろん、犯人が捕まったという連絡はなく、知らない人達は不安だろう。俺も犯人を知っているからといって、心にゆとりがあるわけでもない。
俺は、火野桐花からの着信で目が覚めた。
「…もしもし。」
『やっほー、鈴木くん!おはよう〜!』
彼女の気に障る声が耳から耳へ駆け抜けていく。俺はあからさまに不機嫌そうに言った。
「切るよ。」
『なんでーーー?!』
「休みの日くらい、寝かせろよ。」
『平日でーす。もうすぐ9時でーす。世の中の高校生は勉学してまーす。』
こみ上げる腹立たしさを抑えながら、俺はベッドから這い出た。
おかしなテンションのやつのせいで、眠気はどこか行ってしまった。
だが、人に電話で起こされるなんて、初めてのことだ。
「君のおかげで、俺達は勉学しなくて済んだんだけどね。」
『そーそー! 君みたいに、みんなも感謝して欲しいよねー!』
別に感謝したつもりはないが…。俺はくすっと笑い、ベッドの上に座った。
もう、今、彼女が爆弾魔だという恐怖心はない。むしろ、それを受け入れて、素直に接していられる自分がいるのに驚きだ。
今、俺は火野桐花の声しか聞いてない。誰かとこうしてたわいない会話を電話でするなんて。
「それで、何の用?」
『今日、一緒に出かけない?』
「あー、うん。分かった。」
俺がすんなり受け入れたことに、彼女はびっくりしたようだった。少し声が上ずって、咳払いをしていた。
『絶対、断ると思ったー。』
「そりゃあね。協力することになったから。どうせ、普通のお出かけじゃないんでしょ?」
火野桐花は数秒黙って、そうだよと言った。明るいトーンが数段下がる。別に元気じゃなくなったというのではなく、爆弾魔の声になったという具合だ。
さすがに、俺もこの変わり様には慣れた。
『今度、爆破するところの下見がしたいの。』
「なるほど。まあ、大事だもんね。分かった、付き合うよ。」
『やけに親切だな。何かあったの?』
俺は昨日のことを思い出して、途端にかっと顔が熱くなるのを感じた。
あの時…俺は…。
頭を抱えていると、電話越しに彼女が俺の名前を呼んでいた。
『とりあえず、場所と時間は後でメールで連絡しよう。鈴木くんは早く着替えるのね。』
「はいはい。了解。」
電話が切れて、体がどっと重くなった。そのままベッドに横になる。
窓から光が差し込み、多少暖かくなっているが、布団を掛けないでパジャマ1枚だと寒い。
でも、顔を鏡で見たら、きっと真っ赤なんだろうな。
昨日のことが頭から離れず、俺はベッドから動くことができなかった。
昨日、パン屋にて。
俺も火野桐花の買ったパンを食べていた。
すると、彼女が2本ペットボトルをバックから取り出し、にこやかに言った。
「コーラとウーロン茶どっちがいい?」
「コーラ。」
彼女いわく、パン屋の中の自動販売機で買ってきたそうだ。俺のそばにどすんとコーラを置くと、頬杖をついてじっとこっちを見ていた。
何だろうと怪しみながら、フタを開けるとぷしゅううと音をたてて中身が吹き出た。俺はもちろん、顔も学ランも濡れ、コーラの匂いが一気に体中から漂った。
火野桐花はというと、1人でケタケタ笑いながら、お腹を抱えていた。
「はははは! 1回これ誰かにやってみたかったんだよね〜!」
爆弾の話が冷徹極まりなかっただけに、この小学生並のいたずらを、俺はどう受け取るべきか分からなかった。
無言で、ハンカチで顔などを拭き、彼女が次にどうでるか待つしかない。
彼女はウーロン茶を開け、ごくりと飲むとようやく笑いを抑えた。
「ダメだよ、鈴木くん。出されたコーラは疑わなくちゃ。」
「まさか、君がこんな幼稚なことやるなんて想像つくわけないよ。」
やれやれとため息をつき、俺は溢れ出たコーラに手を伸ばしてやめた。
「君は面白いよ。」
そう火野桐花が言うと同時に、俺は彼女が飲んでいたペットボトルを奪うと、一気に口の中に入れた。
なぜ、あんなことをしたのか今でも疑問だが、要するに悔しかったんだと思う。
完全に火野桐花の手のひらの上で転がされ続けている気がして。
俺も一応、男だから。彼女に黙っていろいろされ続けるのは、いくらなんでも―。
その時の彼女はどんな表情をしていたんだろう。
ぷはあと飲み干し、空のペットボトルを彼女のそばに戻す。
「分かってくれる? バカにしてると、俺だって男だから、何するか分からないよ?」
火野桐花はぽかーんと俺を凝視していた。だが、やがてうつむいて、くくくと引きつった笑い声を上げる。
「さすがだね、鈴木くん。やっぱり君は面白い。でも、私を一泡吹かせようなんて100年早いんじゃない?」
すると、彼女は突然立ち上がり、俺の方に顔を近づけ、前かがみになった。
まばたきの一瞬に、彼女の唇が俺の頬に触れた。1秒もないほどの早さで。
そのことに気づいたのは、火野桐花が再び座ってからだ。それまで、自分に何が起きたかがさっぱり分からなかった。
「私の勝ちだな。」
そう言いつつ、彼女も耳を真っ赤にしてうつむいていた。
俺はそうもじもじする彼女をただ眺めていた。普段の女子高校生でも、爆弾魔でもない、俺だけのかわいい姿。
そして、俺も勢いで関節キスしてしまったことを多いに反省した。
はっと気づくと、すでに10時に近かった。
俺は慌てて、ベッドから飛び起きた。
一旦、昨日のことは忘れなくては。今日は下見だ。
俺はクローゼットを開けて、高鳴る胸を抱えて準備を始めた。
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