第289話 『蠱毒・2日目《白と黒の騎士》』
遅くなり申し訳ないです
下手するとすぐに全滅してしまうので(3敗)彼らには幾多の世界線を超えて頑張ってもらいました
やりやがった!コイツやりやがった!
な回です
「まずは第1段階。これで全滅なんてやめてよね?」
傲慢を振り撒き、少女は指を鳴らす。
「【励起:人造生命】。識別符号《上級騎士人形:色騎士》《白騎士》《黒騎士》」
王の号令に従い、騎士が動き出す。
「キミ達の力、見せて貰うよっ! 出陣ッ!」
最初に動いたのは、《黒騎士》だ。
両手に手斧を持ち、全身を鎧に包みながら、まるで獣のようにしなやかに、獰猛に、荒々しく、美しく。
20mはあろうかという距離をほぼ一息に詰める。
『ォォォォォォォォォォォッ!』
「ウェルカァァァァァァァム! 『亜種盾術』ッ!」
たャリリリリリ! と陶器を金属で引っ掻く嫌な音が爆音で響く。《黒騎士》の初撃を【食卓戦争】の1人が大皿型のラウンドシールドで受け止めた音だ。
『ォォッ!』
「ぐぬァっ!」
次の瞬間には、もう片方の手斧で大皿盾の縁を掬い上げるように叩いてカチ上げ、空いた胴体に蹴りを叩き込んで吹き飛ばす。
『ルォォァ!』
「おぼっ」
そして、吹き飛んだプレイヤー目掛けて右の手斧を投げ付ける。
恐ろしい勢いで回転し飛んで行くソレは、ドチャリと鈍い音を立てて眉間に突き刺さり、頭をカチ割った。
『ルァァァァァァァァァァァァァァァッ!』
流石に高レベルプレイヤーとなればそれだけで死ぬ事は無い。だが、大きな隙を晒す事になるのもまた事実。
雄叫びを上げる《黒騎士》は勇猛に追撃を仕掛ける。
「させっかよって!」
「仲間のピンチは僕らのピンチ!」
「だぁかぁらぁ、たぁすぅけぇるぅよぉ!」
そこに割り込んだのは、大きなナイフを薙刀の様に構えたプレイヤー、大きなフォークを三叉槍のように構えたプレイヤー、大きなスプーンを芝刈り機のように構えたプレイヤーの3人組。
ナイフ使いがその射程を活かし、《黒騎士》の前に刃を振るう。それは紙一重で回避されたものの、《黒騎士》の足を止めることには成功したようだ。
「カトラリートリオ! 恩に着る!」
「気にすんなよい! 俺らァ仲間じゃねぇの!」
「そうそう!」
「たぁすぅけぇあぁいぃだぁよぉ」
ヴィィィィィッ! とファンタジーには似つかわしく無い音を奏でながら、スプーン使いの刃がギャリギャリと《黒騎士》の手斧とせめぎ合う。
多少知識があるプレイヤーならば、とてつもないスピードで《黒騎士》の持つ手斧の耐久値が減って行くのがわかるだろう。
引こうにもフォーク使いが虎視眈々と隙を窺っている。生半可な動きでは逆に大きな被害を招く事になるだろう。
「おぉ! 《黒騎士》があっさり止められてる! それに、あのスプーン、面白いね……。今度参考にしよっと」
一方のメイはと言えば、3人による抵抗を玉座に座したまま楽しげに観察している。
その側には《白騎士》が控えたままだ。長剣を抜き、戦闘態勢ではあるもののその場から動く気配は無い。
「ねぇ《白騎士》。キミは行かないの?」
『……』
メイが問かければ、《白騎士》は護衛こそが仕事だと言わんばかりに微かに盾を揺らし、首を振る。
「そっか」
そう呟くメイ目掛けて、数発の魔法と弓矢が襲い掛かる。
『シッ!』
主の危機に対し、《白騎士》の反応は早かった。
長剣を素早く振るい魔法を斬り落とし、盾で矢を防ぐ。
無駄なく洗練されたその動きは、まるで武道の型の様に淀みなく、美しい。
「なるほど、こういう事を心配して残っててくれた訳だ」
首肯はしない。だが、否定もしない。
主へ降りかかる火の粉を払い、《白騎士》は再び黙する。
「うんうん。ありがとうね。けど、僕は出陣って言ったよね?」
『……』
にこりと。だが、どこか恐ろしく。そう言葉を投げかけられた《白騎士》は一瞬の沈黙の後、《黒騎士》に大きく遅れて前線へと向かって行った。
「さてさて、どうなるかなっ」
再び飛来した魔法攻撃に目もくれず、ワクワクが抑えられないといった顔でメイは前線を眺める。それはまるで、待ちに待った番組を見るためにテレビに齧り付く幼子のようで。
そんな彼女の1m先で、飛来した魔法はあっけなく霧散していた。
最後まで、彼女がその魔法に意識を向けることは無かった。
◇◇◇◇◇
カトラリートリオと呼ばれた3人組が《黒騎士》を押さえ込み、ヒーラーやバッファーが彼らを補助する。
1体に5名の人員と言えば少し人数を割き過ぎとも思えるが、ライブラの言う“導き”に従って上へやって来たメンバーは約20名。
ここは敵の居城であり、何があるかわからないため現在は慎重になっているが、数の有利は大きい。
残ったメンバーは様子を見つつ、魔法や射撃、投擲などで玉座に座りこちらを楽しげに眺める少女を狙っていた。
だが、その全てが彼女に届く前に何かに防がれ、消え失せ、弾かれ、傷付けることは無い。
そんな不思議な事象に歯噛みしていれば、近衛兵と言わんばかりに彼女の傍に侍っていた《白騎士》がこちらへと向かって来ている。
「クソ! 増援来やがった!」
流石に20人を2体で足止めするには騎士達には圧が足りない。だが、それを振り切って少女を、それを守る謎のバリアの攻略に専念するには厄介に過ぎる。
しかも、《白騎士》は正統派な騎士らしく攻防一体の堅実な動きを得意としているらしい。
迎撃に向かった【食卓戦争】のプレイヤー達を上手くいなし、1歩ずつ、着実に距離を詰めてきている。
この《白騎士》はカトラリートリオを相手にしている《黒騎士》ほど、攻撃的という意味での圧は無い。
だが、嫌な予感がする。
それはこの場に集う程の上位プレイヤー達だからこそ感じた虫の知らせのような予感。あの白と黒の騎士達を共に戦わせては行けないという、例えるならば2体で1体のボスエネミーを相手にしている時のような。
幸か不幸か玉座の少女はこちらをまるで楽しみにしていた映画を見る子供の様にキラキラとした目で眺めているだけで手出をしてくる気配は無い。
ならば、先に2体の騎士を片付けるべきだろう。
言葉に出さずとも彼らの意思は一致した。
『っ、仕方ありません。今はメイへの攻撃は一旦中断。《白騎士》並びに《黒騎士》の討伐を最優先に行います!』
『りょーかい!』
『委細承知』
「「「おうよ!」」」
だからこそ、あえてヴァルゴが号令をかける。
作戦の明言。あるいは、責任の所在を明確にするために。
それは戦況に対して変化を与えるものでは無かった。やろうとしていた事を改めて宣言するだけの行為。
だが、それが大切になる事も多い。そう考えていた、程度の認識の者から既に行動に移していた者まで、思考の一致はあれど行動にあった差を埋めたのだ。
事実、完全にメイへの干渉を止めて《白騎士》と《黒騎士》に専念した彼らの勢いは凄まじかった。
2体の騎士を近付けないように、足止めと攻撃の役割分担を徹底して。
ただひたすらに、10倍の人数差で騎士達を押し潰した。
いくら騎士達のスペックが高かろうと、その戦力はヒャッハー達程では無い。
多勢に無勢。ついに2体の騎士は沈黙する。
幾人かはHPバーを赤く染め、危険域ではあるものの、彼らはメイの1手目を人的被害無しに乗り切ったのだ。
「あん? コイツら……消えねぇぞ?」
『おや、本当ですね。……彼らが現れる直前、彼女が《上級騎士人形》と呼んでいました。もしかしたら……』
「あぁ! あの大会で見せたゴーレム!」
『そうです。ソレの亜種なのかもしれません。一部のフィールドで出現するゴーレム系のエネミーはHPをゼロにしても消滅せず、コアを破壊しなければ一定時間経過することで復活するそうです。この騎士達もその性質を備えているのかも知れません』
「ふーん? ゴーレム系モンスターなんてロックゴーレム以外聞いた事無かったが……」
『……えぇ。我々も善人では無いので。美味しい隠しエリアは独り占めしているのですよ』
「………………。そうか、ま、なら知らんくてもしゃーなしだな」
『あぁ、ゴーレムはコアを破壊せずとも再起不能にする方法はありますよ。ある程度バラバラにするんです。そうすれば復活はしません』
2体の騎士を下し、互いに敵の敵の腹を探る。
それが、間違いだった。彼らは多少怪しくても、何かを隠していても、それを飲み込んで目の前の脅威に対処すべきだったのだ。
目の前にいる少女は、新しい玩具が詰まった玩具箱の前にいる子供と何も変わらない。
知らなかったとはいえ、彼らは判断を誤った。騎士達を下した事で得られる間隙。あるいはインターバルで何が来ても良いように万全の準備を整えるべきだったのだ。
「ふふ……リーちゃんには世界観が〜って言われたし、僕もそこには同意するから【島】以外では使わなかったけど……。【ネフィリム】の中は僕の世界みたいなものだし、いいよね」
メイが呟き、パチリと指を鳴らす。
『ッ……! ちょいバッドな予感……!』
何かが起こる前に、スコーピオが駆ける。
斥候兵ならではの速度を活かし、一息でメイまでの距離の8割を詰める。
いつの間にか黒1歩手前の濃い紫をした手鉤を身に着け、一撃で殺す。そうでなくとも致命傷になりうる傷を与えると。そんな意志を感じさせるその爪はニコニコとしているメイを捉え――――
「バン」
『あ? きゅぺっ』
スコーピオの頭部が吹き飛んだ。
勢いを付けたまま制御を失ったスコーピオの体はごろごろと転がり、カシャンとガラスが砕けるような音と共に砕け光のつぶとなって霧散する。
攻撃したはずのスコーピオが返り討ちに会う。
まだ、それだけなら理解出来た。
だが、その手段が理解を超えていた。
彼らは確かに見ていた。
全員では無いかもしれないが、少なくない人数が。
ナニカが恐ろしい速度で飛来し、スコーピオの頭部を撃ち抜いたのだ。
そのナニカはメイの座する玉座。その後方の壁から。
そこには……。
「いや、いやいや。ソレは、ダメっしょ……」
つや消しの黒い筒。
壁に空いた5cm四方の穴から覗く、紫煙をくゆらせるその筒は、紛れもない銃口だった。
「超高速狙撃砲“雀蜂”。僕は今日、剣と魔法のファンタジー世界を殺す」
『ッ……ライブラ!』
『無論……! 【天秤ノ御業】ッ!』
ヴァルゴの声より早く、前へ出ていたライブラが天秤を掲げる。左右の皿、そこに乗っているのはデフォルメされたメイとライブラ。
その天秤は恐ろしい勢いでメイへ傾く。
それは、比重が圧倒的にメイに偏っている証左。
天秤は不均衡を許さない。
弱き者に力を。強者に釣り合うだけの加護を。
メイとライブラの間に、黄金色に輝く光の幕がシースルーカーテンのように双方の間を遮る。
あるいは、それは彼らを守るための障壁か。
メイはその現象を前にしても、臆した様子も無く、楽しげな顔を崩さない。
「今日、この瞬間だけは。ここは鉄と硝煙のテクノロジー世界だよ」
玉座の左右からオブジェクトがせり上る。
6つの砲身を環状に繋いだ異形の黒筒を持つ、つや消しの黒が恐ろしげなオブジェクト。
あぁ、それは誰もが知るであろうロマン兵器。
そして、この世界にあるはずがない鉄と硝煙の結晶。
ガトリングガン。
間違いなく、剣と魔法のファンタジー世界に存在してはいけない異物である。
「対軍掃射機関銃“時雨”。掃射、開始」
号令に従い、黒筒が暴力の雨を吐き出した。
 




