第287話 『蠱毒・2日目《ラスボス部屋》』
投稿間隔空いてしまって申し訳ないです
『これは……』
二手に分かれ、ライブラ曰く『天秤の思し召し』に背き坂道を下った者たちが神官と狩人に遭遇している時。
階段を上り進んだヴァルゴ達もまた、とある地点に到達していた。
ただひたすらに長い石階段を登った先にあったのは豪華なレリーフの施された、高さ3mはあろうかという巨大な両開き扉。
「こりゃまた、ラスボス部屋って感じだな……」
『ええ。そして、こんなにわかりやすいのに斥候からの情報にこの扉の存在は無かった。全く、どう隠したのやら』
誰かのつぶやきがやけに響いた。それに答えるヴァルゴの声も。だが、その言葉に異を唱える者はいなかった。皆、細部は違えど似たような事を考えていたのだろう。
『あ、ヴァルゴヴァルゴ、α達が会敵したわ。敵は2人、強敵よ』
『やはり導きに背く者には破滅が待つ。道を違えし者共に相応しき末路よ』
『ライブラ、少し言葉が過ぎますよ。とはいえ、【カグラ】は少数精鋭。そのうちの2人となると、かなりの戦力を割いている事になりますね……。さて、この扉の向こうには何が待つのか』
全身鎧の騎士達が言葉を交わす。
と、そこに何か違和感を持った1人のプレイヤーが尋ねる。
「ん? なんで会敵したってわかるんだ? メッセでも送られて来たのか?」
『違うわ。私はジェミニ。双星の騎士。2人で1人の私たちはお互い繋がっているの。だから分かるのよ。そういうものなの。分かたれていても、私は僕で僕は私。双星は常に互いを導とするの。私達に距離は無いわ。理屈は無いわ。離れ難く分かち難く。それが双星。それが私達。それがジェミニ』
「お、おう……?」
小柄な騎士が捲し立てる。質問者は霧を掴むようなあやふやな言葉に戸惑うものの、勢いに押され頷くしかないようだ。
『すみませんね。ジェミニ達は少し特殊でして。一応はこちらの手札なので深くは言えないですが、2人は簡易的にお互いの状況を知れるとだけ』
「ほーん。そんなスキルがあるのか……。いや、装備か? まぁいいや。秘密ってなら深くは探んねぇよ」
『そうしていただけると助かります』
そんな雑談から始まった会話はやがてブリーフィングとなり、即興で陣形を組み上げる。
主導している【アルガK】は前線を張れる重戦士であるタウラスを失い、幾人かを非戦闘要員の防衛に回しているため盾役として前に出るのは他のギルドの者になる。
その事を少し気にしている様子のヴァルゴに、前衛を任される事になった【食卓戦争】の面々がニカリと笑う。
「構いやしねぇ。一番槍ならぬ毒味役。切った張った殴り殴られは俺らの本分さ」
そう言う彼らは皆一様に大楯や大剣。三股槍や大斧を構えていた。
言い直そう。大皿やナイフ、フォークやスプーンを構えていた。
彼らの武装は全て、食器であった。そして、防具は食材を模していた。
その見た目はどうしようもなくコミカルであり、しかし彼らは数少ないAランクギルドの一角。紛れもない強者であった。
『本分……? レストランで食事とかじゃなくて?』
だが、そのコミカルさに思わず、ジェミニβが呟く。首をこてんと傾げ、心底不思議に思っている様だ。
「っと、こりゃ1本取られたぜ。なら副業だな」
誰もが思った。それでいいのか……と。
◇◇◇◇◇
終始明るい雰囲気で進んだブリーフィングを終えれば、後はもう進むのみ。
陣形を組み上げ、【食卓戦争】の切込隊長が扉に触れれば、ギギギギギ……と重苦しい音を立て、巨大な扉がひとりでに開いて行く。
「こりゃまた、随分と広いな……」
扉の先には、バスケットコート2面分より一回りは大きいような、長方形の空間が広がっていた。遮蔽物は無く、これまでのダンジョン然とした雰囲気をかなぐり捨てた無機質な壁に四方を囲まれたもの寂しい空間。
そして、部屋の最奥に鎮座する大きな椅子。否。玉座。
ゴテゴテとした下品な飾りではなく、洗練された美しい装飾の施された玉座が1つ。そして、その左右に控える白と黒の甲冑騎士。
白騎士は長剣を佩き、カイトシールドを構えた、騎士と言えばな姿をしている。一方の黒騎士はと言えば、盾はなく、両腰に手斧を下げている。鎧の形状もどこか禍々しく、暗黒騎士といった風貌だ。
そして、そんな騎士二人を侍らせ玉座に座る人物がいる。
玉座に似合わぬ作業着に身を包んだ、オレンジ色の髪の小柄な少女。
小動物のような印象を与える彼女は玉座に座り、両手を肘掛に載せて胸を張り、むふんっと顔に力を入れ、精一杯に『偉そうな態度』を取っていた。
「アイツは……」
『……メイ、ですね。【カグラ】が抱える《EBO》最高峰……いえ、最狂の生産職。この果てなき戦いの世界で戦闘を捨て、生み出すことに心血を注ぐ破綻者。ある種の狂人です』
「ちょっと!? 言い過ぎじゃない!?」
ヴァルゴの解説に偉そうな態度をかなぐり捨て、ガタリと立ち上がったメイが突っかかる。どうやら、彼女的にこの言い方はお気に召さなかったらしい。
「全く……カッコつけようとしてスタンバイしてたのに……」
ムスッとしたメイはそのまま玉座に座り直すと、全員部屋の中に入って来たかと問いかける。
警戒しながらもヴァルゴが肯定すれば、彼女はニコりと笑って指を鳴らす。
そうすれば、ズズンっ……と音を立て、ヴァルゴ達の背後に控える大扉が閉じる。これで、退路は絶たれた。
『くっ、厄介な……』
「ははは、そりゃねぇ。ボス部屋から出る方法なんて倒すか死ぬかの2択じゃなきゃ」
「ボス部屋だァ?」
「うん。そうだよ。ボス部屋」
彼女はこくりと頷き、居住まいを正すと笑みを浮かべる。
それは、先程までの様な作った『偉そうな態度』ではなく、圧倒的な自信に裏打ちされた無意識な傲慢さの滲む笑み。
「ボクはメイ。【巨城ネフィリム】の主にしてラスボス役。ボク自身はどうしようもなく弱っちいけど、ボクの子達はそうじゃないから……すぐ死なないでね?」
そう言って、ラスボスの少女は微笑んだ。




