第286話 『蠱毒・2日目《神官は踏破する》』
投稿再開した直前に急に忙しくなるのはなに……?
再開宣言から少し空いての投稿で申し訳ないです
僅かに時は遡り、騎士と忍は神官と相対する。
『アンタは危険だ、早めに退場して貰うでやんすよ!』
『お姉さんの方は【ネオンテトラ】が行くみたいだし、やっぱ僕もこっち!』
長大なクロスボウを立射するサジタリウス。その反動は完全に彼の体幹に受け止められ、僅かにも姿勢を崩していない。
それと同時に方向転換し狙いを変えるジェミニα。その手に持つ双短剣は陽炎のように揺らめき、距離感が掴めない。
そして、姿は無く、音も無く。されど確かに隙を伺う忍達。
三者三様に神官の首を狙い、理不尽が、暴威を振るう。
ボッ
寸分違わず眉間を狙った超速の矢をトーカは僅かに首を傾け躱す。そのまま、倒れ込む様に身体全てを使った力強い振りかぶりで白銀ノ戦棍を地面に叩き付ける。
バゴンッ! と音を立て、頑丈な石造りの床が冗談の様に砕け小規模なクレーターが刻まれる。
『ピェッ』
あと一歩、ジェミニαが深く踏み込んでいたら、そこにはクレーターの代わりに無残に潰れた鎧の亡骸が転がる事になっただろう。
「おっと、勘のいい奴だ」
『ようしゃないー!』
「ハハッ、敵に情けは無用だ……よっ、と」
『消音矢も避けやすか……。なけなしの自信が吹き飛びやすねぇ』
「近距離の狙撃手から目を離すかよ。さて、お返しだ」
トーカは今しがた生み出された石片を軽い動作で蹴り上げ、白銀ノ戦棍で弾く。
その威力で砕かぬように、しかし推進力として力はしっかりと伝える。そんな妙技をさも当然かのように使って撃ち出される石片は、しかし。あらぬ方向に向けられ、何も無い空間を引き裂いて突き進み、壁に当たって砕け散る。
『外した……いや、【御庭番衆】を警戒したのかな?』
「さぁね。案外思い付きでやったはいいけどコントロールが難しかっただけかもしれないぞ?」
『ふーむ。今のはあっしのお株を奪いかねないでやんすねぇ……やはりあなたは危険でやすね』
「はは、さすがに本職には劣るさ」
お互いに隙を窺いながら、しかし隙を見せず。ジェミニαとサジタリウス、そしてトーカの朗らかな談笑が続く。
隙を見せたら殺す。
そんな殺意を後ろ手に隠しながら。
一方で、隠形で好機を伺う【御庭番衆】はそれを敏感に察知し、冷や汗を垂らす。
(ったく、何がコントロールが難しいだ。正確に狙いやがって……)
(まぁ偶然、では無いわな。問題は勘なのかバレてるのかだ)
(一回目だからまだわかんない。けど、『内緒話』も聞かれる……あるいは感知されるかもだね)
(はー、ヤダヤダ。同じ人間とは思えねぇな)
先程のトーカの一投は何も無い場所に空振ったように見えてその実、隠れ潜んでいた【御庭番衆】の1人の元に飛んでいた。
それが偶然なのか狙ったのかは彼らには判断が付かないが、『たまたま飛んで来ただけだろう』と良い方向に勝手に決め付けるような者はこの場にはいなかった。
◇◇◇◇◇
「おぉ……あっちも盛り上がってるなぁ」
『余所見とか余裕だなぁ! 挑発かな? 挑発なのかな?』
神官と騎士と忍者。その戦いが始まって少し。
状況は膠着していた。
その破壊力の結果、戦闘において周囲に少なくないダメージを発生させるトーカや狙撃能力こそが本領であり対面した状態での勝負では真価を発揮出来ないサジタリウス。双生の片割れたるβが居て初めて《ジェミニ》足りうるジェミニαに忍として諜報や暗殺に特化した結果正面戦闘では2本も3歩も劣る【御庭番衆】達。
それぞれがそれぞれの理由で枷をはめられての戦闘であるこの場では、誰もにどこか余裕が……余力が残っていた。
「いやね、一応メイから許可は貰ってるんだよ」
『許可? なんの?』
「この部屋の完全破壊。まぁ色々大変だから出来ればやらないで欲しいとも言われてるんだけどさ」
『出来るわきゃねぇ……と言えねぇのが恐ろしいところでやすね。さすがにそれされたらひとたまりもねぇでやす』
会話の中に紛れ込ませた4発の狙撃。3発は通常の、1発は消音矢を使用して3発に偽装された狙撃は、そもあまりの早撃ちに射出音が1発分しか聞こえない。
にもかかわらず。
「っと、あぶね」
ある矢は弾き、ある矢は避け、トーカはその全てを当然のように凌ぐ。
しかも。
『なぁんで触っちゃいけねぇ矢だけ的確に避けるんでやすかねぇ』
ボンッ、とトーカの背後で小さな爆発が巻き起こる。
いくつかの状態異常を引き起こす効果を内包した小爆発は仮に巻き込まれたら、ダメージは無くとも致命傷になりうるだろう。
「惜しいな、全部同じ矢を使ってれば決着着いてたかもしれないぞ?」
『はん、冗談キツイでやすよ。それなら触んねぇで避けたでしょうに。それに、この矢高ぇんでやすよ』
「そうか、世知辛いんだな」
言葉と同時にトーカが駆け出す。
コマの一部を抜き取ったように、過程を飛ばしてゼロ距離まで。既に振り被られた凶器を、サジタリウスはコンマ以下の逡巡の末、左腕を犠牲に受け流す。
「お、よく反応したな。思い切りもいい」
『チッ、今のは……《縮地》でやすか。こりゃ左腕はもうだめでやすね』
あらぬ方向を向き、ピクリとも動かない腕をだらりと下げながら、舌打ちをひとつ。バックステップで距離を取る。
「逃がすかよ!」
『いいや、今度は僕の相手をしてもらうよ!』
距離の掴めぬ双剣を振るい、ジェミニαは跳ね回る。
「リーシャも大概だけど、コイツの双剣も大概訳わかんねぇな……!」
『あはは、そりゃ僕の頼れる相棒だしね! 《紙一重殺し》どう? かっこいいでしょ!』
「ご満悦なこって!」
距離感を喪失させる双剣はそれだけでなく、ほんのわずかではあるが長さの増減を行える。±1cm。それがこの短剣に与えられた変化幅であり、その大きさが戦闘時においてどれ程の価値を持つのか。
少なくとも、ジェミニαは熟知していた。
『ほらほら、どうしたのお兄さん。もっと寄っておいでよ!』
「ふむ……」
アーツもスキルも使用していない、無造作に振るわれたそれとはいえ、トーカの《白銀ノ戦棍》と打ち合ってなお壊れない《紙一重殺し》。その在り方も含め、長時間相手取っていると肉体的な体力よりも先に精神的な体力が削られていくだろう。
だから。神官は決めた。
全て踏み潰し、破壊し尽くすと。
「なら、そうしようか」
『んなっ!?』
ずいっと、トーカが1歩踏み出す。否。1歩では無い。
斬撃の嵐を前に、躊躇無く飛び込んだ。
すれば当然、トーカの体に無数の刀傷が刻まれるが、異質とはいえ本質は双剣。見かけによらず高い防御力を誇る防具の前には短時間で命を削り切るには至らない。
しかも、トーカは自動回復の魔法を既に自身に使用していた様で、せっかく削ったHPが回復し続ける。
『ちょちょ、何それ!? ズルくない!?』
「ははっ、この程度でズルだなんて可愛いなぁ」
『ピェッ』
1歩。1歩。歩みを進める。
引きながら抗うジェミニαの元へ、傷も厭わず。
そして、ついに。
「最期になにかあるなら聞くが?」
『ぴぇー! βが一緒なら……! 覚えてろよー!』
「そうか、なら2人揃って戦う日を楽しみにしてるよ」
グシャッ。
双生の騎士。その片割れが散る。
泣き言を漏らしながら、最期まで抗って。
「さぁ、残り3人」
ついでに、この隙を狙って不意打ちを仕掛けた【御庭番衆】の1人も葬ったトーカが獲物を担ぎ睨め付ける。
右腕でも撃てるように適当な瓦礫を三脚替わりにこちらを狙うサジタリウス。未だどこかに潜む残りの忍び達。獲物はまだまだ残っている。
神官の進撃は止まらない。
◇◇◇◇◇
『へっ、次殺る時はこんな至近距離にゃ来ないでやすからね』
グシャリ。サジタリウスが散る。
「あぁ、狙撃の怖さは十分に味わったよ」
◇◇◇◇◇
「どうして、この場所が……!?」
ぐしゃり。忍が1人散る。
「ここは俺達の拠点だぞ? 隠れてるヤツあぶりだすための手段の一つや二つ、備えてるさ」
◇◇◇◇◇
「このバケモンが……!」
ぐしゃり。またひとり、忍が1人散る。
「おいおい、人をバケモノ扱いかよ。酷いじゃないか」
◇◇◇◇◇
この部屋に残る、自身の担当
「ふむ……。フィローの奴はもういないのか……? 一応、炙り出すか」
たんたんっ、と軽快に壁を駆け上がり、天井付近まで飛び上がる。
そのまま天井を蹴り、勢いを付ける。地面に向かって高速で落下しながら、白銀ノ戦棍を振りかぶり、叩き付ける。
「ちょっとだけ【グラビトンウェーブ】っと」
石造りの狭い部屋の中を、衝撃波が駆け巡る。ビシビシボンボンと部屋中に怪音を響かせながら、隠れる者を炙り出すように。しかし、目的のフィローの姿は現れない。張り巡らされた十重二十重の仕掛けが、トーカの知覚機能が、その全てが彼の不在を示していた。
それでも、相手は忍の道をひた走る求道者だ。油断はできない。
「うわーん! お兄さんのバカー!」
「えっなに!? なんかあった!?」
なお、リーシャの仕掛けもおじゃんにしてしまったようだ。
「まぁリーシャならそれでも上手くやるだろ。……あとでちゃんと謝っとくか」




