第285話 『蠱毒・2日目《そして嗤う》』
お久しぶりの地雷酒です
少し執筆から離れ、気が付けば1年が経過していました
今日からぼちぼち投稿を再開していく予定ですので、今一度お付き合いいただければ幸いです
「そんじゃ、とりあえず刻むわ」
まず駆け出したのは、リーシャだ。
異形の双剣を構え、地を駆ける獣のように低い姿勢で弾丸の様に強烈に。
ダッ!と爆ぜる踏み込みの音はそのまま、剣戟の音にかき消されて消える。
「っ! なんてめちゃくちゃな剣筋なんだ……!」
「あら、お生憎様。私は別に剣士じゃ無いからね、適当よ適当」
彼女が自称する通り、剣筋は異端な程にめちゃくちゃであっても洗練されている訳では無い。
規則性のない未知の太刀筋には、やはり隙が多い。それでも、天性の感覚でその隙すら撒き餌に十重二十重の斬撃を重ねるその様は何も知らないものからすれば達人の技に見えるだろう。
「おいおいおぉい! 楽しませてくれるじゃないか! そんな事されたら……僕だって楽しくなってきちゃうじゃないか!」
「ひぇっ、なんか興奮してる!?」
軽く、鋭く、速い。そんな双剣の乱舞を青年は重いマチェットを手足のように操り弾いていく。その度に、リーシャの勢いは崩れ、盛り返す。それはまるで寄せては返す波のように、ある種のリズムすら刻んで演舞が如く。
「っ……! しぶといわね! もう1年くらいこんなことやってる気がするわ!」
「君は何を言っているんだい……?」
「るっさい! 気にしたら負けよ!」
「なるほど、理不尽だね?」
剣戟の応酬では分が悪いと踏んだか、リーシャが距離を取る。そうはさせまいと青年は素早く追い縋……ろうとして。
足元が爆ぜる。
「なっ!?」
「ちぇっ、惜しかっなぁ」
「これは……設置型のトラップかい? 『罠術』かな?」
「ふふ、どうかしらね?」
現在、EBO内で確認されているプレイヤーが任意に仕掛けられる地雷型トラップは2種類。ひとつは今青年が言ったように『罠術』によるトラップ。もうひとつが、【エンチャント】によって地面の一部(あるいは小石など)に【ボム】系の魔法を付与すること。
そのどちらにおいても、強力ではあるが一定以上のクールタイム及び仕掛けられる上限数が存在している。
その数はスキルレベルや手段にもよるが、あらゆる手段を複合したとしても12。
そして、それを突入と同時に起爆するような位置に置いていなかったという事は、元々仕掛けておらずこの戦闘の合間に仕掛けたか、戦闘を目的とするため少し離れた位置に仕掛け誘導したか。
「どちらにしても、あると分かれば問題は無いな」
「あら、どうしたのかしら? 怖くて動けないの?」
「露骨に煽るねぇ。え、いやホントに露骨過ぎて逆に罠を疑うよ」
「あっはは、それもそ……ッ!」
「なッ……!」
僅かな空隙に挟み込まれる口撃の応酬。それは突如として駆け抜けた衝撃波を回避するために中断された。
そして。
ドガガガガガガガガガガガン!
地面を這うように駆け抜けた衝撃波によって11重の爆発が連鎖した。
「……」
「……」
最初のひとつ、今の11。都合12。
「うわーん! お兄さんのバカー!」
「えっなに!? なんかあった!?」
「仕掛けてた地雷と私のカッコつけが全部パーになったのよ!」
「あー……スマン」
「うわーん!」
全てが爆ぜた。リーシャの仕込みと共に。
「あー、ご愁傷さま?」
「しくったわ……。【グラビトンウェーブ】の衝撃波って地雷撤去にもなりうるのね……。あー、これ私のポカ? っていうかお兄さんもお兄さんよ……なんで室内で牽制用の超低威力とはいえ地雷がある場所で……」
「おっと、想像以上に効いてるっぽいぞ?」
「えぇい! うじうじしててもしょうがない! こうなったらもういいわ! 真正面から叩き潰してあげる!」
「いいねぇ! それは実に僕好みだ!」
全てがまっさらになった状況で、殺人衝動を抱える者とヒャッハーの性質を持つ者が向き合う。
片や大型のマチェットを構え、片や異形の双剣を構える。
首筋がチリつくような緊張感の中、言葉は無く、されどどちらともなく。同時に駆け出す。
刃が重なり、音が響く。ガキンッ、ガキンッ、と重く鋭い音を奏で、物騒な音楽が積み重なる。
体格や得物のサイズ差は僅かに、しかして着実に形勢を傾けていく。さながら、腕相撲ののように。少しずつ、少しずつリーシャの命を死へと押し込む。
「ッ……!」
「おいおいオォイ! 逃げるなよ! 悲しいだろォ!?」
「ほんっとテンションの差が怖いわねコイツ……!」
たまらず飛び退くリーシャ。
逃すかと追い縋る青年。
一度決まった構図を覆すのは難しい。
追う者と追い詰める者。狩人と獲物は既に決定していた。
「よっ、ほっ、とっ、ぶなっ!」
「おォ、よくもまぁピョンピョンと逃げるじゃないかァ。誘ってるのかい?良いねぇ、キミの悲鳴を、飛び散る赤を、見せてくれ!」
青年の振るうマチェットをリーシャは紙一重で躱し続ける。
しかし、何時までも避け続けられるという事は無いだろう。
「アヒャ、ウヒャ、アッヒャヒャヒャ!」
殺人鬼は笑う。
そう遠くないうちに訪れるであろう至福のときを目前に、抑圧された欲望の解放を福音に、今か今かと肉に刃が食い込むその瞬間を舌舐りして待ちわびる。
「あっ……!」
その時は来た。
何十度目かの回避を披露したリーシャがほんの僅かに着地をしくじった。それは、隙とも呼べぬ極僅かな体勢のブレ。
僅かに背後に重心が寄り過ぎている。次は避けられないだろう。
ここだ。今この時こそが、待ちわびたその瞬間だ。
殺人鬼は恍惚の笑みを浮かべ、より鋭く、より正確に、より恐ろしく、踏み込み刃を振るう。
そして。
「ーーーアハ」
狩人が嗤う。
「ァ……? がァッ!」
殺人鬼が踏み込んだ地面が爆ぜる。
威力はそこまででも無い。HPは1割も削れていない。それでも、殺人鬼の脳はパニックに陥っていた。存在しないはずの13個目の地雷。右足が膝まで消し飛んだ。体勢が崩れる。
べしゃり、地面に倒れ込む。
「ぐぁ……!」
再び地面が爆ぜる。
転げそうになり、咄嗟に着いた手が吹き飛んだ。
「メイお手製特殊矢が1つ、爆裂の矢。ご賞味あれ」
トッ。
軽い音と共に左足に矢が刺さり、爆ぜる。
トッ。
爆発の勢いに吹き飛ばされ転がる右腕に矢が刺さり、爆ぜる。
ごく短い時間で四肢を失った殺人鬼は哀れにも地面に転がり、狩人を見上げる。もはや、それしか出来ない。
「人間は自分で暴いた真実を疑わないって本当だったのね。お兄さんの攻撃に合わせて11個無駄に起爆するだけでアナタはもう地雷は無いと完全に意識から外した。もし地雷が残ってると分かっていれば、隙を晒しても近付かなかったでしょうに」
「くふふ、かはは、確かに……! あの時既に地雷の事は警戒してなかったなァ……」
「それじゃ、このままお話を続けるのも趣味じゃないし、終わりにしましょうか。それなりに楽しかったわよ、殺人鬼」
「あァ、楽しかったよ。何回でもやり直せる。ゲームのいい所だ。顔は覚えたぞ、狩人」
トッ。
殺人鬼の首に突き刺さった矢が、爆ぜた。
♢♢♢♢♢
「そっちも終わったみたいだな」
「あれ、お兄さんの方ももう終わったの?」
リーシャが青年を見送ると、背後から声をかけられる。
この場で彼女と共に侵入者を待ち構えていたもう1人の人物、トーカだ。どうやら、彼は既に戦いを終わらせていたらしい。
「あぁ。サジタリウスにジェミニの……αか。それと【御庭番衆】が4人。即興にしては中々に連携が取れてたな。ただ、フィローは居なかった。……多分だが、連れてきた奴らをけしかけてこっちの手札を暴きに来たな。決着が着く頃にはトンズラだ。ったく忍者らしいっちゃらしいな」
苦笑気味にそういうトーカはしかし、その意味をしっかりと理解していた。
おちゃらけた奴ではあるが、フィローは警戒すべき人物だ。単身、この【ネフィリム】に浸入したように、そのスキルは本物だ。
「多分だけど、少しでも多くの情報を得に来たんじゃないかな。まだ2日目だし、この作戦で決着が着くとは思ってないだろうし」
「ふぅん……。ならもう少し気を張っとかないとね。まだこの部屋にいたりするのかしら。それらしい気配はないけど」
「いない……だろうな。さっきの【グラビトンウェーブ】は隠れてるヤツの炙り出しのためだったし、ソナーにも反応は無い」
「あぁ、メイの作ってた。ほんとあの子世界観の天敵ねぇ。メイが作ったと言えば、この地雷。これも便利だったわ」
「1個作るのにそこそこ宝石使うっていう?」
「そうそう。威力とか反応の閾値とか結構調整効くみたいで。後は知られてないってのがね。初見殺し怖いわぁ」
「仕掛けた側が言うか?」
ライブラの示した運命。
破滅の道は確かに恐ろしい場所だった。
ならば、上は?
運命の指し示す進路には何が待っていたのか。
敵の本拠地に救いがある訳もなく。
ライブラが示した道は確かに勝利への近道だったのだろう。その通りに進めば、やがてはコアに行き着く。
それは間違いない。
しかし、しかしだ。
そこまでの道のりに理不尽が横たわっていないとは言っていない。
先に勝利のある理不尽か、先に何も無い理不尽か。
二者択一は確かに勝利に続く道を示した。
だが。踏破出来るか、それはまた、別の話だ。




