第284話 『蠱毒・2日目《殺人者と暗殺者》』
大変お待たせ致しました……
このご時世、色々気にしてるとガリガリモチベが削れていきますね
とはいえ書籍版3巻の発売が目前に迫って何もしないのはさすがにアレなので執念の投稿です
「あはっ、あははァ!君達はとても強い!そんな君達をズタズタに切り裂くのはあァ!とてつもない快感だろう!」
「いぃやリーダー、俺の鉄パイプで指全部へし折って殺す。今は何故か双剣を使ってやがるが、奴は弓使いだ。指潰しゃァもう終わりだろ?後は煮るなり焼くなりだ」
「ウフフフ、知ってる?この世界のプレイヤーもね、重要な臓器を傷付けられると大ダメージになるのよ?けど安心して?肝臓と肺に包丁刺すだけだから!」
「アイツノクビ、ククルゥ……!」
「この世界に銃が無いの許せないからアイツハリネズミにしてやるわ」
どいつもこいつもがイカれた光を目に宿し、ケラケラと笑いながら現実でしようものなら通報は免れない会話に花を咲かせる。
[ハンッ]
「ァ?今アイツ鼻で笑ったわね?よーし縊りこーろそっと」
何がおかしかったのか、そんな彼らを鼻で笑ったリーシャにプッツンと来たのか、ぱしゅっと矢が放たれる。
それは音こそ大人しいが莫大な悪意が込められたとても恐ろしいものだ。鏃に痺れ毒を仕込んだ特製の矢は、殺す事よりも動きを封じることを目的に作られている。
更には、少量の回復ポーションも塗布されているため通常の矢よりダメージが少なく、長く遊べる様に工夫された1品だ。
[……?うっわなんか塗ってるわね?ひゃーこわいこわい]
しかし、相手はヒャッハー。それも、弓を得意武器とする専門家だ。
飛来する矢に何が塗布されている。平然とそれを知覚したリーシャはせせら笑いながらその矢を余裕を持って回避した。
「1名様ごあんなァい!」
回避行動を取ったリーシャの頭部目掛けて振り抜かれるのは、一部が錆び付いた鉄パイプ。
不自然に赤黒い錆付き鉄パイプは、かつて存在したとある釘バットを想起させる。
つまりは、1度乗り越えた壁だ。
[おわっと、怖いわぁ。……けどあれね、お兄さんの釘バットの方が怖かったわ。アレはもう勘弁だわ]
回避直後を狙った攻撃を、動きを止めずに流れるように移動することでひらりと躱して見せる。
本来ならあまりに生々しく物騒な攻撃だが、上を知っていればこそその心に怯えはない。
「なぁんかバカにされてる気がすんなァ?」
[気の所為ね]
「アヒャァ!ヒキズリマワシテブラサゲルゥ!」
[アンタなんか心が蛮族になってない?]
続いて放たれたのは、遠距離からの縄による鞭打。あるいは、カウボーイの投げ縄だろうか。
シュルりと放たれたソレは、使い手のカタコトと相まってなんかもう怖かった。
でももっと怖いものを知っているリーシャにはやはり、プレイヤーの狂気と言う圧は大した問題にはならないのだ。
[物騒だから切っときましょ]
「アァ!オレノナワガァ!」
だが、恐怖と脅威は話が別だ。
遠距離からの拘束攻撃はこの人数差では食らえば致命傷になる。
そう判断したリーシャがロープを切り裂く。
そんなこんなで、【ネオンテトラ】の狂気が一方的にリーシャを追い立て反撃する隙を与えない。
そう考えるほど、彼らは思考を捨ててはいない。
「アンタ、何か企んでるな?」
[…………]
リーダーの青年がマチェットを構えながらそう問いかける。【サイレント】によってあらゆる音が消えているリーシャからの返答は聞こえないが、口の動きから何も言っていないのだろう。
「どういうつもりか知らないが、のらりくらりと時間稼ぎをしたい訳じゃないだろう?それとも、アレを待っているのかい?」
そう言って、青年は少し離れた位置で騎士や忍びを相手取る神官へチラリと視線を向ける。
無論、意識はリーシャから逸らさない。視線を逸らしたと襲ってくるようならすぐさまカウンターに移れる状態で、あえて視線を逸らしてみせる。
しかし、それには食い付いて来なかった様だ。
チラリと覗いた暴威をそっと見て見ぬふりをしながら、青年はリーシャに視線を戻す。
それを視線から読み取ったのだろう。リーシャはニコリと笑うと、何やら口を動かす。
[面白い武器を使ってる人達がいたら観察して後で教えてねって、わがままな親友からのオーダーでね。まぁ……だいたい理解したわ。あなた達の本質は武器にはない。なら……もういっかな。お兄さんも楽しそうにしてるしね]
「あはは、何言ってるかわっかんねぇや。腹から声出せよ」
[出させて見なさいよ。『透明化』]
リーシャの姿が、消えた。
今までも、注視しなければすぐに見失ってしまう様な無音の状態だったのだ。それが急に姿を消したとなれば……。
「な!?……『透明化』か!周囲警戒!長くても100秒だ!凌げ!」
青年の判断は早かった。
リーシャはさらに早かった。
「あ」
ぽーん、と首が飛ぶ。
それは、鉄パイプ使いの首だった。
「そこか!……ヒュ……」
鉄パイプ使いの周囲に矢を射る弓使いの首から深紅のエフェクトが吹き出す。
そのまま、頭部が縦に切り裂かれ真っ二つに割れた。
「ミエネェナラナギハラァウ!」
姿の見えないリーシャを捉えるため、ロープ使いが広範囲を巻き込むように腕を振り回す。
そのまま、ロープ使いの腕が飛んで行った。
「ア?オレノウブァッ!?グ、ギガァ……!」
ロープ使いの驚愕に見開かれた瞳が深紅のエフェクトを吐き出す。ロープ使いは動きを硬直させると、そのまま膝から倒れ込む。そして、深紅のエフェクトが後頭部からも吹き出し始めた。
「どこよ!どこにいるの!?姿をみ、あびゃっ!」
錯乱したように得物を振り回す包丁使いの足元が爆ぜる。
吹き飛ばされた包丁使いはごろごろと転がり、深紅を吹き出しながら急停止した。
リーシャが姿を消してから、ちょうど40秒。
『透明化』の効果時間は最長で100秒。
不可視の殺戮は、まだまだまだ終わらない。
◇◇◇◇◇
「くっ、音もせず姿も見えない、それがこんなにも恐ろしいなんてね……!」
たった40秒という極短い間に、【ネオンテトラ】は壊滅的被害を負った。
ここまで被害が拡大したのは不幸としか言いようがないだろう。あるいは、ポリシーによる必然か。
彼らはマチェットや斧、弓やロープなどの武器を使った『現実でも再現出来る殺し方』でプレイヤーを、エネミーを倒す事に強くこだわっていた。
だからこそ、無差別に範囲攻撃が出来る魔法などを誰も覚えていなかったのだ。
「そこだね?」
フォンっ!と風を切ってマチェットが振るわれる。
ほんの一瞬前まで冷や汗を垂らしながら戦慄していた青年が、急に真顔になって虚空を切り裂く様は下手なホラーよりも恐ろしいだろう。
[わぁお、よく分かったわね]
しかも、姿が見えず音も聞こえない不可視の暗殺者の居場所を正確に捉えているのだから尚更だ。
さすがにピンポイントで居場所を当てられると思っていなかったリーシャは咄嗟に避ける事が出来ず、異形の双剣でそのマチェットを受け止めた。
「お、ビンゴ。……けど、肉を裂いた手応えじゃないな。防いだね?」
[見えてないはずなのに良くもまぁ当ててくるわね。怖いったらないわ]
リーシャにかけられた【サイレント】の効果によって、武器同士がぶつかる剣戟の音すら発生しない。
しかし、確かに殺人者は暗殺者の存在を認識し、鍔迫り合いに持ち込んでいた。
「なんで分かった……?みたいに思ってるだろうから教えて上げるよ。相手の立場に立って考えるってやつさ」
[なんですって……?]
「簡単な話だ。君の手際の良さは十分に見せてもらった。なら、そろそろ僕を殺しにくるだろうと思ったのさ。それも、最高率で手早く一撃で。だから、あえて隙を放置した。作った隙なら君は罠を警戒して乗ってこないだろう。でも、元々あった隙なら君はそこを突いてくる。君の人となりはあまり知らないけれど、君の手際が教えてくれた」
[うへぇ、この人ヤバいわ。だいぶ変態寄りの感性してるわね]
「そう褒めるなって。……多分褒めてくれてたよね?」
[褒めてないわよ。普通にドン引いてるわ]
「やっぱ音が聞こえないって不便だなぁ」
噛み合わない会話(というよりは一人語り)を続ける青年のマチェットがカンっ!と床を叩く。
鍔迫り合いをしていたリーシャが離脱したのだ。
「わぁ、やっぱり分かりにくい……。あぁ、そうだ、こうすればよかったんだ」
それを察知した青年がゴソゴソとポーチをあさり、ピンポン玉サイズの球体を取り出す。
そして、地面に叩き付ける。
瞬間、ぼふんっ!と濃密な白い煙が爆発的に広がり周囲を包み込む。
[けほっ。これは……考えたわね]
「うん。真っ白で何も見えないや。まぁ元から君の姿は見えてなかったんだから変わらないよね!」
[ちぇー、ボーナスタイムは終わりかぁ]
撒き散らされた煙幕は青年とリーシャの視界を奪う。
しかし、青年にとってはもとよりリーシャの姿は見えていないためこの煙幕で視界を制限されたのは実質リーシャだけだ。
かと言って、それでリーシャが止まるかと言えばそんな訳は無い。彼女にだって視界に頼らない索敵方法はある。
だからこそ、この煙幕の最大の効果は単純明快。
「そこだね!」
[正解]
姿の見えないリーシャが動けば、周囲の煙が揺らぐ。
その煙の揺らぎが、不可視のリーシャの姿を浮き彫りにするのだ。
「さぁて、これで仕切り直しかな?」
[えぇ。そろそろ効果も切れるし……]
「「そろそろ殺そうか」」
生き残った殺人者と姿を現した暗殺者の戦いが、真の意味で始まった。




