第283話 『蠱毒・2日目《破滅の道》』
長らくおまたせ致しました
Twitterでちょこちょこ言っていましたが、この先のセリフ、展開に今の現実世界の情勢的にかなり慎重になるべきワードが含まれていまして
投稿すべきか控えるべきかしばらく悩んでおりました
しかし、一月以上開けてしまってこちらの読者様を待たせるのもな、と言う思いから、問題のワードが出るまでの間を引き伸ばし調整を行い1話分確保し投稿することに致しました
……まぁ、その結果どうなったかは本編を読んでいただくとして、そのワードというのが展開や能力上濁す訳には行かないなかなかに厄介な状況になっています
なので、次話の投稿日はまたしばらく感覚が空くと思われます
申し訳ございません
待ち構えていたヒャッハーの片割れのリーシャは、わざとらしく手のひらを地面と水平にしておでこにかざす所謂『遠くを見るポーズ』を取って数を数え、ありゃりゃと言わんばかりに両手を横に肩を竦める。
「ひーふーよー……あら、聞いてたより結構少ないわね。もしかして分隊ってヤツ?ハズレ引いたわねー」
「まぁまぁ。下手したら誰も来ないで待ちぼうけになってたかもしれないんだ、来てくれただけ万々歳だろ」
それを諌めるように言葉で制するトーカだが、その声音、立ち振る舞いから『来ないよりはマシ』程度の感想しか抱かれていないと誰もが察していた。
「ま、そうよね。せっかくだ」
ドパンッ!
リーシャの右腕が飛んだ。
音より速いナニカによって、腕の付け根から吹き飛ばされた。
胴体を失った腕は真紅のエフェクトを撒き散らしながらくるくると宙を舞い、どさりと地面に落ちて消える。
『何様のつもりか知らねぇでやんすが……戦場で御託並べる余裕はねぇんじゃないっすかねぇ』
空気を破ったソレの、そしてそこから発せられる声の主は、20mほど離れた至近距離からスナイパーライフルのような極長のクロスボウをぶっぱなしたサジタリウスだった。
ガチャン、と弦を引きながらそう吐き捨てる彼の言葉は、一切の反論を許さない程に正しいものだった。
「アイツの言う通りだ。余裕を履き違えたな。【リペア】」
「……あらら、そうね。ちょーっと調子に乗ったかしら」
たしなめる様なトーカの言葉と1歩間違えれば死んでいた事実に、生えた右腕を握り開きしながらリーシャは声音に真面目さを滲ませて答える。
『はー、これだから神官は嫌になるでやんす。一確させなきゃ致命傷でもすーぐ立て直すんでやすから』
「なら俺から狙えば良かったんじゃないか?まぁ狙うと当たるは別問題だかな」
『でやすねぇ……やっぱりコイツじゃ近距離速射で精密な狙いは厳しいでやん、すっ!』
「みたい、だな」
ドパンッ!
ガギャン!
異なる2音が一瞬のズレの後に響き合う。
トーカを狙った狙撃と、それを戦棍で叩き落とした音だ。
「っ、さすがの威力だな。手が痺れる」
『なーんで弾けるんでやすかねぇ!?有効射程1km、届かせるだけなら2kmにも及ぶ長距離狙撃、それだけの威力と速さがあるってのに……!』
会話の中で速射したサジタリウスはまさか防がれると思っていなかったのだろう。信じられないものを見たとばかりに悲鳴を上げる。
それもそうだ。
彼自身が言ったように、1km先の対象にも十分な殺傷能力を発揮するという事は、それだけの速度と威力が込められているという事である。
それを、20mの至近距離で放たれてなぜ防げるのか。
しかも、全身を覆うようなバリアなどを展開していた訳ではなく、矢が飛来する正確なポイントを戦棍という小さな面積の武器で正確に叩き落としたのだから尚更だ。
「まぁ、先にバフ盛ってるしな。それに、それだけの威力だ。こんな至近距離じゃ銃口……でいいのか?まぁ発射口の直線上に来るのは予測出来るからな。タイミング合わせて振るうだけだ」
『はーっ!これだからバケモンは嫌なんでやすよ!平然と訳分からんこと抜かしやがるんでやすから!』
「そこまでボロカスに言うか?」
そんな大袈裟な……と言わんばかりのトーカだが、今回ばかりはサジタリウスの言い分に軍配が上がるだろう。
それが出来れば苦労しないのである。
「……と、そろそろいいか?慢心じゃないが、隠密奇襲型のアンタらが向かい合ってよーいドンじゃ本領発揮とは行かないだろ。準備時間はあげたつもりだぞ」
サジタリウスとの会話を適当に打ち切り、トーカはいつの間にか姿を消した【御庭番衆】達へ声をかける。
返事は無かったが、それこそを肯定と受け取りトーカは笑う。
「そんじゃ、まぁ。2人だけで肩透かしだとは思うが、俺達の遊びに付き合ってくれ」
戦闘が、始まった。
「【バイタルエンハンス】【アクセル】【サイレント】」
[わぁお!キタキター!張り切って行くわよ!]
トーカが『付与魔法』の派生スキル『支援魔法』のバフをリーシャへかける。
内容はそれぞれ。
STR、AGI、DEX、VITを上昇させる効果を持つ【バイタルエンハンス】。
AGIやクールタイムを含む対象の速度全てを上昇させ、さらに体感速度を加速させる【アクセル】。
対象が発生させる音の全てを消失させる【サイレント】。
それら全てが、『付与魔法』とは比べ物にならないほどの性能、効果を宿している。それもそのはず、『支援魔法』とは、他者にのみ効果を発揮する代わりに強力なバフが揃っている魔法なのだ。
対となる『強化魔法』は己を対象にしたバフのみであるが、同じく性能は破格。それでもトーカが『支援魔法』を選んだのは、つまりそれだけ天秤が大きく傾いたという事だ。
「まずは小手調べ……っと」
リーシャは音もなく、トーカはあえて大きな音を出して、それぞれが駆け出す。
『寄ってくるならその前に撃ち落とすだけでやんす!』
『あははっ、ほんとに気配が消えてるや!混乱するね!』
サジタリウスはトーカ目掛けてクロスボウをぶっぱなし、ジェミニαはリーシャを迎え撃たんと双短剣を構え目を凝らす。
「おいおい騎士さん方。俺らも忘れんなよ……っと」
そんな全身鎧2人に負けじと、【ネオンテトラ】達も武器を構える。
リーダーの青年が構えたのは、長く薄い鉈……いわゆるマチェットと呼ばれる刃物だった。
そのほかのメンバーも短剣……と言うには包丁の形状をしている刃物や、メイスと言うにはあまりにも生々しい鉄パイプなど、どこか異質な武器を揃えている。
「あ、そこだね」
[あら、よく気付いたわね]
音もなく駆け寄り、直前で姿を消したリーシャの攻撃をリーダーの青年は難なく防いでみせた。
「まさか剣戟の音も消えるなんてね。声も聞こえないし、なかなかに厄介だなぁ」
リーシャにかけられた【サイレント】は強力な魔法だ。何せ、己の発する音以外にも、他者への干渉で起こる音……それこそ今のように剣戟の音すら発生しなくなるのだから。
そう。剣戟。
狩人として手広く様々な技術を持つとはいえ、メインウェポンは弓であるはずのリーシャは今、弓ではなく双剣を使っていた。
三日月を半分にして柄をつけた様な異形の双剣。刃渡りは長く、そして細い。
そんな異形の双剣を、左は順手に右は逆手に持ったこれまた異形の構えで振るっている。
[そっちこそ、よく反応したわね]
「聞こえないけどもしかして褒めてくれてる?あはは、嬉しいなぁ」
リーシャと青年は無音の剣戟を交わす。
「僕にとってね、マチェットは力の象徴なんだ」
幾度かの間隙の際、青年は恍惚の笑みを浮かべ唐突に語り出す。
その笑みは実に楽しそうで、嬉しそうで、おぞましい。
「昔、祖父と山道を歩いてたんだ。獣道……なのかな、枝葉が凄くってね」
語る間にも、無音の剣戟は続く。
いや、それは既に青年とリーシャだけのものではなくなっていた。【ネオンテトラ】が一団となってリーシャを囲み、誰かの視界から外れても誰かの視界に入っているように上手く立ち回っている。
それぞれが異質な武器を構える中で、リーダーの青年は朗々と言葉を漏らし続ける。
「歩く度に祖父がブンブンとマチェットを振るうんだ。そうするとね、あれだけ鬱陶しかった枝葉があっさり道を開けるんだよ。もうね、僕は感動しちゃって」
そう言いながら、青年はマチェットを振り続ける。
どこか無骨に、荒々しく、しかし鋭く。
並の使い手なら直ぐに弾かれるであろうマチェットという武器を使い、異形の双剣を使うリーシャと切り結び続ける。
「ある日、こっそり祖父の納屋からマチェットを持ち出して近所の茂みで振ってたんだ。感動したよ。子供の細腕でも面白いくらい茂みが削れてくんだ」
過去を懐かしむ様に、青年の目の焦点は次第に過去へと向いて行く。
それでも決定的な隙を晒さずに切り結べるのは、リーシャが本職ではない双剣で戦っている事もあるだろうが、それ以上に彼の技量を示している。
「まぁバレてバチくそに怒られたんだけどね。でも、あの日からずっと気になって気になってしょうがないんだ」
ギョルンッ!と青年は目を血走らせ、リーシャを、リーシャの体を凝視する。
普段のリーシャなら、きゃ、えっち!なんて茶化していただろう。しかし、そうはさせない圧が、狂気がそこにあった。
「マチェットで人を切ったらどうなるんだろう……って。あの日から、ずっとずっと気になってしょうがなかったんだ」
それは、人として許されざる思考。
あるいは、考えるだけなら良かっただろう。
ソレを外に出した瞬間、社会が牙を剥く危険極まりない疑問。
「あぁ、勘違いしないでくれよ?別に気になってるからと言って実行なんかした事ないし、しようとも思わない。それくらいの分別はつくさ」
ケラケラと青年は笑う。恍惚に懐旧に狂気に失笑に、ころころと変わる表情はもはや人として恐ろしい。
生々しい恐怖をまとっている。
そして、それは彼だけではなく。
「それでも気になって仕方がないんだ。僕は、僕ら【ネオンテトラ】は、そんな人間の集まりなんだ」
集う彼ら全てに当てはまる狂気だった。
「だけど、現実ではご法度でも!この世界なら!戦いこそを求められるこの世界なら!」
青年は世界を抱きしめるように両手を大きく広げ、叫ぶ。
呼応するように、【ネオンテトラ】の誰もが笑う。
嗤う。
「僕の、僕らの狂気は許される!そして、この対人を掲げるイベントでなら!むしろ推奨すらされる!」
誰もが楽しくて嬉しくて仕方がないと凶器を、狂気を掲げる。
そう、現実でも手に入る、凶器になりうる道具達を。
「僕らは抑圧されよう!それは現実のあるべき姿だ!」
狂気を叫ぶ。
「僕らは解放されよう!それは仮想のみに許された悦だ!」
正気の殻に覆われた、剥き出しの狂気を。
「僕らは【ネオンテトラ】。水槽の中にあって初めて受け入れられる者。故に殺そう。この世界では遠慮なく、躊躇なく、理由なく!」
【ネオンテトラ】、それは安全に欲望を発散出来る地を見つけた理性の底に殺人衝動を抱える犯罪者予備軍。
生まれる時代を間違えなかった、狂気の飼い主達である。




