第275話 『蠱毒・2日目《会合》』
「…………………………」
時刻は正午を少し回った頃。
場所は【巨城ネフィリム】の一室。
暗褐色の円卓が中央に置かれた、息の詰まるような閉塞感のある部屋。そこに男が1人、座っていた。壁に立てかけられている槍は彼の得物だろうか。それは素人目にもかなりの業物と分かる鋭い圧を宿し、主の背後に佇んでいた。
決して広いとは言えない、しかし独占するにはいささか持て余す広さの部屋の中で男は1人、背もたれに体を預け腕を組み、少し俯き気味に目を閉じていた。
どれほどの間そうしていただろうか。
男がそっと、目を開く。静かに周囲を見渡すと深く息を吐き、呟く。
「……集合時間10分過ぎて誰も来ないとかマジ?」
みんなが、遅刻していた。
◇◇◇◇◇
場所は変わって広大な『壺』のとある花園にて。
景観を崩さぬ木製の大きな円卓がぽっかりと開いた花の空白地帯に置かれ、即席の会談場となっていた。
そこに集うのは、3桁近い数の人々。それぞれが重鎧を装備したり、法衣を身にまとったり、革製の軽装だったりローブ姿だったりと装備に統一感はない。
いや、より正確に言うならば部分部分で統一感のある一団も混じっているが、全体としてはやはりバラバラの印象が拭えない。
椅子に腰かけ周囲の人々とだべっていたり、少し離れた位置から観察していたり、ちょこちょこと動き回って広範囲に顔を通していたりと各人が思い思いに過ごしている。
彼らはみな、【アルガK】の呼び掛けによって対【カグラ】を掲げた同盟に参加している、あるいはこれから参加表明を予定しているもの達だ。
集まっているのは各ギルドの代表者と1〜2名の付き添い達であり、総人数は数倍に膨れ上がる。
それだけの人数が【カグラ】を危険視し、しかし単独では手も足も出ず他者と協力すべきと判断しているのだ。
そして、時計の針が正午を指し示した。
『時は来たれり』
誰よりも早く、それこそ集合時間の3時間も前から既に円卓の一席に腰掛けていた全身鎧の人物が一言呟いた。
その声は兜に半ば遮られくぐもっており、男女の区別すらつかなかったが、それでも決して狭いとは言えない花園の全域に過不足なく届いていた。
『代表者の方々は円卓に着席されたし』
その声は不思議と威厳を伴い人々を動かした。
声の主はと言えば、手本を示すように円卓に座し、同じく全身鎧の付き添いを2名背後に控えさせている。
上下が無いことを示す円卓故だろうか、席の取り合いなどとというくだらぬ諍いも無くスムーズに席が埋まっていく。そうして、代表者の全員が席に着いたのを見届けると、全身鎧は改めて円卓を見渡す。
『いくらかの空席が気になる方々もいると思う。だが気にしないで欲しい。声をかけたギルド全てがこの場に集っている訳では無いのでな。それに、何かしらの事情があって遅れてくるという事も考えられる』
そうは言うが、空席は片手の指で数えられるほどしか存在しない。ギルド対抗戦という場において、本来は敵同士なはずのギルドを40近く集めたのは偉業と言わざるを得ないだろう。
それだけ、【カグラ】を驚異に感じる者が多いということでもある。
『さて、ではこれより通達通り会合を始めたいと思う。……が、その前に。2点ほど、良いだろうか』
全身鎧が問うと、各代表者達が静かに頷く。
『感謝する。では、1点。こうして人を集めた我らが全身鎧で身を隠していることを許して頂きたい。我ら【アルガK】の規律として、このような全身鎧……つまりは騎士装束を身に纏うというものがあるのだ』
それはつまるところ、【アルガK】のKに込められたKnightsを踏襲している。と、全身鎧は語る。
「なるほどな。ま、いいんじゃねぇの?そんな事言ったら俺含めてこん中にも結構顔隠れてる奴いんだろ」
「そうですね。そこまで気にすることではないと思いますよ?」
『ありがたい。兜を取り顔を晒せと言うのなら従うつもりではあったが、心遣い感謝する』
全身鎧が深々と頭を下げる。その姿を、集まった人々「気にするな」と笑い飛ばす。本来敵同士の者たちが集まっているとは思えないほどに朗らかな空気が流れていた。
『して、2つ目。ぶっちゃけこの喋り方ロールプレイなんでどっかでボロでても見て見ぬふりしてくれると嬉しいです』
「ブブッ!」
「ぷくく……そうね!気分は大事だもんね……!」
「おっけ、全力でいじってやる」
『やめて?』
これまで厳格な気配を纏っていた【アルガK】の代表者のぶっちゃけにより、微かに残っていた初対面特有の気まずい空気が吹き飛ばされる。
『ん゛ん゛ッ!と、事前に伝えるべき事も伝えた。では、ここから本題に入ろう』
直前までの和気あいあいとした空気のおかげで、確かにお互いの壁は崩れた。本格的に会合が始まったことによって空気は引き締まったが、初めのようなピリついた様子や互いに出方を伺い合うような気配は鳴りを潜めていた。
『まずは礼を言わせて貰いたい。この度は我らの対【カグラ】を目的とした同盟を、という呼び掛けに応じ多くの猛者が集った』
全身鎧は円卓に手のひらを叩き付け、情熱を吐き出すように、半ば叫ぶように言葉を続ける。
『皆も既に知っての通り、【カグラ】はフィールドに穴を開けて自分達の有利なように塗り替えるバケモノだ。有象無象が個々で挑んでもなんの痛痒も与えることは叶わないだろう』
絞り出すような悲痛な声と、余程強い力がかかっているのかギリギリと音が聞こえるほどに握り締められた拳が聞く者の心に訴えかける。
『現に多くの者が拠点の外周を覆う森に足を踏み入れ、ついぞ抜けること叶わなかった!白龍姫は好き放題森を焼き飽きたように一切合切を吹き飛ばして帰って行った!狂鬼はまるで通り魔のように蹂躙して周って行った!これだけでも脅威だと言うのに、【カグラ】はまだ底が知れない!バラバラになっていては倒すどころか奴らの面を拝むことすら我々には不可能なのだ!故に!我らは力を合わせなければならない!我らを有象無象と見下している【カグラ】の喉笛を噛み千切り、奴らを頂から引き摺り下ろしてやろうでは無いか!』
バンッ!と全身鎧が円卓に手のひらを叩き付け、叫ぶ。
「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」
その言葉は、確かにこの場に集った者達の心に火を着けた。
『と、言うわけで自己紹介と行こうか』
「急に冷静になるじゃん……」
『でも気持ちは本物だぜ?』
幸先が不安かもしれない。
『俺は【アルガK】団長で前衛騎士のレオだ』
『あっしは狙撃手のサジタリウスでやす。1kmくらいなら射程圏内なんで狙撃はお任せでやす』
『そして私が参謀総長のヴァルゴです。作戦立案、指揮ならお任せ下さい』
腰に剣を佩いた全身鎧ことレオが名乗ると、続け背に長弓を背負った全身鎧ことサジタリウスと大きめの羽団扇を手に持った全身鎧ことヴァルゴが続けて名乗る。
『他にもメンバーはいるが、人数を絞って招集をかけているのにこちらが大人数で現れては要らぬ誤解を与えると判断し3人に絞らせて貰った。機会があれば紹介しよう』
レオがそう締めくくる。そうして次は他の参加者が続々と自己紹介をしていく……その前に、レオが再び口を開く。
『ちなみに、ヴァルゴは参謀総長を名乗っちゃいるがウチの参謀はコイツだけで部下はいない。完全にカッコつけなんで付き合ってやってくれ』
『では参謀総長たる私から作戦を発表します。レオが単身【カグラ】の拠点【巨城ネフィリム】に突入。他のメンバーは待機時間とします』
『いや連合組んだ意味!』
◇◇◇◇◇
レオのツッコミが花園に響き渡るのと同時。
遥か離れた【巨城ネフィリム】の円卓にて、【カグラ】の会合が(20分遅れで)始まろうとしていた。