第271話 『蠱毒・2日目《箱庭》』
こうしん ひんど が ひどすぎる!
「……あれ?ここ……うん。こっちに道があったはずだけど……」
白炎が未だ森を焼き、鬼が岩場で暴れ回っている2日目の朝。
涸れ谷を消し飛ばした跡地に居を構えたヒャッハー達の拠点の中では、メイが迷子になっていた。
「うーん。ある程度内部の構造を変化させられるのかな?となるとこれまでのマッピングは無駄になっちゃったなぁ……」
当然。この拠点の製作者であるメイが己の作り出した被造物の中で迷う事などあるはずも無く。来た時は確かにあったはずの出口へ繋がる道を前にまいったなぁと頬を掻くメイの姿をした何者かは苦笑いしながらそう呟く。
通れずの森とプレイヤー達の間で話題になっている、突如として出現したマップに無い森エリア。それがこのイベント中常に懸けられるポイントが10倍になっている【カグラ】の拠点付近に出現したとすれば、どれほど荒唐無稽だとしてもその森を含めて『【カグラ】の拠点』なのだと考えざるを得ない。
そこで、直接言葉は交わさずとも。あるいはそのつもりが無くとも。多くの陣営が【カグラ】の首級を上げんとその森へと足を踏み入れ……ことごとくが返り討ちにされた。
無数の罠に強力な番兵。そして無数の獣。
1日経たずして、既にこの無名の森は通れずの森と称され、プレイヤー達からアンタッチャブル扱いされ始めていた。
とはいえ、特定のギルドの独走を易々と許す程潔いプレイヤー達では無い。
僅かな情報を共有し、手を組み、時に自らの死を持って情報を集め、また共有し、じわりじわりと森の攻略を進めていた。
そんな中、単独で森を突破し、その先にある障害をも越えて最速で【カグラ】の居城に到達したのがこの今はメイの姿をとる人物なのである。
「僕が迷った……なんて事はないと思うけど、僕が通った後に急遽増設したとか……?そんな事出来るの……?」
彼女(ないし彼)は己の感覚に絶対の自信を持っている。それは傲りではなく、確かな実績と努力に基づく確信である。そんな彼女をして、迷わせる何かがこの城の中にはあるのだ。
「…………うん」
コンコンと壁を軽く叩く。しかし、これみよがしな反響音などは聞こえてこない。彼女のあらゆる知覚能力が「ここは行き止まりで道などない」と伝えてくる。だが、記憶と方向感覚は「ここに道があった」と伝えてくる。
パッと考えられるのは2つ。
塞がれたか、全く同じ構造の区画がいくつもあるか。
流石に記憶や方向感覚に干渉するようなギミックがあるとは思えないが、絶対では無いのでそれを含めれば3つだろうか。
「見つかったのがマズったなぁ……まだ中は4割くらいしか見れてないのに……。しかも、内装を容易に変化させられるならこの情報も半分ゴミだしなぁ……」
そうボヤきながら、この魔城……【カグラ】の拠点について思い返す。
真っ先に行く手を阻むのはリング状の森。真っ直ぐ突っ切るだけなら500mも無いような小さな森でしかないが、陽光を遮断する程に鬱蒼と生い茂った木々で視界が悪い森の中、凶悪極まりない無数の罠が至る所に設置され、自然に湧いたのか【カグラ】が用意したのか無数の猟犬が跋扈し、そしてそのどれよりも恐ろしい狩人が見張っている。
そんな通れずの森をどうにか抜け、さぁ拠点に攻め入るぞ!などとなるはずもなく。続いて行く手を阻むのは同じくリング状の急流。渦潮もかくやと言った勢いで荒れ狂う幅100m程の(信じ難いことに恐らく)人工的な大河。言ってしまえばめちゃくちゃ速い流れるプールだ。もちろん、そんなに可愛らしいものでは無いが。
しかも水中には尖った礫や砕けた木片、鋭い刃などの危険物が入っており、泳いで渡ろうものなら10mも進まぬ内にズタズタになるだろう。
ならばボートを用意して……それで、轟々と荒れ狂う危険物まみれの大河を渡れるものか。
そんな運河もどうにか抜けたとしよう。
そうすれば、ついに相見える【カグラ】が居城。
西洋風の城をモチーフにしているのかどこかファンタジックな城は、縦ではなく横に広い構造をしており、全体的に黒く、例えるなら魔王城と言ったところか。
これみよがしな巨大な城門の前には門番かはたまた案山子か、桜色の全身鎧を身に纏い同色の大盾を構えた人影が直立不動で待ち構えている。
どちらであってもいいよう距離を取り外装をしらべれば、堅牢さよりも建造物としてのクオリティを重視したのか、あるいは侵入を容易にするためかいくつかの裏口が散見される。それに加えて、無数にある窓のガラスを上手い具合に処理すればそこからも入れるだろう。通気口の中を這って行ってもいい。
現実にこの城があっても建物として機能しそうな程に細部までこだわられた作り込みはただただ関心するばかりだが、とんでもない拠点が用意されたものだと思わずにはいられない。
まさかこんなものをものの数時間でプレイヤーが用意出来る訳もなく、居場所が判定している賞金首などと言うイベントに組み込むような扱いをする代わりに運営が与えたのだろうと彼女は判断していた。
「中に入ったら入ったでヤケに広いし……明らかに外観と内部の広さが合ってないよね。ある種専用のフィールド、なのかな?……ちっ」
振り返りを終え、現状に小さくため息を吐く。その後、小さく舌を鳴らす。
エコーロケーション。舌打ちなどで発生させた音の反響で視覚に頼らず周囲を把握する、ゲーム的なスキルではなく個人の能力による技術。
彼女はそれを高いレベルで身に付けていた。
「今来た道が塞がれてる様子はない、か。はぁ……別の出口を探すしかないかぁ」
無理やり破壊して通るという案もないでは無いが、現在地に気付かれる可能性もあるし何重にも壁が用意されていた場合は無駄骨所の話ではない。
彼女は素直に別の出口を探しつつ、ついでに道が組変わるとしても有用になる『存在する施設』の情報をさらに増やすために踵を返す。
その瞬間。
ザザッ、と。ノイズが走る。
それは、空間そのものに走るような異常なノイズではない。あるいは、だからこそ異常とも言える。現実でもよく聞くスピーカーなどに電源が入った時特有のノイズ。続いて聞こえる、この場には似つかわしくない軽い声。
『あー、あー。マイクテスマイクテス』
それは、今まさに身構える彼女と同じ声。いや、彼女が模倣している人物が発するオリジナルの声。
「!?」
思わず身構えるメイの姿をした誰かは全方位への警戒を怠らずに音源を探すが、見つからない。真後ろから聞こえるような気もするし、遠くから聞こえるような気もする。
『ようこそ、侵入者。色々見て回ってたみたいだけど、歓迎の迷路は楽しんでもらえたかな?』
拠点に侵入を許した側とは思えないほどに気さくな声音。そこには、微塵の気負いも焦りもないことが容易に伝わってくる。
見つかるような動きはしていない。とは言えない。実際、細心の注意を払ってはいたがリーシャには見つかっている。
何かしらの監視システムのようなものがあってもおかしくはないだろう。
だが、こちらの動きを把握していると言うのなら。まるでもっと見ていけと言わんばかりのこの様子はなんなのか。
警戒心を強めずにはいられない。
『改めて。ようこそ、僕の城、【巨城ネフィリム】へ。歓迎するよ』
その言葉と同時に、彼女の左右の壁が音もなく動き出し……
「なっ!」
初速からトップスピードでメイの姿をとる何者かを押し潰した。




