第269話 『蠱毒・2日目《鬼退治④》』
ソレは、ドロリとへばりつくような重厚な気配を纏っていた。
例えるなら、心霊番組を見た日の夜中にトイレに行く時のような、部屋の中で見つけた羽虫を見失った時のような。
そんな、見えないナニカの気配への恐怖。
もちろん、ソレが的外れな例示である事を2人は理解している。
何せ、その気配の発生源は今も自分たちの目の前にいて、防戦一方の戦いを強いられているのだから。
むしろここまでよく耐える。そう思わずにはいられないほどにしぶとく猛攻を凌がれている。
所詮は1人、数で囲めば多勢に無勢と侮ってはいけない相手だということは分かっている。今相手にしているのはあの【カグラ】の1人。文字通りの一騎当千。
トップクラスの実力者2人と強力無比な能力を持つモンスター2体で同時に戦ってなお五分に持ち込めるかどうかと言った強敵だ。
だけど、2人が最初に感じた気配はそれだけではなかった。
◇◇◇◇◇
にごったような、よどんだような、ゆがんだような、ぐちゃぐちゃに絵の具をぬりたくったキャンパスのような不快な気配。
それが、仲間の救難信号をうけて現場に向かったわたしとマリィちゃんが感じとった気配だった。
救難信号をとばしてきた仲間たちもかなりの実力者だったのに。そんなかれらでも手も足も出ない強敵がいると聞いてあわてて駆けつければ、見るもおぞましい汚濁しきった気配を纏った【鬼】が仲間たちを蹂躙していた。
とっさに殴りかかったマリィちゃんの不意打ちのおかげで、そのおぞましい気配は引っ込んだ。
けど、その代わりに抜き身の刀のような鋭い闘気が吹き出してきた。
最初に連絡をうけたときはハルちゃんやカルちゃんのような特殊なモンスターなのかな、と思っていた。
事実、最初に気配を感じたときは、そしてその姿を見たときも。
鬼タイプのモンスターにしか見えなかった。それも、そうとうにタチの悪い。
だけど、ひっこんだ気配のかわりに出てきた気配は理性をかねそなえた強者のソレで。姿もかわっていた。
さいわいなことに、あるいは悔しがるべきか。わたしもマリィちゃんも直接的なめんしきはなかったけれど。それでも彼のことはしっていた。
ふだんはどこにいるのか目撃情報もすくない、けれど誰もが名前をしってるさいきょうのパーティー【カグラ】。
汚濁のような気配におおわれていた強敵は、その一員たるリクルスくんだった。
汚濁のからを突き破ってふきだした抜き身の闘気をまとう彼は、ともすれば汚濁をまとっていたときよりも強そうにおもえた。それでも、負けるつもりは無い。
マリィちゃんと連携して、念の為はなれた場所に待機してもらってたハルちゃんとカルちゃんもよびもどして。
それでも押しきれない。ともすれば押しかえされそうな程のヒリつく接戦。それは、どうしようもなく楽しい極上のじかんだった。
だけど、またあの汚濁の気配がにじみだしてきた。
◇◇◇◇◇
お肌がヒリヒリしちゃうような闘気を纏うリクルスきゅんから、怖気が走るような笑い声とあの汚濁のような気配が飛び出してきた。
やん!と思わず悲鳴を漏らしてしまいそうになる口を何とか意志の力で抑え込むのも一苦労。
チラリと周囲を見渡してみれば、カルちゃんもハルちゃんも本能的に何かを感じ取ったのか攻撃の手を緩めて警戒するように距離を取っている。
声と気配に押されて攻撃の手が止まった、その瞬間。
気が付いたらアタシは吹き飛ばされていたの。
硬い岩壁に叩き付けられた衝撃でようやくその事を知覚した訳だけど、笑っちゃうわよね。
それだけでHPが6割近く持っていかれちゃうんだもの。その前の攻防で3割近く削られていた事も合わせてHPバーは真っ赤っか。瀕死も瀕死ちょーピンチって必死に警告を飛ばして来てるわね。
でも、そんな事はどうでもいいの。だって、HPなんて1でも残っていれば問題ないでしょう?むしろ、HPの減少量に応じて発動するスキルが使える分お得だわ。
それよりも問題なのは、この一瞬で形勢が逆転しちゃったってこと。岩壁に叩き付けられた衝撃でチカつく視界の中で、ハルちゃんが片足を掴まれて地面に叩き付けられていた。
戦闘中は全身に強力な雷を帯電させているハルちゃんを掴んでなんであの子は平気なのかしら……?
ふらつく身体に鞭打って起き上がった時には、ハルちゃんを助けようとリクルスきゅんに不意打ちを仕掛けたカルちゃんが裏拳で弾き飛ばされていた。
カルちゃんの身体は触るだけでもHPや装備の耐久値が削れる猛毒を分泌しているはずなのだけれど……やっぱり触れても平気そうだった。
何か、リクルスきゅんが着けている手甲に秘密があるのかしら?
身体は戦うために動いていても、こんな思考をする余裕があるのが人体の不思議な所よね。
余裕って言うよりも超集中状態で時間が引き伸ばされたように感じていることで思考に使える時間が増えてるのが理由なのかしら。
ともかく、カルちゃんもハルちゃんもアタシ達の大切なお友達なの。アタシ達プレイヤーと違って、1回死んじゃったら復活出来るかも怪しいんだもの。
そう易々と殺されて溜まるもんですか!それに、復活出来ても目の前でお友達が傷付けられて黙っているようなアタシじゃなくってよ!
◇◇◇◇◆
『狂鬼』
このスキルはいまいちよく分かんねぇスキルだ。
よく分からんうちに取得して愛用してた『狂化』。そこから派生した『鬼人化』からさらに派生したこのスキルは、俺とすこぶる相性が良かった。
発動中はHPとMPが10倍になりあらゆる状態異常が無効化される。さらに、STRとAGIが秒間1のペースで青天井に上昇し続ける。
こんなぶっ飛んだスキルがあっていいのかってくらいにヤバい効果を持ったスキルだ。そして、これ以上なく俺のプレイスタイルに合っている。まぁMPは現状ほぼ使い道がねぇから持て余してるが。
見た目が変わるって効果もあるが……まぁこれはあんまり関係ねぇな。鬼により近付いてる感はあるけどよ。
さらにこの『狂鬼』ってスキルを手に入れた時に追加で手に入れたもんがある。
それは、『狂鬼の後継者』って称号と『狂鬼の紋様・継』ってアクセサリーだ。
厄介なことに『狂鬼の後継者』の効果で入手したらしいこのアクセサリーは取り外し不可の効果が付いていた。
つまり、未来永劫俺はアクセサリー枠をひとつ潰された事になる。だけど、俺はそれについてはなんの文句もねぇ。
なんせ、このアクセサリーにはとんでもねぇ効果がついてるからだ。装備品には大抵あるはずのステータスへの補正が無いこのアクセサリーの本領は『狂鬼』を発動した時に発揮される。
その効果は実に単純でだからこそ馬鹿みたいに強ぇ。『狂鬼』発動時、瞬時にSTRとAGIを2倍にするっていう馬鹿でもわかる超強力な効果だ。
これがアクセサリーひとつで発動するってんだからぶっ壊れてやがる。しかもそれとは別に『狂鬼』の効果で常にSTRとAGIは上昇し続けると来た。
それ以外のステータスにはなんの恩恵もねぇってのも割り切り方が大胆で実に俺好みだ。
けどまぁ、当然と言えば当然だがそんなヤバいスキルがノーリスクで使える訳もねぇ。
ぶっ壊れアクセこと『狂鬼の紋様・継』にはSTRとAGIを上げる効果の他にも、このふたつとHP、MPを合わせた4項目以外のステータスを全て0にするって効果が付いてくる。
まぁ魔法とか使わねぇからINTは無くてもいいし、基本はゼロ距離戦闘だし物投げるにも自前のコントロールで何とかすりゃDEXもいらねぇ。当たんなきゃノーダメなんだからVITもMNDなんぞ元から0だ。運頼みするつもりもねぇからLUKも関係ない。
ならMPは何に使うんだよって話だが、そこは俺に聞かれても困る。もしかしたらMP消費でSTRかAGIを上げるスキルがあんのかもだが、少なくとも今の俺はそんなスキルは持ってねぇ。
ここだけならデメリットがデメリットになってねぇんだが、所詮はおまけで付いてきたアクセの効果だ。
本命のリスクは『狂鬼』そのものにある。
なんでも、この『狂鬼』を発動し続けてると特定タイミング事に身体が乗っ取られそうになる。
それは純粋に時間が経過した時だとか、攻撃をしない時間が続いた時、逆に攻撃に熱中しすぎた時やら様々なタイミングで不意に訪れる。
まるで視界にノイズが走ったように意識がブレそうになるんだ。そんで、そのノイズに飲み込まれちまうとダメだ。身体が完全に言うことを聞かなくなって、まるで俺の体じゃねぇみたいに動き回りやがる。
そうなると俺の意思じゃスキルの中断すら出来ねぇ。外部から強い衝撃を受けるか、その戦闘が終わるかしねぇと制御が返ってこねぇんだ。
しかも、強制キャンセルじゃない方の終わり方……戦闘終了での解除になるととんでもねぇペナルティが発生しやがる。
舌打ちみてぇなSEと同時にレベルが1下がるんだ。しかもその戦闘での経験値とかドロップアイテムとかは貰えねぇ。最初にそうなった時はふざけんなって思ったぜ。まぁロッ君マラソンですぐ取り返したんだが。
……実際、このスキルの練習がてらプレイヤー見つけたら使ってみたら物の見事にさっきも乗っ取られちまってた。強ぇ奴が来てくれて助かったぜ。
乗っ取りには精神干渉系でMNDが関係してる……っても考えたがそれは対策したところでアクセの効果で無に帰すから諦めた。
それよりも、どうにもゲームシステム的な数値よりも俺自身の意識が重要な気がしてならねぇんだ。
ってな訳で、このスキルを使う時にはスキルに持ってかれねぇ様に意識を強く保つ必要があるって訳だ。
ま、何が言いてぇかって言うと……。
◇◇◇◆◆
「面白くなって来たぜ!」
ハルハシャを大地に叩き付け、カルシェを裏拳で吹き飛ばしながらリクルスが吠える。
ただの踏み込みで大地が抉れ、拳を振るおうものなら大気が爆ぜる。
今この瞬間にも上がり続ける身体能力の暴力によって荒れ狂うリクルスは果たして、鬼と何が違うのだろうか。
「あんらぁ!随分とワイルドになった……いや、戻ったわねぇ!」
「ん。きみがわるい。けど……さっきとも、違う」
「そうねぇ……さっきみたいに濁ってる訳じゃないわね。いえ、濁ってはいるのだけれど……のまれてない感じだわ」
「そう。鋭利な妖気とでもいえばいいのか……しょうじき、最初みたいに狂い果ててくれてればらくだった」
「くはははは!ただぐちゃぐちゃに暴れるだけなら雑魚だもんなぁ!安心しろよ、今度はのまれねぇからよ!」
たった一つのスキルの解放。
それだけで戦況はガラリと変わってしまった。
2人と2体がかりで1人を一方的に攻め続けていたように見えてその実綱渡りだった状況から一変。
今度はその1人を相手に2人と2体が防戦一方を強いられる。
かの童話では、盛り上がりもなく攻め込んで多くの鬼を相手に1人と3匹は誰も欠けることなく勝利を収めたという。
さてこの鬼退治では、はたして。
鬼“を”退治するのか、鬼“に”退治されるのか。
戦闘は佳境を迎えていた。
ちょっと新たな試み。
一人称モドキをやってみた。今後は少し試行錯誤して一人称も取り入れてみようかな……?の練習みたいなものです
そして今回は説明回。鬼退治は次回決着です
カレットの『不死鳥』と同じく、あるいはそれ以上にピーキーなとんでもスキルの『狂鬼』でした
実はトーカにはこの2つみたいなスキルは無いんですよね
今後生えてこないとも限りませんが
そして!
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