第267話 『蠱毒・2日目《鬼退治②》』
ちょっとブリテンで地獄見たり卓いっぱい入れたりしてて執筆サボってました
それでも1ヶ月以上間が空いたことは本当に申し訳ない
「シャオラァ!遅せぇ遅せぇ!無駄にデカい筋肉はただの飾りかァ!?」
「あんらぁ……言ってくれるじゃねぇの!」
ダダダンッ!と鈍い打音が連続的に響き渡る。
筋肉の鎧に身を包んだマリアンヌをスピードで翻弄するリクルスの拳は、マリアンヌが1発殴る間に平均4発は叩き込む。
ドゴシャァ!と重い打音が断続的に響き渡る。
高速の回避で身を守るリクルスをパワーで追い詰めるマリアンヌの拳は、リクルスの拳10発に相当する威力を1発で叩き込む。
同じ徒手空拳を得意とするリクルスとマリアンヌであるが、その方向性は真逆。
速さと手数のリクルスと単発で高火力のマリアンヌ。
捉えられず一方的に殴られ、一撃でも食らったらそこで終わり。お互いがお互いに相性最悪の2人の戦いは、それでもなお、あるいはだからこそ、狂おしい程に享楽的で。
ドスの効いた声と共に振り抜かれた拳はヴォンッ!と鈍い風切り音を立てて一瞬前までリクルスが居た空間を殴り付ける。
その少し先の壁面がベコンッ!と凹ませたのは、殴り飛ばした“大気”だろうか。
「ひゅー、おっかねぇや。飛ぶ拳たぁ面白い大道芸だな拳いるか?」
「お口が上手ねぇ。ならテメェの命、もらおうかし……らッ!」
リクルスの連撃がマリアンヌの筋肉の鎧を打ち据えた。しかし、マリアンヌの屈強な肉体は微塵も揺らぐ様子を見せず、すぐ様反撃に転じる。
リクルスはスピードタイプでマリアンヌはパワータイプ。これは歴とした事実であり、そこに間違いはない。ただし、リクルスはパワーに劣りマリアンヌはスピードに劣ると誤解してはいけない。
リクルスは十分パワータイプとしても通じる威力を持っているし、マリアンヌだってスピードタイプと遜色ない程の拳速を持っている。
それこそ、並の相手どころか手練だろうと容易く捻って見せるだろう。この2人は速さと威力の両方を超高水準で備えた上で、威力にあるいは速度により特化しているのだ。
もし常人が2人の戦闘に手を出そう物なら、何も出来ずに蹂躙されるだけだろう。それ程までに、荒れた岩肌の中で人知れず行われているこの戦闘は最高峰の激戦なのだ。
「随分度胸があるのねぇ!アナタの軽装じゃあ1発貰っても危ないでしょう?」
「はん、一撃即死の乱撃なんてなぁ、俺の周りじゃデフォなんだよ!んな程度で今更ビビるか!俺ビビらせたかったら黒トーカ連れてこいや!ごめんやっぱ連れてこないで!」
「クロトーカ?とやらは知らないけれど、安心したわぁ。アナタみたいな人でも怖いものはあるのねぇ。じゃぁアタシがトラウマ増やしてア・ゲ・ル♪」
「ヒェッ……」
なんてことは無い(ないったらない)会話に見えるが、今この瞬間も常人なら致死の威力の攻撃が飛び交う激戦の最中である。
現に殴られた岩肌はぐしゃぐしゃに砕け、荒々しくも雄大な岩場は見るも凄惨な荒地へと耕されている。
さらにいえば、一方的に攻撃を食らっているマリアンヌのHPも激しい勢いで増減を繰り返している。
増減を。
「ったく、殴った側から回復とかズルくね?」
「あらあら、男の子でしょ?乙女のズルくらい見逃しなさいよ」
「はん。守られなきゃ生きられないお姫様でもあるまいに!」
「あらァ!お姫様もいいわねェ!でも、アタシは強いオンナなのよォ!」
「うおぁ!?」
自称強いオンナが雄々しく大地を殴りつける。その拳は、物理的な破壊力を持って局所的な揺れを引き起こす。
その揺れに足を取られたリクルスは、しかし強引な跳躍でマリアンヌの射程範囲から離脱する。
無理な離脱の代償にリクルスは大きく転がる事になるが、敵の目の前で転倒し隙を晒すという無様を回避した。
「マリィちゃん、ないす」
「なっ……」
だが、これは1対1の決闘ではなく2対1の命の取り合い。
戦闘の序盤こそ積極的に戦っていたもののマリアンヌとリクルスの拳の応酬が激しくなった辺りから段々と攻撃回数を減らし、ひっそりと戦線から離れていた少女。ミミティアが致命的な隙を晒したリクルスの背後に突如として現れ、がら空きの首筋を短刀で掻っ切る。
「……んてな!」
「くぁっ……!」
直前。リクルスはそれを読んでいたかのように短刀を振るうミミティアの腕を取ると、硬い地面にミミティアの小さな体を思いっ切り叩き付ける。
「俺が戦闘中に敵の存在を忘れるとでも思ったか?さすがにバカにすんなよ?」
「さすがにそんな事を期待するほどバカじゃない。ただ、試したかっただけ」
体勢は不安定で勢いもほとんどないとはいえ、リクルスのSTRで硬い地面に叩き付けられたはずのミミティアはなんて事ない様に腕を払ってくるりと立ち上がると、べーっと愛らしく舌を出す。
「乙女を忘れちゃ、ダ・メ・よ♪」
降り注ぐ破壊の拳。注意の割合が僅かにミミティアに傾いたその瞬間を狙って、機敏な動きで接近したマリアンヌがその拳と地面でリクルスを挟み込み押し潰す。
「何言ってんだ!テメェみてぇな強者を忘れっかよ!【掌打】ァ!」
ごしゃりと鈍い音を立てて地面諸共リクルスの顔面を叩き潰したはずの拳の影から現れたリクルスはニヤリと好戦的な笑みを浮かべ、カウンターの拳がマリアンヌの顔面へと叩き込む。
「まちがいなく当たった……でも当たってない?」
「『蜃気楼』。大会の報酬で取った面白スキルだ。びっくりだろ?」
「っつ……乙女の顔を殴るなんて酷いわねぇ……」
一時的に自身の当たり判定を無くすスキルである『蜃気楼』。これによってリクルスはマリアンヌの拳をすり抜けたのだ。
「『空蝉』、使わされた。むぅ……こいつ、強い。やっぱり【カグラ】は危険」
「そうねぇ……アタシ達が2人がかりでもここまで拮抗されるのはさすがに想定外だわぁ……」
元より【カグラ】の事はメンバーひとりひとりがボス級の危険度を持つと警戒はしていた。だけどどこまで行ってもプレイヤー、などと甘く見ていたつもりもない。
それでも、信頼する相棒と2人がかりでなお通用しない程とはさすがに思っていなかった。
同盟の件も前向きに検討しなきゃいけないかもしれない。ミミティアとマリアンヌは口に出さずとも同じ思考を巡らせていた。
と、同時に。
「このままじゃ、ちょっときびしい」
「えぇそうね。けどまぁ、当然と言えば当然じゃあないかしら?鬼退治にはまだ役者が足りないもの、ね」
勝ち目が見えない程に手も足も出ない、とも微塵も思っていなかった。
向こうは何か手札を隠している。それくらいの事は分かる。けれど、それはこちらも同じ事。膠着状態。なんならこちらが押され気味ならば、手札の1枚や2枚出し渋っている場合ではないだろう。
「ん。じゃあそろえよう」
「そうね。そうしましょそうしましょ」
少し悔しげにため息をつくミミティアにパンっと手を打ち鳴らしてマリアンヌが同意する。
「お?なんだ、何か隠し持ってんのか?いいじゃんそういうの好きだぜ。もっと楽しませてくれよ」
「そのよゆう、すぐに吠え面にかえてあげる」
「ミミちゃんとアタシ、どっちが桃太郎でどっちがお猿さんなのかしら。まぁそれはどっちでもいいわ」
何の因果か相手は《鬼》を象った姿で暴れ回っていた。今は違うとはいえ、リクルスが《鬼》を宿しているのは間違いないだろう。
素早くぴょんぴょん動き回るミミティアか、筋肉の鎧を纏うマリアンヌのどちらかを猿、どちらかを桃太郎と考えれば。
「「出来過ぎなくらいおあつらえ向きの状況ね」」
「?」
ミミティアとマリアンヌの2人は頭にはてなマークを浮かべているリクルスを置き去りに、くすりと笑い合う。
そして。
ミミティアはピュゥッ!と高く澄み渡る様に。
マリアンヌはピィーッ!と鋭く湧き出す様に。
それぞれの指笛を吹き鳴らした。




