第節分話 『渡辺さん呼んできて早く!』
今年の節分って3日じゃなくて2日なんですってね
はい。こんなん書いてる暇あったら本編はよって方もいるのは分かります
分かった上で、節分短編ではあれど次章の前日譚というか0話的な部分もあるので!
「なぁなぁ護、瞬。明日【カグラ】のみんな誘って【島】で節分パーティしないか?」
2月2日の昼下がり。本来なら平日だが、遠足の振替休日で休みになっていたこの日、護、瞬、明楽の幼馴染トリオは、特に目的も無く護の部屋に集まってだべっていた
普段ならここぞとばかりに《EBO》に精を出すのだが、先日の疲れもあってかそんな気分ではなかったのだ。
そうしてしばらくダラダラしていた時、スマホを弄っていた明楽が急にそう言い出した。
「あー、そういやもう明日か、2月3日。いつもは護の部屋でやってたよな」
「加減忘れて力いっぱいぶん投げるからカッピカピの豆が何ヶ月か後に出てくるとかあるんだからマジで大変なんだぞアレ。毎年大掃除すると必ず2〜3個は出てくる」
「ほぼ1年潜み続けた熟練の豆かぁ……縁起物だな」
「やめろよ。普通にゴミだわ。ったく、ちょっとは加減をだな……」
「毎年そう言われて分かった気を付けるととりあえずその場で返す事はや十数年!今年こそは安心して欲しい!何せ、《EBO》の中でやるのだ!」
「おー!そいつぁスゲェや!護の部屋から豆の新兵がついに消えるのか!」
「まて、おい明楽。薄々分かっちゃいたがせめて取り繕う努力をしろ」
つい口からポロッとでた本音に、護のアイアンクローが明楽の顔にそっと伸びる。
明楽はサッと瞬を盾にすると、それはともかく!と言葉を続ける。盾にされた瞬の非難は無視だ。
「まぁ聞け護。有咲とどうやればたまっきーを筆頭にしたゴシップ好き達の追求を上手く躱せるかを相談していたのだが」
「あー、なんだっけ。こっちに環がいるみたいに向こうにもゴシップ好きの子達がいたんだっけ?」
「そうそう。確か鹿島さんと椎さんって言ったっけな。めちゃくちゃガツガツ来てた2人」
思い出すのは、一瞬で環と打ち解けて有咲と陽と護の3人を包囲した姦しーズのふたり。一旦は逃れる事に成功したものの、姦しーズの間にホットラインが出来てしまって結局は敵戦力を強める結果になってしまった。
明日からの追求を考えると気が重くなる護だった。
「というか、有咲と連絡先交換してたのか」
「うむ。当然だ。ついでに、『お兄さんの連絡先聞くの忘れてたからおせーて』と言われたから教えておいたぞ。それでだ、向こうのふたりやこっちのたまっきーをどう躱すかという戦略会議をだな」
「おい待て明楽お前コラ。勝手に人の連絡先を教えるんじゃねぇよ」
今度こそ明楽の頭部にアイアンクローをお見舞する。
護的に……というか、常識的に明楽の行動は見過ごせない。
「いや、さすがに聞いたぞ?昨日の夜。そしたら護が疲れ切った虚ろな顔で「おーう」って許可くれたから……」
「それは!許可じゃなく!空返事だ……!」
「あだだだだ……!まもっ、まもる!出る!耳から脳が出る!」
「なぁなぁ、【島】でパーティやんのはいいけどよ。節分ったら豆まきだろ?《EBO》に豆ってあったっけ」
「あぁ、それならー陽が作ったってよ。さっき『明楽と有咲が【島】で節分パーティやるって言ってたけどもしかしてなんか作った?』って聞いたら『てへっ♪』って感じのスタンプが返ってきたからまぁ」
「ほぉ、メイが……!これは期待出来そうだぞ……!」
「ん?もしかして護、陽とは連絡先交換してたん?」
「あぁ、お前らがシミュレーターでぎゃいぎゃい騒いでる時にな。有咲は忘れてたというかタイミングを逃したというか、さっき明楽に言われてそういやって気付いたわ」
「あのー、護さーん?そろそろおててを離して頂けると私的にはとっても嬉しいなーって、ね?」
明楽にアイアンクローをかましたまま平然と会話を続ける護に、明楽がそっと手首を叩いてギブアップの意思を示す。
「うぅ……痛かったぞ……」
「そりゃ痛くしたからな。って、お。……おー」
「ん?どったん?」
「いや、陽から無言でそっと空の皿を差し出すスタンプが送られて来てな。まぁ多分意味的には『料理』は頼むって事だろうな」
「「おぉ!トーカの料理!」」
スタンプ会話がマイブームらしい陽から送られて来たスタンプを解読すると、幼馴染達が『料理』のワードに反応して色めき立つ。
「護の作る現実での料理もいいけど《EBO》のトーカの料理もうめぇんだよなぁ」
「トーカ!めちゃくちゃ長い恵方巻きを所望するぞ!現実では出来ない夢の1品だ!」
「はいはい、分かった分かった。陽にもOKの返事を……いや、何故かフォルダに入ってた外国人シェフのフリー素材画像でも返しとくか。……なんでこんなの入ってるんだ?」
「あ、それ護がお菓子取りに行った時に俺が仕込んだ!ホーム画面それにしようとして直前で帰ってきたから諦めたヤツ」
「人の!スマホを!勝手に!いじるな!」
「あだっ、あだだだだた!へこむ!こめかみへこむ!」
そんなやり取りをしている中で、そういえば、と護が呟いた。
「今年の節分って、2月2日じゃなかったか?」
「「えっ?」」
「いや、詳しくは知らんけど公転だかの関係で立春がズレて百何年かぶりに2月2日に節分が〜ってのを今朝ニュースで見た記憶が」
「なんだと!?完全に明日だと思っていたぞ!?」
「え?節分って2月3日固定じゃねぇの!?」
「あ、陽からメッセージ来た……『これを見て』?……あぁ、節分が今日って情報まとめてるサイトのリンクか」
デフォルメされたクマが焦った様子で下を指差すスタンプと共に、どこかのニュースサイトのリンクが送られて来た。
向こうも気付いたらしい。というか、この時間にメッセージのやり取りが出来るということは向こうも休みなのだろう。
「『みたいだな。こっちも今気付いた。今日やるぞって言って出来そうか?』っと。……お、なになに……って勝負してたのかこれ!?」
普通に護が文章を返すと、すぐさま陽から『Win!』の文字と共にグローブをはめた猿が両手を天高く突き上げているスタンプが送られて来た。
どうやら、いつの間にかスタンプ会話勝負をしていたらしい。
とりあえず適当に話を合わせてガックリ落ち込んでいる絵柄の無料スタンプを返しておく。
すると、恐らくタイミングがズレたのだろう。その直前に『大丈夫だ、問題ない』と字幕の振られた金髪の男性がカメラ目線で見てきているスタンプが送られて来た。
勝ち負けが決まろうとスタンプ会話は続けるらしい。
「まぁ、なんだ。陽の方は大丈夫っぽいぞ。アイツがダメだとただ【島】に集まってそれっぽい飯食うだけの会になるからな」
「正直それはそれでありな気はするけどやっぱり豆まきしてぇよなぁ」
「うむ。豆まきこそ節分の最高の楽しみだ!渡辺じゃなくて良かったとこの時期は毎年思うぞ」
「へ?なんで渡辺?」
「知らんのか?渡辺さんは豆まきしなくてもいいのだぞ」
瞬が何言ってんだこいつとでも言いたげな顔で首を傾げれば、明楽は何故か勝ち誇ったような様子で解説する。
「へぇ〜。え、なんで?」
「それは……知らん!護!」
「なんで俺が知ってる前提なんだ……?いや、有名な話だから知ってるけども」
だが、理由までは知らなかったらしい。
即効で護に話をぶん投げ、護による臨時の『何故渡辺さんは豆まきしなくてもいいのか』講座が行われたという。
◇◇◇◇◇
そして夜。
臨時で決まった『【カグラ】節分パーティ』は、急遽決定した行事にも関わらず欠員ゼロという幸先のいいスタートを切っていた。
「急な呼びかけだったがまさかみなが揃うとはな!嬉しい限りだ!」
「はは、いい感じに仕事が落ち着いて来たからな。今日は早めに上がれたんだ。ナイスタイミングだったな」
「私達は今日休みだったしね〜。メイとお兄さんは裏で準備してくれてるけど」
「いやぁ……まさか渡辺が豆まきしなくてもいいとは……」
「お兄ちゃん、まだ言ってるの……?」
メイが急遽作ったというプレハブ小屋の、しかし即席とは思えない立派なのパーティ会場には主催者のカレットとリーシャ、そして参加者のリベットにリクルスとサクラの兄妹が揃っていた。
この場にいないメイとトーカは裏(これまた即席とは思えない作業場)でパーティの準備中だ。
無論、大人なリベットは手伝おうかと言ったのだが、メイにいいからいいからと拒否されてしまったのだ。
「んじゃ、2人の準備が終わるまで適当にジュースでも飲んでだべってましょ」
「味付きポーション作成の過程で編み出した製造法だったか?そういえば未だに味付きポーションはメイ以外作っていない様だが、そんなに難しいものなのか?」
「さぁな。生産なんか俺はなんもわかんねぇし味付きポーションの恩恵も薄いからなぁ……でもジュースにゃ感謝だ。うめぇうめぇ」
「知り合いの生産職にも聞いてみたけど専門外らしくて詳しくは分からなかったな。メイが当然のように作るから忘れてたけど味付きポーションの恩恵って今のところ【カグラ】だけが享受出来てるのか。贅沢だな」
「えっ?ポーションって味ないのが普通なの?」
「ったく……サクラは幸せもんだなぁ。最初から味付きポーションで生きてけるんだから。メイとトーカに感謝しろよ?」
「そうなんだ……後でお礼言っとこっと」
「も〜サクラちゃんったら素直ねぇ〜」
「わわっ、そんな頭わしゃわしゃやられたらくすぐったいよリーシャさん……!」
表でメイとトーカ以外のメンバーがわいわい騒いでる同時刻。
裏と呼ばれる臨時の作業場では、メイとトーカの2人が何やらコソコソと悪巧みをしていた。
正確には、メイの思い付きにトーカが巻き込まれていた。
「なぁ、メイ。本当にやるのか?」
「そりゃあもう。出来ちゃったならやるしかないよね☆」
「そんな☆まで発音しなくても……なんかテンション高くないか?」
「んー、多分いいものが作れちゃった関係でハイになってるんだと思うよ。あとこの地下に僕の世界が広がってると思うとね……うぇへへ。という訳で、いつもよりテンション高めでお送りしています。みたいな?」
「そういや地下占領してたな……嫌な予感しかしないんだけど【島】無事だよな?」
「失敬な。ちゃんと無事だよ」
わざわざ裏の作業場のさらに片隅でしゃがみこんでコソコソと話している2人の元へ、カツカツと足音を鳴らして歩み寄る気配が4つ。
「なぁなぁあんさんら、何企んでるん?」
「もしかしなくてもおもしれぇ事か?アタシにも1枚噛ませろよ」
「いやいやいや、やめとけって。コイツらの企みとかぜってぇロクなもんじゃねぇって」
「………………………………………………ジー」
首元まで伸ばした白髪をたなびかせ、糸目の奥に黒目をと覗かせ楽しげにニヤニヤと笑みを浮かべた着流しの青年が悪巧みする2人を上から見下ろし、くすんだ黒のくせっ毛に血のように赤い瞳を持った小麦色の肌の露出が多い服装のボーイッシュな女性が2人のそばで同じようにしゃがみこむ。
黒髪金眼の褐色少年はむしろこういった悪巧みに率先と参加しそうな少年味溢れる服装とは逆に、焦ったように年長者たちの首根っこを掴んで引き剥がそうとしている。
立っている白髪の青年と座っている黒髪の女性の首根っこを同時に掴むためか、褐色少年の体は中途半端な位置にふわふわと浮いている。
そして、そんな騒動になど目もくれず、机の上に置かれたお皿……正確にはそのお皿に乗せられた油揚げをじーっと見つめる、白髪碧眼の座敷わらしのような格好をした幼女。
メイとトーカしかいなかったはずの臨時作業場に突如として現れた4人。
通常なら驚き慌てふためく場面だろう。
だが、2人はこの4人と面識があった。
「あぁ、来てたのか。あれ以来タイミング合わなくて【島】にほとんど来れてなかったから久しぶりだな」
「いやぁ、そっちのちっこい嬢ちゃんはしょっちゅう来てたけど、あんちゃん見んのは久しぶりやね」
「ってもアレだろ。そっちの嬢ちゃんは来てもすぐ地下にこもりっきりだからほとんど地上にはいなかったじゃねぇか。実質久しぶりだろ」
「なぁおい。白いの。「なんや?」……トーカ。お前がここにいるって事は今あの赤いの「なんだ?」お前は目だけだろ!あのカレットとか言う頭おかしいヤツは野放しなんだろ?大丈夫なのか?」
「……………………………………ジー」
いや、面識があったとはいえ突然現れたら驚くのが普通だろうが、残念ながらこの2人は普通ではなくヒャッハーであり、現れた4人はヒャッハー達よりも先に【島】に生きていた先住民である。
さらにいえば、ヒャッハー達がこの【島】を探索した時にドンパチやり合った仲である。
それではなんの説明にもなっていない気がするが、【島】と関係の深い【試練の獣】達なら【島】の内部で何をしてもおかしくないという認識なのだ。
「あのな【鴉】。お前がカレットの事トラウマになってんのは分かるけどさすがに何も無いタイミングでブッパするような奴じゃないからな?」
「……本当か?本当だな?嘘だったらお前がこの【島】に来る度に頭の上に小石落とすからな?」
「嫌がらせが地味だなぁ……。そんで【狐】、ソレ気になるなら食ってもいいぞ?」
「っ!?な、なんの事じゃ!?妾は別に何も気にしておらんが!?」
他の【試練の獣】達との会話中、あまりにもずっと【狐】が熱心に油揚げを見ているものだから、テンプレだなぁとは思いつつも気遣って声をかけたトーカだが、【狐】の方はトーカにまだ試練を台無しにされた事を根に持っているらしい。
チラチラと意識が吸い寄せられるのを必死に堪えながら、ツーンとした態度を取っている。
「……分かった分かった。だったら味見頼むよ。自分じゃ味見しまくるせいで分かんなくなって来るからな。第三者の忌憚なき意見ってのが欲しいんだ」
「そ、そうか……!そこまで言うならしょうがないの!妾がその……だいさんしゃのきたんなきいけん?とやらを言ってやろうではないか!」
さすが(見た目は)幼女。小難しい言葉の羅列には弱いらしい。
目をキラキラさせながら、いなり寿司用に用意していた味付け前の油揚げを嬉しそうに頬張る。
「むーんっ!美味い!あっ……ん゛んっ。まー、その、なんじゃ。及第点と言ったところかの。うむ。悪くはなかったぞ。これからも精進すると良い。なんなら妾が味見役になってやっても良いぞ。……ってなんじゃその目は!」
「「「「「いやいや別に」」」」」
「むぅぅぅぅぅ!」
怒りでほっぺをパンパンにしてむくれる【狐】に、5人の心情は『可愛い』で一致した。
どうやら、【試練の獣】の中でも【狐】は末っ子というか、愛されポジションらしい。
「ほんで、話戻すけど。こんな裏でコソコソ何してたん?」
「ほら、せっかく節分だし?豆まきも盛大にやりたいよなね〜って話をトーカとしてたんだよね」
「凝るにしたってやり過ぎだろ……これ、昨日今日の出来じゃ無いぞ?」
「あはは。元から鬼をコンセプトにした装備は作りたいと思ってたからね。雛形はあったんだよ。あとはそれを仕上げただけ」
「ほぉ、節分。ウチらはやった事無いなぁ」
「だな。この【島】じゃそんなんとは無縁だしな」
「あれじゃね?そのせいでコイツらって言う鬼が来たんじゃね?」
「【鴉】はホンマにコテンパンにやられたのが応えたみたいやなぁ」
「あっはっは、なーに気弱なこと言ってんだ。アタシらの試練を突破するほどにこいつらが凄かったってこったろ?そんな後々まで引き摺るなって」
「もっちゃもっちゃ。相変わらず【狼】はガサツじゃの。もっちゃもっちゃ」
「まぁまぁ、とりあえずもう仕込みは終わったから後は料理をみんな所に持ってくだけだよ」
わいのわいのといつの間にか騒がしくなった裏の作業場に、パンパンとメイの柏手が響き渡る。
「ほらほら、せっかく来たんだから参加してってよ。はい。この料理持ってってね」
「おぉ。この嬢ちゃんゲストに働かせるとは肝座ってるわぁ」
「まぁいいじゃねぇか。交流の意味もあって来たんだ。それよか肉はねぇのか?アタシはやっぱ肉が1番だな」
「おいトーカ!信じるからな!出会い頭にあのやべぇ魔法飛んでこねぇよな!?」
「もっもっ。もっもっ。トーカ、油揚げが品切れじゃ。後ででいいから追加を持ってくるのじゃぞ」
そう言って【試練の獣】達は料理の皿を持って素直に表にまで運んでいく。
少し前まで正体不明のバケモノ達と思っていたとは思えないほどの個性豊かな面々に、メイとトーカはどちらともなく笑を零し、料理の皿を抱えて【試練の獣】達の後を追うのだった。
◇◇◇◇◇
「あ、トーカ。はいこれ」
「ん?……って、これは……」
「リーちゃん言いくるめて預かって来たんだ。サプライズサプライズ」
「うーん。やるからには本気でやるが、後でどうなっても知らないぞ?」
「その時は連帯責任だよ♪」
「やけに楽しそうだなぁ……」
◇◇◇◇◇
その後、【試練の獣】の登場もあり、節分パーティは大いに盛り上がった。
カレットから最大限距離を取って逃げ回っていたせいで逆に興味を持たれて【鴉】が追いかけ回されたり、【狼】とリクルスがどっちが早いかのかけっこを始めてそこにリーシャも乱入したり、トーカが持ってきた油揚げのお代わりに【狐】が目を輝かせて飛び付き直後に正気に戻った様を全員から『可愛い〜』されたり、【蛇】が試練で自分の一撃を耐えたサクラに興味を示して絡みに行ってお兄ちゃんバリアに阻まれたり、その場のノリで盛り上がり過ぎたバカ共をリベットとトーカがたしなめたりなど、本当に盛り上がった。
そして、盛り上がりも最高潮になったタイミングで、パンっ!とメイの柏手が響く。
最近、柏手もマイブームらしい。
「では、盛り上がってた来たところで!節分と言えば〜?」
「「「豆まきー!」」」
ハイモードが抜け切っていないメイのテンションに、三馬鹿が負けず劣らずのハイテンションで応える。
リベットは1歩引いた位置から暖かく見守り、トーカは遂に来たかと小さく息を吐く。
なお、【試練の獣】達はと言うと、【蛇】と【狼】はなにか面白いことが始まる予感に静観の姿勢を保ち、【鴉】はカレットに追いかけ回された恐怖と疲労でぐったりと地面に座り込み、【狐】はトーカに油揚げのお代わりを集っていた。
「では、今からみんなにはこの僕お手製の『鬼豆』をお配りします!この豆はなんかよくわからないけど出来た《鬼》特効を持った投擲武器で、これで攻撃すると《鬼》属性の相手に大きなダメージを与える事が出来るんだ!しかも『鬼は外』って言いながら投げるとダメージがアップする不思議仕様!ちなみに、僕は《鬼》属性の敵モンスターの存在は知らないよ!」
「ほぉ……ポリポリ。ふむ。普通に豆の味だな」
「食うのが早過ぎるだろ!撒いた後の豆を拾って食うのが1番なんだって!」
「それで結局我慢出来ずにいっぱい食べるんでしょ?拾った豆って場所によっては結構汚いんだから気を付けてよね」
「歳の数だけ、ってヤツか。そういや豆まきなんて久しくやってないなぁ」
「ほーん?この豆を《鬼》に投げればええんか。というか、ウチらにもくれるのね。ありがとさん」
「おっ、いいねぇ。アタシもやる気出て来るってもんよ!んで、《鬼》はどこよ?」
「俺はパス……疲れた……」
「なら【鴉】の分も妾が使ってやるわ。感謝するんじゃぞ」
メイ特製の『鬼豆』を手渡された面々は、興味深げに眺めつつやっと始まったメインイベントにテンションを上げていた。
が、ここで疑問がひとつ。【狼】が言ったように、《鬼》の姿がどこにも見当たらないのだ。
メイの事だから豆だけ作って《鬼》の用意を忘れた、なんて事は無いだろうが。ここまでお膳立てされてお預けは悲しすぎる。
そんな意志の宿ったいくつもの瞳に見つめられ、メイはたじろぐどころかその視線をこそ待ってました!と言わんばかりにいい笑顔でインベントリからとあるアイテムを取り出す。
「てってれ〜ん!鬼仮面」
そう言ってメイが取り出したのは、この時期ならどこのスーパーでもよく見るようなデザインの鬼のお面だった。
材質だけはいいものを使っているようで、ありふれたチープなデザインとは馴染まずに浮いている。
「ふっふっふ……この仮面をつけた人はね。なんと《鬼》属性が付与されるんだ!後は鬼っぽいオーラを纏ったり服装の形状が鬼っぽくなったりね。なんか分かんないけどこれも作れちゃいました!装備したらカタコトでしか喋れないっていうデメリットはあるけど、まぁ些事だよね!」
なんか作れちゃいました、というレベルをはるかに超越しているアイテムを自慢するでもなく楽しげに紹介するメイ。
もしこれが外に出回れば、とてつもない価値で取引されるだろうことをメイくおりてぃに慣れ切ってしまった【カグラ】の面々は気付かない。
「そして〜この《鬼》になれるアイテムを、トーカに装備していただきます!」
「「「「え゛っ」」」」
「あ、トカ兄が鬼役やるんだ」
「おー、トーカが鬼役かぁ。確かにメイス持ってるし、適役と言えば適役なのか」
「ほぉ、あんちゃんが。ウチらは全力で豆投げればいいってことやろ?」
「腕がなるじゃねぇか!試練のリベンジマッチだ!」
「ほぉ!妾の試練を台無しにしてくれた雪辱、今こそ晴らしてやろうではないか!」
「……やっぱ俺の豆返せ【狐】。仲間外れは嫌だ」
メイがトーカに鬼仮面を手渡すと、諦めた顔のトーカがそっと鬼仮面を顔に被せる。
すると、変化はすぐに起こった。
トーカの手にいつの間にか握られていた白銀ノ戦棍が鬼の持つ黒金の金棒へと変化し、陰陽師のような和風の服装は体に張り付くようなピッチリとした赤色のタイツのような物に変化し、腰周りだけが黄色い虎柄の腰巻に覆われる。
そして、頭部。見るからにお面だった鬼仮面がトーカの顔と融合し、まさに誰もがイメージする『節分の鬼』の形相へと変化する。
「……………………」
そんな、節分鬼へと変わり果てたトーカは金棒を2度3度ブンブンと振ると、固唾を飲んでその変化を見守っていたこの場にいる全員を見渡す。
「……オレ、オマエラ、ナグリコロス」
「このパーティ会場がやけに広いのはこのためだよ!さぁ!豆まきの時間だよ!鬼は〜そッ――――――
「きゃぁぁぁぁッ!メイぃぃぃぃ!」
トーカの横で大振りな仕草で演説していたメイが、途中で節分鬼と化したトーカに殴り飛ばされる。
トーカの瞳は虚ろで、目に見えるもの全てに災いという名の金棒を叩き付けるという意思だけが宿っていた。
そして、節分鬼は虚ろな瞳で残りの9人と見回すと、1番近くにいたリクルス目掛けて駆け出した!
………………と、当然ここまでが仕込みである。
事前に説明途中でメイを殴り飛ばし暴走にみせかける事は打ち合わせ済みだ。というか、ハイモードのメイから提案してきた。
ゲーム内だからこそ出来るパフォーマンスと言えるだろう。
「ひぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
もちろん、他のみんなはそんな事は知らないのでこのリクルスの悲鳴も本気の悲鳴だが。
「怖ぇぇぇぇぇぇぇ!今俺1番死を感じてる!死ぬ死ぬマジで死ぬこれやべぇ怖ぇ助けて!」
「リクルス!豆だ!豆を投げろ!鬼は外だ!」
「鬼は外ぉぉぉぉぉぉッ!」
涙目のリクルスが必死に節分鬼に目掛けて豆を投げ付ける。
かつてこれ程までに必死に豆を投げた事があるだろうか。いや、無い。そんな反語が勝手に出てくるほど、今のリクルスは必死に豆を投げていた。
『グゥゥゥゥッ!』
そして、リクルスの投げた豆に節分鬼が当たると露骨に苦しみ始める。
それどころか、いつの間にか節分鬼の頭上にHPバーのような物が出現していてそれがそこそこの勢いで減っていく。
「っ!行ける!行けるぞこれは!豆を投げろ!鬼は外!」
「「「「「「「「鬼は外!」」」」」」」」
『ウグァァァァァァッ!』
恐怖に駆られていても、トッププレイヤーと莫大なステータスを持つ試練達。
正確無比な豆さばきで節分鬼に確実にダメージを与えていく。
『グォォォォォッ、お、おぉ……おぉぉぉぉ!』
そして、節分鬼のHPが3割を下回った、その時。
今まで苦しみもがいていた節分鬼が急に動きを止める。
そして、変化が現れる。
ズズ……ズズズ……そんな音が聞こえて来そうな程の、おぞましい変化。
赤鬼だった節分鬼の体を、侵食するようにおぞましい黒が這い上がる。禍々しい黒に染め上げられていく節分鬼の姿は、下手なホラーよりもよっぽど恐ろしい。
そして、リクルスは、カレットは、リーシャは、リベットは、このおぞましさを知っている。
濃密な日々によってはるか昔にすら感じられる、大会で優勝したあの日の事を。
あの日、控え室でリーシャが選んだ景品である『闇堕ちリング』を装備したトーカが、まさにこんな感じの禍々しいオーラを放っていた。
あぁ、だからこそ、この4人はすぐに分かった。
アイツら、やりやがった。と。
「「「「ソレは禁止って言ったろぉぉぉぉッ!」」」」
『グォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!』
恐怖に駆られ叫ぶ経験者4人の前で、何もわからず、しかし明確な恐怖に固まる未経験者5人の前で、赤鬼だった節分鬼は黒鬼に成った。
「「助けて渡辺さぁぁぁぁぁぁぁぁん!」」
鬼には渡辺さん。ほんの数時間前に詳しく知ったばかりの情報に縋るカレットとリクルスの声が夜の【島】に木霊した。
◇◇◇◇◇
「ぜぇー、はぁー、ぜぇー、はぁー」
「勝った、ぞぉ……!」
「いきてる……いきてるよ……」
「めちゃくちゃ怖かった……」
「なんだったのあれ……すっごい怖かった……」
「なんなんやアレ……ウチら試練よりよっぽど試練やったわ……」
「あっはっは!アレが《鬼》か!あぁ……!《鬼》怖ぁ……」
「クソっクソっ!だからコイツらはやべぇ奴なんだ!誰一人まともな奴なんていやしねぇ……!」
「ガクガクプルプルガクガクプルプル」
しばらく経った後、【島】に急遽作られたパーティ会場では、恐怖とそれに打ち勝った達成感で疲労困憊の9人の姿があった。
「お疲れ様ー。どうだった?」
「……明らかにさ、やり過ぎたと思うんだよね。最後までやり切った俺が言うのもなんだけど」
最初のパフォーマンスでやられた振りをしていたメイと、鬼豆によって鬼仮面のHPを全て削られたトーカが地面に倒れ込む9人の前に現れる。
そして尋ねる豆まきの感想。
そんなもの、ひとつしかない。プレイヤー、NPC、老若男女の区別無く、地面に倒れ込む9人の心情は一致していた。
『死ぬ程怖かった』
9人の心と声が種族を越えて揃った瞬間である。
その後、首謀者のメイと実行犯のトーカはこってりと絞られてパーティの裏方に専念させられたのだった。
次回から《EBO》に……もっといえば【島】に焦点が当たるので【試練の獣】の方々を再登場がてら節分の短編をば
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あとアレですね、面白いなーと思ったら下の方にある『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』にして頂けるとさらに狂喜乱舞します




