第236.5話 『とある兄妹の後日譚』
ゲリラ投稿!
次回から《EBO》に舞台を戻すと言ったな?
あれは嘘だ。
という事で、サブタイにもあるように、遠足後のとある兄妹の一幕です
「ただいまー」
色々な出会いがあって終始賑やかだった遠足が終わり、疲れ切った体に鞭打ってなんとか家まで辿り着いた僕は玄関の扉を開けてようやく一息吐いた。
最悪ここでぶっ倒れても家族が何とかしてくれるだろう。
そんな、他人任せな安心感が瞼達の距離を近付ける。
とはいえ、さすがに玄関先でぶっ倒れる訳には行かない。
肉体的疲労に勝るとも劣らない精神的疲労のせいで緩慢になった動きで扉の鍵を閉め、せめて部屋までは生きてたどり着いて見せると気を引き締め直す。
直後に大きなあくびが出たので体は正直だった。眠い。
それと同時に、どてどてどてと急ぎ足で階段を駆け下りるような音が響いてくる。
ような、では無く実際にそうなのだろうと確認するまでもなく分かった。
なにせ、僕の部屋も妹の部屋もどちらも2階にあるのだから。
「お兄ちゃんおかえり!ちゃんと買ってきてくれた!?」
短く切りそろえたショートボブの髪をぽわぽわ揺らしながら、誰に影響されたのか白を基調とした裾の広くゆったりめの服装に身を包んだ我が妹が、期待に目を輝かせながら駆け寄ってくる。
僕と妹は少し歳が離れている事もあり、昔はしょっちゅう僕の後ろを付いてきたり僕が帰宅すると真っ先にお出迎えをしてくれたりとお兄ちゃんっ子だった妹も、いつしか兄離れをして兄妹仲はいい方であってもそこまで一緒にいるという訳ではなくなり、お出迎えもなくなっていった。
そんな経緯があるものだから、久しぶりの妹のお出迎えは嬉しいものになる……はずなのだが、僕の胸に湧き上がった思いは理由に察しが付いているだけに『現金な子になったなぁ』とそんな苦笑にも似た微笑ましさだった。
「ちゃんと買ってきてあるよ。はい」
期待に目を輝かせ、ずいっと両手を差し出す妹の小さな手に、バッグから取り出したお土産を乗せる。
同年代に比べても一回り以上小柄な妹の手に僕の手をかざせば、ほとんどが隠れてしまい、視線が通らない。
「わーい!って、あれ?みっつ?」
だからこそ、妹はその手に乗せられたお土産が3つある事に確認するまで気付けなかった。
妹の手に乗ったお土産は3個。それは、どれも同じ物だ。
手のひらサイズに縮小された、妹の憧れの人が使う武器のストラップ。
それが3つある事に、妹は困惑している様だった。
確かに、頼まれた内容はこのストラップが2つだけだ。
頼まれた時点で多くない?とは思ったが。なんでも、実際に付けて使う用と保存する用らしい。
この歳にして使う用と保存用のふたつを購入する妹の将来が若干不安にならないと言えば嘘になる。
「嬉しいけど、なんで3つ?って、あれ……」
こてん、と可愛らしく首を傾げた妹は、何かに気が付いたらしい。
受け取った3つのストラップの内のひとつに気になる所がある様だ。
なかなか目敏いな……なんて、そんな事を考えながら心の内から湧き上がる悪戯心に口の端が吊り上がりそうなのを抑える。
「これ、開けた跡がある……?お兄ちゃん!もしかして先に開けちゃったの!?」
数秒前まで幸せそうにニコニコしていた妹の顔が、不満と怒りの色に染まる。
とは言っても、本人としては本気なのだろうが、小さな妹のむくれた様な表情は大変可愛らしく、ぷりぷり怒っていても大して怖くもない。
むしろ、それに関する事情を知っているために笑ってしまいそうになる悪戯心を抑える方が苦労する。
「むぅぅぅぅぅ!!!」
「そんなほっぺぱんぱんにしてないで、これも見てよ」
「ぷひゅ〜。何するのお兄ちゃん!そんな事よりもこっちの方が……」
そう言って、ほっぺたを全力で膨らませて不満を表現している妹のぽっぺをつついて空気抜きをしてから、非難する妹にスマホを差し出す。
……が、それが何かを知らない妹にとって今最も大切な事はお土産事前開封事件を咎めることらしく、スマホの画面に見向きもしない。
「まぁまぁ。後で事情は説明するからまずはさ、とりあえず見てよ」
「むぅ……これで変な理由だったら怒るからね!」
何とかなだめ、スマホの画面を見てもらうことに成功する。
スマホを覗き込むために俯いた事で妹の視線が外れる。
これから流れる映像を見た妹がどういう反応をするのかを想像すると、どうしようもなく口が笑みの形を作ってしまう。
スマホを覗き込むために妹の視線が外れていて助かった。
「えっ!?これって……!」
動画の再生を開始した瞬間、妹は気付いたらしい。
視線は動画に釘付けで顔は見えないが、驚愕に目を見開いている事は分かる。
動画自体は前後合わせても3分程しかない。
その極短い動画を、妹は穴が空くんじゃないかと思うほどに見つめている。
その上で、事情説明するまでは決して逃がさないとでも言わんばかりにスマホを持つ僕の手もがっちり掴んでいるのは我が妹ながら抜け目が無い。
「トーカさんが戦ってる動画……!?しかもこれ、バトルシミュレーターの!?なんでお兄ちゃんがこんなの持ってるの!?」
「いやいや、ほら、今日僕は『エンラン』行ってきた訳だし、コスプレだとは思わないの?」
どういうこと!?と顔に書いた妹が、僕の服の袖をぐいぐい引っ張る。そんな可愛らしい動作に、悪戯心を抑えきれなかった僕はついそんな事を聞いてしまう。
数秒後には聞かなきゃ良かったと後悔するとも知らずに。
「え?何言ってるの?コスプレか本人かなんて見たら分かるよ。コスプレは他人の衣装を来て寄せてるだけだからどうしても違和感があるけど、本人ならパズルのピースがハマるみたいにピッタリ合うから違和感が無いもん。それに、私がトーカさんを見間違える訳ないよ」
「そ、そっか……(妹のガチ具合が怖い……)」
何を当然のことを、とでも言うように、首を傾げながらそう畳み掛ける妹に、ナニカの片鱗を感じて背筋がヒヤッとする。
これは……なにかの弾みに変な方向に行かないように目を光らせないと危険か?
「そんな事よりも!なんでお兄ちゃんがこんな動画を持ってるの!?その場に居合わせない限りこんなの手に入らないよ!?……って、えぇ!?なにこれ!?お兄ちゃんとトーカさんが一緒に写真に写ってる!?何があったのお兄ちゃん!?」
「わぉ……見せる前に先に写真が見つかったぞ。人の画像フォルダ勝手に見ない方がいいよ?パンドラの箱になりかねないからね」
まぁ流石に簡単に見える場所には置いてないけど。とは言わないでおく。妹にはまだ早い世界の話だ。
だが、最悪の場合を考えて妹の手からスマホを取りか……取り、取り返……力強っ!?
「ちよっ、咲月!スマホ返して!なんでこんな力強いの!?」
「はぐらかさないで!なんでお兄ちゃんがトーカさんと写ってるの!?もしかして、今日の遠足の時に会ったの!?」
「一応その写真、他のメンバーも写ってるんだけどなぁ……。あと、そろそろ返して?」
どうやら、妹には『トーカさんとお兄ちゃんが同じ写真に写ってる』という異常事態以外は目に入っていないらしい。
「そうだよ。というか、うん。『トーカ』がクラスメイトだった。なんなら、遠足で同じ班だった」
「えぇぇぇぇぇ!?どっどど、どういうこと!?お兄ちゃんと!?トーカさんが!?えっ!?」
「よし、今だ!」
憧れの人と兄がクラスメイトだったという事実に、妹が驚きのあまりテンパっている隙にスマホを取り返す。
「そのままの意味だよ。今日の遠足で同じ班だった友達が『トーカ』だったんだ。それで、この動画はバトルシミュレーターのプレイ映像だよ」
「えっ、えっ、えっ……?」
「それで、開封済みのストラップはその時にトーカが使ったヤツだよ。ほら、プロスポーツ選手が使ってたシューズとかが高値で取引されてるみたいに、箔が付くかなって」
「…………えっ!?つまりこれはトーカさんの使用済みストラップ!?」
「間違ってないけど、お兄ちゃんはその言い方はちょっとやめた方がいいと思うな。というかやめて?」
無垢ゆえの発言に頬が引き攣る。
「んで、1個多い奴はトーカが『欲しかった物を先に開封されてたら妹さんが嫌な気分になるかもしれないからな。一応、予備って事で』って買ってくれたヤツだね。いいよって言ったんだけど……」
「えぇぇぇぇぇ!?こっ、こここここっこれこっここれこれ!」
「落ち着いて。言語が失われてるよ」
「えっ、あっ、こっ、これ……トーカさんが……私に?え?本当に?嘘じゃない?嘘だったら金輪際口聞かないけど?本当に?私の目を見て嘘じゃないって言える?今なら許してあげなくもなくもないよ?」
「目がガチだなぁ……。安心していいよ。本当だ」
「うわぁぁぁぁぁぁ!トーカさんが私に!?!?!?ママー!額縁!額縁ある!?」
僕の真剣な目を見て嘘ではないと確信したのか、我が妹は今まで見た事ないような超ハイテンションでリビングにいる母に額縁を求めて声をかける。
お兄ちゃん、ストラップは額縁に収められないと思うんだけどなぁ……
「急にどうしたの?額縁はさすがにないわねー。お父さんの部屋ならガラスケースくらいならあるんじゃない?」
「帰ってきたらパパに聞かなきゃ!うわぁぁ、永久保存版だよこれ!一生の宝物にしなきゃ!」
トーカが実際に使ったストラップと、トーカからもらったストラップの2つをまるで宝物のように(実際、妹にとっては宝物なのだろう)大切そうに眺める妹の姿に、いいお土産になったかな、と微笑ましさを感じる。
相対的に僕が買ってきただけのストラップが疎かにされている気がする。
喜んでくれてるようで嬉しいけど、お兄ちゃんちょっと寂しいな……
だけど、まだこれでは終わらないんだよね。
「それで、最後にひとつ」
「へ?まだ何かあるの?私今すぐ部屋に戻ってストラップを眺めたいんだけど……」
「うーん。妹がだんだん危ない方向に行ってる気がするぞ?まぁそれはともかく、これを見てよ」
「また?言っとくけど、今の私は並大抵のものじゃ心は動かされないよ?」
別の事に心を動かされまくって他の弱い衝撃では何も感じなくなっていると自称する妹に、その余裕がいつまで持つかな?と心の中で言いながらスマホの画面を見せる。
そこに写っているのは……
「トーカさんだ!」
そう。トーカだ。
しかも、ただの写真じゃない。
恥ずかしさを押し殺して護に……トーカに頼んで撮らせてもらった、『ルーティ』へのメッセージだ。
お兄ちゃん、頑張っちゃいました。
『あー、あー。一守、もう撮ってるのか?『いや、今から録画開始するところだよ』そっか。じゃあ開始したら合図頼む。『もちろん。じゃあいくよ。3、2、1、はいっ』
えっと、久しぶりだな。ルーティ。びっくりしたよ、まさかお前がリアルの友人の妹だとはなぁ。急にメッセージを、なんて言われても気恥しいし、そこまで良い事も言えないから簡潔に。大会でお前と戦った時はめちゃくちゃ楽しかった。またいつか、お前と本気で戦える日を楽しみにしてるぞ。俺はあの時よりも強くなったし、これからも強くなる。お前も、強くなれよ。
『……よしっ、と。ありがとね、トーカ。妹も喜ぶよ』はは、そりゃよかった。妹さんによろしくな』
先程のバトルシミュレーターの動画よりもさらに短い動画。
だが、この動画が妹に……『ルーティ』に与えた衝撃は今までの比ではなかった。
「……………………」
目を思いっきり見開き、ストラップを大切そうに握り締めた両腕を所在なさげにさ迷わせ、何かを言おうとしては言葉にならず口をパクパクさせている。
「………………」
僕から何かを言い出すような事はせず、無言で妹が荒れ狂っているであろう感情を飲み込めるまで待つ。
この反応があった時点でサプライズ大成功と言ってもいいのだが、まだその先の反応……状況を理解してからの反応も気になる。
さてさて、憧れの人からサプライズメッセージとプレゼントを貰った妹は、一体どんな反応をするのかな……?
「………………………………ぷきゅぅ……」
「咲月!?」
あまりの感激を脳が処理し切れなかったのか、妹が目を回してぶっ倒れた。
地面に頭を打たないように慌てて抱き留めるが、完全に意識はお空の彼方へテイクオフしている。
それでも、ストラップはひとつたりとも落とさず胸元で握りしめているのだからその思いの強さといったらない。
「お母さーん!?咲月が目回して倒れちゃったんだけど!どうしよう!?」
「えっ!?どういう事!?ちょ、というかあなた達ずっと玄関で何してたの!?」
その後、30分ほどで目を覚ました妹は最初は『夢……?』と記憶を疑っていた様だが、違うぞと証拠として動画を見せたらまたぶっ倒れた。
僕はお母さんにめちゃくちゃ怒られた。でも、なんで妹が気絶したかは伝わったようだ。名前は忘れたけど、お母さんも俳優の大ファンだから気持ちは分かるのだろう。
次に目が覚めた時も夢を疑っていた妹だが、今度は動画を見せずに言葉で説明する事で二度あることは三度あるは避けられた。
妹へのサプライズは大成功と言っていいのだろう。
その代償として、明日が休日なのをいい事に夜遅くまでトーカの激励メッセージに鼓舞された妹の強くなるための特訓に付き合わされることになったけど。
待ってなよ、トーカ。
妹は……『ルーティ』は、あの日よりも強くなってるし、これからもっと強くなる。
どうか、いつまでも妹の憧れでいてくれ。
憧れの人の背中を楽しそうに追い掛ける妹の姿に、そう思わずにはいられない兄心だった。
着々と力を付けていくトーカ二世ことルーティ
現実編での兄の活躍のおかげで再登場は確約と言っていいでしょう
出るタイミングも……はい。考えてあります
彼女がどこまで強くなれるのか、お楽しみに!
感想&アイディアをいただけると作者は泣いて喜びます
あとアレですね、面白いなーと思ったら下の方にある『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』にして頂けるとさらに狂喜乱舞します




