第230話 『あわわわわ!!!』
とても遅れて申し訳ない
謎の執筆そのものへのモチベ低下&裏切り者をサンタの刑に処してたり平安京で山菜狩りしたりしてて遅れました
「凄かったわね……?」
「うん。まぁそんな反応になるよね」
トッププレイヤーとしての意地を見せ、ランキングに名を刻んだリトゥーシュこと一守はなんとも言えない微妙な表情をしている環に出迎えられた。
なんの事は無い。『リトゥーシュ』が凄いのはさすがに分かるが、直前のインパクトがデカすぎて霞んでしまっているだけなのだ。
だが、それは素人の環だからこそ、直前の見るからにド派手な戦闘の方が印象に残っただけの事。
現に、ヒャッハー達はリトゥーシュのいぶし銀な戦いぶりに頬を引き攣らせて距離を取っていた。
トッププレイヤーとして、最前線で戦っているからこそ分かる『リトゥーシュ』の厄介さ。
中堅プレイヤーの集まったパーティーでなら、メインアタッカーを務めていてもおかしくは無いその戦いぶりは、ヒャッハー達を警戒させるに足るものだった。
「いやー、うん。強いな。無策で突っ込んだらさすがに俺でもキツイなこりゃ」
「アレで本職はサポーターで、チーム戦ならさらにタンクに護られてるってんだから嫌になるよ。それに加えて俺の同類もいるときた。相手にしたくねぇなぁ……」
「ブツブツブツブツ……【白龍砲】でとりあえず焼き尽くす……いやさすがにそれだけでは防がれるだろう牽制も含めて2、3発は当てたいなむしろ【白龍砲】を囮にして【白熱化】込で接近してゴリ押すか?それなら可能性は……いや体術だけだと私では及ばないだろうやはり上手く魔法も組み合わせて……MPが無限に欲しいな今度メイに頼んでみるか……ブツブツブツブツ」
リクルスは努めて軽い口調で独り言ちつつも真剣そのものの瞳でリトゥーシュを見据え、脳内で『今の彼』との戦闘をシミュレートする。
トーカはボスモンスターと相対する時以上の真剣さを押し隠し、あえて嫌気が差したような言動で己を鼓舞する。
カレットはブツブツと小声で彼との戦闘シミュレートに精を出しつつも、その瞳は僅かな弱点でも炙り出してやると言わんばかりにギラギラと鋭い光を持ってリトゥーシュを睨み据えていた。
示し合わせた訳では無いが、各々の意思で意図的にリトゥーシュから距離を取るヒャッハー達。
それは、警戒の表れであり、現実においてなお《EBO》での関係性を表に意識した行動を取ってしまうほどの彼との戦闘への欲求の表れであった。
シミュレーションという力が制限される環境でありながら、リトゥーシュの見せた実力の片鱗は、苦戦を強いられるとヒャッハー達のお眼鏡に適ったのだ。
「ところで……一守くん。あの3人と何かあった?さっきからすごい目でこっち見てる2人と不自然な落ち込み方?してる1人にあからさまに距離を取られてるんだけど」
「いや……どうだろうね。一応さ、僕と彼らって《EBO》の中だと完全な仲間……味方って訳じゃないんだよね。あ、別に険悪な仲とかじゃなくて、当然同じゲームを楽しむプレイヤー、という点では仲間だけど。そうじゃなくてね」
「うーん。よく分からないけど強敵と書いて友と読む的な?」
「そんな感じ……なのかな。まぁ色々複雑なんだよね。因縁もあるし」
「はぇー、そこら辺は私には未知だわ……」
一守と環がそんなやり取りをしていると、ヒャッハー達もようやく意識が現実優位になって来たらしく、3人揃って近付いてきた。
「いやー、凄かったな。というか強くなり過ぎじゃね?」
「コレで神官としての実力が据え置きだったら……と思わなくは無いが、そんな事はないんだろ?」
「【白龍砲】でぶっ飛ばす【白熱化】でぶっ飛ばす【白龍砲】でぶっ飛ばす【白熱化】でぶっ飛ばす【白龍砲】でぶっ飛ばす【白熱化】でぶっ飛ばす」
「あはは、それはもちろん。僕だって悔しかったら鍛えたしね。まぁ本職は神官だからそっちがメインだけど。あとさ、明楽がめちゃくちゃ怖いんだけど」
いくら警戒しているとは言え、リトゥーシュも言ったように同じゲームを楽しむ同志同士。一度警戒タイムが終われば、いつも通りの関係に戻る。
「なんか、みんな凄いのね……普段の学校での顔しか見てないから新鮮だわ」
「ははは、そりゃ学校で《EBO》の中と同じような振る舞いをしてたらただのヤバい奴だからな」
根っこの部分は同じだが、やはり《EBO》での顔と現実での顔は違うのだ。それは、裏表とか本性を隠してるという事ですらなく、その環境によって対応が変わると言うだけの当然の差異。
だからこそ、その僅かな違いが新鮮に見えるのだ。
「そうだ、環はやらないのか?」
「え?私?うーん……興味はあるんだけど、流石にみんなの見せられた後だと気遅れしちゃうと言うか……」
「そんなん気にする事はねぇって。誰でも最初は初心者だしな」
「そうだぞそうだぞ。やってみなければいつまでも初心者のままだ!」
「無理強いはしないけど、興味があるならやってみると良いよ。別に、前の人より目立たないといけない、なんてルールは無いんだし」
「そう?だったらやってみようかしら」
興味があるけど本職達の後でやるのは……と気遅れしていた環だが、彼らの言葉に背を押されてプレイする事にしたようだ。
「武器とかってどれがオススメとかあったりするの?私そこら辺も全く分からないんだけど」
「初めてならやっぱりシンプルに剣じゃないかな?魔法を使うってのもあるけど、慣れるまで地味に難しいしね」
「振り方が分からなくてもとりあえず殴っとけば良いメイスとか棒とかもオススメだな。剣と魔法で魔法剣士とかも出来るんだろうが、初心者にはオススメ出来るもんじゃないしな……」
「手甲はいいぞぉ……!大剣もいいぞぉ……!」
「やはり魔法だな!最っ高にハイってヤツになれるぞ!」
「じゃあ剣かしら。ファンタジーと言ったら剣だしね!」
それに、メイスと棒はもう既出だから出てないやつを使ってみたいし。とそう続け、環はフィールドの中へ入っていった。
己の住む沼に引きずり込もうとする輩の声は無視した。だって怖いもの。
「えっと……ユーザーネームは……本名そのままは不味いわよね……とりあえず適当に……しばたまき……『バター』でいいわ。武器は剣でっと。……あら?魔法も使えるの?火魔法はさっき見たし……水魔法でいいかしら。魔法名の一覧表示はもちろんするっと」
ふんふんと独り言を漏らしながら彼女にしか見えないウィンドウをぴこぴこ操作すると、環の……『バター』の手元に無骨な剣が現れる。
「うっわ、ARだから当然といえばそうなんだけど、視覚情報と感覚情報が一致しないのって気持ち悪いわね」
手に持った実感の無い、しかし目には写り効果は発揮する画像の剣をまじまじと眺め、うっわうっわと呟きながら感覚を擦り合わせるようにブンブンと何度か振るう。
「ひゃー、剣振り回すなんて初めての経験だわ。あれあっきー、魔法って名前言うだけで使えるんだっけ?」
「うむ!どこを狙うか意識して使うぞ!という気持ちで唱えれば発動するぞ!このシミュレーターではだいぶ短く設定されているが、各魔法には1度使ったらもう一度使えるようになるまでのクールタイムがある、基本的に強い魔法程長いから気を付けるのだぞ!」
「環は初めてだから魔法操作はオートの方がいいよ。と言っても、デフォルトはオートだから切り替えなければ平気だけど。当てる場所をしっかり意識して発動するのが大切だよ」
「はいはーい」
魔法の先達たる明楽と一守に助言を受け、仮想の剣を振りながら魔法名称の記されたウィンドを眺める。
「よーし。だいたい覚えたわ!いつでもばっちこいよ!」
《ファースト ステージ!》
どうやってか『バター』が初心者なのを把握し、確認作業をしている間は待っていてくれていたのか、その声に反応して最初の案山子が現れる。
「えっと、まずは離れてるから……【ウォーターボール】【ウォーターカッター】!」
「「あっ……」」
離れた位置に出現した2体の案山子に、魔法の先達2人を参考にしてまずはクールタイムの低い魔法を放つ。
だが、魔道士の2人はバターが魔法を放った瞬間に『やっちまった……!』とでも言いたげな声をこぼしていた。
思わず出てしまった、という様な様子の2人の心境は、歩き始めた赤ちゃんが大人の真似をして小さな段差を乗り越えようとした時の様な感じになっていた。
むしろ分かりにくい例えだが、つまりは『まだやるべきでは無い事』に手を出して失敗する未来予想を見てしまったのだ。
「あっるぇ!?あらぬ方向に飛んでった!?」
2人の先達の予想通り、バターの放った2発の魔法は2つとも、あらぬ方向に飛んでいって案山子にかすりすらしなかった。
「ちゃんと狙ったのにどうして……?」
「うむ……言い忘れていたが、慣れないうちは魔法の複数同時発動はやらない方がいいぞ。どうしても魔法一つ一つに向ける意識が散漫になるからな」
「えー、ちゃんと意識してたけどな……」
「本当に意識出来てた?【ウォーターボール】と【ウォーターカッター】をそれぞれどっちの案山子のどこに当てるか、をはっきりと頭の中で意識して魔法を使った?何となく『今から使う2つの魔法をそれぞれ案山子に当てる』っていうざっくりとした意識しかなかったんじゃない?」
「うっ……言われてみればそうね……」
「魔道士は……攻撃系の魔法を使うプレイヤーは必ず通る道だよ。焦らずに、まずはひとつの魔法を使う事から堅実にやってみよう」
「そうだぞそうだぞ。私だって感覚を掴むまでは何個も同時に使おうとして制御出来ずに変な方向に飛んで行ったものだ」
「本当か?本当に制御出来てなかったか?綺麗に全部俺の方に来てなかったか?」
「こればっかりは冤罪だ!むしろお前の方から当たりに来たではないか!」
「はいはい、喧嘩すんなって。今じゃ考えらないだろうけど、カレットにだって魔法の制御が全然出来ない時期があったんだ。それに、別に《EBO》において魔法は限られた才能ある人しか使えない高等技術じゃないんだ。ちょっとコツを掴めば、そこまで深く意識しようとして意識しなくてもちゃんと狙った所に当てられるようになるさ」
初めての魔法に盛大に失敗したバターは、《EBO》の先輩達から暖かい声援を受けて再起する。
「よーし、分かったわ!まずはひとつずつ、堅実に、ね!【ウォーターボール】!」
今度こそ、しっかりと狙いを定めて、どっちの案山子のどこに当てるかの想像図を脳内で描きながら、魔法を唱える。
…………が、何も起こらない。
「????」
「たまっきー、クールタイム中だぞ!」
「あっ!」
初心者あるあるな『1つの事に意識したら別の事が疎かになる』を発動させた環は、クールタイムの事をすっかりと失念していた。
「そうだったわね……!今度こそ!【ウォーターアロー】!」
恥ずかしさをかき消すようにしっかりと狙いを定めて、今度こそ魔法を発動させる。
環の詠唱に呼応して打ち出された水の矢は、ビギナーズラックかはたまた才能か、案山子の眉間を見事に撃ち抜いた。
「ッ!当たった!当たったわ!」
「おぉ!凄いではないか!綺麗に撃ち抜いたな!」
「ふふーん!」
つい先程、圧倒的な魔法技量を披露したカレットに褒められて得意げに胸を張るバター。
「2体目も仕留めるわよ〜!【ウォーターランス】!」
そのまま、気を良くしたバターの放った2発目の魔法(先の失敗は彼女の中で記憶の片隅に追いやられた)は、1発目のようなクリーンヒットではなかったものの、しっかりと案山子の胴体を撃ち抜いた。
「おっ、また当たった!これ私才能あるんじゃない!?」
「当てるだけなら慣れれば誰でも出来る。問題はいつ、どこに、どうやって、どれだけ当てるかだぞ」
「さっきとの落差!!!」
2発目もしっかり当てて、ちょっと楽しくなってきたバターの発言を正面からへし折るカレット。魔法に関してはガチな彼女は、この程度で慢心している未熟な魔法の使い手を許せないらしい。
「ひ〜ん!あっきーが厳しい!」
「魔法の世界は奥が深いからな。この程度で分かった気になっていてはお前のためにならん」
「なんか初めて見る程にストイック!」
「いいんちょ、いいんちょ。次の案山子出てるぞ〜」
「えっ!マジで!?やばいやばい!【ウォーターバレット】」
カレットとの会話で次の案山子の出現を見逃していたバターは、リクルスの指摘に慌てて魔法を発動する。
だが、初心者のバターが咄嗟に放った魔法が当たる訳もなく、制御を乱してあらぬ方向に飛んでいってしまう。
「ぬぐっ……!難しい……!えっと、クールタイムは……」
「環、剣の存在は覚えてるか?」
「あっ!そういえば持ってた!てぇい!」
トーカの指摘で手に持ったままの荷物と化していた剣の存在をようやく思い出したらしい。
握り締めた剣を一瞥すると、そおいっ!と思いっ切りぶん投げた。
「「「「なぜ投げる!?」」」」
「えっ!?あ、やっば!護くんがぶん投げてたからつい……!」
トーカ程の技量があるのならともかく、初心者が剣を投げて上手く狙った的に当てられる訳もない。
完全にあらぬ方向に、という訳では無いが、ぶれっぶれで飛んで行った剣は案山子のバレーボール1つ分程横の空間を通り過ぎて行った。
「あばばばば!投げちゃった!武器投げちゃった!どうしよとうしよ!」
「落ち着けたまっきー!魔法があるではないか!」
「魔法!?そういえばそうね!確か【ランス】は使ったばっかで最初に使った魔法は……あれ、結局使ったんだっけ!?クールタイムで使えなかったのって【ボール】だっけ!?」
剣を投げてしまった衝撃で、使った魔法のクールタイムの管理が頭から吹き飛んでしまったらしい。
ウィンドウを確認すれば分かるはずだが、それすら思い当たらず剣を取りに行くべきか魔法を使うべきかも決められずにわたわたとただ時間だけを浪費していく。
「あー、ダメだな。焦りまくってパニックになってやがる」
「いいんちょ、テンパると弱いタイプだったんだな」
「いつものほほんのらりくらりしてるから知らなかったよ。これも意外な一面……なのかな?」
「たまっきーは焦ると弱いからな……たまにあぁなるぞ」
しっかり者ではないが要領のいい、といった印象を環に抱いていた男子3人組は、初めて見るテンパりまくる姿に新鮮味を覚えていた。
一方、友人付き合いも長い明楽は環が焦ると弱いのに知っていて、これはもうダメだな……と諦めの瞳を向けている。
「あわわわわ……!あわわわわわわわ…!」
その後、わちゃわちゃと思考がぐっちゃぐちゃになって焦りまくったバターがテンパったまま、何故か一体の案山子を殴り倒した辺りでタイムアップのブザーが鳴り響く。
結局、環の初プレイはファーストステージも突破出来ないという寂しい結果に終わったのだった。
初心者が才能を発揮して経験者のド肝を抜く……なんて都合のいい展開にはならなかったのです
普段はのほほんのらりくらりしてるけどテンパると弱い環ちゃんでした
ちなみに、バターの由来は、し『ばた』まき、です
初期案は環→円環→輪っか→リング、だったのですが、流石にリから始まる名前が多過ぎるので没となりました
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