第229話 『しかも回復と強化もするんですよコイツ』
遅く……遅くなりました!!!
やりたい事とやるべき事が多すぎる……!
「え、僕もやるの……?君たちの後で……?」
訂正。許されていなかった。
護から貰った臨時お小遣いでポーション風ジュースを買って帰って来た瞬と明楽も、護が虚無と戦う動画を見てひとしきり笑った後。
じゃあ次のコーナーに行こっか、と流れでその場を離脱しようとした一守の肩を、ニコりと微笑んだトーカが引き止める。
何も言わず親指を立てた拳で背後のシミュレーターをちょいちょいと指差す護に、一守は計り知れない恐怖を感じたという。
「はい……やります……」
「おっ!一守くんもやるのね。一守くんも《EBO》プレイヤーだって言ってたし、楽しみにしてるわね!」
「環……勘違いしないで欲しいんだけど、あの3人はだいぶ頭おかしいスペックしてるからね?《EBO》はあんなのがデフォルトな人外魔境じゃないからね?」
「ははは、頭おかしいは言い過ぎだろ」
「筆頭が言っても説得力ないよ……」
例えば、プロの料理人が最高の1品を振舞った後で料理を多少かじっただけの自分が同じ相手に料理を振る舞うかのような、そんなやりにくさを一守は感じていた。
普通のトップクラスのプレイヤーとヒャッハーの差は、(主にメンタル的な部分で)大きい。
「でも私は一守くんのプレイも見てみたいわ。確か神官なんでしょう?一守くんの反応を見るに護くんみたいなバリバリの近接型じゃないっぽいし、どう戦うのか楽しみだわ!」
「どうせなら一守の勇姿を動画に残してやろう。妹さんへのいいお土産が増えたじゃないか」
「憧れの人と見慣れた兄のプレイを同時に見せるとかただの罰ゲームだよ……。というか、『リトゥーシュ』じゃなくて『一守』な時点でAR映像の無いVS虚無を撮る気満々じゃないか……」
相も変わらずニコニコ笑顔でスマホを取り出した護にいつになくしょんぼりとした小さな声でツッコミを入れながら、環とヒャッハー達の声に押されるように一守はとぼとぼとフィールドの中に入っていく。
……が、なんだかんだ言って一守もトッププレイヤーの一角。
一度戦場に足を踏み入れば、先程までの情けない雰囲気は鳴りを潜め、顔を出すのは数多くの死線を乗り越えた歴戦の貫禄。
初期操作を終えたリトゥーシュの手元に、武器が現れる
それは、杖と呼ぶにな長く、槍と呼ぶには穂先が無い、まるで物干し竿のような長杖だった。
「む?あれは……杖?にしてはやけに長いな……?」
「見た目もシュッとしてるし、どっちかってと槍に近いな。いや、ここは素直に棒か?あんにゃろ、近接戦闘にさらに鍛えてんな」
「長杖か……。元々リトゥーシュはその場を凌いで生き残る事に特化した近接戦闘も出来る。それを踏まえれば、普通の杖よりも長杖の方が都合がいいのかもしれないな」
「はえー、私にはあの棒1本見ただけじゃなんにも分からないわ」
《ファーストステージ!》
わいのわいのと盛り上がる外野を他所に、ヒャッハーの後という最悪のタイミングでリトゥーシュの挑戦が始まる。
足を肩幅に開き、少し前後にズラす。そして、長杖を前方を下げる形でピタリと静止させる。
その構えの状態になってから、リトゥーシュの身体は僅かたりともぶれていない。完璧な静止状態、完璧な待ちの型。
「【ライトランス】【ライトボール】」
そのままの姿勢で、遠方に現れた2体の案山子を『光魔法』で撃ち抜く。
カレットの使っている『火魔法』を含む、火風水土の四属性の魔法は攻撃に特化しているが、光と闇の魔法はそうでは無い。
もちろん、攻撃特化の魔法と同じ種類の攻撃魔法は使えるが、どうしても威力は1歩劣る。その代わり、闇魔法なら高度阻害やステータス低下などの強力なデバフを扱え、光魔法なら攻撃の弾速が早かったり射程距離がかなり長い、と言った特色がある。
リトゥーシュの放った『光魔法』は、光った、とヒャッハー達が認識した瞬間には案山子の心臓を貫いていた。
「【ライトバレット】【ライトアロー】」
再びの閃光。
そう認識した時には既に、案山子は心臓を撃ち抜かれ消滅していた。
「ピカって光ったら敵が倒れるんだけど何あれ!?」
「『光魔法』、《EBO》における最速の攻撃魔法だな。その分威力は弱いはずだが……核を撃ち抜けばそんなのは関係無い、か」
「『光魔法』と言えば、弾速が早いのが強みだけど早過ぎて使いこなすのが難しい、とノルシィが言っていたぞ!その魔法をああも正確に使いこなすとは……」
「その上でアイツ『付与魔法』と『回復魔法』が本職ってんだろ?器用すぎねぇか?」
リトゥーシュが最速で牽制出来る攻撃手段である『光魔法』を身に付けた理由であるリクルスは、これは戦いにくくなりやがった……と小さく笑う。
ここで笑って戦闘意欲を高める辺りがヒャッハーのヒャッハーたる所以なのだろう。
外野達が戦慄してる間に、一瞬で案山子達を片付けたリトゥーシュは《セカンドステージ》へと駒を進めていた。
「【ライトレイン】」
同時に現れる4体の案山子。
それら全ての頭上から、閃光が雨のように降り注ぎ蜂の巣にしていく。
広範囲をレーザーで貫くこの【ライトレイン】は、『光魔法』の持つ切り札のひとつだ。
速い代わりに低威力、そんな性質に喧嘩を売るような貫通力を誇るレーザーの雨は、いとも簡単に案山子達を穴だらけに作り替えた。
「まぁ、だよね」
そして現れた大案山子。
大案山子はフィールドの中央に現れる、という性質を考えれば当然だが、現れた場所は始まって以降1歩たりとも動いていないリトゥーシュの間合い内だ。
「僕は自分から仕掛けに行くのは苦手だから、そっちから来てくれて助かった」
大案山子の出現位置を知っている上で待ち構えていた癖に、まるで偶然すぐ側に出現したかのようにのたまうリトゥーシュ。
その瞬間には、彼は動いていた。
跳ね上げるような振り上げで顎を捉え、そのまま下がった方を回して足を払う。そして、仰向けに倒れ込んだ大案山子の顔面に容赦なく長杖を振り下ろす。
軽い調子の言葉とは裏腹に、振るわれた長杖による攻撃はあまりにも苛烈で、しかし流れるように鮮やかだった。
「うっへぇ!?なにあの綺麗な流れ!近接は苦手って言ってなかった!?」
「各攻撃の繋ぎが驚く程スムーズだったな。それこそ1つの動きとして見ても違和感がないくらいだ」
「アレで本来は防御型だってんだから嫌になるぜ。どんだけ成長してんだよ……」
「ならば距離を取って魔法で……というのはむしろ狙い通りなのだろうな。あやつに取って近接戦闘こそが避けたい状況なはずだ」
バリバリに近接戦闘をするトーカやルーティほどでは無いが、リトゥーシュも十二分に近接戦闘をこなせるのは見ての通り。
やはり、彼もトッププレイヤーの一角なのだ。
《ファイナルステージ!》
『ケケケケケケゲブェッ!』
「うん。やっぱり向こうから来てくれる方が対処しやすくて助かるよ」
まったりとしてるとすら言える落ち着いた声音。しかし、声と行動が必ずしも比例するとは限らない。
独白のように呟いた静けさとは裏腹に、リトゥーシュの長杖は狂笑を上げながら襲いかかる案山子の喉を的確に貫いていた。
『『ケケケケケケケェッ!』』
すぐに現れる次の案山子達。
相変わらず耳障りな狂笑を撒き散らし、獲物を屠らんと飛び掛かる。
絶妙に位置とタイミングをずらしているのは、案山子にも最低限の戦闘知能があるという事か。
「【ライトランス】。ふッ!」
仮にもトッププレイヤーの一角であるリトゥーシュが、その程度の小手先の戦略で撹乱されるはずもないが。
遅れて飛びかかった方の案山子を【ライトランス】で撃ち落とし、近い方の案山子は遠心力をフルに込めた長杖で殴り付けて迎撃する。
魔法と物理を組み合わせた、シンプルだがそれ故に強い戦闘スタイル。それが、リトゥーシュが導き出した答えだった。
『『『『ケケケケケケケェッ!』』』』
「【ライトハンマー】【ライトレイン】」
突けば槍、払えば薙刀、持たば太刀。
そう言われる様に、熟達した猛者が扱う杖は千変万化の立ち回りを見せる。
極めた、とはまだ言えないと自称するリトゥーシュの杖捌きも、十分に恐ろしい技量へと到達してはいる。
その杖捌きに組み合わせた、最速の魔法。攻撃、牽制、目眩し、使い方によっていくらでも使い道のある『光魔法』は、他のどの魔法よりもリトゥーシュの戦闘スタイルと相性が良かった。
現に、今この瞬間においても『光魔法』によって大案山子を牽制しつつ案山子達を殲滅している。
突き、払い、殴り。個別に動き、個別のタイミングで襲いかかってくる案山子達を受け流した案山子を別の案山子にぶつけて同時に撃破するなどの小技も駆使して危なげなくあしらう。
共に出てきた案山子達が全滅する頃には、『光魔法』の牽制で動きを封じられていた大案山が、塵も積もればなんとやら、ついに耐え切れず崩れ落ちていた。
近くの小物と遠くの大物。
リトゥーシュは杖と魔法を駆使して同時に屠って見せたのだった。
「凄い……けど、なんか静かね?3人みたいな派手さは無いわ」「別に派手なら派手なだけ強いって訳でも無いからな」
「むしろ必要以上の力を絞り出すのはマイナスですらあるぞ!何事も適量が1番だ!」
「お前それ【白龍砲】見ても同じこと言えんの?」
「それはそれ、これはこれ。と言うやつだ!【白龍砲】は全身全霊で吹き飛ばす事に意義があるのだからな!」
その後、トーカの様に合体前討伐に挑戦して失敗したリトゥーシュが巨大案山子を牽制と受けの杖術を駆使して倒したのだが、あまりにも淡白で波の無い戦闘だったと言う。
ヒャッハー達とは違う、静かな蹂躙。
確かに、素人目には地味に、そしてつまらなく見えるだろう。
だが、強者であればあるほど杖と魔法を組み合わせたリトゥーシュの戦法の嫌らしさが、そして何より心に荒波ひとつ立てず戦い切るその精神力のウザさがよく分かる。
もしあれと相対したら……それも、相手は守りに専念すればいい状態だとしたら。
そう考えるだけで気が重くなるヒャッハー達であった。
……が、やはり戦闘だけでは素人である環にはよく分からなかった様だ。
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1位:トーカ 【11616】ポイント
2位:⭐カレット 【7072】ポイント
3位:⭐リクルス 【6080】ポイント
4位:⭐シノハラ 【5120】ポイント
5位:⭐リトゥーシュ 【5056】ポイント
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それでも、しっかりとランキングに名を残すのはさすがトッププレイヤー、と言うべきだろう。
巨大案山子を倒した上で5000台を獲得する。別の日なら1位でもおかしくないようなスコアだが、ヒャッハーと同じ日に……それも直後の挑戦だった事が運の尽きだったと言うだけの、悲しい話だ。
静かな戦いっていぶし銀でかっこいいですよね
リトゥーシュも間違いなくトッププレイヤーの一角です。直前にヒャッハーがド派手に暴れ回ったせいで偉業が霞む霞む
本来ならこれ+回復&バフ&他の仲間がいる訳ですから……強いのも当然でしょう
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