第228話 『デデーン!一守、環、護、アウトー!』
もう師走ですよ師走
わかりやすく言うとDecember
またの名を12月
今年もあと1ヶ月しかないってマジ……?
「ふぅ……やっぱ生身だと限界があるな」
そんな事をのたまいながら、額に浮かんだ汗を拭いながらフィールドから出てくるトーカに、忍び寄る影か2つ。
わざわざしゃがんで出入口の低い壁に隠れていたリクルスとカレットの2人である。
「なんだお前なんだアレ何をしでかした!?!?」
「ぶっちぎりで私たちぶち抜いておいて限界があるだとぅ!?」
「お前アレだぞ自分のプレイ映像見返してもそんなこと言えんのか!?」
「魔法が使える私より雑魚殲滅の速度が速いのはおかしいだろう!?魔法の利点丸潰れじゃまいか!」
ひと試合終えて気が抜けたであろう瞬間を狙って、幼馴染ーズは猟犬の如き俊敏さでガバリと飛びかかる。
「うべっ!」
文字通り桁違いのスコアを叩き出された幼馴染ーズがトーカに絡み付き、わいのわいのと捲し立てる。スコアをぶっちぎりで突き放されたのが悔しかったのか、まるで大岡裁きのように幼馴染ーズはトーカの腕を掴み引っ張り合う。
大岡裁きと違うのは両者ともに手を離す気配が無く、また引っ張られているのが無力な子供ではないという事だろうか。
「いでででで!やめいやめい」
「「うべっ」」
最初のうちは付き合っていたトーカだが、だんだんとヒートアップして来てさすがに痛かったのか、2人の腕をぺしっと振り払う。
「俺は投擲やら【チェインボム】で遠距離攻撃も出来たからな。魔法を使うカレットともそう大差が無かったんだ。ファイナルステージで大案山子の取り巻きを一掃出来たのがデカかった」
「そうそう、投擲!護くんのあの投擲技術はなんなの?アレもスキル?アーツ?ってヤツなの?」
振り払ってなお向かってくる幼馴染ーズの頭を押さえて、とりあえずの質問に答えていると、そんなトーカの横にひょっこりと環がやって来る。
聞きかじりの知識しかない彼女には、護が見せたあの投擲が素の技能なのか、何らかの能力による効果が働いた結果なのかが分からないのだ。
「あぁ、投擲にはちょっと思うところがあって特訓しててな。その成果だ。まぁ現実よりは物理法則も単純化されてる部分があるし、現実でも全く同じことが出来るかって言われたら難しいけどな」
護にとって、《EBO》はどこまで行ってもゲーム……娯楽である。
それこそ、これまでに無いほどハマりガッツリとやりこんではいても、それは楽しいからやっているのであって何かしらの義務感からやっている訳では無い。
そんな彼にとって、レベルやスキル、プレイヤースキルなどの《EBO》の実力を高める事は『楽しい事をやっていたら自然とそうなっていた』だけであり、『強くなりたい』という明確な目標を持って突き進んでいた訳では無い。
極論、何かしらの方向性が違って今とは比べ物にならないほどの弱さであったとしても、楽しければ《EBO》を続けているだろうし、今よりももっと強くなっていても楽しくなければ引退していだろう。
言ってしまえば、トーカは『強くなる』事を目的に《EBO》をプレイしていた訳では無い。
確かに、レベリングと称してロッ君の屍山血河を築いたりはしていたが、それはそれ。『ボス格がワンパンで消し飛ぶ様に愉悦を感じる』『圧倒的な力を振るう事が純粋に楽しい』『戦うっていいよね』というヒャッハー的な思考が根底にあるため、やはり『《EBO》を楽しむ』事の一環なのだ。
そんな彼が唯一『特訓』しているのが、投擲である。
かつて戦った強敵、呪いに蝕まれ堕ちた守り神との激戦の最中、己を庇い命を散らした1人の青年。
彼との出会いでトーカの中に芽生えた『投擲』への関心。
正直に言って、それはそこまで大きなものではなかった。
確かに、多少は使ってみようと思った。だが、それだけだ。せいぜいがサブウェポン未満のお試しレベル……に、なるはずだった。
しかし、切っ掛けをくれた青年は命を落とした。
1度は心を折られ、怯え蹲っていた、自分とは違いたった一つの命しか持たない彼は、しかし、取り返しのつかない己の命を投げ打ち、他人を助けた。
だから……これはトーカの自己満足なのだろう。
手向けになるとも思っていない。ただ、決して忘れえぬ記憶として刻まれた『彼』との短い会話の中で残ったのが『投擲への興味』だった。
手向けにもならない自己満足で、トーカは投擲を鍛え続けた。
そして、トーカの《EBO》生活の中で唯一、自ら望みただひたすらに鍛え上げたその技は、システムに頼らずともこうした絶技を繰り出せるまでに至った。
ただ、それだけの話だ。
「思うところ?」
「ま、ちょっとしたきっかけがな。それより一守は?」
「……?一守くんなら録画した映像を確認してるわよ」
まぁ、人に語る話でもない。
この記憶は、トーカの心の中にだけそっと残っている小さな火種なのだ。消えはしないが、燃え上がりもしない。そういった類の記憶。
だからこそ、トーカは小さく笑って話題を変える。
そんな普段と少し違う寂しげな雰囲気の護に、環は疑問を抱いたものの特に踏み込む事はしなかった。
ここら辺の塩梅も彼女の持つ天性の感覚なのだろう。
そんな、些細な気遣いが今のトーカには無性に嬉しかった。
手元で抑え込まれている幼馴染ーズはやかましかった。
◇◇◇◇◇
いつまでもぶーぶーとうるさい幼馴染ーズに小銭を手渡し、ジュースを買いに行かせると1人だけ見学エリアから動かない一守の所まで向かう。
「一守!ストラップありがとな……ってどうしたんだ?」
柄にもなくしんみりとした雰囲気を振り払うように、意識して明るく振る舞う。
そんな護と対象的に、トーカのプレイを録画していたはずの一守は何かをこらえるように俯き、小さく体を震わせていた。
そんな姿を見せられては、明るく振る舞う事なんて出来ない。
心配になった2人は、俯いき小さく震える一守の肩に手を置き、落ち着かせるようにゆっくりと話しかける。
「なんだ?なんかあったのか……?」
「どったの一守くん……?そんな今にも泣き出しそうな感じで」
「あ……環と……まも、る……」
声をかけられ、ようやく近付いてきていた2人に気付いたらしい一守がそっと顔を上げる。
その瞳には僅かに光る物が溜まっており……
「ぶふぁッ!ぶははは!くふっ、ひーはっはっは!!!!」
護の顔を見るなり盛大に笑いだした。
「あ?喧嘩でも売ってんのか?」
心配して声をかけたというのに、人の顔を見て吹き出した挙句腹を抱えて笑い出されたらさすがの護と言えどキレそうにもなろうと言うものである。
護の仮面が剥がれ、ヒャッハーが顔を覗かせていた。
「ひひっ、ごめっ、別に、悪気ぶふっ!がある、訳じゃ、ふひひ」
「ならその人の顔みて笑うのやめろや」
「ごめっ、ふふっ、ごめん……!でも、コレ見て、そうすれば分かるかぶふっ、ら……!」
そう言ってキレる護に突き付けられたのは、一守のスマートフォンの画面。
何らかの動画が再生待ちされているスマートフォンを受け取ると、ひょこっと覗き込んできた環にも見やすいように位置調整しつつタッと画面を軽く叩き動画を再生する。
そこに映っていたのは……
「ひーはっはっは!無理無理!お腹痛い!これは笑っちゃうわ!ごめん私でも無理!!!」
「これは……酷い……が……ぶふっ、確かに、笑うなってのが……ぶふっ、無理な話、か……!」
生き生きとした顔で何も無い虚空相手に大立ち回りを演じる『鷹嶺 護』の姿だった。
これを見て笑うなと言うのが無理な話だろう。なにせ、つい先程まで切れていた護ですら堪えきれずに笑っているくらいだ。
こうして、無事に一守は許された。
小さな思い出、小さな棘
現実のVRって体験者じゃない外野から見るとだいぶ面白いことになってるよねって話
年末の定番が近い……
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