第227話 『禁忌に手を染める』
大変遅くなってしまい申し訳ない……!
それもこれも今回暴れたヒャッハーが悪ぃんだ
何度修正作業をしたことか……!せめて事前申請を……!
「いつも通りやればいい……か。改めてそう言われると難しいな」
なんて、小さく呟きながら軽いストレッチで身体を解す。
事前にブレザーとネクタイをリクルスに押し付けて動きやすくしている辺り、既に動き回る気満々だ。
とてもでは無いが『神官』の戦闘前には見えない。
「ジョブ設定は神官で武器はメイス、ユーザーネームはトーカ。で、ストラップ特典を使用……っと」
チャレンジの初期設定を終え、ストラップに付いてくるQRコードを読み込ませると、トーカの手の中に音もなく『白銀ノ戦棍』が現れる。
持ち主なのだから当然と言えば当然だが、しっかりと『トーカ』の装いに馴染んでいる。
武器と防具、髪や瞳の色、そして体格。ありとあらゆる要素全てが調和した完璧なバランス。
まさに『トーカ』の為だけの武器だと、一目で分かるその調和具合。
生産の鬼が心血を注いで作り出しただけの事はある。
「これでよし」
白銀ノ戦棍が加わった事で完全な『トーカ』となった護は、一守から預かったお土産のストラップを丁寧にハンカチで包み、ポケットにしまう。
手に持ったま戦って、万が一落として踏んでしまったりしては大変だ。そんな悲劇は絶対に回避しなければならない。
と、護としての意識が働いたのはこれで最後だ。
《ファースト ステージ!》
心底気の抜けるような音と共に戦闘が始まれば、『トーカ』が……ヒャッハーが顔を出す。
開始と同時に、トーカは無言で狐のお面を顔にかけた。『戦闘中は狐面をつける』そのルーティーンが、トーカの意識を日常から戦闘へと切り替える。
普段通りと改めて言われると難しい、なんて戯言を述べていたが、所詮は護もあちら側の人間。戦いが始まれば、本性は容易に顔を出す。
護がトーカになった瞬間、それはつまり《EBO》を想起させる戦闘が始まった証。
もはや見慣れた出現演出と共に、これまで通り2体の案山子がトーカを挟むように出現する。……が、その瞬間にはもう既にトーカは動き出している。
派手な演出も何回も見ればマンネリ化し始める。
それが観察眼に長けているトーカともなれば尚更だ。
もはや出現演出など微塵も意識に入れず、ただこれまで見学してきた2戦で把握したタイミングに合わせて動き出すだけでよかった。
2体の案山子。魔法という便利な遠距離攻撃手段は無く、1体ずつ倒そうにもリクルス程素早くは動けない。
このままでは、近接戦闘という意味で武器を使うという差こそあれどリクルスの焼き直しだ。いや、身体能力でリクルスに劣るだけ下位互換ですらある。
成り行きとはいえ様々な期待を背負った以上、そんな事は許されない。
……なんて、そんな思考があった訳でもなく。
トーカはトーカらしく、自身の考え付く限りの最適解を叩き付けた。
否。
「おらッ!」
「「「「投げたぁ!?」」」」
投げ付けた。
真反対に出現した2体の案山子。
1発当てればいいだけとはいえ、多少の距離がある。
わざわざ近寄ってから殴っては効率が悪い。
そして手元には武器がある。
だから、武器を投げた。
たったそれだけの事。
それでも、初手で武器をぶん投げるという行為のインパクトは凄まじかった。
「護くん初っ端からぶん投げたんですけど!?棍棒って投擲武器なの!?」
「いやいやいやいやいや!そんな訳は無い!普通はアレで敵を殴り付けるのだ!」
「おいおいおい……!何やってんだよトーカ!確かに時短にはなるけどよぉ、投げたら取りに行かなきゃいけねぇんだから結局ロスになるだろ!」
「そんな事が分からないトーカじゃあるまいし……武器を投げ付けるなんて一体どういうつもりなんだ……?」
突然の奇行。
それに対する驚きや動揺は、環よりもむしろプレイヤー勢の方が大きかった。
普段、曲がりなりにも《EBO》でトッププレイヤーに位置する彼らには、例え意識していなくても彼らなりのメソッドがある。それはある種の常識と言い換えてもいい。
だからこそ初手で武器を投げ付けるというトーカの行動により一層驚かされたのだ。
「オルァ!」
だが、そんな外野の驚きなど意に介さず、武器を投げ付けたトーカはその瞬間には逆方向にいる案山子の元へと走り、駆け抜け様に拳を顔面に叩き込んでいた。
その後ろでは、ぶん投げられた白銀ノ戦棍が一切のブレがない美しさすら感じる縦回転で推進し、案山子の顔面を殴り付ける。
ほぼ同時に2体の案山子が吹っ飛び、消滅して逝く。
確かに、これならば瞬殺と言っていいだろう。
2体の案山子を、1体分の時間で片付けた。無駄が無いどころか最高の結果だ。
しかし、この2体の案山子はバトルシミュレーターが提供する1戦の最初も最初、まだまだこれからも戦闘は続くのだ。
トーカはここから先、武器を失った状態で戦うかあるいは時間をかけて武器を回収しなければならない。
一体どう立ち回るのか……
そう考え、トーカの出方を伺う見学勢の前で、信じられない事が起こる。
案山子に投げ付けられ、見事投擲武器としての役割を果たした白銀ノ戦棍は案の定反動で跳ね返った。
そう、『跳ね返る』だ。『吹き飛ぶ』や『弾き飛ばされる』では無く、『跳ね返る』。
一切のブレが無い綺麗な縦回転で投げ付けられた白銀ノ戦棍は、案山子にぶつかった反動でその進行方向を真逆に変化させる。
それが意味するところはただ1つ。
白銀ノ戦棍は、美しい放物線を描いて、元来たルートを引き返す様にトーカ目掛けて戻って来たのだ。
軌道から着弾タイミングまで完璧にコントロールされたからこそ実現した、帰ってくる投擲。
多少山なりにこそなってはいるが、投げ付けたはずの武器が綺麗に跳ね返ってくる神業とでも言うべき現象に、見学勢も驚くしかない。
「えぇ!?そんな事あるぅ!?」
「マジかよ……!」
「狙ったと言うのか!?」
「やっぱり君はとんでもないね……!」
だが、衝撃はこれで終わりではない。
「次ッ!」
わざわざ手元に戻って来るまで待つ事なく、自分も即座に引き返すと、中央……ちょうど投げ付けた時と同じような場所で体のバネを全力で使って跳躍し、空中に軌跡を残す白銀ノ戦棍を掴み取る。
そして、前任の案山子がやられた事で新たに出現した案山子に向かってすぐさまリリースする。
さらりと行われたが、空中で回転する白銀ノ戦棍の柄を正確にキャッチし一瞬かつ空中で姿勢を制御し投げ返す、これも紛うことなき絶技である事を忘れてはならない。
そんな絶技をさらりとこなしたトーカは、しかしそんな事は微塵も気にしていない様子で着地と同時にすぐさま駆け出して次の案山子に蹴りを叩き込む。
軽戦士に負けず劣らずの鋭い蹴りだ。
身近にリクルスという最高のお手本がいるからこそだろう。
そして、投擲された白銀ノ戦棍とトーカの蹴りは先程のリプレイのように2体の案山子が同時に吹き飛んで逝く。
《セカンド ステージ!》
次のステージへの突入を伝えるこのアナウンスに意識を向けていた者は、この場には一人もいなかった。
見学勢はトーカの一挙手一投足を固唾を飲んで見守っており、トーカ自身も戦闘に集中して外部の余計な情報を無意識下でシャットアウトしていたのだ。
ステージの切り替わりによって生まれた僅かな間隙を縫って同じく跳ね返って来た白銀ノ戦棍を、今度は迎えに行かずその場で待ち受け、トーカの手元に返ってきた瞬間にタイミング良く目の前に案山子が出現する。
あるいは、そのタイミングすら込みで狙っていたのかもしれない。
「まずは一体!」
ゴキョリ。
そんな生々しい音を立てて、袈裟懸けに振るわれた白銀ノ戦棍が案山子の首をねじ曲げながら振り抜かれる。
ピンボールのように吹き飛ばされた案山子の首は見るも無残にねじ曲がり、まるでガラクタのように地面に叩き付けられる。
だが、やはりというか当然というか、あらぬ方向に首をねじ曲げたまま消滅する案山子を一瞥すらせずに、トーカは三度、白銀ノ戦棍を投擲する。
これまでと違い、今度の投擲は横回転だ。
手首のスナップを効かせた鋭い投擲によって放たれた白銀ノ戦棍を凄まじい勢いで反時計回りに回転させながら、吸い込まれるように案山子の頭部を殴り付ける。
それと同時に投擲した瞬間には既に駆け出していたトーカの回し蹴りが案山子の心臓部を撃ち抜く。
空気を震わすようなドパンッ!という炸裂音は、間違っても神官 の蹴りで出ていい音では無い。
そもそも、神官は肉弾戦をしたりしない。
ここに来るまでに既プレイ勢から解説を受けて多少は《EBO》についての知見を深めていた環だが、主に解説役が一守だった事もあり、彼女の中で神官とは『後方からバフや回復で仲間をサポートする支援役で直接的な戦闘能力は低い』という認識でいた。
それが根底から崩れて行くような光景に、環の脳がフリーズし、状況に適応するために現実を受け入れて再起動する。
何故そこで受け入れるのか。
「……ひゃー!護くんやっべぇー!普段しっかりしてる裏でこんな過激な一面もあったとは!って感じだわ!」
「まだまだ序の口よ!って言いたいんだけど、アイツいつの間にあんな投擲技術を!?」
「本当の『トーカ』はこんなものでは無い!のは間違いないが普段はここまで徒手空拳で戦ったりはしないのだか!?」
「えぇ……『ルーティ』もいつかあんな感じになっちゃうのか……?それはさすがに兄としては止めたいなぁ……」
絶技とはいえ3度目の投擲。
既に『トーカ』が投擲で案山子を屠るのは見慣れた光景だ。
だからこそ、見学している彼らにもこう言った話をする余裕があった。
縦回転と横回転。その違いに重きを置いて現状を固唾を飲んで見守る様な者こそいなかったが、話していても彼らの視線は戦闘中のトーカから一切外れていない。
だからこそ、余計に驚かされた。
凄まじい横回転で案山子の頭部を殴り付けた白銀ノ戦棍が、反動でその向きを直角に変えて吹き飛んで行ったのだ。
案山子達は四角形の四隅に来るように配置されている。そして、その内の一体に突き当たって直角に折れ曲がればその先に何があるか。
そう、もう一体の案山子である。
もはや曲芸の域にあるとすら言える、投擲物の直角変化。
初撃よりもいささか勢いは削がれているとは言え、それでも案山子一体を屠る程度の破壊力は健在だ。
案山子にぶち当たり弾かれた事で、直角に進路が折れ曲がった白銀ノ戦棍はそのまま2体目の案山子の頭部を打ち据え、今度こそあらぬ方向に吹き飛んで行った。
いや、『あらぬ方向』では無い。
さすがに加速もなく二度も障害物にぶつかれば、勢いはほとんど死んでいる。
最初の勢いが見る影もない、まさにただ弾かれただけといった様子で白銀ノ戦棍が案山子が描く四角形の内側に向けて弱々しく宙を舞う。
まさに一棍二的の戦果を挙げ、その代償として弱々しく宙を舞う白銀ノ戦棍。
その柄を、ガッシリとトーカが掴み取る。
白銀ノ戦棍が手元を離れて2コンボを決めている間に自身もしっかりと2体の案山子を屠ったトーカは、そのままの流れで今度こそ宙を舞う白銀ノ戦棍の元に駆け寄り役目を果たした相棒を自ら手を伸ばし出迎えたのだ。
さて、ここで思い出していただこう。
この《セカンドステージ》において、四隅の案山子全てが倒された後に何が起こるのか。
そう。中央に大案山子が出現するのだ。
今まさに、白銀ノ戦棍を携えたトーカがすぐ側にいる中央に。
「【アースクラッシュ】」
神官の癖して肉弾戦をするどころか、使用スキルに『付与魔法』ではなく『棍術』を選んでいる辺りに『トーカ』の本質が現れていると言えよう。
通常の打撃よりも遥かに強力なアーツを使った一撃。
出現した瞬間に顔面を容赦無く捉えたその一撃は、大案山子をいとも簡単に薙ぎ倒し、一瞬にしてボス格の的をこの世から消し去った。
「あっ!!」
「ぬ!?どうしたリクルス!」
「そういや俺アーツ使い忘れてる!」
「あ、使えないんじゃなくて使ってなかったのね」
「でもまぁ『体術』のアーツは結局は近接特化だからあまり変わらないんじゃないかな」
人柱《1人目》の挑戦者となったリクルスはアーツを使い忘れた事を嘆くが、リトゥーシュの指摘通り『体術』には遠距離技は無いのであまり変わらないと言える。
巨大案山子戦のタイムは縮まったかもしれないが。
《ファイナル ステージ!》
そんなアナウンスと共に現れた案山子の出現音が白銀ノ戦棍を振り切った状態で残心しているトーカの耳朶を打つ。
ようやく、本番。
動かない的ではなく、動く敵。
それらを相手にしている時こそ、真に全力を出していると言えるだろう。
『ケケケケケケケケッ!』
案山子の吐き出す狂ったような笑い声を聞き、トーカは仮面の下で小さく、しかし凶悪な笑みを浮かべていた。
『ケケケケケブァラッ!?』
幾度と無く見てきた動き出す前の嗤うモーション。
かの【試練】においてほんの僅かな時間で【狐】の幻影を見破りプライドをズタボロにしたトーカからしてみれば、こんなにわかりやすい演出を何度も見せられては嫌でも脳裏に焼き付くという物。
寸分の狂いも無く、狂笑を終えた瞬間の案山子の顔面に白銀ノ戦棍を叩き込む。
わざわざ両手で持ってより強い力を込めた景気付けの1発。
ようやく『戦闘』と呼べる段階に入った事を、そして所詮この程度の雑魚では『蹂躙』にしかならない事を告げる一撃は、メギョリと嫌な音を立てて案山子の顔面を叩き潰した。
システムによって形状の保護がなされていなければ、今頃汚い花火の様に爆ぜていたであろう頭部が無事である事を喜ぶべきなのか、自我を持たない案山子には分からなかった。
続く2体。
『ケケケケケブラァ!?』
飛びかかってくる案山子を白銀ノ戦棍で出迎えて地面とサンドイッチしてやれば、2体目の案山子がその隙を狙って時間差で襲い来る。
『ケケケケァッ!』
が、そんな取って付けたような対策がヒャッハーに通じれば苦労はしない。
白銀ノ戦棍が描く白銀の軌跡が、まるでVの字を描く様に鋭角に跳ね上がる。
「やるならもうちょい上手くやれ!【チェインボム】ッ!」
実際には重さも慣性も存在しないAR映像だからこその芸能……という訳ではなく、《EBO》の中の『トーカ』ならその神官を勘違いしているようなSTRの暴力を持って同じような事が出来るであろう。
打ち上げ気味のフルスイングで見事ホームランされた案山子は高く高く打ち上げられ、地面に激突するまでもなくその機能を停止させていた。
最後に現れる締めの4体。
『『『『ケケケケケケケケケケケケケケケケッ!』』』』
相も変わらず出現時に狂笑を響かせる案山子達の無敵時間が終わった瞬間、今から動き出そうかという案山子達のすぐ側に打ち上げられた案山子か着弾する。
ここでひとつ、思い出して頂きたい。
このホームランをぶちかます時、トーカが何をしたのか。
そう。【チェインボム】を発動していたのだ。
このアーツは、『このアーツによってトドメを差した場合、対象をその時のダメージと等しいダメージを周囲に振りまく爆弾に変化させる』というか、限定的ながら悪質な効果を持っていた。
その効果を悪用し、《EBO》の中のトーカはその有り余る過剰火力を以て超高威力爆弾を量産したりなどしていたが、ここはあらゆるバフが乗っていないお試し空間。
そこまでの威力ではない。
……が、通常の案山子はどんな攻撃でも全てワンパンで倒せるHP調整がなされている。
その結果何が起こるかといえば、単純明快。
同時に出現した《ファイナルステージ》締めの4体は、通常より多いHPを持つ大案山子を残して全てが爆殺されたのだ。
「ボケっとしてる暇はねぇぞ!【スマッシュ】!【ハイスマッシュ】!!」
そして、トーカがただ爆弾が爆ぜる様を遠目から見守っているだけな訳が無い。
爆発を受けても確実に生き残る大案山子を瞬殺する為に、接近していたに決まっている。
爆風に紛れて接近したトーカは初撃の【スマッシュ】で膝を砕き万が一にも逃げられないようにすると、大案山子の足を踏み抜きその場に縫い付け、心臓部に輝くコアを【ハイスマッシュ】で撃ち抜く。
本来なら【ハイスマッシュ】1発で決まる程度のHPしか、あるいは膝砕きと足の踏み抜きで尽きる程度の命しか残していなかった大案山子にとっては完全なるオーバーキルだ。
だが、残りHPは関係無い。
目の前に多少頑丈な敵がいて、全力を振るう大義名分がある。念入りに全力で叩き潰す理由はそれだけで十分だ。
こうして、本来なら動く敵だったはずの案山子7体の内、実に5体が1歩も動くことなく嗤うだけでその短い生涯に幕を閉じた。
そして……
《エクストラモード!》
当然の様に、トーカも巨大案山子への挑戦権を手に入れたのだった。
力無く倒れ伏す7体の案山子達。
それらが皆一様に糸で引かれるようにふわりと浮き上がる。
当然、トーカの眼前で屍を晒す大案山子もそれは例外ではなく……
「おっと」
べぎょり
ふわりと浮き上がった大案山子は、次の瞬間にはトーカの振るう白銀ノ戦棍によって地面に叩き返されていた。
まさかの演出キャンセルに愕然とする見学者一行。
え?どうすんのこれ……?とでも言いたげにふわふわ浮かんでいる6体の案山子達。
ぴくぴくと痙攣して地面を舐めている大案山子。
誰も彼もが、一言も発せずに硬直していた。
「……あ、やっべ」
そんな固まり切った空気の中、演出キャンセルで殴り倒した本人はと言うと、自分がやったにも関わらず呆然とした顔で振り切った白銀ノ戦棍と倒れ伏す大案山子を眺めていた。
目の前で敵(だった骸)が動き出した事に、反射的に一撃を叩き込んでしまったらしい。
大案山子達が最後に浮かび上がるのは既に2度、自身の目で見ていて知っていたたはずだが、目の前で動き出す敵対存在に無意識下で闘争本能が働いてしまった様だ。
咄嗟に出るのが防御行動ではなく迎撃なのは神官として以前にいち高校生としてどうなのか。護は、どんなに保護者面をしていても、やはり本質はヒャッハーなのだ。
「ってかこれ、この状態でも殴れるのか。合体する前に潰す方法もアリってことか……?」
そう小首を傾げながら呟くトーカだが、左足で倒れ伏した大案山子の胸の辺りをしっかりと踏み付けて動けなくしている。
案山子達が集まり巨大案山子になる様を既に2度、トーカは目にしている。そのどちらもが浮き上がった大案山子に案山子達が吸い寄せられるように集まるという動きをしていた事を彼はしっかりと記憶している。
ならば、その大案山子を動けなくしてその場に居座ったらどうなるのか。
「ふむ……これが正常な動作なのは分からんが、出来るならやらない理由は無いな」
答えは単発。
案山子達が向こうから集まってくるのだ。
飛んで火に入る夏の虫、とはまさにこの事。
「オラッ!」
トーカは己の足元で磔にされている大案山子の元へと、ふわりと集まる案山子達を次々と叩き落としていく。
存外タフなのか、狂笑状態時と同じく無敵判定なのか、一発で機能停止していたはずの案山子達は弾き飛ばされても弾き飛ばされても再び浮き上がり向かってくる。
「ま、どうせこのモーション時はタイマーが止まってるんだ。いくらでも付き合ってやるよ」
仮面の下で凶悪な笑みを浮かべ、次々と飛来する案山子達を打ち返し続けるトーカ。
もし、もしも仮にだが、今の彼が闇堕ちカラーで狐面をズラして顔を出していたら。その凶悪な見た目と行動、そして心底震え上がるような恐ろしい笑みを浮かべた黒衣の悪魔の姿に見学者一行は心にトラウマを刻まれた事だろう。
そして、時が止まった世界で幾度戦棍を振るっただろうか。数分かもしれないし、数秒かもしれない。数十発かもしれないし、数発かもしれない。
量も時間も関係無い。ただただひたすらに撃ち落とされ続けた案山子に、ついに限界が訪れる。
「いいねぇ!調子出てきた!もっと来いや!」
だんだんハイになっているトーカが、近くに来ていた案山子を殴り付けた瞬間、それは起こった。
バシュン
そんな儚い音を立てて、ついに案山子が消し飛んだ。
それによって証明されてしまった、『討伐可能』。それは、ヒャッハーにヒャッハーを続けさせる理由としては十分であり、しかしそれが無くても続ける為必要無いとも言える。
ただし、無駄な壁殴りではなく意味ある迎撃だと証明されてしまった。ならば、それをするトーカにもより一層の熱が入ると言うもの。
「なんだよ、これでいいのか。っしゃ!どんどんかかってこい!まとめて消し飛ばしてやる!」
ついに終わりが見えた状況に、振り切ったハイテンション状態でトーカが吠える。
それに触発された訳では無いだろが、案山子達の飛来する速度が上がった……ような気がした。
という事は当然、迎撃するスピードも上がる訳で……
「ラッスッ……トッ!」
それから程なくして、6体目の案山子が消し飛んだ。
「ふぅ……なんでもやってみるもんだな。これが吉と出るか凶と出るかは分からないが」
足元の大案山子目掛けて飛来する案山子達を殲滅し切ったトーカは、つい先程までのヒャッハーな好戦的な姿勢とは打って変わって一仕事終えた後のような雰囲気を醸し出していた。
ゴッ、ゴッ
「けどまぁ、『倒された案山子達が浮き上がって合体する』っていう一連の流れが終わるまではタイマーが止まってるっぽいし」
チラリ、と視界の端に浮かんでいるカウントダウンタイマーが停止している事を改めて確認すると。
ゴッ、ゴッ
「ここで倒した案山子達がどういう判定になるのかは分からないが……出来るって事は何かしらの処理がされるんだろうな」
つい先程までの荒々しさは何処へやら。
間違いなくイレギュラーであろう己の行動がどう処理されるかに思いを馳せ、静かに独り言ちる。
ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ
「それにしても…………」
やがて、自分の中で何かしらの納得が行く答えを出したのだろう。考え事から意識を切り離し、ふと思い出したように足元に視線を向ける。
ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ
「こいつ、タフだな」
そして、掃除で少し頑固な汚れの相手をするような、ちょっと面倒臭いな、程度の気楽な声で呟いた。
ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ
踏み付けにした大案山子の頭部を、白銀ノ戦棍で滅多打ちにしながら。
浮かぶ案山子達の『大案山子の元に集まる』という特性を利用して1歩も動かず効率的に案山子達を一掃したトーカは、もはや用済みとばかりに大案山子の処分を行っていた。
殴られる度にビクンと痙攣する大案山子は、浮き上がろうにも胸部を踏み付けられて動けず、抵抗しようにも動き出しを狙われてその場所が打撃の餌食になるだけ。
巨大案山子へと変貌するための変化だろうか、無駄にタフになっていたぶん嬲られる時間が伸びているのがなんとも言えない悲壮感を漂わせていた。
「さすがにウザったいな……そろそろ終わりにするか」
ただの打撃では効果が薄いと判断したトーカは、これ以上続けても時間の無駄だと言わんばかりに踏み付けにしていた大案山子をガッと軽く前に蹴っ飛ばす。
『ケ、ケケ……』
ようやく自由を取り戻した大案山子が弱々しい声と共に、既に合体する仲間もいないというのにふわりと浮き上がり……
「【スタンショット】【スマッシュ】【チェインボム】【スマッシュシェイク】【ハイスマッシュ】【クラッシュスタンプ】【インパクトショット】【アースクラッシュ】【ディープクライ】」
それを狙っていたとばかりにタコ殴りにされた。
初撃で行動不能にさせられ、後はひたすらに殴られ続けるだけ。
アーツをふんだんに使用して大案山子へ乱撃を浴びせるトーカは、やはりというかなんというか、仮面の下で凶悪な笑みを浮かべていた。
多数の雑魚を倒すという仕様の戦闘を行っている事によって、ここ最近は鳴りを潜めいてた蹂躙モードのトーカが顔を出した様だ。
ただ殴り付けるのとは天と地の差があるアーツだけで構成された情け容赦のない乱撃。それは確実に大案山子の身に宿る巨大案山子様の膨大なHPを恐ろしいまでの勢いで削り取っていく。
「【リトルメテオ】」
無数の乱撃に耐え切れず、ボロボロになりながら仰け反った大案山子は絶対的な隙を晒してしまう。
当然、ヒャッハーたるトーカがそんな最高のタイミングを見逃す訳もなく、これで終わりとばかりに『棍術』最強のアーツが心臓部に叩き込まれる。
まず初めに、ドゴンッ!という重く鈍い打撃音が響いた。
続いて、バキャリ!という硬質な物が砕けるような音が微かに聞こえ、その音を最後に大案山子はついぞ巨大案山子となること無く消滅して逝った。
《パーふぇクとくりア!》
最後の一体を倒した事で若干ノイズ混じりのようおかしな調子のファンファーレが鳴り響く。
「ふぅ、良い汗かいたな」
変身シーンで攻撃を仕掛けるという禁忌に手を染めたトーカは、そんなファンファーレに包まれながら、まるで朝のランニングを終えた後のような爽やかな表情で額に浮かぶ汗を拭う。
余りにも爽やかな運動終わりのワンシーン。
この瞬間だけを切り取ればそうとしか見えない一コマだが、その背に浮かぶウィンドウがその異常性を無言で主張していた。
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1位:トーカ 【11616】ポイント
2位:⭐カレット 【7072】ポイント
3位:⭐リクルス 【6080】ポイント
4位:⭐シノハラ 【5120】ポイント
5位:こーへい 【4544】ポイント
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『⭐』が付く条件は巨大案山子の討伐なのでトーカには付いていません
が、その分通常の案山子6体と大案山子1体を余分に倒した扱いなのでスコアが1人だけぶっちぎりでおかしくなっています
その処理で困惑したせいでアナウンスが微妙にエラーを吐いてますが裏で妖精が頑張ったから役目は果たした
ちなみに、トーカが異常なほどの投擲技術を持っている……それほどまでに投擲を鍛えた理由はあります。それは次回にでも
というか長ぇ!前回の開戦前を合わせるとトーカ回で13000字くらい使ってるぞ……?今話だけでも1万字超えてるし……
さすが原初のヒャッハー、恐るべし……
感想&アイディアをいただけると作者は泣いて喜びます
あとアレですね、面白いなーと思ったら下の方にある『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』にして頂けるとさらに狂喜乱舞します