第219話 『再現に全力投球』
「おっ、やっと来たぞエレベーター!」
「ふふふ……待たせてくれるでは無いか……!」
「いや、楽しみなのは分かるが10秒くらいしか待ってないからな?」
「あっきーと瞬くんって凄い元気よね……最初っから飛ばしっぱなしで休憩挟んでもすぐにアクセル全開になるんだもの」
全身全霊で楽しんでいる瞬と明楽を若干羨ましそうに眺めながら、ぽりぽりとポップコーンを齧っている環が隣にいる一守に話しかける。
「そう言う環も最初は同じ感じのテンションだったけどね。それにしても、あのふたりに普段から振り回されてるんだから護は大変だよね……。そう考えると《EBO》でのアレもストレス発散なのかな?」
「え?そんな凄いの?《EBO》の中の護くんって。全然イメージ湧かないんだけど」
環の中での護とは、いつも賑やかなムードメーカー2人のブレーキ役であって決して後方支援職のはずなのに最前線で嬉々として戦棍を振り回す撲殺狂では無い。だからこそ、一守の評価と自分の中の人物像が上手く重ならいのだ。
「あはは……見たら分かるよ。うん。僕だって言われなきゃ絶対気付かないくらい違うから」
「ふーん。楽しみなような怖いような……って感じね」
「おーい!2人とも、もうエレベーター来てるぞ!やべぇぞ!」
「すごいぞ!エレベーターにもすごいぞ!もう……すごいぞ!」
2人が話していると、テンションが高い瞬と語彙力を失った明楽が立ち止まっていた2人に呼びかける。偶然周りに他の客がいなくて良かった……と思いながらも待たせてしまったのは事実なので、2人は急ぎ足でエレベーターに乗り込む。
「あれ?」
その時、扉の横に『閉所恐怖症、暗所恐怖症の方は階段のご利用を推奨しております』という注意書きが見えた気がした環だったが、詳しく考える前にエレベーターに乗り込み注意書きが見えなくなってしまう。
なんだったのかしら……と思い起こそうとした環の目の前に、そんな事を忘れさせる光景が飛び込んできた。
「わぁ……凄い綺麗ね」
「うーん……これ、どこかで見覚えが……」
利益度外視の全力投球な企業が主体となって建てた《EBO》会館では、一行が乗り込んだエレベーターも当然というか、ただのエレベーターではなかった。
天井と壁面が黒一色に染め上げられ、床には淡く美しい青色に発行する魔法陣が描かれている。
さらには、別階にある体験コーナーとの直通だからか階数指定のボタンは無く、緊急連絡ボタンや開閉ボタンなどの必要最低限のボタンも黒色のカバーをかけられているという徹底ぶり。
一見すると、何も無い暗闇に魔法陣が浮かんでいるようにしか見えないだろう。
全員が乗り込んだ事を確認した護が『閉じる』ボタンを押してカバーをかけ直すと、扉が閉まったエレベーターの内部は足元の青白い魔法陣以外は完全に黒一色に塗りつぶされる。
足元を照らす程度には明かりを灯している魔法陣だが、それでもエレベーター全体を照らすには程遠い光量だ。
これでは確かに、閉所恐怖症や暗所恐怖症の人には辛いものがあるだろう。
「なるほどね……」
あの注意書きはそういう事か、と納得した閉所恐怖症でも暗所恐怖症でも無い環は、誰に聞かせるでもなく小さく呟いた。
と、同時に足元の淡い光が一瞬強まったかと思えば、微かな浮遊感に包まれる。エレベーターが上昇を開始したようだ。
「おっ、上がった!ってこれは……!」
「ぬっ!この浮遊感……!知っているぞ!」
「あー、なるほどな。凝った演出をするなぁ」
「なるほど……見覚えがあるわけだね」
そうすれば、一拍置いて《EBO》プレイヤー勢は、はしゃいだり納得顔で頷いたりと魔法陣で移動しているような演出だけとは思えない盛り上がりを見せる。
そんな彼らの様子に環が疑問を抱きつつ、数秒ほどの上昇を経てエレベーターが停止する。
開いたドアから外に出つつ、《EBO》未プレイであり未だに何にそこまで盛り上がっていたのかよく分かっていない様子の環が隣にいた護に尋ねる。
「なに?これも何かの再現なの?」
「あぁ。《EBO》……というかVR世界の中では、基本的に場面切り替えや転移の時に微かな上昇感があるもんなんだ。そんで、このエレベーターは地面に《EBO》でログイン時や町間の転移に使う魔法陣を描いて転移時の浮遊感含めて《EBO》の転移を再現してるっぽいんだよな」
「遊び心が満載だね。エレベーターの上昇時の浮遊感を転移時の浮遊感に置き換えてる事もだけど、体験コーナーへの移動と《EBO》へのログイン時の感覚をリンクさせるなんてね」
「あの運営の事だからな!このためだけに体験コーナーを2階にしていてもおかしくないぞ!」
「そんなまさか……ってならねぇのがあの運営だな!それより体験コーナーに到着だ!どこまで再現されてるか確かめてやろうじゃねぇか!」
ログイン時の感覚だけでなく、ログインして最初に訪れるのが始まりの町【トルダン】である事を再現しているのだろう。
1階のエレベーターホールが無設定のTRのホーム画面を連想させる殺風景だったのに対し、2階のエレベーターホールは【トルダン】の噴水広場を連想させる作りになっている。
「おぉ……すっげぇ、本当にログインした気分になるな!」
「むぅ……悔しいが今のところは完璧だ……!」
「明楽は何と戦ってるんだ……」
エレベーターホールだけでテンションをはね上げている瞬と明楽を、よくこのテンションを維持していて疲れないなと若干疲れ気味の護が見守っている。
どことなく仕事疲れの中休日に子供を連れて遊びに来た父親に見えるのは長年の保護者経験がなせる技だろう。本人はそんな雰囲気が出せても嬉しくはないだろうが。
「良くも悪くも素直な2人がここまで言うって事はかなり再現度が高いのね」
「うん、そうだね。現実で再現出来る部分はほぼ完璧に再現してあるって言ってもいいくらいの再現度だよ。まだエレベーターホールに移動しただけだけどね」
幼馴染3人組がいつもの調子なので、必然的に残された2人の会話が多くなる。
最初はクラス委員が環ひとりでクラス委員長だったのがサポート役(という名の実務担当)が必要だと言うクラスの意見から一守が副委員長に抜擢され、それがそのうちクラス委員(女)とクラス委員(男)という扱いになった……という経緯を持つクラス委員の2人だが、以外にも個人的な関わりはそこまでなかったのだ。
なので、最初のうちは少し戸惑っていた様だが、遊園地の空気がなせる技なのか、今ではすっかり打ち解けたようだ。
それこそ、未だにはしゃいでいる瞬と明楽にそれを見守る護という幼馴染組を後目にエレベーターホール内を2人で散策する程度には。
どうやらこのエレベーターホールは広さまで【トルダン】の噴水広場を再現しているらしく、下の階に比べてかなり広い。その上細かいところまで再現されているため、エレベーターホールの散策だけでも十分楽しめてしまうのだ。
この噴水広場を再現したエレベーターホールには4方向の壁全てに扉が付いており、扉の横にはそれぞれ同じような棚が備え付けられている。
そのうちのひとつの前までやってきた環は、上部に『体験コーナーをより楽しみたい方はぜひご利用ください』と書かれたプレートが付いた棚を覗き込み、そこに置かれているシャープなデザインのメガネを手に取る。
「ここが体験コーナーへの扉ね。ってあら?これは……メガネ?何かに使うのかしら?」
「へぇ、イヤホン付きのARメガネだ。VR世界の再現としてARも使ってるのかな?デザインも確か《EBO》内にあるファッション装備のメガネを再現してあるし、すごい凝ってるね」
そういった機材にそこまで詳しくない環が棚に並べられたメガネを前に「どうしてこんなものが……?」と首を捻っている横で、説明するようにそう言いながら、一守がいくつも並べられているメガネのひとつを手に取る。
「お!なんだなんだ!なんか見つけたのか?ってなんだそれ!」
「おおっ!?リトゥ守がメガネになっているぞ!?」
「明楽……お前まだ一守がリトゥーシュだったのに混乱してるのか……?いや、再現度の高い《EBO》の中みたいな雰囲気のせいか……?」
そんな一守達に、はしゃいでいた幼馴染3人組も気付いたようで棚の方に向かってくる。
瞬は友人の慣れないメガネ姿に一瞬驚いた顔をしたもののすぐに隣の棚に興味を移し、明楽は《EBO》の中感が強まったのか現実と《EBO》の名前を混同していた。そして、護はと言うとそんな2人を一歩下がった位置から見守りながらも、棚に陳列されたARメガネに興味を引かれているようだ。
「へぇ……体験コーナーをより楽しみたいなら……か、着けない手はないな」
「俺これ!」「むっ、ならば私はこれだ!」
「全部デザインは一緒だからな?」
「本当に楽しそうねぇ」
「まぁせっかくだし僕達も着けてみようよ」
そう言ってメガネをかける一守に続くようにそれぞれ手に取ったメガネをかける。
「どうよ!メガネかけてると頭良さそうにみえるくね?」
「なんだか頭が良くなった気分だ!」
「なんか、その発言のせいでバカっぽいな」
どうやらこのメガネにはイヤホンの他に集音マイクも付いているらしく、イヤホンをつけていても特に他の音が聞き取りにくくなるということはなかった。
そのまま普段と違うメガネ姿に盛り上がっていたが、少しすると視線の先の空間が揺らぎ始める。
どうやら、AR機能が早速始まったらしい。
「なにこれ、面白ーい!でもまさかこれだけじゃないよね……?何が始まるんだろ」
現実世界とほぼ区別がつかないほどのリアルなVR空間で行われる《EBO》のプレイヤーである護達はそういったファンタジーな現象に慣れているが、VRにあまり馴染みの無い環はありえない空間そのものが揺らぐという現象を目の当たりにしてテンションが上がっていた。
そんな環の期待に応えるように、限界まで歪んだ空間を通り口にスウッと小さな人影が姿を表した。
『ようこそ、《EBO》会館へ。本来ならば《EBO》本編内部にてGMコールを担当する身ではありますが、何故かこの度、皆様への体験コーナーの説明を担当する事になったエリカと申します。短い時間ではありますが、よろしくお願いいたします』
背中の羽をふわふわと動かし、ぷかぷかと空に浮かぶ腰まで伸びる真っ白な髪をティアラを模した髪留めでまとめた手のひら大の女の子は、真面目そうな雰囲気を纏う灰色の瞳で護達を見回すと、そう言って恭しく頭を下げた。
……どうやら、妖精は《EBO》内のGMコールだけでなく現実での《EBO》会館の案内人も担当しているらしい。
第3の妖精、出現!
現実世界にも出張させられる妖精ってかなりブラックな職場なのでは……?
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