第209話 『試練が終わったので』
ヒャッハーは何かあったらすぐに更地にしようとしやがる……
ぺちぺちと、気の抜ける様な音の拍手と労いの言葉。
それだけならば、まだ良かった。
だが、『自分達以外は居ないはずの【島】』の、『直前まで確かに誰もいなかったはずの場所』からソレが聞こえてくるとなれば、明らかに異常事態だ。
「後ろだ!」
まず初めに、白銀ノ戦棍を構えたトーカがそう叫びながら振り返る。だが、他のメンツもヒャッハー特有の運命力で引き寄せた強敵相手に幾度も死線を潜り抜けてきたヒャッハー達だ。
トーカが言い切る前に、既に全員が武器を構えて振り返っている。この行動の速さからも分かるように、ヒャッハー達は一般的な意味での強さも確かに備えている。
というか、一般的な強さを持った上でさらに少し尖った方向に突き詰めたのがヒャッハー達であり、ヒャッハーがヒャッハーたる所以の根幹には実力という確かな下地があるのだ。
そんなヒャッハー達だが、振り返った先の光景に驚きを、あるいは困惑を覚えずにはいられなかった。
なにせ、そこには誰もいなかったのだから。
「む、誰もいないぞ……?」
「聞き間違いって事は絶対に無い!……はずだ。確かに聞いたぞ」
「私も聞こえたから安心していいわよ。となると、隠れてるのかしら?」
頭を使わない方のヒャッハー達が見たままの光景を言葉にし、それを状況整理として頭を使う方のヒャッハー達が思考を巡らせる。
警戒せざるを得ない異常事態を前に、無言の、それどころか無意識レベルでの連携プレイがごく自然に行われていた。
そして、頭を使う方ではあるがどこまで行っても結局はヒャッハーであるトーカが数秒の思考の末にひとつの結論を出す。
「よし、カレット。最低火力の【白龍崩】でここら一体焼き払え。防御は俺がする」
いくら最低火力のとはいえ、不可視の存在の炙り出しに【白龍崩】を持ち出す時点で完全に過剰火力だ。
頭を使う方でも結局はヒャッハー。上には上があるとは言うが、その『上』が高過ぎて感覚が麻痺しているのだろう。
「ッ……!!あいあい!【白りゅ……」
そして、保護者の許可が出たカレットが歓喜に打ち震えながら躊躇ゼロでぶっぱなそうとした瞬間。
「はい。えらいすんません。悪ふざけが過ぎたわ。謝るんで堪忍してや」
何も無かったはずの虚空から、降伏するように両手を上げた糸目の男が姿を現した。
首元まで伸びた不気味な程に白い白髪と対になるような黒い瞳を細めた目の奥から覗かせる着流しの和服を身に着けた青年は、口でこそこう言っているものの余裕を滲ませ飄々とした雰囲気を崩さない。
そんな糸目の男からなにかただならぬ気配を感じ取ったヒャッハー達は、【白龍崩】こそ撃たなかったものの警戒を続けている。
「……誰だ」
こういう状況において、ヒャッハー達を代表するのは基本的にトーカの役割だ。
もし敵なら、すぐに殴りかかる。
白銀ノ戦棍を構えた踏み込み姿勢で言外にそう言いながら、糸目の男に尋ねる。もちろん、視線は糸目の男から外さず一挙手一投足を見逃さないように細心の注意を払っている。
「おっかないなぁ。別にウチらは敵やないで?むしろ労ってるほうや。ほら、言うたやろ?『おつかれさん』って」
へらへらと軽い調子で笑いながら敵ではないと言った糸目の男だが、味方とは、自分達に害なす者では無いとは言ってない。
そもそも、労いの言葉を贈って来ているからと言うだけの理由で安心出来る相手になる訳が無い。
それに、『ウチら』とも言った。つまり、コイツは単独の存在じゃない。近くにいるのか、この【島】のどこかにいるのかは分からないが、仲間がいる。
試練を全て乗り越え、【祭壇】に『宝珠』を捧げた事で新しいイベントが始まった可能性が高い。
そこまでを一瞬で考えて、トーカは小さく息を吐く。
そして、緊張で乾く喉を鳴らし、もう一度、問いかける。
「生憎と、この【島】にいる時点で怪しさしか感じないんだ。敵じゃないってんなら、質問に答えろ。お前は、誰……いや、何者だ?」
これが最後の確認になるだろう。
これで答えなかったり、はぐらかしたりするようなら……
「キミらがそれを知るにはちぃーっとばかし時期尚早やな。知りたいんやったら……」
強硬手段に、出る。
「カレット、やれ」
「ほいきた!【白り……」
トーカの指示を受けて嬉々としてカレットが大破壊を振り撒こうと杖を掲げる。
「ふざけんなテメェこの馬鹿野郎お前マジでお前ふざけんな寒い場所に監禁して一生冬眠させんぞテメェ!」
「あだぁっ!?」
だが、実際に【白龍崩】が発動する前に、悲痛な叫びとでも言うべき声音の罵声と共に『ゴンッ!』とまるで拳骨を落とした様な鈍い音が糸目の男の後頭部から鳴り響く。
いや、様な、ではなく実際に拳骨が落とされたのだろう。
あるいは、グーパンか。
不意打ちで訪れた痛みに頭を抱える糸目の男の背後には、これまた先程まではいなかったはずの人影が拳を振り抜いた姿勢で浮かんでいた。
見た目は7〜8歳の褐色の肌を持つ黒髪金眼の少年だ。ノースリーブのシャツに短パンという、まさに元気いっぱいを体現したような装いの少年は、糸目の男が結構な長身だったということもあってかなり小さく見える。
そんな褐色の少年はスタッと地面に降り立つと、殴られた箇所をさすっている糸目の男の脛を必死さすら滲ませて執拗に蹴り始める。
実に嫌な方向に元気いっぱいな少年である。
「お前!マジで!ふざけんな!アイツら!マジで!ヤバいんだって!『岩山』を!吹っ飛ばした魔法を!平然と!ここでも!使おうと!するヤツらなんだよ!そんなのを!ここで!やられると!【祭壇】も!吹っ飛ぶんだよ!なのに!なんで!しなくてもいい!謎の存在風に振舞ってんだ!アイツらが!ここら一帯!吹っ飛ばしたら!どう責任取んだお前!」
身長差があるからか執拗に脛を蹴り続ける褐色の少年は、どうやら糸目の男の言動にとても大きな不満を抱えているらしい。あるいは、興味本位で他人にも被害を及ぼしかねない危険物にちょっかいをかけるバカを必死に止めようとしているのか。
「というかなんでお前らは知らんぷり決め込んでんだよ!ここでやられたらお前らも巻き添え食らうんだぞ!?」
糸目の男の脛を蹴って蹴って蹴りまくった褐色の少年は、蹲る糸目の男を無視してぜぇはぁと肩で息をしながら虚空に向かって叫ぶ。
すると、そんな褐色の少年の叫びに反応して、どこかで見たような空間の揺らぎと共に新たに2人が姿を現す。
「はっはっは、アタシはいざとなれば安全圏までダッシュで退避できるから別にいっかなって。あとはまぁ、ここで隠れとけばとりあえずお前らが初対面しくってもアタシの印象に影響しねぇだろ?」
「妾はこやつら……と言うよりあの白髪の男とは顔も合わせたくなかったからなのじゃ。驚いた顔が見れると思ったから協力はしたが……やはり、この程度で妾の気分は晴れないのじゃ。それに、件の魔法も透過させれば妾には効かぬしの」
1人は、影に紛れるようなくすんだくせっ毛の黒髪に映える血のように赤い瞳を持つ、胸周りだけを覆うようなショート丈のトップスとホットパンツで健康的に焼けた小麦色の肌を惜しげも無く晒したボーイッシュな女性。
もう1人は、若さ溢れる瑞々しい白髪のおかっぱと澄み渡る空のような蒼い瞳に和服という、座敷童子のような装いがアンバランスな雰囲気を醸し出している見た目5〜6歳程の幼女。
糸目の男と褐色の少年からは1歩どころか10歩くらい引いた位置で小麦肌の女性は血のように赤い瞳を輝かせ快活に笑い、和服の幼女は恨みがましい目付きでトーカを睨み付けている。
見覚えのない人物が男女合わせて4人。
しかも、そのうちの1人はヒャッハー達……というかトーカを敵視している。
他の3人からは敵意は感じないが、それでも正体不明の存在であることに変わりは無い。
「で、結局お前らは一体何者なんだ。現状は怪しさしかない不審者集団でしかないぞ」
警戒を解かずに、むしろ強めて糸目の男に改めて問いかける。
現状、トーカの頭の中にはひとつの可能性が浮かんでいた。
その予想通りなら……最悪、この4人との戦闘になる事も可能性すらある。その場合、苦戦は免れないどころか勝ち目があるかも怪しい。
だが、それでもここは踏み込むべきだと判断した。
手だけでカレットに「【白龍崩】をいつでも撃てるように構えろ」と指示を出す。それは、仲間全員に対する戦闘準備の指示と同義である。
地形すら変えるカレットの【白龍崩】でも有効打になるかは怪しいが、目くらましや牽制程度にはなるだろう。
緊張で口内がパサつくのを感じながら、ヒャッハー達は即座に戦闘を開始出来る状態で糸目の男の返事を待つ。
糸目の男はそんなヒャッハーを前に飄々とした態度を崩さない。
そして、チラリと1度他の3人に目を向けてからヒャッハー達に向き直り……
「先住民捕まえて不審者とか酷いわぁ。そんじゃまぁ、改めて自己紹介と行かせてもらいますわ。色々説明省いて一言で済ませると……ウチらはちょい前にあんさんらとドンパチやってた【試練の獣】や」
そんな事をのたまったのだった。
【島の獣】の擬人化……!?
【島】編開始時には影も形もなかった奴らが試練終わった後も消えずに居座り続けるのか……!
いや、事前申告があった分突発的な奇行をしだすヒャッハー達よりはだいぶマシか……
ちなみに、糸目の男は言わいるエセ関西弁というやつです(作者は関西弁話者では無いので)
糸目は関西弁という謎の認識が作者の中にはあったのです。何故でしょうね?
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