第207話 『立つ鳥跡を濁さず』
誰も幸せにならない虚しい勝利を手にしたトーカ達が立ち尽くしていると、ぐにゃりと周囲の景色が歪む。
試練を乗り越え【狐】が『宝珠』となった事で、試練の領域とでも呼ぶべき異空間が主を失い存在を保てなくなったのだ。
余談だが、4匹の【島の獣】の中で【狐】だけがこの異空間を使っている。しかし、これは【狐】固有の能力という訳ではなく、他の3匹もやろうと思えば挑戦者達を自身の領域に引きずり込むことが出来る。
ただ、【蛇】は試練の性質上環境による影響がないため、【狼】は広く動きやすい領域では試練の達成がほぼ不可能になってしまうため、【鴉】は挑戦者達の足場が狭い元の環境の方が自身に有利なため、それぞれの理由から元の場所で試練を与えていたに過ぎない。
ならばどうして【狐】だけが領域を使ったのかといえば、それは演出という他ない。
障害物の無い見晴らしのいい広い空間の方が、無数の【狐】という絵のインパクトが強いから、それだけの理由だ。
【狐】自身が言っていたように、【狐】なりに試練を盛り上げようと工夫していたのだ。
不幸な事に、その工夫のせいで姿を消しても足元が窪んでいることに気付かれてしまい誰も幸せになれない悲しい結末を迎える事になってしまったのだが。
何度でも言おう。
つくづく、【狐】は運がなかった。
そんなあらゆる要素を味方につけて試練を乗り越えたヒャッハー達が放逐されたのは、転移前にバギーカーで突っ込んだオアシスの泉の中だった。
とは言っても、水中では無い。【狐】が幻で作り出していたのだろう鳥居が消え失せ、その代わりに出現した何も無いもの寂しい小島にヒャッハー達は立ち尽くしていた。
「ここは……オアシスか」
「そうっぽいわね。泉の中にこんな小島はなかった気がするけど、試練が終わったから出てきたのかな?」
いや、『何も無い』というのは語弊があるだろう。
本来なら何も無いであろう小島には、バギーカーの残骸が散乱しているのだから。
「って、うわぁ……大破したバギーカーが地面にぶっ刺さってる……メイ、あんた次からは制御機能をちゃんと付けてから使用許可を出してね?お願いだから」
「あはは、分かっ……あっ、そうだ、この加速装置を応用すれば一時的にだけど飛行出来るんじゃ……!同じ量じゃ足りないからこの数倍もあれば……!」
「なにとんでもなく物騒な事考えてるの!?」
バラバラに砕け散ったバギーカーの残骸を見て頬を引き攣らるリーシャの懇願に近い忠告に答える前に、メイは何かを思いついてしまったらしい。
間違いなく、これからもメイはとんでも作品を生み出し続けるのだろう。なぜなら、彼女も立派なヒャッハーなのだから。
「ちょいちょい、メイさーん。私の話聞いてた?それは飛行じゃなくて射出って言うのよ?もしくは爆散。間違っても私はソレに試乗しないからね?」
「え……?じゃあ括り付けるしか……」
「嘘でしょ!?」
そんな気心知れた2人のじゃれ合いを眺めているうちに気分が戻ったのか、あっけない【狐】の最後にお通夜だった空気が戻り始めた。
「とりあえず、トーカが持ってる『宝珠』の確認しようぜ!」
と、そんなやり取りを見ていたリクルスが思い出したように新たに手に入れた『宝珠』に興味を示す。
そうすれば、新しいアイテムに目が無いメイも『宝珠』を確認しようとリーシャの必死の訴えをスルーしながらトーカに近付いてきた。
そんなふうに全員がトーカの周りに集まったのを確認してから、トーカが手に持った最後の『宝珠』のテキストを開いた。
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【覚醒の宝珠】
気を抜けば霧散する夢の記憶のように移ろう
淡い虹色を宿した拳大の宝珠
全ての宝珠を集め、祭壇に捧げる事で
【島】の真の力を引き出す事が出来る
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トーカの手のひらに乗っている『宝珠』は、確かにテキストにもある通り桃色や水色、レモン色や若草色、薄紫色などの淡い色がほわほわと明滅している。一言で表現するなら夢色だろうか。
ともあれ、これで【不滅】【疾風】【蹂躙】【覚醒】と4つの『宝珠』がヒャッハー達の元に揃った事になる。
「【祭壇】の窪みは4つだったから……これでコンプか?よっし、早速置きに行こうぜ!」
「真の力……!何が起こるか分からんが楽しみだ!真の力と言うくらいだから攻撃系のギミックだったりするのか?【白龍砲】で力比べがしたいぞ!」
「【祭壇】を見つけたら『宝珠』の文字化けが読めるようになった……なら、『宝珠』を全て納めればこの黄色い水晶も読めるようになるのかな?うぇへへ……楽しみ……!」
ノリと勢いで生きているリクルスやカレット、そして未知の素材の詳細が分かるかもしれないメイがテンションを上げているが、そんな3人に水を差す声があった。
「いいや、【祭壇】にはまだ行かない」
「そうね。その前にやる事があるわ」
「うん。さすがに今すぐ行こうっていうのは……ダメだよね」
「あぁ、そうだな」
それも、残りの4人全員から。
多数決的にもそうだが、とある理由からすぐに【祭壇】に向かう訳には行かないのだ。
その理由は実に単純。
「『宝珠』が揃って盛り上がるのはいいが、その前に片付けだ。さすがに残骸をここに放置しとく訳にはいかないだろ」
オアシスの泉に浮かぶ小島に散乱した、バギーカーの残骸の処理である。
《EBO》では、ポーションの空きビンや砕けた武器などの破壊されたアイテムは時間経過で自然に消滅するが、この残骸の元になった物は形こそバギーカーだがその実態はゴーレムだ。
そして、ゴーレムはたとえ粉々に砕けたとしてもその判定は『破壊』ではなくあくまで『機能停止』であり、そこから更に追加で各パーツの耐久値がゼロになるまでダメージを受けて始めて『破壊』された判定で消滅する。
簡単に言ってしまえば、ゴーレムは1度破壊されただけでは『残骸』としてその場に残るのだ。
……と、そんな話をトーカは少し前にメイ本人から聞いていた。
そして、話は戻るが例のバギーカーはどこまで行っても分類としてはゴーレムであり、着地の衝撃でぶっ壊れたとしても残骸がその場に残り自然に消滅することは無いのだ。
「あ、そっか。黄色い水晶の事が楽しみ過ぎて忘れてた」
「そんなに大変な作業でもないんだし、ぱっぱと終わらせて【祭壇】に行くぞ」
「「はーい」」
トーカの言うように、現実とは違って残骸処理もそこまで大変な作業では無い。かったっぱしからインベントリにぶち込むだけで終わる簡単なお仕事である。
5分と立たないうちにバギーカーの残骸は全てヒャッハー経由でヒャッハーの元に集められた。
「……うん。全部回収出来てるね。ありがとう」
インベントリに納められた残骸が全て揃っている事を確認し、メイが頷く。
さらりとメイがバギーカーに使った素材を全部覚えていて、なおかつ残骸から逆算して素材の総量を計算できる事が判明したが、メイなら出来てもおかしくないだろう。
「さて、じゃあ【祭壇】に向かうか」
「やっほーい!……あれ、これさ、俺らどう向こう岸まで行くん?この泉、結構深いぞ?」
「ぬん?泳いで行けばいいのではないか?」
「あ、もしかして……リクルス泳げないとか?」
真っ先に駆け出し、しかし水際で急停止したリクルスの発言に、首を傾げるカレットと煽るリーシャ。
「泳げるわ!普通なら泳げばいいだけだけどさ、装備つけたままじゃさすがに泳げないだろ?だからって装備限界まで外して水に入ったら『バカめ!それは罠だ!』って感じで水中戦が始まるかもしれないって思ってな」
「むぅ……確かにこの【島】では何があるか分からないからな……」
「それに、水に入ったら戦闘開始ってのも前例があるしね……」
頭を使わない方のヒャッハー達が珍しく頭を使って考え込んでいる様子に、頭を使う方のヒャッハー達は軽い感動すら覚えていた。
ちなみに、サクラはトラウマを刺激されたようで水辺に近付こうとせずにずっと小島の中心に陣取ったままだ。
この小島には木々は生えていないが、対岸には多少なりとも木々がある。それでサクラのトラウマ判定に引っかかったのだろう。
池の主がサクラの心に残した傷は深いが、サクラ達が池の主(を初見攻略された運営)の心に残した傷も深い。
むしろ、サクラは周りにケアしてくれる人がいるが、運営は全員が全員どこかしらにヒャッハーから傷を負っている被害者の会なので、被害的には運営の方が重傷ですらある。
今日もどこかで誰かの慟哭が響いているとかいないとか。
閑話休題。
「あ、なら回収したバギーカーの残骸を使ってボート作っちゃうからちょっとまってて!」
罠を警戒しつつも越えなくてはならない泉を前に頭を悩ませていたが、メイの一言で解決したようだ。
だが、メイにはバギーカーに安全性?何それ美味しいの?な超加速装置を取り付けたという前科がある。
「あ、だったら私が監視するわ」
『常在工房』を展開し、作業を始めようとしたメイのすぐ側にリーシャが陣取る。その眼光は無駄に鋭く、ただ親友が作業をしている様子を眺めているという訳ではなく、本気の『監視』なのがよく分かる。
「へ?なんで?リーちゃんいつも『うっへぇー私は生産系の作業は出来そうにないわ。見てるだけで気が滅入る』って見学すらしようとしないのに」
「その結果があの限界まで頭悪そうな超加速装置でしょ?ボートに変なのつけないか今だけでも監視しないと安心して乗れないわよ」
「さすがにそんな……こと……しな、い……よ?」
「目を泳がせながら言っても説得力無いわよ。大した距離もないんだから手漕ぎボートでいいでしょ。変な機能は絶対付けないでね」
そんなリーシャの様子に、集中モードに入る直前だったメイが物珍しげに首を傾げる。ちなみに、声真似は聞き比べなければ分からない程度には上手だった。
だか、リーシャは慣れているのかメイの意外な特技の披露を気にとめた様子もなければ、メイの手元から視線を外すことも無い。
バギーカーの超加速がかなり堪えたらしく、監視に全力を注いでいた。
その後、リーシャの監視のおかげもあってべらぼうに高い耐久性を持つ以外は何の変哲もない手漕ぎボートが無事に完成した。
大海原を旅する訳でもないボートに何故そこまでの耐久性を付けたのか理解に苦しむリーシャだったが、メイ的に何らかのプライドがあったのだろう。
ボートを使って無事に泉を渡り切ったヒャッハー達は、サボテンや小動物などに引き寄せられるメイの手網を握りつつ『砂漠』エリアを抜ける。
様々な環境が密集する【島】特有の不自然なまでにはっきりとした環境の境目を超え、【島】の中心目指して『草原』エリアを進む。
そうして歩き続けること数分。ヒャッハー達は『宝珠』を集め切った状態で【祭壇】へ再びたどり着いた。
目を離すと何をしでかすか分からないなら監視を付ければいいのか……!ぼくおぼえた!
ただ、今回は利害の一致があったから良かったけども、監視役もヒャッハーし出す可能性があるのと監視を付けても完全には大人しくしないという点には注意が必要か……(めもめも)
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