第206話 『虚しい勝利』
虚しい勝利(の解説回)なのでちょっと短め
【狐】は泣いていい
「本当に、ごめん」
手のひらに収まる『宝珠』に向かって、トーカが謝る。
その声音は後悔と気まずさとやるせなさに満ち溢れていて、短い言葉の中にどれほど大きな気持ちが込められているのか推し量ることは出来そうになかった。
ただ1つ確かな事は、この結果はトーカにとっても不本意な結果だったという事だ。
この結果で満足な者は誰もいない。
誰も報われない、虚しい勝利であった。
「あ、その……トーカ?何が起こったのか教えて貰っても……いいか?」
恐る恐る、といった様子でリクルスが尋ねる。
普段は頭を使わない方のヒャッハーをしている彼をして躊躇いがちにならざるを得ない空気が漂っていた。
「あぁ……説明、するよ。全部」
まるで止むに止まれぬ事情があって大罪を犯した罪人の告白のような雰囲気でトーカの口から一連の流れの説明が始まった。
「最初、【狐】の口上で少しおかしいなと思ったんだ。【狐】は『見極めよ』って言っただろ?無数の幻の中から本物を見つけ出すなら『見つけ出せ』とかの方が自然だ。あるいは、試練の名前に合わせるなら『打ち破れ』とか『目を覚ませ』とかな」
「そう言われれば、確かに……」
「おかしいような気はするわね……」
無数の幻を前にして『見極めよ』と【狐】は言った。
なぜ『見極めよ』なのか、何を見極めるのか、そこがトーカは気になったらしい。
「ただの言い回しって言われたらそれまでなんだが、妙に気になってな。とりあえず言われた通りに見極めようとして一体一体じっくり観察したんだ。そうしたら、全員微妙に違いがある事に気が付いた」
例えば、ある幻は毛が長く、ある幻は毛が艶やかで、ある幻は耳が短く、ある幻は尻尾が長い。
もちろん、それらの差異は極わずかだったが、1度気が付いてしまえば嫌でも違いは目に付く。
結果、無数の幻は全てが微妙な差異がある事にトーカは気が付いたのだ。
「それで、違いがあるなら記憶の中にある正解の【狐】と合致する個体を探せばいいと思ったんだ。【狐】が姿を見せた時はまだ試練は始まってなかったからな、あの時見せた姿が本当の姿なんだろうって。でも、見つからなかった」
幻の【狐】同士に差異があるように、現れていた無数の【狐】の全てが本物の【狐】とは微妙に異なっていた。
普通に考えれば、大量の対象を瞬時に識別する事なんてとてもでは無いが不可能に近いだろう。
しかし、トーカにはそれが出来た。
なぜなら、このトーカの異常とも言える観察力がそれこそカレットの空間認識能力のように特出した才能と呼ぶべきレベルのものだったからだ。
加えて、カレットとリクルスという手のかかる幼馴染の保護者をしていた為に日常的に鍛えられていた。
記憶力に関して言えば、間違いなくこの日々の無自覚なトレーニングによるものだ。
こと観察力に置いてトーカは他の追随を許さない程の能力を持っている。でなければ、本能で生きるヒャッハーな幼馴染2人の保護者的立ち位置に同い年の少年が収まる事などありえないだろう。
無論、普段からこのレベルの観察をしているのかと言われればそうでは無い。普段はこの1割も発揮していない。
だが、今回は『見極めよ』と【狐】直々に言われ、状況的に幼馴染2人にそこまで意識を割かなくても良かったから全身全霊で観察した。ただそれだけの事。
しかし、運の悪いことにこの『それだけの事』が【狐】にとって、【狐】の課す【覚醒】の試練にとって致命傷になってしまったのだ。
「だったら、見えてる【狐】はブラフで見つけるべき本物の【狐】は隠れてるんじゃないかって思ったんだ。あるいは、幻で自身の姿を光学迷彩みたいに隠してるんじゃないかって」
まさにその通りである。
【狐】はこの試練で無数の幻を出現させ、正解である自身は幻で周囲の景色と同化して隠れていたのだ。
トーカのような相性最悪の相手がいなければ、さぞ厄介な試練だった事だろう。
「で、【狐】が隠れる……というよりはいることができそうなスペースを探した。で、いくつか候補は見つけたんだけど、そのうちの一箇所、今まさに俺がいるここだ。ここの地面がほんのちょっと窪んでるように見えたんだ」
あくまで【狐】が行ったのは幻によって姿を見えなくさせることであって、存在自体を消していた訳では無い。
ゆえに、そこに手を伸ばせば触れる事は出来る。
同様に、砂地に立っていれば多少なりとも地面は窪む。トーカの観察眼はその窪みを見逃さなかったのだ。
もし【狐】のいる場所が足跡の付きにくい場所だったら、つまりは『砂漠』以外のエリアであったら、トーカは当たりこそ付けたものの確定させるまでには至らなかったであろう。
つくづく、【狐】は運が無かった。
「それで、ここかなって試してみたら正解だった、って感じだ。正直【狐】には悪いことをしたと思ってる」
実を言えば、【狐】の生み出す幻の【狐】が本物と極わずかな差異があるのも、透明化していても見つけられる可能性がごく僅かだが存在する『砂漠』エリアに配置されているのも、今回のヒャッハー達のようにMNDが激低で幻覚を完璧に喰らった挑戦者に対する救済措置として設定されたものである。
試練の性質上、他の3つに比べてこの試練はドツボにハマるとどうしようもなく、見えている【狐】が全てハズレの幻であるためゴリ押しするのにも無理がある。
だからこその慈悲だったが、その慈悲をとことんまで利用し尽くされた形だ。
もう一度言おう。
つくづく、【狐】は運が無かった。
これは【狐】が悪いと言うよりあくまで試練(クリアが可能な難所)である以上存在せざるを得ない弱点を正確に突いたトーカが悪い(理不尽)
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