第205話 『【狐】』
前回のあらすじ!
うわっ……ヒャッハー達のMND、低過ぎ……?
極端なステ振りのヒャッハー達は見事に試練の幻覚に陥りましたとさ!
無数の【狐】達は動かない。
まるで、ヒャッハー達の、挑戦者達の答えを待っているかのようにただ見詰めてくるだけだ。
いや、『ように』ではなく、実際に回答を待っているのだろう。
無数の幻の中から、本物の【狐】を探し出す。
これが試練の性質ならば、手当り次第に……という訳には行かないはずだ。恐らく、間違えた回答をすれば何らかのペナルティが発生する。
最悪、間違えた選択をした人が即死させられてもおかしくない。【島の獣】とは、それほど馬鹿げた力を持つ強大な存在なのだ。
まぁ、ヒャッハー達は同じ土俵に立ちさえすればソレを討ち得る程のポテンシャルを持っているのだが。
「この中から本物の【狐】を見つけろっての?厳しくない?」
「……わからん!とりあえず適当に選んでみるか?というかどうすりゃ選んだ事になるんだ?タッチすればいいのか?」
「いいことを思いついたぞ!ほっぺをつねれば幻も消えるのではないか!?リクルス!ほっぺを出せ!」
「なんで俺!?自分のほっぺ使えよ!」
「むむむ……ダメだ、分かんないや……」
「ごくごく……。うん、状態異常回復ポーションもMND上昇ポーションも効果は無いや。始まった時にもう幻覚にかかるかは決まるのかな?」
「死角にいる【狐】も襲ってくる気配は無いな。こっちの反応待ちだ」
4〜5体程の【狐】を見比べていたリーシャがげんなりしたようにつぶやき、リクルスとカレットはぎゃいぎゃいと益体もないやり取りをしている。
サクラは真面目に見つけ出そうとしているがノーヒントで見つけられる訳もなく、メイはポーションで幻を打ち破ろうとしていたが成果は無かった。
そして、リベットは本物の【狐】を探し出すというよりは状況を俯瞰して見れる『鷹の目』を駆使して比較的近距離にいる【狐】の動きを警戒していた。
ヒャッハー達が各々の方法で試練に向き合い苦戦している中でただ1人、トーカだけが困惑するような訝しむような表情で周囲を見回していた。
(え?これって……いや、でもいいのか……?いやいや、まさか……これって試練だろ?なのにこんなのでいいのか……?)
気付かない方がいい事に気がついてしまった様な、それこそ試練の本質そのものを否定するような事に気がついてしまった様な気まずそうな雰囲気がトーカから漏れ出している。
そんなトーカの様子に気が付いたのは、やはりというかなんというか、お互いのほっぺを引っ張りあって無駄な時間を過ごしていた幼馴染の2人だった。
「おん?どったのトーカ。そんな『え?これって……いや、でもいいのか……?』とでも言いたげな顔でキョロキョロして」
「『いやいや、まさか……これって試練だろ?なのにこんなでいいのか……?』みたいな顔をしているがどうかしたのか?」
「なんでお前らそんな一字一句違わずに俺の内心読み取れるの?いくら付き合いが長いからってそこまで当てられると怖いんだけど」
トーカが頬を引き攣らせて若干2人から距離を取る。
2人がトーカとの距離を詰める。トーカが離れる。2人が近寄る。トーカが白銀ノ戦棍を構える。2人が離れる。
そんなくだらないやり取りを繰り広げている3人は、自分達に……正確にはトーカに他の仲間の視線が集まっている事に遅まきながら気が付いた。
リクルスとカレットの発言から、トーカが試練の達成に大きく近付くような発見をした事を察したのだろう。
『『『『………………』』』』
それどころか、無数の【狐】もまた、トーカをじっと見詰めていた。
その視線に、若干の困惑あるいは疑念の色がこもっているように感じるのはさすがに強迫観念めいているだろうか。
「もしかして……トカ兄、本物の【狐】見つけたの?」
「えっと、まぁ、そうじゃないかなって目星は付いてるが……」
「うっそマジで!?ノーヒントで見つけたん!?」
「いや、うん。なんというか……まぁ、うん」
トーカにしては珍しく、歯切れが悪い。
どうやら、相当にグレーゾーンな見つけ方をしたらしい。
「どれが本物なん?どうやって見つけたん?」
「あー、まぁ、アレだ。違ったら違ったで気にし過ぎってだけだからな。とりあえず、試してみる。違ったとしても、間違ったらどうなるか分かるし、そもそも間違い判定になるかすら怪しいからな」
トーカは凝視してくる【狐】達から気まずそうに目を逸らし、眉間を揉んで大きく息を吐く。
実にやりたくなさそうに【狐】達から顔を背け、足を踏み出すことを躊躇っている。
その様子からは、ビビっていると言うよりも『もし当たってたらさすがにな……』というか申し訳なさのような感情がトーカの足を鈍らせているらしい。
「ダメ元ダメ元!俺なんか何も分かってねぇし、やるだけタダってな」
「うむ!どうあれトーカが答えを何か見つけたのならまるっきりの見当はずれという事もあるまい。行ってくるのだ!」
「あー、分かったよ。違っても笑うなよ?」
全幅の信頼を寄せてくる幼馴染の2人に背を押され、ようやくトーカが動き出す。
無数にいる【狐】の中の1匹……ではなく、何もいない場所へ向かって。
「お前が本物の【狐】だ」
そう言って、トーカが何も無い虚空に右手を伸ばす。
そのまま空を切るかと思われた右手は、とんっ、と軽い手応えと共に静止する。
その瞬間。トーカが手を置いた場所から、何も無いはずの虚空から、じわりとインクが滲むようにあんぐりと大口を開けた【狐】が姿を表す。
あまりの驚きに声も出ないと言わんばかりの【狐】の姿はマヌケが過ぎるが、それを指摘できる者は誰もいなかった。
なぜなら、全員同じような顔をしているからだ。
「「『……………………………………』」」
誰も何も言わず、ピクリとも動かない沈黙が続く。
ノーヒントで【狐】を探し当てたトーカも、ノーヒントで見破られた【狐】も、それを見ていたヒャッハー達も、驚愕のあまりに、あるいは気まずそうに、無言になってしまっている。
そんな気まずい無言のまま時間だけが過ぎていく。
その沈黙を破ったのは、【狐】だ。
トーカが触れている【狐】を除いた無数の【狐】達が空に解け消えるように薄れていくのを見て、ようやく現状を受け入れる事が出来たようだ。あるいは、受け入れざるを得なかった。
『なぜじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?』
気まずい沈黙を破った第一声がそれだった。
心の底から絞り出すような、魂を震わすようなその慟哭に、下手人であるトーカが気まずそうに顔を背ける。
と、【狐】が叫んだところでついに【狐】本体にも変化が現れ始めた。
燐光を纏いその身を薄れさせていく。
【島の獣】が『宝珠』へと変化する時の現象だ。
『えぇ!?これで妾の試練終わり!?嘘じゃろう!?こんなしょぼっちぃ終わり方は嫌じゃぞ!?』
自身の変化を見て【狐】が心からの無念を叫ぶ。
訳も分からぬ内に試練が始まって訳も分からぬ内に終わるなど、確かに納得しがたいだろう。
しかし、残酷な事に事実として試練は達成判定を受け【鴉】のように妨害されていないにも関わらずいつまでたっても『宝珠』に変化しない【狐】への強制変化が始まってしまっている。
『嫌じゃぁぁぁぁ!妾だってみんなみたいにカッコイイ試練にしたくて頑張ったのに!間違えた時の事とか色々考えてたのに!こんなのって、こんなのってないのじゃぁぁぁぁぁぁ………………!』
心の底から絞り出すような、魂を震わせるような慟哭も虚しく、【狐】の体は拳大の『宝珠』となってちょうどそこにあったトーカの手の中に収まる。
「「「「……………………………………」」」」
最後の試練をクリアしたというのに、場の空気は完全にお通夜状態だった。
【狐】が……!【狐】が何をしたって言うんだ……!
ちなみに、ハズレを選んでしまった場合は選んだ【幻影の狐】との戦闘が始まります
【幻覚の狐】は他の【島の獣】とは異なりHPがあり倒すことが出来ます
というか、【幻影の狐】と戦うこと自体がハズレを選んでしまったペナルティで、勝てばもう一度解答権が与えられるという形です
ただし、【幻覚の狐】との戦闘はペナルティなので勝ってもプレイヤーレベルの経験値どころかスキルレベルの経験値すら得られない完全なる骨折り損のくたびれもうけです
【幻影の狐】の強さはステータスだけ見れば前章で戦った池の主より少し低いくらいです。実際の能力を込みで考えると相性の問題もありますがハズレを選んでしまう程度の幻覚耐性なら【幻影の狐】の方が手強く感じるはずです
そのレベルの強さの【幻影】を無数に生み出せる【狐】は戦うとしたらめちゃくちゃ強いですが、【試練】としては幻覚対策(MNDや装備)が十分ならそこまで難しくは無いです
ちなみに、【島の獣】はステータス的には得意分野によって偏りはありますが数値の総数は同じ(プレイヤーはおろかボスクラスのエネミーすら比べ物にならない程に膨大な数値)です
ただ、【幻影の狐】を無数に生み出せる能力から戦うとしたら【狐】がいちばん厄介だと思います
……が、そもそもの話として試練という制限なしで【島の獣】とやり合うのは正直自殺行為です(ヒャッハー達ですら条件が揃って運が良ければギリギリ何とかなるかなレベル)
あとがきが長くなりましたが、おそらく無念な思いをした【狐】が作者に取り付いてここまで書かせたんだと思います
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