第197話 『ニガサネェヨ』
これじゃあただの攻撃だ……!
規格外の1歩先へ、それがヒャッハーだろう……!?
カレットが【白龍砲・合手】を発動した瞬間、遍く景色は白に塗り潰された。
限界以上の高熱を孕み、純白の輝きを纏うまでに至った純然たる破壊の炎が、無数の黒羽ごと空を飲み込む。
全てを飲み込む黒を引き裂き白く染め上げるその様は、美しさだとか、恐ろしさだとか、そんな言葉では到底言い表せない、いっそ禍々しいまでに神々しい光景だった。
「ふむ。やはり少し足りないか」
だが、間違いなくカレット史上最強魔法を前に、カレットはどこか不満げな声音で呟く。
足りないとは、威力の話ではない。
これで足りないと言われたらたまったもんじゃない。
足りないのは、攻撃範囲である。
規格外の威力を誇る【白龍砲・合手】は、確かに空を埋めつくさんばかりに広がる羽が織り成す暗闇を引き裂き荒れ狂っている。
しかし、いくら広範囲の【拡散型】にしようと、カレットの杖を起点にしている以上どうしても一撃ではカバーし切れない撃ち漏らしが発生してしまう。
それが、カレットがこの光景を前に素直に喜べずにいる原因となっているのだ。
突然だが、《EBO》の攻撃魔法には、オートとマニュアルの2種類の制御方法がある。
オート制御は、魔法を発動した時に着弾点を決め、そこ目掛けて自動的に飛んで行く制御方法。
この制御方法の利点は、魔法の維持や軌道設定を自動でやってくれるのでプレイヤーが魔法を使う際の負担が少ないという事。
その分、軌道が直線的で避けられやすかったり、最初に設定した位置にしか飛ばないため相手の動きに合わせた微調整が出来ないなど融通の効かないところがある。
マニュアル制御は、魔法を発動した後も自分で魔法を維持し、軌道を設定する制御方法。
この制御方法の利点は、ある程度なら魔法の軌道を自由にいじれるという事。
極めれば、発動した魔法を自由自在に動かせるようにすらなる。
代わりに、魔法の維持や軌道設定を逐一プレイヤー自身が把握していないといけないため、どうしても負担が大きくなる。
そして、《EBO》における魔法の制御とは、『その魔法がそこにあると常に意識し続ける事』である。
マニュアルで魔法を発動する場合、自分の使った魔法が未だに存在している事を常に意識から外さずに認識し続けなければならないのだ。
例えば、3発の魔法、A・B・Cを放ち、Bが何らかの理由で消滅した時、魔法をマニュアル制御しているプレイヤーは残っている魔法がAとCの2つだという事を意識し続ける必要がある。
もし発動中の魔法を意識から外した場合はどうなるのか。
答えは単純だ。
暴発する。
その魔法が与えるはずだったダメージを、意識から外した瞬間にその地点から全方位に向けて放出する。
何らかの追加効果があったとしても発動せず、ただ純粋に暴発した魔法の威力に応じた規模と威力で周囲にダメージを振り撒く。
爆弾が1番イメージに近いだろうか。指向性も追加効果も無い純粋な破壊力を無差別に撒き散らすのだ。
そんな暴発の最大の特徴と言えば、ダメージ判定に一切の区別が無いことだろう。
フレンドリーファイアの存在しない《EBO》において、特殊な効果を除いて魔法の暴発だけが仲間や自身にダメージを与えうる。
敵も味方もオブジェクトも何もかも。
全てに等しく害を成す。
そして、それらの性質を、危険性を全てを理解した上で、それでもカレットはマニュアル制御を使っている。
もちろん、経験を積んだ魔道士なら誰でも得意不得意はあるにせよマニュアル制御を行う事は出来る。
しかし、カレットはマニュアルで制御する魔法の数が異常なのだ。
カレットは『多重詠唱』で大量に撒き散らす魔法の一つ一つを、全て、正確に、リアルタイムで、完璧に把握しているのだから。
時には3桁を越えようという大量の魔法群を撒き散らしておきながら、それら全ての位置関係を当然のように把握している。
そもそも、カレットに取ってそれは当たり前の事であってそれが異常な事であるという自覚すらない。
リクルスが超高等技術である【連衝拳】を特に苦労せず半無限に打ち続けられるセンスを持っているように、カレットもまた、無数の対象を正確に認識し続ける才能を備えているのだ。
膨大な短期記憶のキャパシティと圧倒的な空間認識能力。
そして、天性の才能とでも呼ぶべきその能力は、最大限に活かせる《EBO》の魔法に出会う事によって際限なく鍛えられていく。
なによりも、それらは生まれ持った天性の才能であるがゆえにカレットは特に意識せずに、つまりは苦にせずに使いこなしているのだ。
「んくぷはぁ【エリアプロテクション】」
そんな、魔法に愛され魔法を愛しているカレットは空を埋め尽くさんばかりの純白の中に混じる黒羽を忌々しげに睨み付けている。
そして、MPポーションで喉を湿らせると【生贄】の能力である【エリアプロテクション】を仲間にかける。
「目を瞑れ。直視するとしばらく目が潰れるぞ」
体験に裏打ちされた確かな重みのある忠告に、カレットを守っていたヒャッハー達が慌てて目を瞑る。
その様子を見届け、カレットも目を閉ざす。
そして、【白龍砲・合手】を、圧倒的な破壊力の魔法を、意識から、外す。
ここでおさらいだ。
意識から外れた、すなわち制御を失った魔法はどうなるのか。
そう。暴発する。
その威力を余すことなく全方向に敵味方の区別無く、純粋な破壊として撒き散らすのだ。
カレットが【白龍砲・合手】から意識を外した瞬間、制御を失った破壊力の塊が吹き荒れる。
「うおぁ!?」
「きゃぁ!?」
「うへぇ!?」
「なっ!?」
目を瞑った瞬間に、とんっという軽い衝撃が吹き抜けると同時に視界が白く塗り潰される。
目を瞑っていてもなお瞼を突き抜ける暴力的な光量に、もし目を開けたままだったらカレットの忠告通り本当に目が潰れていただろうと背筋を冷やすヒャッハー達。
しかし、それでは終わらない。
すっと音もなく、地面が消える。
そして、地面が消えれば当然、重力に引かれて落下していく。
ヒャッハー達は【エリアプロテクション】によって暴走する破壊力をやり過ごす事が出来たが、逆に言えばヒャッハー達以外の全てはその破壊力をモロに喰らっている。
そして、ただの地面ごときにそんな破壊力に耐えられる耐久力がある訳が無い。
当然の帰結として、【白龍砲・合手】の暴発に巻き込まれた地面は消滅し、ヒャッハー達は地面に向かって落下していく事になったのだ。
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「なにこれぇぇぇぇぇぇぇ!?あ、でもちょっと楽しい!!」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「足場が消えたぞ!?カレットか!?」
そんな事を知る由もないヒャッハー達は、皆一様に悲鳴を上げながら、何も分からず落下していく。
今この瞬間、足場の消滅の理由を正確に把握していたのはカレットだけだろう。
なにせ、魔法を暴発させるのに何かしらのアクションは必要なく、ただ意識から外すだけでいいのだから。
「あぁ!私だ!【ウィンドクッション】」
「ぶぉふ!?」「おわっ!?」「ひゃっ!?」「うおぁ!?」
さすがにカレットもこのまま仲間全員を地面に叩き付けて私諸共皆殺し!をする程頭のネジが外れてはいない。
作り出した風のクッションで受け止める事で1度だけ落下ダメージを無効化する攻撃性能のない『風魔法』の補助魔法を使い、全員の落下ダメージを無効化する。
「さて、そろそろ大丈夫だぞ」
そんなカレットの声に従ってヒャッハー達が目を開ければ、一瞬にして景色は変わり果てていた。
険しく聳え立っていた『岩山』はもはや見るかげもなく、せいぜいが小さな丘程度まで標高を低下させている。
さらに、周囲の地面は焼け爛れたように凸凹と荒れ果てており、ここにかつて大きな山があったと言われても信じる者はいないだろう。
雲ひとつない晴天の元、【蹂躙】なんて生易しいものでは無い純然たる破壊の跡が刻まれていた。
「ふぅ…………【白龍砲】ならぬ【白龍崩】といったところか、大満足だ……!」
「『大満足だ……!』じゃねぇよ!死ぬかと思ったぞ!?」
「だが、結果として生きているではないか。それに見ろ、羽だって全部消し飛ばしたぞ」
リクルスのツッコミなど何処吹く風、圧倒的な破壊跡にカレットは1人で満足そうに頷いている。
そして、カレットの言う通り空には1枚の羽も見受けられない。
広範囲に展開されていた黒い羽を、それを上回る範囲の破壊で仲間諸共飲み込んだのだ。
そして、高々【ファイアボール】でも燃え尽きる羽が【白龍砲】というカレットの切り札に耐えられる訳が無かった。
「あれ?でも黒いの残ってない?」
が、そんな大破壊を耐え抜けるものも存在しているようだ。
リーシャが見つけたソレは、あの大破壊を受けてなお確かにその場に残っていた。
まるで落下するように、否、実際に落下しながら、ソレはヒャッハー達の前に降り立つ。
『あっぶな!!!!????試練状態で戦闘から隔離されてなかったら結構ヤバかったぞ!?』
大破壊を耐え抜いた黒いソレの正体は、当然というかなんというか、試練を課す【島の獣】である【鴉】だった。
まるでギャグ漫画のように体のあちこちからプスプスと黒煙を上げる【鴉】は、最初の嘲るような余裕は何処へやら。
だいぶ焦っている様子で叫ぶ。
「あぁ……さすがにアレ喰らったら【島の獣】でもヤバいのか……」
『ッ!?ん゛っん゛っ!』
リクルスの呟きでヒャッハー達の存在に気付いた【鴉】は、誤魔化すようにわざとらしく咳き込む。
そして、先程までの焦り様などなかったかのような何食わぬ顔で【島の獣】として振る舞い始める。
『お見事。カレット。
汝は我に【蹂躙】の片鱗を示した。
我が望みはここに果たされた。
汝を讃えよう』
そう言うと、【鴉】の体が光に包まれる。
今までノイズが荒ぶっていたような変化も、【祭壇】に辿り着き『権限付与』をされて見え方が変わったらしい。
今まさに【鴉】の体が【宝珠】へと変化していく。
そんな『逃げ』を許さない少女がひとり。
『うわぁっ!?』
今まさに【宝珠】へと変化しようとしていた【鴉】の頭部に矢が打ち込まれる。
刺さりこそしなかったものの、鈍い音ともに打ち込まれた矢はかなり痛そうだ。
「なぁぁぁぁに逃げようとしてんのかしらぁぁぁぁぁぁ!?あんたのせいで私はしばらく鉱山生活よ!?なのにあんたは【宝珠】になって逃げようっての!?そんな事させるわけないでしょぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!!」
瞳に憎悪を宿したリーシャである。
採掘を直前でお預けされたどころか、そもそも採掘ポイントすら消し飛んだ事を知ったメイのヤケ採掘がどのくらいの間続くのか……そんな事は、考えたくもない。
お預けはともかく採掘ポイントを消し飛ばしたのはカレットであるが、今のリーシャにとって重要なのは『全ての始まりは【鴉】のフライングである』という事だ。
溢れ出す感情のままに、リーシャは限界を超えて【鴉】に矢を打ち込んでいく。
どうにかして【宝珠】になりたい、ルール上ならなくては行けない【鴉】は必死にその身を変化させようとするが、その度に矢が打ち込まれ行動をキャンセルされる。
どうでもいい、今後絶対に使わないだろう知識だが、【島の獣】の【宝珠】への変化はキャンセル出来るらしい。
結構、この試練には全く関係ない個人的な恨みによる攻防は、矢すら届かない高所で【宝珠】に変化するという策に【鴉】が気付くまでの数十分間の間続くこととなった。
もはや災害。これでこそヒャッハーだ!(洗脳済み)
173話で出した伏線がこっそり回収されたぞ!
気になる人は173話の鎧説明の付近をチェックだ!
そしてサラリと明らかになるカレットの才能
カレットにとってはデフォルト能力過ぎて説明すらされていなかった才能が今白日の元に!
多分カレットは神経衰弱とかめちゃくちゃ強いしドッチボールで生き残るのも異様に上手い
ついでにリクルスは反射神経テストとか得意だと思う
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