第196話 『誰がそこまでしろと』
あぁ……やっぱりこうなるのか……
これがヒャッハー
「【七重風炎嵐】!あっはっはっはっは!楽しいなぁ!楽しいなぁ!」
羽が作り出す暗闇を食い破り辺りを煌々と照らす炎の渦の中心で、カレットが狂ったように笑っている。
「こんだけ数あると【乱牙】も止まんねぇや!やべぇこれ超楽しい!」
少し視点をずらせば、『空歩』で空を駆けてまで羽を殴り壊して回るリクルスの姿が見える。
「【スマッシュ】!【ハイスマッシ】!あ、そうか。【チェインボム】ッ!」
そっと目を逸らせば、次に視界に入るのは白銀ノ戦棍を振るい無数の羽を巻き込んで爆発させて屠っているトーカだろう。
「【デコイ】!……うーん。強いんだろうけど、【蛇】とかトカ兄の攻撃に比べちゃうとなぁ」
その横では、比較対象が悪いとしか言いようのない呟きをこぼしながら無数の羽の猛攻を一手に引き受けているサクラが。
「確かに【蛇】に比べるとどうしてもな……」
そんなサクラがカバーしきれなかった羽は、同じ様なことをボヤきつつリベットが的確に受け流しヒャッハー達の方へ流していく。
「この羽のせいで!この羽のせいで!【レインショット】ォォォ!」
そして、サクラが集めた羽にもはや憎悪と呼んで差し支えない強い感情をぶつけながら、本来なら山なりに打つべき【レインショット】を刺さったそばから炸裂するメイお手製の『爆弾矢』を番えて真横にぶっぱなし、無理矢理散弾にしているリーシャ。
数えるのも億劫になるほどの無数の羽を、だからどうしたとばかりにとてつもないペースで破壊していくヒャッハー達。
その光景は、確かに【蹂躙】と呼んで差し支えないだろう。
「んく、んく、ぷはぁ!だいぶ焼いたがまだまだあるなぁ!つまりもっと焼いていいのだな!?【七重風炎球】!」
勢い良くMPポーションを飲み干し、目を輝かせて魔法を放つカレットは、その楽しげな様子とは裏腹に多少の疲れが見え始めている。
そして、それはカレットだけではない。
全員が、多かれ少なかれ破壊しても破壊しても尽きることの無い羽の対応に少しずつ体力を擦り減らして行く。
(このままダラダラやってたら先に力尽きるのはこっちか……)
羽を破壊しながらも仲間の様子に気を配っていたトーカは、いち早くそれに気付く事が出来た。
合わせて、延々と同じくことを繰り返す精神的疲労によって自身の動きが精細さを欠き始めている事も。
「これは、早めに終わらせた方がいいな」
「トカ兄?何か言った?」
「あぁ、ちょっと、な」
そんな説明になっていない返事を返し、トーカは改めて周囲を見渡す。
辺りには、多少は減ったのだろうが未だに無数としか表現出来ない量の黒い羽と、それらが作り出す暗闇。
楽しげに羽を屠っているものの、最初に比べたら僅かに精細さを欠きはじめている仲間達。
そして、どこにいるか分からない【鴉】。
「はぁぁぁぁぁ……」
それらの要素を加味して、トーカが1つ、それはそれは深いため息を着く。
「トカに……うわっと!」
そんなトーカの様子を気にして声をかけようとしたサクラだが、複数枚まとめての黒い羽の攻撃を受け、言葉を中断させられた。
「環境破壊はあんまりしたくないんだが……まぁ、約束だしな」
ガガガガカッ!と激しい音を立てながら桜吹雪に叩き付けられる黒い羽を防いでいるサクラの耳は、このトーカの呟きを拾うことは無かった。
もしも聞こえていたら、何かが変わったのだろうか。
そう問われれば、そんな事は無いと返す他ない。
ヒャッハー達に【蹂躙】なんてものを求めてしまった時点で。
彼らに本気を出す免罪符を与えてしまった時点で。
こうなる事は確定していたのだから。
「全力で行くぞ」
ドゴン……ッ!と、重い破壊音と共に白銀ノ戦棍を羽諸共地面に叩き付けると、トーカが吹っ切れたような軽い声でカレットに声をかける。
「……ッ!おぉ!了解だ!」
極限まで情報を削り落とした短い言葉でも、カレットにトーカの意志は正確に伝わったようだ。
あるいは、カレットの中で『全力』と言えば他に指すものがない程に決まりきった事があるのか。
ともかく、2人はこの短いやり取りで正確に作戦を共有した。
それが、作戦とも呼べないような単なる力押しであったとしても。
「みんな。カレットを守ってくれ」
そう言い残し、トーカが踏み込む。
発動した『跳躍』と『撲殺神官』によってINTの数値がそのまま加算された規格外のSTRによって、たったそれだけの小さな動作でもまるでミサイルのようにトーカの体は上空に向かって飛び出していく。
そして、宙に舞う無数の羽の1枚に狙いを付けると、上昇の勢いも全て乗せて白銀ノ戦棍を叩き付ける。
「【グラビトンウェーブ】」
打撃点へ与えられた威力に応じた威力と範囲の衝撃波を発生させるアーツである【グラビトンウェーブ】は、その実地面限定のアーツという訳では無い。
発動に何かを殴り付ける必要があり、それが基本どこにでもある地面の方が容易なだけであって、叩ける対象があるなら場所は選ばない。
そして、今回はその『始点』となる場所が宙に舞う無数の羽の中の1枚だったと言うだけのこと。
よって、なんの問題もなく発動した【グラビトンウェーブ】はその羽を起点に半径10メートル程に衝撃波を発生させた。
ただの範囲内の敵に多少のダメージを与えるだけだった【グラビトンウェーブ】を、高所からの落下という要素を込めればとはいえ広範囲殲滅技に出来るトーカの【グラビトンウェーブ】は、全力には遥かに及ばないにせよ普通のプレイヤーが使うモノとは比較にならないほどの範囲・威力を誇っている。
それこそ、無数に黒い羽が舞う空に僅かに穴が空く程度には。
「じゃあ、後は任せた【バフセット:カグラ】」
そして、飛び上がったトーカは当然、重力に引かれて地面に向かって落ちていく。
近場の羽が一掃されて余裕が出来たヒャッハー達が指示に従ってカレットのまわりに陣取っている様子を、トーカは逆転する視界の中で捉える。
たった一言の指示にしっかりと応えてくれる仲間達を見てトーカは微かに微笑むと、仲間達にバフをかけ直す。
それで役目は終わったとでも言うように、トーカの体から力が抜け、だらりと脱力した状態で頭から地面に向かって落下していく。
落ちていく先にはトーカを見上げるカレットの姿がある。
落ちるトーカと見上げるカレットの視線が、静かに重なる。
自分を見据えるその瞳に込められた期待と信頼とワクワク感に、トーカは諦めたような、あるいは微笑ましいものを見るような笑みを浮かべると、穏やかな声音で呟く。
「まぁ、好きにやれ。【サクリファイス】」
トーカとカレットが激突する直前。
トーカの体が光の塊へと変化すると、そのまま慣性に従って落下し、カレットの体を飲み込む。
「ふっ、ふふふっ、ふははははははははっ!」
【生贄】の力を取り込んだ【依代】が、狂ったように笑い声を上げる。
光を喰らい尽くしたカレットの姿は、【サクリファイス】の例に漏れず大きく変化している。
腰まで伸びる鮮やかな真紅の髪は、先端にだけその名残を残した美しい白髪へ。
髪と同色の瞳は、より赤く、紅く、朱く、緋く、いっそ禍々しいまでに美しい深紅の光を宿し。
緋色を基調に所々を翡翠色をあしらった装備は、燃え盛る焔を描くように白い紋様が浮かび上がらせ。
装備と同じく緋色を基調に翡翠色をあしらった杖は、その大部分を純白に変え、散りばめられていた宝石を緋色と翡翠色を凝縮させたオーロラのような摩訶不思議な色彩へと変える。
「ロッ君では消化不良もいい所だったからな。ようやく全力を試せると言うものだ」
カレットは、ひとしきり笑った後でいっそ恐怖すら覚える程の静けさで呟く。
「【バフセット:カレット・ソロ】」
普段の彼女からは考えられない程に静かな声音で発動されたソレは、トーカが事前に準備した【サクリファイス】状態のカレット専用のバフ。
神官であるトーカと魔道士であるカレットの高いMPをふんだんに使い、さらには対象を火魔法と風魔法に絞ったこのバフは、常軌を逸した強化倍率を誇っている。
極限まで効果が高いのは、魔法型のジョブ2人分に相当するMPを躊躇なく全部注ぎ込んでいるから。
だからこそ、バフ1発でMPは空になる。
だが、カレットには超高性能かつ美味なMPポーションがある。
減少したMPは回復する事が出来るため、回復のためのひと手間で隙を晒してしまうということ以外にデメリットは無い。
そして、【鴉】は当然その隙にトーカの【グラビトンウェーブ】によって一時的に出来た空隙を埋めるように再び羽の猛攻を仕掛け、挑戦者を皆殺しにせんと襲いかかる。
しかし、その無数の羽達の1枚たりともカレットに届く事は無い。
彼女のまわりに陣取るヒャッハー達が全力を尽くし羽を迎撃しているのだから、当然だろう。
集中砲火の中心地において、異様なまでに穏やかな空気に包まれたカレットは、大きく息を吸うと、ゆっくりと吐き出す。
そして、未だ陽光を覆い隠す無数の黒羽に向けて杖を掲げると、静かに、しかし猛々しく、厳かに、しかし謳うように。
言の葉を、紡ぐ。
「【白龍砲・合手】」
次の瞬間。
空が、白く染まった。
次回!【サクリファイス】込の本気の【白龍砲】による被がゲフンゲフン成果は!?
【白龍砲・合手】は決まるまで結構悩みました
比翼連理とか極限とかの案もあったのですが、作者が悩みに悩んでいる横でカレットがそう言ったので今の名前になりました
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