第195話 『蹂躙なら得意分野なんだ』
サブタイがもう全てを物語っているよね
バサりと、一際大きく【鴉】が羽を羽ばたかせる。
たったそれだけで、艶のある黒羽が視界一面に、それどころか、空を埋め尽くさんばかりに撒き散らされていく。
「ふぉぉぉぉ!?夜か!?もう夜なのか!?」
「違ぇ!羽だ!って多ッ!?これあれアイツ禿げない!?」
羽の1枚1枚が人間ほどもある巨大な羽が無数にばら撒かれれば、それらはいとも容易く陽光を遮り辺りに濃い影をもたらす。
だが、いくら桁外れのサイズを持つ【鴉】といえど、垂れ流すように羽を散らしていてはリクルスの言う通りすぐに羽は尽きるだろう。
だが、一向に羽が尽きる気配は無い。
その理由は、ヒャッハー達の中で1番目のいいリーシャが暴き出した。
「うひゃあ!何アレ撒いたそばから生えてってる!」
まるでサメの歯のように、【鴉】の羽は抜ける度に新たな羽が生えてきている。しかも、その速度が尋常じゃない。
もはや、生え変わりと言うよりも装填とでも言うべき速度で消費した羽が補充されていく。
際限なく増えていく羽が広範囲に渡って空を覆い、辺りはまるで夜の帳が降りたかのように暗くなっていく。
プレイヤーであるヒャッハー達には『暗視』スキルがあるため、暗闇による視界不良は発生しない。
だが、【鴉】の狙いは暗闇を発生させる事による視界不良では無く、この『羽が舞う暗闇』を作り出すことそのものにある。
辺り一帯が暗くなり、さらに同色の羽が無数に舞い散るこの暗闇の中では、当然【鴉】の姿は闇に紛れて見つけにくくなる。
羽によって作られた夜闇を縦横無尽に飛び回る【鴉】の姿を、ヒャッハー達は見失ってしまっていた。
ただ羽を無数に撒くだけで完成する、自己完結の隠密能力。
戦闘において、これ程厄介な能力も無い。
隠密移動中は羽の追加がなく、これ以上羽の総量が増えていく様子はない事がせめてもの救いか。
そして、バラバラと宙に撒かれた無数の羽も当然ただの目くらましのためにあるのでは無い。
撒き散らされた羽の一部が、まるで個々に意識があるような複雑な起動でヒャッハー達に襲いかかる。
「【バフセット:カグラ】!来るぞ!サクラ、集めろ!」
「うん!【デコイ】!【ガードアップ】!【ブロック】!」
サクラが発動した【デコイ】は、タンクにとっては必須能力である敵のターゲットを自身に集中させるアーツである。
同様の効果を持つスキルに『挑発』も存在するが、【デコイ】はあくまでも『盾術』に内包されたアーツであり、使用条件がスキルレベル5と高い代わりに半強制的に攻撃の矛先を自身に向けさせる効果も併せ持っている。
つまり、既に放たれた攻撃も後出しで自身に向けさせる事が出来るアーツという訳だ。
これは、池の主戦を終えて自身の実力不足を痛感したサクラが連日の特訓を経て【島】の探索前に習得したばかりのアーツでもある。
とは言っても、【島】でここまでの戦闘が起こる事を想定していた訳では無いので間に合ったのは偶然だが。
しかし、その偶然に救われた。
【デコイ】によって自身に集中した羽を、バフを全開にしたサクラが大盾【桜吹雪】で受け止める。
ガガガガガガガガガガガガガッ!と複数の羽が連続で桜吹雪に叩き付けられて物凄い音を立てているが、千年桜の鎧の効果である【不動の大樹】によってその身が押し込まれる事は無い。
一撃でメイを仕留める程の威力を持った羽だが、その程度の威力では束になってもサクラの防御を抜ける事は叶わない。
サクラは、既にその領域まで足を踏み込んでしまっているのだ。
「カレット!まとめて焼き払え!」
「あいさー!【五重風炎球】!」
そして、サクラが引き付けた大量の羽がカレットの魔法によって一網打尽に焼き尽くされていく。
この羽が燃えやすいのは検証済みだ。
羽で作られた暗闇を羽を燃料にした炎によって照らす光景は、なんとも無常感溢れるものであったという。
そして、この攻防で分かったことが2つ。
「バフを剥がしてこない……?【蛇】や【狼】みたいな一芸特化じゃなく、総合力が要求されてるからか……?」
これまでの【島の獣】は、試練の内容に沿わないバフは問答無用で無かったことにして来た。
しかし、【鴉】はそれを行ってこない。
つまり、今回の試練ではバフは剥がされないという事。
「トーカ!他の羽に動き無し!限度があるっぽい!」
そして、1度の攻撃で動かされる羽には限りがあるという事。
羽自体の総量は途方も無いが、どれだけ総量が増えようとも一度に動かされる上限が決まっていればそこまで大きな問題では無くなる。
まだ【鴉】の攻撃は今のだけだが、上限が無い、あるいはもっと上限が上ならば、サクラ1人では抱えきれない量でまさに試練の名のように山頂もろとも全員を蹂躙すればそれで終わったはずだ。
それをしないということは、一度に動かせる数には限りがあるのだろう。
「【蹂躙】の試練。そして【鴉】の要求は『消し尽くせ』……か」
サクラの【デコイ】をすり抜けた羽を白銀ノ戦棍で殴り砕きなから、トーカは思考を巡らせる。
圧倒的攻撃力の一撃を耐える【不滅】の試練で【蛇】は『生き延びよ』と言った。
圧倒的速度の相手を捕らえる【疾風】の試練で【狼】は『我を捕らえよ』と言った。
そして、無数の羽が舞う【蹂躙】の試練で【鴉】は『消し尽くせ』と言った。
ここから分かるのは、試練の名は挑戦者に求めるものを示しているという事。
つまり、今回求められているのは【蹂躙】。
その上で『消し尽くせ』という事は、複数の対象を消滅させる必要があるということだろう。
そして、無数の羽が夜闇を作り出す今の状況。
全てが、繋がった。
「はは……冗談キツイぞ……」
思わず、トーカは引き攣った顔で乾いた笑い声をこぼす。
しかし、何度考えてもそれ以外の答えは出てこない。
【鴉】は、『消し尽くせ』と言っているのだ。
この、今なお増え続けている無数の羽達を。
「試練の達成条件が分かった!恐らく、この羽を全て消滅させる事だ!」
「はぁ!?何それ無理ゲーじゃない!」
視界を、空を埋め尽くさんばかりの羽を全て消し尽くせという理不尽な要求に、リーシャが悲鳴にも似た声を上げる。
声にこそ出ていないが、リベットやサクラもリーシャに賛同する様に頷いている。
「いや、そうでも無いぞ!むしろ簡単だ!」
「ひたすらぶっ壊せいいんだから余裕だろ?」
しかし、カレットとリクルスの2人は悲痛な面持ちの彼らの前で、なぜそんなに難しそうに捉えているのか分からないと言った顔で羽を燃やし、あるいは殴り壊して行く。
馬鹿げた威力の攻撃を耐えなければならない【不滅】の試練や馬鹿げた速度の相手を捕えなければならない【疾風】の試練に比べれば、量が多いだけの羽を破壊し尽くせばいい【蹂躙】の試練は、本能で生きる2人にとっては前2つの試練よりも余程簡単に見えたのだろう。
羽を焼き払い、殴り壊すその顔は、とても生き生きとしていた。
「ははっ、そうだな。量に圧倒されてたが、数だけが取り柄のこの雑魚を蹴散らせばいいってだけか」
「あれ?そう聞くと割と簡単そう?見た目エッグい多いけど攻撃してくるのって1割もないっぽいしね。サクラちゃんなら余裕で捌けるっしょ」
「……そう、だな。状況だけ考えれば、劣地竜と戦った時の方が厳しかったか」
「えっ?……え?」
さらりと羽の攻撃を全て引き受ける前提で話が進んでいる事にサクラが混乱している以外は、2人の様子を見てヒャッハー達の意識も切り替わったようだ。
ポーションをがぶ飲みしながら狂ったように魔法を連発しているカレットや、『空歩』を駆使して自ら羽を殴りに行っているリクルスに続いてトーカ達も羽の破壊に加わる。
初見の圧倒的な物量に気圧されこそしたが、ひとたび見方を変えれば大した驚異でもない羽が群れているだけに過ぎない。
そんな試練に、ヒャッハー達が後れを取る訳がなかった。
試練の難易度としては、プレイヤーにもよりますが基本的には【蹂躙】>【不滅】>【ーー】>【疾風】となります
つまり、1番【蹂躙】が難しいはずなのですが……相手が悪かったですね
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