第193話 『蟻で遊ぶ子供のような無邪気さ』
たいっっっへんお待たせしました!
登山を開始して数時間後。
経験者であるリベットの先導のもと、ちょくちょく休憩を挟みながら一行は8合目辺りにまで到達していた。
「ふぁぁぁぁぁぁぁぁ!ここが天国だったんだ……楽園はここにあったんだ……僕もうこの【島】に住む……!ここに骨を埋める……!」
そして、メイはトリップしていた。
理由は単純。この『岩山』から、鉱石が採取出来てしまったからだ。
「『鉄鉱石』『金』『銀』『銅』『硫黄』『黒曜石』『軽石』『溶岩石』『各種宝石』……!量は少ないけど何でも出てくる……!なにここ?天国?天国なんでしょ?」
「昨日も凄かったけど今日のメイは一段と凄いな」
恍惚の表情でインベントリを眺めて永住宣言をかますメイは、正直言ってだいぶキマっていた。
「まぁしょうがないわね。みんなも小さい頃に石集めたりしなかった?メイも当然それやってた……っていうか、メイの採取の起源はそれなんだよね。だから鉱石系は特に大好きなのよ」
「あー、やったやった。綺麗だったり面白い形だったりの石めっちゃ集めたわ」
「懐かしいな……いい感じの石を見つけた時の喜びと言ったら……!」
どうやら、メイにとって鉱石系の素材は殊更特別な意味合いがあるらしい。そして、それが多種多様に手に入るこの【島】は、確かに彼女にとっては天国なのだろう。
現に、休憩時間である今もずっとインベントリを眺めてうっとりしている。
「うへへへへへ……しあわせ……」
「メイー、メイー」
「うへへ……ん?どうしたの?リーちゃん」
「休憩時間終わり。もう行くわよ」
「えっ?もう?分かった」
休憩時間が終わっても眺め続けていそうだったので、リーシャがメイを現実世界に引き戻す。
彼女にとっては体感時間はものの数秒だったのだろうか。10分は休憩したのだが、その間はひたすら石を眺めていた。
一方、頭を使わない方のヒャッハー達は休憩時間ごとに『森』で採れたバナナに舌鼓を打っている。
トーカも1本食べたが、確かに普通のバナナよりもはるかに美味しかった。
これは、その他の果物にも期待出来そうだ。
「上に行けば……ってよりは『岩山』の中心に向かって採掘ポイントが多くなってるような感じたな」
「じゃあこの先からは採掘ポイントが減るって事か」
言われてみれば、『岩山』の中腹辺りでは採掘ポイントが多かった気がする。
ルンルン気分のメイには悪いが、どうもそういうものらしい。
あそこまでテンションを上げているメイに、自分は何も悪くないのに少しいたたまれない気持ちになるトーカであった。
「ここまで来るともう頂上が見えるな」
「足場も広くなってしっかりしてきたし、このままスムーズに行けば後1時間ちょっとくらいで山頂まで行けそうだな」
リベットが視線の先にある頂きを眺めて目算を立てる。
そのまま少し山登りを再会しようとした、その時。
「あっ、採掘ポイント!」
最高に幸せそうな顔をして採掘ポイントを探していたメイが、お目当ての物を発見した。
「じゃあちょっと行っ
最初、それは壁に見えた。
サイズは人ひとりがギリギリ姿を隠せるくらいか。
比較対象が小柄なメイだったから、余計に大きく見えたせいかもしれない。
漆黒の壁が突如現れた。
そう見えても仕方ないくらいの唐突に、目で追うのがやっとの速さで降ってきたソレが、採掘ポイントに向かって駆け出したメイの胴体をいとも容易く両断した。
『繝上ャ繝上ャ繝上ャ繝上ャ繝擾シ�
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次いで聞こえる、甲高い声。
否、『聲』。
刺すような鋭さの【蛇】とも、臓腑に響くような重圧的な【狼】とも違う、イタズラ小僧のような無邪気な悪意に満ちた『聲』。
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繧ゅ≧荳莠コ豁サ繧薙〒繧薙§繧�s
蠑ア縺」繧�』
ケラケラと嗤うようなその『聲』は、軽薄でやけに耳障りに辺りに響く。
「……………………」
トーカ達は、無言で臨戦態勢に入る。
響いてくる『聲』こそ軽薄だが、【蛇】にこそ及ばないものの、この中で1番レベルが高いメイを一撃で屠った規格外の攻撃力に【狼】にこそ及ばないものの、視界外から一瞬で到達してきた規格外の速さ。
そして、意味こそ理解出来るが『音』としては逆再生にしか聞こえないこの『聲』。
疑う余地は無い。
3体目の【島の獣】だ。
『繝輔Λ繧、繝ウ繧ー縺励■縺セ縺」縺溘¢縺ゥ
螻ア鬆ゅ〒蠕�▲縺ヲ繧九●��
譌ゥ縺乗擂縺�h縺ェ��』
しかし、雰囲気が今までの【島の獣】とはかなり違う。
既に出会っている【蛇】も【狼】も、それらしい貫禄があったというか、このような軽い喋り方ではなかったはずだ。
そして、これを最後に『聲』は途絶えた。
どうやら、本当にちょっかいをかけてきただけらしい。
「不意打ちで遠距離狙撃しといて、試練ですらないただのちょっかいだったってのか……?」
「なんというか、今までの2体とは毛色が違うな」
新たな【島の獣】の、予想外の雰囲気に狼狽するヒャッハー達。
そんな中で、青筋の浮かんだ笑みを浮かべる人物かひとつ。
メイの親友であり、リアルでも付き合いのあるリーシャである。
「あんっのクソ野郎……絶対に泣かす」
遠距離からの不意打ちで殺すだけにとどまらず、鉱石集めという親友の最高の楽しみを奪った【島の獣】に爛々とした殺意を滲ませている今のリーシャは、まさに復讐鬼という表現がふさわしいだろう。
「採掘直前に殺すなんてしたらお預け食らったメイに何時間『秘境鉱床』での採掘に付き合わされると思ってるのよ……!」
違った。
近い未来に間違いなく降りかかるであろう自分へのシワ寄せにキレているだけだった。
「あのクソガキ絶対泣かす干からびるまで泣かす泣かし尽くしてメイの採掘に付き合わせる」
別にガキではないが、『聲』の調子や話し方が悪ガキっぽかったのは確かだ。
「そういや、メイは何で殺られたんだ?それが分かれば今までの試練の傾向からある程度は絞り込めるかもしれないぞ」
「黒い何かが飛んできたのは見えたな。今回の試練は遠距離狙撃型という事か?」
「まだなんとも言えないが、これまでのパターンを見るに試練を与えてくるのは全部生物だ。なら、体の部位を飛ばしてるのかもしれない」
憤り今にも山頂に突貫しそうなリーシャを総出でなだめながら意見を交わすヒャッハー達。
例の『聲』は待っているとは言ったものの、ほんの僅かな言葉が推測する限り大分子供のような思考回路をしているのは間違いない。
いつまで待っているか分からない現状、最新の注意を払いながらヒャッハー達はメイを仕留めた漆黒の壁の元へと向かう。
「これは……羽、か?」
羽。
そう。羽だ。
光を吸い込むような艶消しの黒だった【狼】の牙とは違い、美しい艶を持った漆黒の羽。
それが、豆腐に包丁を下ろした時のように深々と地面に突き刺さっている。
どんなに鋭く鋭利な刃物だろうと、岩肌にここまで鮮やかに刀身を埋め込む事は出来ないだろう。
それほどまでに、一切の抵抗を感じさせない刺さり口だった。
「これは……なんとも、不思議な……」
「メイが生きてたら2、3時間はここから離れなかっただろうね……そういう意味では助かった、のかな?いやあのクソガキは絶対に許さないけど」
恐る恐るトーカがその羽に触れてみると、これでどうやって岩肌に突き刺さったのかと思う程にふわふわな手触りが帰ってくる。
羽と言うよりは、羽毛の方が近い手触りだ。
これで布団一式でも作ろうものなら、極上の眠りが待っていることだろう。
「これでどうやって……?」
「なんだなんだ?そんな触り心地いいのか?」
トーカが頭を悩ませながらふわふわの手触りを堪能していると、それを見て羨ましくなったのだろう。
トーカが安全性を実証したからか、それとも単に気持ちよさそうな羽を早く触りたかったのか、躊躇せずリクルスも羽に手を伸ばす。
そして……
「んだこれ硬ってぇ!?」
カァン!という、薄い金属板を殴り付けたかのような硬質な音を響かせリクルスの腕は羽に弾かれた。
「なんと?人によって硬さが変わるのか……?うむ。ちょっと硬いがふわふわだな……」
「私も気になるなぁ……おぉ……手応えしっかり。いい感じ」
「人によって手触りが違う……?いや、俺もかなりふわふわだな」
「私もふわふわ……これお布団にして寝てみたいなぁ」
結局、羽に弾かれたのはリクルスだけだった。
「え?なにこれイジメ?俺だけハブられた?」
さすがにショックだったのか、リクルスが肩を落として地面に『野』の字を書いている。
なぜ漢字にしたのかは彼にしか分からないだろう。もしくは、彼にすら分からないだろう。
「もしかして、そういう事か?」
全員が羽に触る過程をふわふわしながら見ていたトーカが何かに気付いたようだ。
「リクルス。今度はゆっくり触ってみろ。多分触れるはずだ」
「これで触れなかったらさすがに泣くからな?い、いくぞ……ふわふわぁ……」
赤子に触るように慎重に羽に伸ばしたリクルスの手が至福のふわふわに包まれる。
その手触りと言ったら、1度お預けを食らっていたこともあって筆舌に尽くし難い物があったと後に彼は語った。
「むん?どういう事なのだ?」
「あぁ、この羽は多分、触る時に与える衝撃の強さで硬度が変わるんだ」
そう言ってトーカが扉をノックするように羽を叩くと、カン!カン!と金属板を叩いた時のような硬質な音が帰ってくる。
「ダイラタンシーみたいな性質っぽいな」
「もっと分かりやすくたのむ」
「だい……?」
「だいらんとー?」
頭を使わない方のヒャッハー達はよく分からなかったらしい。
「ゆっくり触ると柔らかく、勢いよく触ると硬くなるってことだ。プールの水とか想像してみろ」
「「「なるほど!」」」
頭を使わない方のヒャッハー達も納得したらしい。
「黒い羽根……パッと思いつくのはカラスだよなぁ」
「よく分からんが殴ると硬くなる鳥が相手なのだろう?なら私の出番だな!殴らなければこのふわふわというなら、実によく燃えそうだ!」
黒い羽根のふわっふわな手触りを堪能しつつ、たくましいカレットの宣言が微かに木霊する。
「まぁ幸いな事に相手の1部はここにあるんだ。ある程度試してから向かおうぜ」
カンカンと黒い羽根を叩きながら珍しくまともな案を出したリクルスの案に乗って、ヒャッハー達は来る【島の獣】戦に備えて残されたヒントを調べ始めた。
未だ姿の見えぬ【島の獣】は、待ちぼうけを食らった。
【?】くんさぁ……【蛇】と【狼】はちゃんと役割を全うしたってのに君はなんでもうちょっと我慢できなかったのかな……?職務を全うしよう?
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