第187話 『2つ目』
リクルスの手が、ギリギリで【狼】の尾の先っぽを掴む。
限界までバフを盛り、さらに【サクリファイス】で限界以上の速さを一時的に手にしていたリクルスが、狭い空間に閉じ込められ転倒し行動を封じられるなどでとことん妨害されてようやく【狼】に追い付けた。
それ程までに【狼】の速度は常軌を逸していた。
トーカとサクラのバフ、カレットとリベットの妨害、そしてリーシャの犠牲。
このどれか1つでも欠けていたら、追い付けなかっただろう。
だが、ギリギリだろうとなんだろうと、確かにリクルスの……【カグラ】の手は、【狼】に届いたのだ。
それを見て、トーカに緊張が走る。
VITを残す【蛇】は攻撃を耐えたらクリアだった。だからAGIだけを残すから【狼】には追い付けばクリアだろうというのは、結局のところ確証も何も無いトーカの仮説に過ぎないからだ。
だが、その心配は杞憂だったようだ。
尻尾を掴まれた……つまりは追い付かれ、リクルスに触れられた【狼】はその瞬間に急停止する。
「ぶべらっ!」
超高速で移動していた【狼】が急停止すれば、【狼】の尻尾を掴んでいたリクルスが慣性によって吹き飛ばされるのも当然といえば当然だろう。
吹っ飛んで転がって行くリクルスを見て、【狼】が少し笑った……様に見えたのはさすがに気の所為だろう。
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リクルスが起き上がり、こちらまで戻って来るのを律儀に待ってから、【狼】が『聲』を発する。
もしこの場にサクラが生き残っていれば、内容は理解出来ずとも【蛇】が最後に発した『聲』と雰囲気が似通っている事が分かっただろう。
こちらを見ている【狼】が、何かを語りかけて来ているのはトーカ達にも分かる。
だが、所々にノイズの混じった逆再生の様な音では、意味のある『言葉』として聞き取れないため、何を語りかけて来ているのかは分からないが。
結局、何を言われているか理解出来ないままに【狼】の『聲』は終わり、まるで眠るように座り込み身体を丸める。
そして、【狼】の身体がザザッ、ザザッ、とノイズを纏う。
そのノイズはどんどん荒く激しくなって行き、最終的に【狼】の姿が僅かにも確認出来ないほどに大きくなってから、消滅した。
「なんだこれは……!?」
「こんなん見た事ねぇぞ?」
「サクラが言ってた【蛇】の最後もこんな感じだったのか……聞くのと見るのとじゃやっぱ違うな」
「こりゃ明確に今までのモンスターや俺らとは違うな。アイツらもプレイヤーも死んだら光の粒になって消えるのにコイツらは違う」
「あぁ……あるいは、何らかの条件を満たしてないから正しく認識出来てない……とかな。あの逆再生みたいな『聲』しかり、文字化けしたノイズ塊しかり」
「なーんかとんでもないもん貰っちまった気がするな」
サクラから【蛇】の最後を聞いていたとはいえ、同じような現象を目の当たりにしたトーカ達も今までの『光の粒になって消える』という《EBO》での死亡現象に当てはまらない最後を見て、驚きや混乱、困惑の感情が湧き上がってくる。
「お、生き返った。って事は終わったのね。おつかれ〜」
「何もわかんないまま死んじゃった……でも何とかなったんだね。おめでとう」
と、そうこうしている間にリーシャとサクラも復活し、【狼】戦はこの【島】にいるイレギュラーな獣についての謎を少しだけ明らかにしつつ、終結した。
「ふぅ……つっかれたぁ……」
「おつかれ。お前がダメなら誰も追い付けなかったからな。よくやってくれたよ」
間違いなく今回の戦闘のMVPであるリクルスが、疲れ切った様に地面に寝転び、トーカが苦笑しながら労いの言葉をかける。
「ぉーぅ……ほめろほめろ……」
「さてはリクルス、今頭使って喋ってないな?私は妨害だけで消化不良だと言うのに満足そうにぐでぇーっとしてからに!」
「へへ……最っ高に疲れたけど最っっっ高に気持ち良かったぜ……大会ん時もだけど、【サクリファイス】使った時の万能感やべぇ……ステータスが高いってだけでなんても出来る気がしてくる」
相変わらず地面に寝転んだまま、緩んだ顔でその時の感覚を思い出す様に呟く。
そして、幼馴染がそんな幸せそうな顔をしていたら、自分も体験してみたいと思うのがカレットである。
「なにっ!そんなになのか!?トーカ!私も【サクリファイス】されてみたいぞ!リクルスだけというのはずるいのではないのか?」
そうなれば、現状唯一の【サクリファイス】の使い手であるトーカにカレットが詰め寄るのは必然というものだろう。
「いや、ずるいとか言われても……今回はどう考えてもリクルスだろ」
「そんな事は言われなくても分かってる!だが!それはそれ、これはこれと言うヤツだ!」
「ってもカレットのスタイルと合う【生贄】って俺しかいないんだよな。まぁその方が許可いらないから楽っちゃ楽なんだが」
興奮気味に詰め寄るカレットを宥める様に、肩に手を置くトーカだが、カレットも物理的な意味で1歩も引かない。
「とーかぁ……(うるうるうるうる……)」
「分かった分かった。今度魔法が有効な強敵が出て来たらやってやるから。そんな小声でうるうる言いながら詰め寄ってくるな」
「さっすがトーカ!楽しみにしてるぞ!」
「切り替えが早いなお前は……」
了承が出た途端、態度を180度変えてガッツポーズを決めるカレットに、トーカが呆れたように首を振る。
とはいえ、言質を取った以上カレットは次の機会を意地でも逃さないだろうし、なんだかんだトーカも実行してあげるのだろう。
そんな、言葉に出さずとも伝わる信頼関係が二人の間には既に存在してる。
「およ、そうだリクルス。クリアしたってことはサクラちゃんみたいになんか貰ったんじゃない?」
「ぁーまだ確認してねぇや。確認すっか」
ようやくぐでぇっモードから復帰したリクルスがインベントリを漁り始める。
と、ほとんど待つことも無くリクルスが自身のインベントリ内に何かを見つけたようだ。
「あー、あったぞ。サクラのと同じヤツか?」
そう言って実体化させたのは、彼の宣告通りサクラが手に入れたノイズ塊と全く同じ……に見えるノイズ塊だった。
荒いノイズの塊なので、今の見た目が同じかどうかに深い意味はない気もするが。
「またこれかぁ。おーい、メイー……はダメだわ。集中モード入っちゃってる。後で聞けばいいでしょ」
「リクルス、これのテキスト見せてもらっていいか?」
「おう」
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【逍セ鬚ィ縺ョ螳晉匠】
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「「「「「「………………」」」」」」
「まぁ、うん。そんな気はしてたわ」
「この【島】に出てきたって事は【島】関連のものだとは思うんだが……探索を進めれば読める様になったりするのかね」
リクルスが手に入れたノイズ塊は、サクラの持っているノイズ塊と同じく説明文が文字化けしていて何も分からなかった。
だが、【島】の獣と同じくこの文字化けノイズ塊も複数個ある事は確認出来たため、進展ゼロでは無いのだろう。
トーカ達は、探索を進めればきっと分かるだろうと無理にこの謎を解明しようとする事はせず、このまま【島】の探索に合わせて判明するのを待つ方針にする事に決めた。
「さて……今日はもう終わりかな。2回も理不尽な性能の相手との戦闘があってかなり疲れてるし、結構いい時間だ」
「だねぇ。もうすぐ夕飯の時間だし……ってアレ?私今日お昼ご飯食べてない?」
「おん……?そう言えば私も食べてない気がするぞ?いや、食べた気もするぞ?およ?およよ?」
なーんか妙にお腹空くのよねぇとリーシャが腹を擦りながら言えば、カレットが食べた気も食べてない気もすると混乱している。
そんな2人をみて、言われてみれば……と残りの4人も同じような不思議な感覚に襲われた。
「あぁ、アレだ。昼は《EBO》の中で食ってるのか。それで食った気になって忘れてた。もちろん現実の腹は膨れてないから変な感じになってるんだろうな」
「なるほろ……そう言われると途端に腹減って来たな……今日は魚が食いてぇ気分だ」
「まぁ、みんなこんな感じだし、今日は解散でいいか?夜に再ログインするにしても未知の土地を夜間に探索するのはあまりオススメ出来ないから【島】の探索は明日に持ち越しの方がいいと思う」
夕暮れに染るーーつまりは現実の時間とリンクしているーー海原を眺めつつ、リベットがトーカに尋ねる。
この一団のリーダーはトーカだから、一応確認しておこうという彼の思いやりだろう。
「あぁ、そうだな。それの方がいいだろう。じゃあまた明日な」
そう言って、トーカ、カレット、リクルス、サクラの4人はログアウトして行った。
「んじゃ俺も落ちるか。……ちゃんとメイを回収して行けよ?ほっといたら……」
「分かってる分かってる。このままだと多分明日もっかい来た時にまだ調査してるからねあの子。ちゃんと連れて帰るよ」
「そうか。じゃあまた」
リーシャに見送られながら、リベットもログアウトして行く。
それを見届けたリーシャも、ひとしきり夕暮れの海岸という美しい景色を眺めた後に、未だ調査に没頭しているメイを回収してログアウトしていくのであった。
プレイヤーが誰もいなくなった【島】で何が起こっているのか。
それを知る者は、誰もいない。
不穏な最後でしたが、次回も【島】探索は続きます!そろそろ事態が動くかな?
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