第186話 『限界の遥か先』
バフがほぼ乗っていない状態な上に、不意打ちで首を刎ねられたとはいえ、圧倒的な防御力を誇るサクラが一瞬でやられた事に、彼らの動きが鈍る。
「よーし、わんころ。テメェは絶対逃がさねぇ!」
なんていう事は、無かった。
むしろ、サクラが殺られた事で闘志に火がついた様ですらある。
キレ気味に笑いながらリクルスが『縮地』で一気に【狼】に接近する。
突如として目の前に現れたリクルスにも動じず、【狼】は余裕を持って回避しようとしてーーー
「はっ!2度も簡単に逃がす訳が無かろう!【五重風炎釜】ッ!」
辺り一体を覆う炎によって阻まれた。
リクルスと【狼】を包み込む様に展開された炎の檻は、外から見ると直径5m程の半球で蓋をした様に見える事だろう。
激しく燃え盛る炎によって形作られた即席の牢獄の中は、トーカ達5人と巨躯を持つ【狼】だけでかなり手狭に感じる。
これならば、とてつもない速度で動く【狼】の動きも多少は制限出来るだろう。
「これで十分だろう?後は任せたぞ」
「おうよ!」
カレットの援護を受けて、リクルスがより苛烈に【狼】を追いかける。
人間サイズのリクルスにとっても少し狭く感じるこの【風炎釜】の中では、体高2m近い【狼】はさぞ窮屈な事だろう。
だが、それでも【狼】は狭い牢獄の中を器用に駆け回り、紙一重のところでリクルスを避け続けている。
「避けにくいだろうに、『聲』で消さないって事は『聲』じゃ魔法を消せないって事か」
「それは!そうとして!それでもまだ速ぇ!んだコイツ速すぎだろ!」
カレットの魔法とリーシャの弓による援護と、バフによって加速しているリクルスだが、それでもまだ足りていない。
これは、リクルスの腕が悪いわけではなく、【狼】の立ち回りが上手いと言うべきだろう。
最初は苦戦していた【風炎釜】の中での回避だが、回数を重ねるほど、時間が経過するほど、立ち回りがコンパクトに素早くなって行く。
このままのペースで慣れていかれたら、勝ちの目は無いだろう。
「タダでさえ馬鹿みたいに速いってのに、その上成長もするのか……!速攻で追い付かなきゃズルズル不利になってく……残すバフから何からとことん『速い』のが好きみたいだなこの【狼】は!」
「リクルス!お前が頼みの綱だ、愚痴るのはいいが焦ってミスるなよ!カレット、リーシャ、2人は【狼】の動き出しを妨害する事に注力してくれ!」
「任された!」
「了解!」
遠距離攻撃組が魔法と弓で妨害し、【カグラ】最速のリクルスが【狼】を追いかける。
もちろん、残った2人もただ棒立ちしている訳では無い。
「揺らすぞ!合わせろ!」
「あいあい!」
「3・2・1、【スマッシュシェイク】!」
リクルスを避けた【狼】が地面を踏み締める瞬間に合わせて、トーカが地面を白銀ノ戦棍で殴り付ける。
使用したアーツは【スマッシュシェイク】。
地面へ攻撃し、その威力に応じた揺れを引き起こすアーツだ。
当然のように発動していた『ジャイアントキリング』によって強化されたトーカの馬火力で殴り付けられた地面は、震度に換算して3くらいはあるのでは無いかと言う程の揺れを瞬時に引き起こした。
『…………!』
魔法と弓に狙われ、最速の追っ手を警戒しながら飛び退こうとしたタイミングで突然発生した地面の揺れに、さすがの【狼】も対応しきれなかったようで、焦ったような唸り声を出しつつ転倒する。
当然、そのまま易々と捕まえられてはくれないだろう。
だが、学習し成長する【狼】に対しての恐らく最初で最後のチャンス。ここを逃す事は出来ない。
「しゃおらぁ!」
リクルスが【狼】目掛けて距離を詰める。
それは確かに、目にも止まらぬと言って差し支えないほどの速度だった。
だが、それでも【狼】が起き上がって回避する方が早いだろう。
それ程までに、【狼】の速度はいくらバフを盛ったところで今のリクルスのステータスで出せる速度を凌駕している。
攻撃力特化の【蛇】が理不尽とも言える威力で彼らを叩き潰したように、速度特化の【狼】は理不尽とも言える速度を持って彼らの前に立ち塞がる。
「ダメか……!だったら!」
だが、それで諦めるなら彼らはヒャッハーでは無いだろう。
「リーシャ!すまん、死んでくれ!」
「えっ!?あぁ、なるほど。今度、私の弓の強化素材集め付き合ってよね!」
リクルス1人のステータスでは足りない。
それならまだ、打つ手はある。
「好きなだけ付き合ってやる!【サクリファイス】!」
トーカが魔法を発動した瞬間。
リーシャのHPが一瞬でゼロになり、その身が光の粒となって崩壊する。
そして、その光の粒はスゥ……とリクルスに吸い込まれて行く。
紫がかった黒だった髪は元の髪色のメッシュが入った暗めの亜麻色に。
黄金に輝く瞳はその片方を深緑色に変えてオッドアイに。
そして、暗色系を基調とした軽鎧はさらにこの場の岩肌に似せた迷彩を纏う。
その変化は、『付与魔法』を極めた『外道』だけが使用出来る最強最悪の魔法【サクリファイス】により【生贄】のステータスが【依代】にそっくりそのまま加算された証だ。
リクルス1人のステータスで届かないのなら、もう1人分増やせばいい。
トーカが【サクリファイス】でリクルスのステータスに加算させたリーシャのステータスは、【カグラ】の中で2番目に高いAGIを持っている。
トーカが発動した【サクリファイス】という魔法の効果は『ステータスの統合』である。
つまり、【サクリファイス】の効果で増えた【生贄】の素の値分は【依代】の素の値と合計し、それが【サクリファイス】後の【依代】の素の値と認識される。
故に、その値を参照して各種バフによるステータス上昇の効果が発動する。
さらに、『ステータスの統合』という事は当然リクルス本人のだけでなく、リーシャの称号の効果も発動する。
メインが弓術士である彼女の称号は、多くがそっち系のものだが、『弓闘術』によって接近戦もこなす彼女はそのヒットアンドアウェイの戦闘スタイルから、AGI上昇系の称号も持っている。
「っぉ!はっえ!」
結果、リクルスの速度は先程の倍以上に跳ね上がる。
タダでさえ目にも止まらぬ速さだったリクルスの速度は、もはや瞬間移動やスキルに頼らない『縮地』と言って差し支えないほどの移動速度にまで到達している。
だが、【サクリファイス】によって強化されたリクルスが踏み込むのと全く同じタイミングで、起き上がった【狼】も回避のために踏み込んでいた。
リクルスが届くのが早いか、【狼】が逃げ切るのが早いか。
理不尽とも言えるほどの速度を持った両者の戦いは、一瞬すら大きな足枷になるほどにまで加速していた。
「ダメ押しだ」
そして、一瞬を争うその戦場に、状況を決定づける最後の一押しが加わる。
サクラが殺られてから。
否、それ以前から、リベットは『隠密』を発動していた。
速さも無く、防御力も無く、攻撃をいなすタイプのディフェンダーである彼は、【狼】とは相性が最悪であった。
だからこそ、彼は『隠密』を発動した上でさらに攻防どちらにも加わらずただ己の存在を隠し続け、敵味方関係なくこの場の全員の意識から外れ潜んでいた。
最高のアシストを最高のタイミングで。それだけを考えて。
そして、ついに訪れた千載一遇のチャンスを彼は逃さない。
カレットの【風炎釜】によって大きく映し出された【狼】の影へリベットが槍を突き立てる。
「【影縫】」
『…………!』
その瞬間。【狼】の体が硬直する。
相手の影へ槍を突き刺す事で行動を封じる【影縫】によって、規格外の速さを持つ【狼】はその強みを奪われた。
だが、規格外の存在である【狼】に行動封じなんて言う強力な妨害が長持ちする訳がない。
事実、リベットの【影縫】が規格外の能力を持つ【狼】相手にその足止め効果を発揮したのは、一瞬にも満たない僅かな時間だけだった。
しかし、その僅かな時間が決定打となったのは間違いない。
「捕まえ、たッ!」
『繧ュ繝」繧ヲ繝ウ繝�!』
リクルスの手が【狼】に届いた。
【サクリファイス】は強い反面、これ一手で場面ひっくり返せちゃうから使い所が難しい
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