第183話 『理想郷』
大蛇がもたらした謎の物体については、情報不足で現状何も分からないという事で保留にし、一行は探索を再開した。
大蛇以降は、虫(素材)や小動物(素材や食材)はちらほらと確認できたものの敵対生物は出現せず、トーカ達は順調に『森』の探索を続けていた。
開始早々イレギュラーな存在との邂逅こそあったものの、それを除けば特に危険なものもなく、一行の雰囲気は完全に遠足に来ている学生のそれだ。
「〜〜〜〜〜♪」
「メイったら随分ご機嫌ね〜」
中でも、1番浮かれているのはメイだろう。
楽しげに鼻歌を歌いながら、目を輝かせてきょろきょろと辺りを探索している。
その顔は実に幸福そうで、今の彼女を写真に収めればタイトルは間違いなく『幸せ』となるだろう程にメイはこの【島】の探索を満喫していた。
「さっきからずっと色々採取してるけど、そんなにいい物が採れるの?」
「うん!希少性の高い物は今のところ見つかってないけど、逆に希少性の低いもの結構色々見つかるんだ!採れる量は少ないけど、色んな素材が少量ずつ集められるんだ!ちょっと足りない、みたいな状況ならこの【島】で十分補えるくらいにね!」
メイの言う通り、この『森』では様々な素材を採取する事が出来る。
希少性の高い物は全く見つからないが、他の場所でも簡単に集められるような物は大抵見つかる。
そして、何がメイをここまで嬉しそうにさせているかと言うと、この『森』では希少性の低いものに限り実に多様な素材が確保出来る所にある。
今までなら『特定のエリアになら無数にあるが逆にそこ以外に安定して採取できる場所がない』素材はその場所で採るしかなく、《EBO》に生産職はメイだけでは無いので当然競走が発生する。
ところが、採取量こそ少ないもののそういった特定の場所でなければ安定した確保が難しい希少性の低い素材アイテムを、この【島】でなら他人と競走すること無く独占的に採取が可能なのだ。
さらに、いくつかの素材がちょっとずつ足りないからそれを確保するためにわざわざ複数のエリアに足を運ぶなんて事をしなくてもこの【島】に来ればまとめて確保出来る。
今はまだ森に関した素材……植物や虫、小動物などしか確認していないが、この『森』がそういう性質ならば、この【島】の他の環境に関しても同じ性質……希少性の低い様々な素材が集まっている可能性が高い。
これは、メイに限らず生産の道を歩む者にとってはとてつもない魅力的な事だ。
何せ多種少量の素材を求めて東奔西走しなくて済むのだから。
「〜〜♪」
「おっ!水音が聞こえたぞ!草原で確認した川じゃないか?」
メイの採取フィーバーを温かい目で見守りつつ探索を続けていると、微かに聞こえる水音をリクルスが聞き付けた。
「川!水辺って事は魚とか蛙とか色々採れるかも!」
「うーん。本当にメイってば楽しそうね」
リクルスの耳を頼りに少し進むと、次第に他の面々にもさぁさぁと流れる水音が聞こえ始めた。
そこからさらに進むと、開けた空間に出た。
先程の大蛇がいた所のような木々が薙ぎ倒され作られたスペースではなく、自然が作り出した小さな広場。
川の水が流れ込む小さな池がそこにはあった。
「うわぁ!池だ!って事は釣りが出来る!この『森』と同じで色んな場所で釣れる魚が獲れるとしたら……えへえへ」
「ごめんねー、今日のメイはちょっとテンション高めでトリップしやすいみたい」
滅多に見られない緩み切った表情で池を眺めるメイと、やれやれと言った顔をしているリーシャ。
メイと付き合いが長い彼女にとって、たまにメイがこうなる事はもう慣れているらしい。
一方このトリップメイを初めて見たリクルス達は、どんな対応をしたらいいかわからずリーシャに丸投げする事に決めた。
ちなみにトーカはトリップメイを見るのは初見ではないのでリクルス達程うろたえてはいない。が、扱いには困るので同じくリーシャに丸投げする事にした。
「釣りかぁ、出来るらしいってのは知ってるけどやった事はねぇなぁ」
「そういえばやってないなぁ。うむ、やってみたいぞ!」
「釣り堀に行っても数分で飽きたって言うくせに何言ってんだお前ら……」
メイの『釣り』という言葉に反応したリクルスとカレットにトーカが呆れたような声で呟く。
漫画やドラマ、挙句の果てにはニュースにすら影響されて釣りがしたい!からの即飽きた!を何度も見てるトーカからしたら、2人が釣りをするのは不可能だとしか思えないのだ。
「そう?現実の釣りと違ってこっちの釣りはDEXとLUK、あと多少のコツで決まるし、だいぶ簡略化されてるから現実よりも全然やりやすいと思うよ?やってみる?」
「「やる!」」
しかし、トーカがリクルスとカレットの2人をやんわりと止めようとしたタイミングで顔に『素材が欲しい』と書かれたメイが誘惑をしたため、急遽釣り大会が開催されることになった。
「……まぁ、無理に止める必要も無いか。こいつらが長時間じっと座ってられるかは分からんが」
「まーまー、お兄さん、時間制限がある訳でもなし。気楽に行こうよ」
「トーカは2人と付き合いが長くて色々分かってるからの反応なんだろうが、まぁリーシャの言う通りまったり気の向くまま進もうぜ。……メイ、俺も釣竿貸してもらっていいか?」
「はは、別に何がなんでもやらせないって思ってる訳でもないし、俺に無理やり止める権利なんか無いしな。そもここは現実じゃなくて《EBO》だし、現実と同じ感じになるって決まったわけで「釣れねぇ!飽きた!」せめてもうちょい耐えろよ!」
リーシャとリベットに諭されて、自分の認識が現実でのものになっていた事に気付いたトーカが認識を改めようとして、そのセリフを言い切る前にリクルスが釣竿を投げ出した。
これではさすがにリーシャ達も擁護のしようがない。
「だってよぉ、よく考えりゃ俺DEXもLUKも0だし。釣れる訳ねぇよ」
「あー、そっか。リクルスは生産なんかしないし『寄らば殴る寄らずとも寄って行って殴る』なプレイスタイルだから遠距離攻撃系に必要なDEXは上げる必要が無いもんな」
「おう!その代わりAGIとSTRはかなりのもんだぞ!」
ついでに言えば、《EBO》ではLUKも生産時やドロップアイテムの判定程度にしか恩恵は無く、そのレアドロップに関してもそこまで劇的に変わる訳でもないので、これまたリクルスは……というかほとんどの戦闘職のプレイヤーが積極的には上げていない。
逆に、生産時について言えばLUKは完成品の質を左右するので、自分の実力を出し切った上でほんの少しの後押しをしてくれるLUKは腕がいい生産職プレイヤーほど上げている傾向にある。
つまり、《EBO》最高の生産職であるメイはDEXもLUKもとても高いという事である。
そして、カレットもLUKはともかく魔法という遠距離攻撃手段をメインに用いているためDEXはそこそこ高い。
結果、トーカがリーシャとリベットに諭されて認識を改めようとしたごく短時間の間に、メイは入れ食いカレットもぼちぼち、リクルスだけ坊主という事態になっていた。
これではリクルスが即座に釣りを辞めるのも仕方の無い事ではあるだろう。
ちなみに、サクラは頑として池に近付こうとしなかった。
リーシャとリクルスが素潜りをしているので安全は確認されているのだが、どうにも『森の中の池』というシチュエーションがもうある種のトラウマになってしまっているらしい。
こうして『森』の探索は一時中断され、メイとカレットとリベットが釣りを、リーシャとリクルスが素潜りをしている姿をサクラとトーカは少し下がった位置で腰を下ろして軽食をつまみながら眺めるという、穏やかな時間が過ぎていった。
圧倒的ピクニック感
次回からちゃんと探索は再開します
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