第171話 『ヒャッハー式英才教育:ボス戦編《池の主》⑦』
焦りは禁物的なお話
「しゃオラァ!【鬼人化】ァ!」
池の主目掛けて駆け出しながら、リクルスが叫ぶ。
すると、その声に合わせたように彼の身体から血のような禍々しい色のオーラが溢れ出す。
これは、INTを下げる代わりにSTRを上昇させる【狂化】の派生スキルであり、脳筋思考をさらに強めたスキルである。
その効果は、自身のINTとVIT、MNDを100%減少させ、自身のSTRを『100+スキルレベル×20』%上昇させるというもの。
現在のリクルスの【鬼人化】のスキルレベルは2。この場合の上昇率は、140%にまで及ぶ。
魔法に加えて防御面も捨てることによって更なるーー正しく鬼のような力を手に入れるこのスキルは、魔法を一切使わない上に当たらなければ痛くないを体現しているリクルスに取って最高のスキルなのだ。
『キシュッ……シュァァァァァァァッ!!!』
リクルスから溢れ出る禍々しいオーラに何かを感じとったのか、池の主は一瞬怯えた様な様子を見せ、そんな思わず取ってしまった自身の逃げの行動をかき消すかのような咆哮をもってリクルスを迎え撃つ。
放たれるは巨大な氷柱。
電柱程の太さを持つ鋭い氷柱が、まるでマシンガンのようにいくつも連続してリクルス目掛けて襲いかかる。
「【乱牙】ッ!小賢しいッ!今更こんなもんが効くかよ!」
しかし、元から使っていない魔法と防御を引き換えにとてつもない攻撃力を得たリクルスにとって、一撃で砕ける氷柱はむしろ攻撃すればするほど威力を上昇させるアーツである【乱牙】の餌でしかない。
池の主の必死の抵抗を無慈悲にも火力上昇の糧にしながら、リクルスは突き進む。
その氷柱砲の密度故に、全く速度を落とさないという訳には行かなかったが、時に砕き時に弾き時に逸らし、止まることなく進んで行く。
『キシュッ、キシュァァァァッ!』
池の主はしばらく氷柱砲でリクルスを撃退しようとしていたが、もはや氷柱砲ではリクルスを止められないと悟ったのか先程までの迎撃姿勢から打って変わって、迎撃ではなく妨害によって足止めをする方針に切り替えた。
行く手を阻むようにそびえ立つ氷壁から、転ばせようとしているのか膝程度の高さの段差、凍結して滑りやすくなった地面など、池の主は様々な種類の妨害を展開する。
その上でサイズも頻度も落ちたとはいえ氷柱を未だに飛ばして来ているのは、未練がましいと言うべきか同時行動のキャパシティが多いと褒めるべきか。
その氷の応用バリエーションの多さには舌を巻くが、それがリクルスの侵攻を妨げる障害になっているかといえば、残念ながらそれは否定せざるを得ない。
氷壁は砕き通り、段差は踏み砕く。
凍結した地面はその氷を踏み抜き滑らない土を足場にする事で無効化し、未だに飛んでくる氷柱は完璧に撃ち落とし【乱牙】の餌にする。
『キシュァァァァァァァッ!』
氷の段差と壁をリクルスが同時に粉砕した瞬間。
池の主の何やら気合いのこもったような叫び声と共に背後から突如として生えてきた氷柱が、無防備なリクルスの背中に襲いかかる。
腕も足も別の行動で振り切ったばかりですぐには動き出せない。
普通ならここで貫き、止めることが出来ただろう。だが……
「ヘッ!んなもん喰らうか!【空蝉】!」
リクルスには攻撃を無効化する【空蝉】があった。
『キシュッ……キシュァァァァァッ』
何をしても止まらず、取っておきの不意打ちをもなんでもないように乗り越えたリクルスの侵攻に池の主は怯えた様な声を漏らし、直後に誰が見ても分かる虚仮威しのようないっそ哀れに感じるような咆哮を上げる。
確かに、こんな何もかもあらゆる障害を踏み越えて自分を殺しにくる奴が現れたら誰でも恐ろしく感じるし、この池の主の反応も仕方ないと言えば仕方ないのだが、やはりどうしてもどこか情けなさを感じてしまう。
そして、当然リクルスはそんな事では止まらない。
何があっても前に進む足を止めなかったリクルスは、ついに池の主の目の前にまで到達する。
目の前と言うにはまだ僅かに距離は空いているが、それは今のリクルスならば2歩もあれば駆け抜けられる程度の距離でしかない。
「無駄な抵抗のおかげで【乱牙】も十分温まった。バフも充分。後は殴るだけだ。『壱打確殺』」
次の一撃を最後の一撃とする代わりに、極限まで威力を高める『壱打確殺』を発動したリクルスの気配が凪ぐ。
溢れ出していた禍々しいオーラも、纏っていた裂帛の気合いも、滲み出ていた狂喜にも似た闘争心も、その身に宿していた力の気配も、何もかもが消え失せる。
全ての力が、意思が、余すことなく全て凝縮され、右腕に宿る。しかし、その気配すらも本人であるリクルス以外には分からないほど、一切の無駄なく全てがかき集められている。
その結果として、リクルスの気配が急に静かになる。
つい先程まで荒れ狂う大海の如く暴れていた存在感が、急に消え失せる。
後2歩も駆ければもう拳が届く。
得体の知れないナニカとなったリクルスにそんな距離にまで肉薄され、池の主は恐怖のあまりに情けない悲鳴を上げーー
『シュィ……キシュァィィァァィァァァァァァァッ!!!!』
ーーなかった。
それどころか、計画通りとでも言わんばかりの笑みを浮かべたようにすら見える反応を示し、先程までの情けない咆哮とは比べ物にならない本物の咆哮を上げる。
「ッ!」
直後に生成される巨大な氷壁。
先程までの妨害用に張られていた薄い(と言っても厚さ10cmはあるが)氷壁とは比べ物ににならない程の厚さと大きさを備えた壁。
このリクルスの攻撃が1度きりと察してか、あるいは1度空撃ちさせて隙を作ればどうとでもなると思ったのか、どうあれ咄嗟に張られたにしては分厚く巨大な氷壁は、池の主に何らかの勝算があっての物なのだろう。
既に『壱打確殺』を発動させてしまっている事で無駄な攻撃が出来なくなってしまっているリクルスにとっては例え薄氷の壁であったとしても致命的な障壁となる。
ほとんどゼロ距離と言っていい距離にまで近付いたことで生じた焦りを、気が急いだ事で作り出してしまった2歩の空間を、見事に付かれてしまった形になる。
その焦りの原因となったのが一連の妨害によるストレスだった事を鑑みれば、今までの池の主の抵抗も決して無駄では無かったという事だろう。
「クソがぁッ!焦ったッ!」
「諦めるのは早ぇよ!その足止めんなッ!」
だが、リクルスは今1人で戦っている訳では無い。
僅かな焦りで最高の一撃を無駄にしてしまう悔しさに顔を歪め叫ぶリクルスの背に、頼もしい、聞き慣れた幼馴染の声が届く。
「ッ!トー……」
「黙って進め!【リトルメテオ】ッ!」
厚さ1mはあろうかという巨大な氷壁を、後ろから文字通り吹っ飛んできたトーカの一撃が粉砕する。
いくら厚いとはいえ所詮は氷の壁。馬火力モンスターのトーカの最強技を受けて一瞬たりとも耐えられるはずも無く、原型が分からぬほどに粉々に砕けた破片が勢いよく吹き散る光景は、まるでダイヤモンドダストのように美しかった。
「っ!助かる!」
しかし、今この場において誰一人としてその美しさに気を取られている者はいなかった。
この場にいる全員の注目は、ダイヤモンドダストの中を突っ切るリクルスとそれを迎え撃つ池の主の1人と一体が集めていた。
氷の壁があった位置を踏み越え、1歩、駆け抜ける。
あと1歩。たった1歩、されど1歩。
リクルスの僅かな焦りが、池の主の必死の抵抗が産んだその2歩の距離が、残った1歩分の距離が、再びリクルスに立ち塞がる。
『キシュィィィィァァァァッ!!!』
カレットの【白龍砲】によって消し飛ばされた右脚を補っていた氷の義足が、一瞬で膨張する。
トーカの一撃によって粉々に砕かれ吹き散らされた氷壁の破片をかき集め、即席で作られた巨大な氷の剛腕。
それが、僅かな距離の先にいるリクルスを叩き潰そうと真上から振り下ろされる。
巨大な氷の腕をかいくぐり池の主の懐にまで潜り込むには、時間が僅かに足りない。【空蝉】はつい先程使わされてしまったし、仮にまだ使えたとしてもダメージ無効化後に残るのは身体の上にのしかかる巨大な氷の塊だ。
ならばと、リクルスは覚悟を決める。
極限まで力を高めたリクルスの一撃が急造の巨腕ごときに殴り負けるという事は無いだろう。だが、今攻撃すれば間違いなく威力を大幅に削がれてしまう。
最悪の場合、氷で作られた剛腕だけを消し飛ばして本体には何らダメージが入らない可能性すらある。
それでも、自分の焦りで無に帰してしまうはずだったこの一撃をたたき込めるならば……
リクルスは自らにそう言い聞かせ、無念を訴える自身の心に蓋をしてその拳を振るおうとした、その直前。
「このバカ兄!諦めるのは早いって、言われたでしょ!」
そんな声と共に、桜色の人影が氷の剛腕の前に躍り出た。
リクルスを庇った人影の正体は!?(バレバレ)
今後その場のノリで色々なスキル(複合スキル含む)や称号、武器防具アイテムを増やしていくと思うので何かアイディアがあればお願いします!
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