第163話 『ヒャッハー式英才教育:ボス戦編《大亀》後編②』
大亀が根性見せやがった
長きに渡る泥試合の鬱憤を晴らすように大亀の首筋に全力の【仕返し】を叩き込む。
蓄積された威力自体は大兎戦時とは比べ物にならないくらいに少ないが、それでもそれ以上の長時間一方的に攻撃され続け蓄積されたダメージがある。
更には、自身よりレベル的に強い相手と戦っているため発動している『ジャイアントキリング』に鬱憤が溜まってた以外にも甲羅に覆われていない部分を狙ったという理由があるにせよ、首筋を意図的に狙ったことにより『非道』、初撃であるため『一撃確殺』、さらに彼女の最大の武器である『防御は最大の攻撃』と『虎視眈々』。
諸々の効果が乗った一撃は、大兎戦の時の【仕返し】よりも高い威力を誇っていた。
だが……
『おぉぉん……』
「えっ……」
僅かに、足りない。
それは大亀の攻撃力の低さ、防御力とHPの高さが引き起こした悲劇。
サクラの渾身の【仕返し】は、確かに大兎に放ったものよりも高威力ではあった。
それは間違いない。だが、それ以上に大亀の耐久力が高かったのだ。
大亀のHPは今だ1割近く残っている。
つまり、死んでいない。
サクラの脳内には、今までの戦果から、どこか無意識に【仕返し】を当てれば相手を倒せると言う考えが根付いていたのだろう。
あくまで【仕返し】は相手の攻撃力依存のカウンター技でしかないというのに。
だからこそ、サクラの身体は渾身の【仕返し】を耐え切られた事で理解が追い付かず、硬直する。
『おぉぉ……おぉ……おぉぉぉぉぉぉぉぉぉんっ!』
そして、その硬直は致命的なものだった。
呆然とするサクラの目の前で、大亀が雄叫びを上げながらめちゃくちゃに脚を踏み鳴らす。
プレス機さながらの連続踏み付けは、当然、至近距離で大きな隙を晒しているサクラの身体を巻き込んでいく。
「うぐぁぁぁっ!」
大亀の踏み付け乱舞に巻き込まれたサクラの身体は、数秒の後に踏み付けの範囲外に吹き飛ばされる。
大亀の狂乱とも取れる踏み付け乱舞を利用して、サクラが大盾を使って弾き飛ばされるようにしたのだ。
あの状況で咄嗟にこの行動が取れるのは、もはや才能だろう。
戦闘開始から長時間経過していたため、サクラの防御力は最大限まで上昇しており、その結果ダメージは少ない。
少ないとは言っても、絵面から想像されるダメージよりはと言うだけでサクラのHP自体はギリギリ尽きていないだけだが。
「はぁ……はぁ……【ヒール】……!」
大盾を杖代わりにふらふらと立ち上がったサクラは、自身に【ヒール】をかける。これでサクラのHPは危険域からは脱したが、精神的な疲労は魔法で癒せるものでは無い。
今の彼女は、大盾を杖に何とか立ち、肩で息をしているような有様だ。コンディションは、考えるまでもなく最悪だろう。
『おぉぉぉぉぉおぉんっ!』
弱り切った様子のサクラ目掛けて、大亀の踏み付けが容赦なく叩き付けられる。
「っあ……【ブロック】!」
上から叩き付けられる超質量の一撃を、【ブロック】を使ってなんとかこらえる。だが、戦闘開始直後の時点でも凌ぐのが精一杯だった一撃を、今のサクラが止められるはずもなく……
「うぐわぁっ!」
あまりにも呆気なく、サクラの身体が踏み潰される。
『おぉぉぉん……!』
幸運だったのは、大亀が踏み付けたまま踏み躙ったりしなかった事だろう。サクラを踏み付けている脚をあっさりと持ち上げると、再びサクラ目掛けて叩き付ける。
だが、サクラとて経験は少なくとも既に単独でボスを討伐しうるヒャッハーの卵。そのまま易々と踏み潰され続けてやる訳もない。
「うわぁっ!危ない……!」
倒れた姿勢のまま転がって2回目の踏み付けを回避する。
目と鼻の先に叩き付けられた太く巨大な大亀の脚に冷や汗をかきながら距離を取る。
距離を取ると言っても、あの悪夢の『放水』が使われるレベルではなく、あくまで踏み付け乱舞に巻き込まれない程度にだが。
「はぁ……はぁ……すぅぅぅぅ……はぁぁぁぁぁ……」
僅かに距離が出来たことで生まれた空白の時間に、深呼吸をして呼吸を整える。
乱れた息が整うと共に、精神も落ち着いてくるのを確かに感じる。
肉体的なダメージは時間をかけるか特殊な方法でしか癒えないが、精神的な乱れは割と簡単に整える事が出来る。
もちろん個人差はあるが、サクラこと舞桜は割と深呼吸で落ち着きを取り戻せるタイプの人間なのだ。
とは言え、もちろん肉体的疲労は回復しない。サクラは、荒い息を吐きながら大亀の一挙手一投足を見逃さないとばかりに睨みつける。
本人的には睨んでいるつもりはないのだろうが、疲労と緊張、そしてストレスのせいでまるで睨み付けているように見えるのだ。
『おぉぉぉん!』
それに反応した訳ではないだろうが、大亀が叫び声を上げながら突進してくる。
突進と言っても速度は大兎とは比べ物にもならず、ノッシノッシと擬音が付きそうな遅い歩みだったが、それでも大亀程の質量でぶつかられたらタダでは済まないだろう。
「っふぅ……【ガードアップ】【仕返し】」
だが、サクラは避ける事を選択しなかった。
自身のVITを上昇させる【ガードアップ】と、たった今CTが開けた【仕返し】を発動させ、全力対抗の構えを見せる。
『おぉぉぉぉぉぉぉぉん!』
「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
サクラの構えた大盾に大亀の巨体が突撃し、ズドンッ!と重々しい衝突音を響かせる。
幸いと言うべきか、確実に轢き殺すという殺意に溢れていると言うべきか、この突進にはノックバックの効果は無いようだ。
だが、ノックバック効果が無くとも巨体に押し込まれる事で、サクラの身体はジリジリと後方に押し込まれていく。
サクラは大亀の踏み付け乱舞から脱した際に大亀から池の方へと転がっていた。
つまり、現在のサクラの立ち位置は池を背にしている状況なのだ。
この《EBO》において、水中は別に入ったら即死の不可侵領域では無く、武器や防具などを殆ど身に付けない超軽装ならば泳ぐ事も不可能ではない。
事実、第1回イベントでの南側……つまり劣水竜がいたエリアでは、湖の中にいる劣水竜をおびき出すために何人かの軽戦士が装備を外して水中戦を繰り広げていたりする。
だが、それは装備ゼロの超軽装だからこそ取れた戦法であって、鎧を着込み大盾を構えるサクラが水に落ちようものなら、彼女は泳ぐ事も、それどころか水面に上がることも出来ず水底で窒息死してしまうだろう。
それに、大亀は水中から現れている。プレイヤー達と違って水中で動きが鈍るということもない。
幸い、大亀が上がってきた池は岸から数メートル程は腰程までの深さしかないようだが、たとえ腰までだとしても動きは鈍るし、踏ん張りも効かなくなるだろう。
つまり、タダでさえ機動力がお粗末なサクラにとってさらに機動力を削がれ、防御の感覚も狂う水中戦は最も避けなければいけない最悪の展開なのだ。
そして、そんな地獄への入口がすぐ後ろで大口を開けて待ち構えている。
状況はまさに背水の陣。
もうこれ以上は引けない。自身を遥かに上回る超質量の大亀相手に、1歩も引かず突進を受けきらねばならないのだ。
そして、火事場の馬鹿力と言うべきか、あるいは状況に照らし合わせて背水の陣と言うべきか。
サクラは大亀の突進を受け切った。
池まではもう1mもないだろう。本当にギリギリでサクラは窮地を脱したのだ。
「あっぶ……ない……」
だから、大亀の突進が止まった直後にサクラがそうこぼしてしまう事も仕方ない事だったのだろう。
距離を離され近付けなくなり詰みかけもした。
どうにか近付き渾身の一撃を叩き込んだら耐えられた。
その直後に踏み付け乱舞で危うくミンチにされるところだった。
その危機も脱したら今度は突進で水中に押し込まれそうになった。
何度も危機を経験し、その度に窮地を脱し、地獄行きを回避した。
繰り返される危機感と安堵感。それらの積み重ねが、ボスが至近距離にいる状況で僅かに気を抜くというミスを引き起こした。
そして、往々にしてそういったミスが致命傷に繋がるのだ。
『おぉぉぉぉん!』
突進を防ぎ切られた大亀は、ならばとばかりにサクラに向かって首を振り被り、頭突きを繰り出す。
「っ!?【ブロック】!」
気が緩んでいたとは言え不意打ち気味に放たれた頭突きを咄嗟に大盾で防げたのはこれまでの経験がなせる技か。
諸々の効果により、サクラのHPは1ミリたりとも減少していない。
隙をつかれた攻撃への対処としては理想的と言ってもいい結果だろう。
トーカ達の教えを受け、着々とその道を歩んでいる事からわかる通り、サクラの学習能力は高い。
サクラは、もうこの手の油断を決してしないだろう。戦闘中に気を抜くという最初で最後の大ぽか。
だが、先にも言ったように、そのたった一度のミスが致命傷に繋がることは珍しくもない。
大亀の頭突きに与えられた効果は『ノックバック』。
これまでもサクラを苦しめ続けてきた『ノックバック』が最悪のタイミングが再びサクラに牙を向いた。
頭突きダメージを完全に無効化したサクラの身体が、防ぎ切れなかった『ノックバック』の効果で後方に吹き飛ぶ。
後方には池。
当然、吹き飛ばされたサクラの着地点は池ということになる。
そして、その予想が外れる事はなく、宙を舞ったサクラの身体は水面へと叩き付けられた。
Welcome to Hell(誰が行くかって?作者だよ)
今後その場のノリで色々なスキル(複合スキル含む)や称号、武器防具アイテムを増やしていくと思うので何かアイディアがあればお願いします!
おかしい所や誤字脱字、誤用などがあったら是非ご指摘お願いします
感想などを貰えると、作者が泣いて喜びます
ブクマしてくれた方や読んでくれてる方本当にありがとうございます!
今後も当作品をよろしくお願いします!




