第150話 『ヒャッハー式英才教育:入門編』
実戦に出る前に肩慣らしがてらノーリスクで経験を積んでおこう。
そんな理由で、決闘システムを利用した模擬戦……と言うよりは体験会に近いそれは始まった。
フィールド設定は広めの草原、戦闘形式は1対1対1対1のバトルロワイヤル型で決闘を始め、まずは一撃が軽いリクルスからという事でトーカとカレットは少し離れた位置から2人を見守っていた。
初心者装備感丸出しの無骨な大楯を構えたサクラの数歩前でリクルスが拳を構える。
「んじゃ、始めるぞー」
「う、うん!」
「ほいっ」
「うわっ!」
ーーガインッ!
見るからに軽く振るわれたリクルスの拳は、それでもレベル1のサクラに取っては中々の衝撃だったようで、少しよろめきながらも何とか大楯で受け止めて見せた。
HPは全く減少していないのでしっかりと受け切れたようだ。
その後も何発かリクルスの拳が振るわれたが、よろめきこそするもののダメージが入ることは無く、そのよろめきも後半にはしなくなって来ていた。
だが……いい感じだなと、そう思えたのは最初だけだった。
俺達は、ステータスの差、そして経験の差というものだいぶ甘く見ていたらしい。
何度か攻撃を防いだ事で少し自信を付けたサクラが、「まだ行けそう!」と言ってしまったのがきっかけだった。
「んじゃ、次はちょっとひと工夫してみるか。しっかり盾掴んどけよ」
そう言って放たれたリクルスの拳は、先程までよりも幾分か早く、そして、重かった。
しかも、真正面に地面と平行に打ち込んでいた今までと違い、下から上に掬い上げる、アッパーカットのような軌道を描いている。
「うわぁっ!」
速度、重さ、そして軌道。
この3つの変化に、サクラは同時に対応し切れなかった。
その代償として、サクラはタンクとして何よりも大事な大楯を吹き飛ばされてしまう。
「はぁ……だから言ったろ?しっかり掴んでろって」
「う、うん……じゃあ、盾とって来るね」
パターンが変わった途端に無様を晒してしまったことにバツが悪そうにしながら盾を拾いに行こうと背を向けたサクラに、リクルスは言葉と拳で答えた。
「何言ってんだ?」
「えっ?うひゃぁ!?えっ?えっ?なに!?」
後ろに倒れるようにして……と言うよりは驚きで転んで、たまたまリクルスの拳を紙一重で回避したサクラは何が何だか分からないとばかりに困惑の声を上げる。
「いやさ、実戦で敵が盾取りに行くの待っててくれると思うか?」
「……そりゃ、思わないけど」
「だろ?だったらこういう事にもなるんだ。そう言うのも慣らしとこうぜ。それに、ほら。直接ダメージを受ける経験もしといた方がいいだろ。実戦で初ダメ受けてパニクったら目も当てられ無いから」
そんな、筋が通ってるんだか通ってないんだか分からない理論で盾を失った初心者タンクに平然と攻撃を仕掛けるリクルス。
あるいは、兄妹だからこその加減のなさなのかもしれない。
「おらっ」
「うきゃぁっ!」
立ち上がるのだけは待っていたリクルスだが、サクラが立ち上がるとすぐに拳を振るう。
サクラはその拳を、後先考えない避け方で転げながらも無理やり回避してみせる。
「ほらよっと」
「ひゃぁ!」
地面に転がっているサクラに、リクルスは今度は起き上がるのを待つこと無く足を振り上げ、踵落としを放つ。
それを、サクラは地面に倒れ込んだ状態で叫び声を上げながらも転がって避ける。
鎧を着込んだ状態でここまで回避が出来るのはなかなかセンスがあるとは思うが、そんな僅かなセンスなど関係ない程の力量差が2人の間には存在した。
明らかに手加減されたリクルスの一撃を、サクラが必死になって避け続けるという、もはやタンクの練習でもなんでもない、しかし間違っても戦闘とは呼べないようなやり取りをトーカとカレットは遠巻きに眺めていた。
「うーむ、これは、どうなのだ?」
「まぁ……大分加減してるとは言え、避けれてるだけマシな方じゃないか?避けてる時点で負けっちゃ負けだが」
「ふむ……確かにそうか」
「ま、もう少し見守ってやろうぜ」
ある程度回避が出来ればそれに越した事は無いが、今回の趣旨とはかけ離れてしまっている。
まぁ兄妹のじゃれあいという面もあるのだろう。もう少しだけ見守ってやろうと二人の間で話が決まり、そのまま見届けること数分。
「そこまで!」
ついには完全に背を向けて四つん這いの状態で逃げ出し始めたサクラの後頭部目掛けてリクルスが蹴りを叩き込もうとしたところでさすがに静止の声をかける。
「んぁ?もう終わりか?」
「た、助かった……」
ノッてきた所に水を差されたからだろう、リクルスは少し不満げに、逆にサクラは九死に一生を得たかのような安心と恐怖が混じりあった表情で息を吐く。
「これ以上はさすがにな。中途半端で不満なら後で俺が相手してやるから」
「もう奢りは嫌なんじゃい……」
もはやトラウマになっているのだろうか、ガックリと肩を落としたリクルスは、とぼとぼと歩きながらサクラの盾を取りに向かう。
その間に、トーカはサクラに話しかける。
「サクラ、どうだった?」
「こ、怖かった……」
「怖かったなぁ、ほら、こっちおいで」
「うわぁーん!カト姉!」
カレットがいつにない優しげな表情で腕を広げると、サクラがカレットに抱き着く。カレットの胸に顔を埋め、「怖かったよぉ……怖かったよぉ……」と呟き続ける。
サクラの状態は、まぁそうなるわな、という感じだった。
俺だって抵抗手段無い状態で強敵に追い回されたらと思うとゾッとする。それを実際に体験したサクラの恐怖は計り知れないものだろう。
今なおカレットの胸に顔を埋め震えているサクラに、極力優しげな声で語りかける。
「まぁ、なんだ。リクルスもやり過ぎっちゃやり過ぎだが、決して悪意があった訳じゃないんだ。仮想とは言え命を狙われるってのは、多かれ少なかれ恐怖が付きまとうものなんだよ」
「うん……とても深く実感した……」
「あぁ、サクラは頑張ったよ。それに、最初のうちから大きな恐怖を体験しておく事は決して悪いことじゃない。これは自論なんだが、1度上を知ればそれ以下の事は大したものに感じなくなるんだ」
初期も初期だが、ルガンと害悪金髪がいい例だろう。
事前にルガンという強敵と戦っていた事で、それ以下の強さである害悪金髪の事は大した脅威に感じなかった。
これから先、サクラがタンクとして続けていくなら必ず体験するであろう強大な敵の攻撃を受け止める恐怖も、今回の恐怖以下なら彼女は耐えられる事だろう。
それに、記憶というものは曖昧なので、実際はそれ以上の恐怖でも『1度大きな恐怖を経験しているからこんなの怖くない』という意識さえあれば、案外本当に大したものに感じなくなったりもする。
「それは……うん。何となく、分かる」
そういった事を伝えていくと、カレットに抱き締められて人の温もりを感じた事もあってか、かなり恐怖から開放された様子のサクラがゆっくりと頷く。
「サクラ、今日はどうする?まだここで練習してくのを続けてもいいし、もう実戦に移ってもいい。辛いなら、今日はもう終わりでもいいしな」
大きな恐怖を味わうのは今後に繋がるが、ここで無理をさせてトラウマにしてしまっては元も子もない。本人の意見を尊重しようとサクラに尋ねる……が、どうやらサクラは想像以上に精神が強かったようだ。
「ううん。大丈夫。もうちょっと、練習続けてみる」
「そっか、無理すんなよ」
「うん!」
リクルスから盾を受け取ったサクラは、しっかりと盾を構え直す。
「さっきサクラが盾を弾かれたのは、当然向きの変化もあるけど、威力が上がったことによる衝撃の変化に対応出来なかった事が1番の原因だろうな」
「確かに……最初の方の威力なら下から来ても多分大丈夫だったと思う」
「だろ?だから、さっきの恐怖の話じゃないが、1度大きな衝撃を味わっといた方がいいと思うんだ」
トーカはそこで一旦言葉を区切ると、サクラと向き合うように少し離れた位置にまで移動する。
そして、白銀の戦棍を取り出し、慣らす様に1度振るう。
「っ……」
トーカの雰囲気の変化、そして重々しい風切り音に、経験が少ないながら、何かを感じ取ったのだろう。
サクラの身体が、緊張に強ばる。
「って事で、俺が1度ぶちかます。死ぬ気で耐えろ」
次回『限界体験編』お楽しみに!
今後その場のノリで色々なスキル(複合スキル含む)や称号、武器防具アイテムを増やしていくと思うので何かアイディアがあればお願いします!
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