第122話 『VS『魔導研究会』④』
※狂気注意
「あ……がぁ……っ」
攻撃を避けたノルシィの体勢が崩れ、リクルスがそこに追撃をかけた。そこまではいい。問題はその直後からだ。
リクルスの追撃がノルシィを捉える直前にノルシィが魔法を発動した次の瞬間。
氷の竜が現れた。
もちろんモンスターとしての竜では無いが、ノルシィを中心に竜を象ったような巨大な氷像が出来ていたのだ。
より正確に言うならば竜の首から上の部分だけがノルシィを起点に幾本も生えている、という感じだ。
その名の通りファンタジーなどでお馴染みのヒドラの首から上だけを氷像で再現した様子、と説明するとわかりやすいと思う。
と言っても、当然だがノルシィが使ったのは氷像を出現させる魔法では無いだろう。氷属性の魔法攻撃の結果として、その場に氷像が残っただけだ。
そして、それをゼロ距離で受けたリクルスがどうなったのかというと……氷像の竜、その頭部に位置する場所に氷漬けにされたリクルスの姿があった。
形だけ見ればリクルスが氷像の竜に噛み砕かれているようにも見えるだろう。程なくして、HPを全て失ったリクルスは氷漬けにされたまま光となって消えた。
そして、リクルスだけでなくカレットの放った魔法も全て氷像の竜の餌食になったようで、あれだけあった魔法群がキレイさっぱりかき消されている。
「うふふ、大技を持ってる魔道士は〜カレットちゃんだけじゃないのよぉ?」
「ぬぎぎ……」
小魔法とはいえ苦手分野である火魔法、それもカレットの使う桁違いの威力を持つ火魔法を全て打ち消したノルシィの魔法を見て、カレットが悔しげに唸る。
「まぁ……MPの消費が大きいから、あまり使いたくはないんだけどねぇ」
「ハッ!隙ありぃ!【貫通型白龍砲】ッ!」
そう言ってMPポーションを飲み始めたノルシィに向かって、カレットが早速【白龍砲】を放つ。戦法としては相手の隙を付くのは正しい事だが、どうしても絵面が卑怯者のソレだ。
しかも、ノルシィはポーションを飲みながら直前で横にズレれ、最小限の動きで【白龍砲】を回避されてしまう。
「ふふっ、いくら隙を狙ったとしてもね?直線の攻撃なら避けるのは容易いのよ〜」
全力で隙を突きに行ったにも関わらず、その攻撃をいとも簡単に回避されてしまったカレットは、観客の目にはなかなかに滑稽に映る事だろう。
……このままでは。
「ほぉ!それはいい事を聞いた。なら私からもひとつ、お返しをしよう。避け切ったと思ってる者に攻撃を当てるのはかなり容易いぞ。例えば、今のノルシィとかだな」
「ッ!」
カレットがそう言った直後。
いつの間にかノルシィの足元に浮かんでいた赤色の球体が爆ぜる。ノルシィも直前で気付いて飛び退こうとしたが、爆発の方が圧倒的に早く、爆風が容赦なくノルシィを飲み込んで行った。
「く、ぅ……やってくれたわねぇ……カレットちゃん」
爆風が晴れた先で、悔しげに言うノルシィのHPは、全損こそしていないものの、魔道士が故の防御力の低さも相まって一撃でHPの半分近くが削り取られていた。
さらに、爆心地のすぐ側である両足はズタズタに破壊され、ゲーム特有の赤いダメージエフェクトで軽減されてこそいるが、かなり痛々しい状態だ。
こうなると、もう部位欠損扱いであり、何らかの手段で回復しない限りかなりの時間足を使う事は出来ないだろう。
「派手な攻撃ほど陽動に、だぞ。ノルシィ」
何をしたのかは実に単純。
カレット自身が言ったように、【貫通型白龍砲】を囮に使い、視線が切れた隙に発動した【ファイアボム】と【ウィンドボム】を合わせた【風炎爆球】をこっそりノルシィの足元に待機させていただけだ。
バレないようにしなければいけなかった関係上、複数個設置したり大量に合成する訳には行かなかなったため単品になってしまったが、カレットならそれでも十分なダメージを与えられる。
「んぐっんぐっんぐっ、ぷはぁ!美味い!」
「お返しよぉ、【混色魔槍:六束】」
しかし、それで挫けるノルシィでもない。
カレットが早速6本目MPポーションを飲んでいる隙を、意趣返しとばかりに狙って来た。
まるで絵の具をぐちゃぐちゃに混ぜて黒になる前段階のような、様々な色が混在した、言ってしまえば気持ち悪い色をした、魔法の槍が六本分、無理やりひとつに束ねられてカレットを襲う。
「させるか!【ハイスマッシュ】!」
だが、その魔法がカレットに当たることは無かった。
間に割り込んだトーカによって無残にも叩き潰されてしまったからだ。
確かに隙を突くというのはとても効果的な手法である。
しかし、カレットはノルシィとは違う。
カレットには、自身が攻撃に専念出来るように護ってくれる心強い仲間がいるのだ。そこが魔道士だけの『魔導研究会』と、様々なジョブが混在する『カグラ』との違いであり、ノルシィとカレットの違いであった。
「【三重風炎槍】」
だからこそ、ノルシィが【混色魔槍】を囮にして放った3つの魔法をカレットは見逃さなかった。
カレットと同じ理由で低威力のその魔法達を、火と風の槍が的確に穿ち、破壊していく。
「あら〜見抜かれちゃったかぁ」
「ッ!ノルシィ殿!今治しますぞ!【ハイヒール】」
大して悔しくもなさそうな口調で、しかし悔しそうな声音で、そんなある意味矛盾している呟きをこぼすノルシィに、『魔導研究会』の1人が慌てて駆け寄って来る。
どうやらサブ(あるいはメイン)に神官を持っている魔道士がいたようだ。その魔道士から【ハイヒール】を受けたノルシィのHPはみるみる回復し、足の欠損も回復してしまう。
「ふはははは!見つけたぞッ!【風炎乱舞】ッ!」
しかし、それもカレットの狙いのひとつであった。
主力となるノルシィへの大ダメージは、確実にいるであろう『回復魔法』や『付与魔法』を使える魔道士を炙り出す事に直結する。
ではなぜその存在を確信していたのか。それは簡単だ。
ノルシィにバフがかかっていた。この一言に尽きる。
ならばバフをかけた魔道士を炙り出したいのだが、『魔導研究会』の面々はノルシィを覗いて全員が全身をすっぽり覆う大きなローブにフードを目深に被るスタイルで統一されているため、見た目で判別する事は不可能だったのだ。
体格の違いなどで判別出来そうではあるが、ローブはかなりだぼっとしているため、相当に体格差が無い限りはパッと見で個人を判別する事は出来ない。
一応、『魔導研究会』の1人はすごく小柄な人物だったのでその魔道士だけはすぐに判別出来たが、生憎と今炙り出した神官持ちはその魔道士ではなかった。
だからこそ主戦力へ大ダメージを与えれば確実に出てくるだろうと踏んでいた。そして、その作戦通りそいつは出てきた。
ならば、後は仕留めるだけである。
先程ノルシィに放った大量の魔法乱打を早速『魔法合成』に登録していた様で、回復したばかりのカレットのMPの大部分を喰らって再び計36発の魔法郡が出現した。
「させないわよ〜【四重渦潮籠】【三重穴倉籠】」
しかし、そこまで行っても仕留められなければ意味が無いのだ。
カレットの放つ魔法群は、ノルシィの生み出した水と岩のドームに阻まれてしまう。
そして、その際に発生した水蒸気と粉塵に紛れて件の神官魔道士を見失ってしまった。
目隠しを上手く使って他の仲間と合流したのだろう。
「くそぅ!ダメだったか!」
「焦るな焦るな。なにかやらかした訳じゃない」
「むぅ……それは分かっているが……」
ようやく炙り出した神官魔道士をみすみす取り逃してしまったカレットは悔しそうに叫ぶ。
近くで聞いていたトーカが宥めるが、やはり責任を感じているらしい。
そんな必要は全くないと言うのに。
むしろ、実在を確認したという点で褒められるべきですらある。だが、カレットはそんな事では納得はしないだろう。
「ほ、ほら!それよりもカレット、さっきのでかなりMP使ったちゃったでしょ?ポーションにはまだまだ余裕があるからさ!今のうちに飲んじゃいなよ!」
なら、話題を変えるべきである。
メイが瞬時にインベントリから味付きのMPポーションを取り出してカレットに手渡す。
「そう……だな。過ぎたことをくよくよしても仕方が無いというものだ!ジュー……ポーション飲んで切り替えていくぞ!」
さすがカレット、現金なヤツである。
ポーションの事をがっつりジュースと言い間違えたし。それでもカレットが切り替えが出来たならそれでよ……し……
あれ?今まさにカレットが飲もうとしているMPポーション……色がおかしくないか?
通常よりもより毒々しい濃い紫をしているアレって……確かめちゃくちゃ不味い上にポーションとしての効果が一切無い、失敗作の中の失敗作じゃなかったか?
よほど焦ってたのか、どうやらメイが取り間違えたらしい。
よく見れば、メイも「やっちまった……」って顔してるし……あいつも今気が付いたな?
「いただきま〜す」
「「ちょ、カレットまっ……」」
俺達の静止も間に合わず、カレットがウキウキとポーションもどきを飲もうとした、その時。
「させないッ!【ウィンドレーザー】ッ!」
焦ったのような少女の声と共に飛来した【ウィンドレーザー】が、今まさに飲まれようとしていたポーションの瓶を撃ち抜いた。
カレットの顔を狙って逸れたのか、元からポーションもどきを狙っていたのかは不明だが、とりあえずポーションもどきの瓶が撃ち抜かれた。
俺とメイはクソまずポーションもどきだと知っていて、カレットは美味しいジュースだと思っていたポーションの瓶を、だ。
地面に飛び散ったポーションもどきと割れた瓶の破片が光となって溶け消え、程なくしてカレットの手元に残った瓶の飲み口も溶けて消えた。
瓶を撃ち抜かれたカレットは、1〜2秒程硬直した後にポーションを飲む為に上げていた腕をだらりと力無く下げ、顔を俯かせる。
この間に『魔導研究会』からの追撃が来なかったのは、『カグラ』の誰もフォローに回れなかったのは、観客が一斉に黙り込んだのは、全員が全員、カレットが放つナニカを察知していたからかもしれない。
力無く俯いたカレットの肩が震えているのは、激怒によるものか、憤怒によるものか、あるいはブチ切れている事によるものなのか。
寝ている大型犬を起こさないように静かに横を通り過ぎる時のような独特の緊張感が闘技場を包み込む。
「……………………よくも」
そんな静寂の空間だからこそ、カレットの声がよく響く。
生まれてからほとんどずっと一緒に過ごして来た俺や瞬でさえ聞いた事が無い、地獄の底から響くような重く低いその声に、会場がビクリと震える。
「よくも私のジュ……ポーションを……」
今ジュースって言いかけなかった?
カレットの放つ重々しい雰囲気に、俺は心の中でそんな無粋なツッコミをする事しか出来なかった。
「よくも私のジューションを……」
うん。混ざってるね。ジュースとポーションが混ざってるね。
そうでもしてないと、カレットの纏うこの空気に飲まれてしまいそうだったからだ。
「よくも……よくも……」
そして、今まで俯いてブツブツと、しかしよく通る声で怨嗟の言葉を呟いていたカレットが、がばりと顔を上げる。
ハイライトが消え、しかし爛々と血走っているその瞳には、隠し切れない程の憤怒が見て取れた。
……いや、憤怒すらも生ぬるい、もはや殺意と言ってもいいだろうという程の負のオーラに満ちている。
「よくも私の美味しいジュースをッ!」
あ、普通にジュースって言ったぞコイツ。
もちろん口には出さない。出せない。
万が一にもカレットの殺意の矛先がこちらに来るのを防ぐためだ。
今のカレットは誰彼構わず焼き殺してもおかしくない……そう思わせる程のオーラを放っていた。
「よくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくも許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす焼き尽くす」
……俺とメイは一瞬でアイコンタクトを交わす。
結果、割られたのがポーションもどきであるという事は2人だけの秘密とし、絶対に、何がなんでも墓まで持っていくという事に満場一致で即決した。
すまない、名も知らぬ魔道士よ。俺達は無力だ。
どうか……犠牲になってくれ。
死が確定した魔道士ちゃんを哀れみと懺悔の入り交じった瞳で見据えながら、俺は今後絶対に飲食物関連で明楽の逆鱗に触れないようにしようと硬く誓った。
食べ物の恨みは恐ろしいって事ですね
今後その場のノリで色々なスキル(複合スキル含む)や称号、武器防具アイテムを増やしていくと思うので何かアイディアがあればお願いします!
おかしい所や誤字脱字、誤用などがあったら是非ご指摘お願いします
ブクマしてくれた方や読んでくれてる方本当にありがとうございます!
今後も当作品をよろしくお願いします!