チンピラ、高橋タケ
夢の中を漂っていた意識が瞼の裏に宿る。重い瞼を少し持ち上げると、無数のほこりがカーテンの隙間から差し込む陽を照り返し、キラキラと空中を舞っていた。
「クソが」
特に理由もなく悪態をつくと、ほこりは一瞬うろたえたように身をくねらせた。
手首に巻いてある腕時計は、三時限目の授業が終わる時間を指している。横になったまま、中学を卒業する頃に吸いはじめた煙草を一本灰にすると、起き上がって水を浴びた。
徒歩二十分の距離にある高校に到り、教室のドアをあけると国語の教師と目があった。
彼はすぐに目をそらし、早く座りなさいとだけ小さく言った。
席に着くと隣に座る女子が、開いた教科書の下部を指しながらこのページを開けとジェスチャーする。
彼女の持つ教科書をひったくり、自分の教科書を代わりに放った。所々蛍光ペンで彩られた教科書を眺め、時間が過ぎるのを待つ。やがて退屈の終わりを告げるチャイムが鳴り渡り、教師が出ていくと教室は生徒の吐息に包まれた。
教科書を隣の女子に返し、食堂へ向かった。
廊下は生徒で埋め尽くされていたが、俺と目を合わせた一人が隣の者をつつき、脇に逸らせて道をあける。明らかに皆俺を避けていた。
別に嫌だとは思わない。むしろ恐れられることに一種の優越感が肌を撫でる。
「高橋くん、ここ座るねー」
食堂で焼きそばパンを食べていると、髪を金や茶色に染めた三人組の女子が声をかけてきた。
はなから返事など期待してないのか、素早く俺の両隣に座る。
学校で俺に話しかけるのは、派手な化粧をした女子だけだ。
やけに馴れ馴れしく話しかけてくる。
「なんでいつもそんな不愛想なのさ」
「今度ウチらとカラオケ行こうよ」
「うざい」一言すごんで席を立った。
こういう物好きな女に返事をするのは金がない日や、どうしても孤独に耐えられない時だけに限られる。
金がないと言えばいつでも気前よく飯を奢ってくれ、家に帰りたくないと言えば近くのラブホテルを予約して服を脱いだ。どこからそんな金が湧くのか知らないが、必要な時はありがたく利用した。
その代わり俺と付き合っているだの、寝ただの、まるでブランド物を自慢するかのように謳ってまわる彼女らを好きにさせた。
屋上へ続く階段の踊り場で、煙草に火をつけた。ここなら煙はこれ以上昇っていかないし、換気扇も回っている。しかも物置のように机が積み重ねておいてあるため、吸い殻を捨てる空き缶を隠しやすい。俺だけの空間だ。
食後の一服を済まし教室へ戻ろうとした瞬間、ふと嫌悪感が胸を刺した。
―俺もあのヒモ野郎と同じだー
母を手玉にとり家に居座るあの男と、俺はなにも変わらない。
クソ、だからなんだってんだ。突然湧いた苛立ちを、唾にくるんで吐きすてた。