序章の章
私が本来父と呼ぶべき人間は、死んでいるのか生きているのかさえ判らない。
初めからいなかったのかもしれない。
母は優しかったが、ある意味病的だった。
私に物心がつき始める頃、夜の仕事をして生計を支えていた母は男を一匹家で飼いはじめ、彼に私の世話を任せた。
初めの内はパパと呼んでみろと好意的に接されたが、私は本当のパパはどこだと彼に駄々をこねた。
だいたいヒモのくせにパパと呼んでみろとは良く言えたものだなと今では思う。
男は次第に母の目を盗み、私を殴るようになった。
男の暴行は日増しに酷くなり、しまいには母までもを殴りはじめた。
母は彼を家から追い出し、新しい男を作った。
私は新しい男を素直にパパと呼んだが、前の男とほとんど同じ形で消えていき、それが二度三度と繰り返された。
神は私に、虐待に耐えうる丈夫な体を与えたのだ。
私が不良となるのは極めて自然だった。
家に居場所はなく、勉強はおろか宿題すらもできないのだから学校の授業にもついていけない。
母の帰ってくる明け方、家に入り隠れるように眠った。
中学生になりガタイも大きくなった私に虐待は無くなりつつあったが、母が必要としている以上、威張り散らす男を追い出すことはできなかった。
私は自分以外の人間を、普通の人間と悪い人間の二種類に分けていた。
「普通の人間」には近づくことですら罪悪感を覚えた。
私のように拳を振りかざして威張ることでしか自分の居場所を確立できない「悪い人間」とも、仲良くなろうとは思わなかった。
私も結局彼らと同じ悪い人間だったのだが、俺はあいつらとは違うのだと私のプライドは唸り抵抗した。
だから私は普通の人間に手を一切出さなかったが、普通の人間に好感を持たれるのも癪だった。
例えば、悪い人間が普通の人間から金を巻き上げている場面に遭遇したときなど、私は金を横取りした。
カツアゲをしていた方は鼻血をたらし、されていた方は結局別の人に金を持ってかれるものだから、悪い人間も普通の人間も私のことを好意的に思うことはなかった。
私は固い殻に閉じこもり、人を突っぱねることでしか自分を守る術を知らなかった。