第7章 殺人鬼は言の葉に罠を埋める
【注意】
この小説には、
・グロテスクな表現
・身勝手な価値観
・異世界厨二バトル
が含まれています。苦手な方はご注意ください。
また、今作には実在の神話に出てくる神々と、よく似た名前のキャラクターが登場します。
ただ、実際の神話を基にはしておらず、あくまで名前を借りているだけです。ご了承くださいませ。
【前回のあらすじ】
アルル「なんだろ、こう……可愛い娘と面倒な息子を持った気分……?」
ルキ「獲物二匹確保」
バジ「神様と加害者と被害者でしょ」
↑
こういう三人一組です。
「待ちなさいって言ってるでしょこのバカルキっ! その肉はまだ生焼け! 火ぃ通ってないっ!」
「ごちゃごちゃうるせぇな。食えりゃいいだろ」
「生だから食えないって言ってんのよ! 分かんないの? バカなの死ぬの⁉」
「……俺が最初に殺した母親並みにうるせぇなぁ……」
「知らないわよ! いいからさっさとそれ寄越す!」
「あっ…………てっめぇ、殺す時はその右腕から切り刻むからな」
「その時は姉様に守ってもらうわ」
苦々しく表情を歪めつつ、バジはルキから奪い取った肉の塊を火の傍に放る。
マリオット村から少し離れた、小高い丘の上。
不意の襲撃に備えるなら、見晴らしのいい場所がいい――――そんなルキの談から選定された、本日の寝床だった。
車座で座るルキの横で、バジはいそいそと食事の準備を進めている。
「……あのさ、二人揃って物騒な会話やめない? もう血腥いのは懲り懲りだよ……」
そのバジの、すぐ近く。
アルルは疲れたように肩を落として呟いた。
昨日は着ていた簡素な鎧を、今は着ていない。
薄布の貫頭衣一枚だ。
訊けば、鎧はマリオット村に、墓標代わりと置いてきたらしい。
身体を背凭れ代わりにしてくるバジを撫でつつ、アルルはルキのことをぼんやり見ていた。
「あとルキ……休む時くらい、ナイフしまわない?」
「休む時にメンテナンスしておかないとな。ったく、こっちのナイフは切れ味がすぐ悪くなる。ロクな素材使ってねぇんだよ。研ぐのも一苦労だし」
がりがりと、ナイフに石をあてがいながらルキはぼやく。
見れば、確かにナイフの刃は毀れ、所々は波打つように変形している。
「そんなナイフで、あのヲルバインを一方的に倒すなんて、人間離れし過ぎてるけどね……」
「チッ、怠い。おいアルル。電動の研磨機とかねぇのか?」
「ないよ、そんなの」
にべもそっけもない態度で、アルルは返す。
「言ったでしょ? この世界の神族は、人間を襲う魔獣を利用して信仰を得ている。……そんな神族たちが、人間に科学技術の発展を許すと思う? 人間単体で魔獣に対抗できるようになったら、信仰が得られないじゃん」
「んだよ、神様の癖に使えねぇな。電動研磨機、略して電マの一つもねぇのか」
「でで、電っ……⁉ る、ルキっ! き、君ってば、なにを言ってるのさっ⁉」
アルルは、顔を真っ赤にして慌て出した。
バジも驚いたのか、咄嗟に身体を起こしてアルルを避ける。
あたふたとするアルルに、しかしルキは冷めた視線を送るばかりだった。
「うるせぇなぁ。なにやってんだ?」
「き、君ねぇっ! バジだっているんだよっ⁉ な、なのにいきなり、で、電……とかっ!」
「??? あの、姉様? あたしがどうかしました?」
「放っとけバジ。バカがアホをやらかしただけだ」
「ば、バカじゃないもんっ! アホでもないもんっ!」
「? よく分かんないけど、姉様をバカにしないでよね…………はい、これ」
言いながら、バジはルキに、ごろりと大きい肉を差し出した。
こんがりと焼き目が付き、じゅうじゅうと湯気を噴出するそれは、先ほどの肉とは違い、しっかりと火が通っている。
ちなみにアルルは、拗ねたように背を向けて、体育座りをしてしまった。
バジは首を傾げたが、何故だかルキへの食事を優先させる。
「おぉ、ご苦ろ――」
「あ。これだけは、言っとくけど」
す、と手を引いて、バジがルキを睨みつける。
昨日出遭った時よりも、数段自然な怒りの表情。
生きている人間と遜色ないそれで、バジは直截的に言った。
「バカルキ。あたしはね、あんたに一定の感謝はしてんのよ。あたしをあの群れから解放してくれたのは、一応はあんたなんだしね。手段は最悪だったけど」
「…………」
「もちろん、殺されるなんて受け入れるつもりはないわ。けど、今だったらぎりぎり言えそうだったから、先に言っておく。あんがと。はい、これ」
「……なに言ってんだお前。意味が分かんねぇ」
「……前言撤回をこれ以上検討させないで。一〇秒前の自分が惨めだわ」
溜息を吐くバジを横目に、ルキは肉へ齧りついた。
瞬間、得も言われぬ味が口中に広がって――――ルキは、梅干しのように顔を顰めた。
単純に不味い、というか、ほとんど味がないのだ。
なのに歯応えだけはゴムのように強く、脂分の多い肉汁がやたら染み出てくる。
味がなくなったのに硬いままのガムを、ひたすら噛み続けている気分だった。
「……よし、よさそうね。姉様、ほら、ご飯できましたよ♪」
にやりと笑うと、バジは満面の笑みを浮かべ、アルルの方へと向き直る。
「…………」
当のアルルは、背を向けたまま応えない。
「ね、姉様? ほら、ご飯食べましょうよ。姉様、しばらくなにも食べていなかったでしょう? 神様とはいえ、お食事は大事ですよ」
「…………」
「味は悪いかもですけど、なによりも栄養摂ることが大切ですよ」
「…………」
「を、ヲルバインの毒なら安心してください! ほら、毒見役のバカルキは見ての通り無事ですし!」
「ぶぉっほっ⁉」
反射的に、ルキは咀嚼していた肉を吐き出した。
「げっほげほげほ……バジ、てっめぇ一体なんのつもりだ……⁉」
「え? 聞いての通りだけど。なに? そんな理由がなかったら、あたしが、このあたしが、姉様よりあんたなんかを優先する訳ないじゃん。バカなの死ねば?」
「あの雑魚に、毒があるの知ってやがったなお前……!」
「寧ろなんで知らなかったのよ……。いいじゃん別に。結果的に無事だったんだし」
「お前、ちょっとこっち来い。大丈夫なにもしないから」
「そう言ってなにもしなかった奴を、あたしは古今東西知らないわね」
「口直しにてめぇの心臓でも食おうってだけだ。安心しろ」
「どこに安心できる要素があんのよ⁉ 嫌よ! 中身の再生って疲れんのよっ⁉」
「知るか。じゃあ尻か太腿でもいい」
「リアルに柔らかい部位を選ぶな怖いっ‼」
「…………二人とも、楽しそうだね……」
どんよりとした声が、ルキとバジの耳朶を叩いた。
ぬらぁ、と妖鬼の如く振り向いたアルルが、澱んだ目と乾いた笑みで続ける。
「私ね……バカだしアホだからー、分かんないやー……なんで楽しそう、なのかなー……ふふ、ふふふふ……」
「ね、姉様! そんな沈まないでください元気を出してくださいよ! ほ、ほら、これでも食べて――――あぁいや! こんなのより、もっと美味しいものを今から獲ってきますよ! バカルキが!」
「はぁ? 行かねぇし。行くならてめぇ一人で行けアホバジ」
「あ、あんただって、もっと美味しいもの食べたいでしょ⁉」
「腹に溜まればなんでもいい」
「あんたがよくても姉様がよくない!」
「……バジ。俺の生まれ故郷にはな、神様に食わせるために自ら火に飛び込んだウサギの美談がある」
「やれと? あたしにウサギの役をやれと⁉」
「……俺、あの自己犠牲の精神、反吐が出るほど嫌いなんだよ」
「何故嫌いな話を今した⁉」
「あ、あのね、バジ…………私、神様だからさ。なにも食べなくっても、生きていく分には平気、なんだよね。食べるのは好きだけ、ど」
「……………………⁉」
バジが、絶望に打ちひしがれた顔で一時停止した。
やがて、キッと鋭い視線をルキへ向けると、真っ直ぐに指を伸ばしてきた。
「~~~~~~あんたが悪いっ‼」
「おい、ところでそこのバカでアホな神様よ」
「無視するなぁ! そして姉様をバカにするなぁっ‼」
「は、はい……バカでアホな神様です……」
「姉様っ⁉ 大丈夫ですかしっかりしてくださいっ! 姉様はそんなバカでもアホでもないですよ安心してくださいっ⁉」
「黙ってろバジ。こいつはどの道、バカでアホなんだから」
「っ、だから――」
「アルル。お前、なんで俺の言ったことが分かったんだ?」
それは、非常にシンプルな疑問文だった。
故に、突っかかろうとしたバジは言葉を失う。
ルキが、なにを問わんとしているのかが曖昧過ぎて、よく分からなかったのだ。
だが、アルルの反応は違った。
「え…………?」
卑屈だったアルルの表情が、一瞬にして強張った。
額から、一条の汗が頬を伝っていく。
なのに、薄桃色の唇は乾いていて、肩や腕は色が変わるほどに力が込められていた。
「な、なんの話――」
「惚けんな。別に、問い質して糾弾したい訳じゃない。ただ、後ろ暗いことがあると面倒なだけだ。背中が気になって、安心して殺せなくなる」
「わ、私は、嘘なんか吐いてない――」
「言っていなかっただけ、だろ。ったく、隠すならもっと上手くやれ。ボロが出過ぎなんだよ。アルル。機械文明が発達していない世界の神が、どうして機械文明のことを知っている?」
「…………!」
「俺の冗談だって、お前は意味を分かってたんだろ? だから赤面した。…………おかしいと思ったんだよ。そもそも魔獣だって、チープ過ぎるんだ。ロウボース? スレイム? ヲルバイン? 俺は生まれ変わる前に、似た発音をゲームでしこたま聞いてきたぜ?」
「…………」
「こそこそされるのは、嫌いなんだ。それだけだ。知っているなら言えよ、話せ。アルル。この世界は、一体なんなんだ?」
「…………そ」
それは、と。
アルルが口を開きかけた、その時。
「哀れなる仔羊でしかないあなた方へ、さぁ、苦難をあげますわ。尊き、信仰を――」
空以外にはなにもない、上の方から声が降ってきた。
同時に、周囲が昼間のように明るくなる。
アルルの炎ではない。赤みなどどこにもない、目が痛いほどの白い光だった。
ルキは反射的に、光源へと目を向ける。
見えたのは――――明らかにルキたちめがけて迫り来る、巨大な光の柱だった。
「な、んだ、これ……」
「っ、ルキっ! 避け――」
アルルの声は、途中で掻き消された。
轟音が丘を包み――――圧倒的な熱量を持つ光が、蹂躙を開始した――
突如として現れた謎の光。
その正体は……?
【次回予告】
今作で初のバトル回の予定。
予定。
予定。
大事なことなので三回ほど繰り返しました。