第6章 殺人鬼は神魔と同行す
【注意】
この小説には、
・グロテスクな表現
・身勝手な価値観
・異世界厨二バトル
が含まれています。苦手な方はご注意ください。
また、今作には実在の神話に出てくる神々と、よく似た名前のキャラクターが登場します。
ただ、実際の神話を基にはしておらず、あくまで名前を借りているだけです。ご了承くださいませ。
【前回のあらすじ】
アルル「二回もおっぱい触っておいて、無反応なのは女の子としてなんか腹立つっ‼」
――無駄、だよ。そんな武器じゃ、私は殺せない。
それが夢であり、記憶の再演であると、ルキはすぐに気が付いた。
周囲は炎に照らされ、肌がちりちりと焦げていく。這うような疼痛を朧気に感じつつ、ぎりり、と歯を鳴らした。
くの字に折れ曲がった、アルルの身体。
しかし、握り締めた【邪血暴虐】の刃は、彼女の身体を貫きはしなかった。
肌の表面に刃先をつけ、そこから微動だにしなかった。いくら押しても、柔らかな肉の内部までは届かなかった。
――私は『火山神』。この世界の神、神族の一柱。信じられないかも、だけど。
誇る風でもなくそう名乗ったアルルの顔を、ルキは見ていなかった。
悔しかった。屈辱だった。歯痒かった。しかしなによりも。
ルキ=リビングデイは、かつて初めてその手を血に染めた時のように、わくわくしていたのだ。
歯噛みしながら笑みを浮かべた。
すぐにでも、その場で小躍りしたかった。
アルルに振り払われ、後退ったりしなければ、きっと哄笑さえ漏らしていただろう。
今まで何千と人を殺した。
今まで何万と魔獣を屠った。
殺し続ければ続けるだけ、感性は鈍化していった。繰り返しの単純作業、摩耗した行為に充足など感じ得なかった。殺しても殺しても、逆に飢えたような感覚は酷く、強くなっていくだけだった。
そんなルキが、久しぶりに巡り逢ったのだ――――容易には殺せない存在に。
人も魔獣も区別なく、無差別に殺してきたものの、神を弑したことはない。
だから――――アルルを殺すことを、想像するだけで胸が高鳴る。
夢の中で、記憶通りに炎の熱が水分を奪い、意識が遠退いていく真っ只中になってもなお、ルキは笑みを崩さなかった。頭の中は、アルルを殺すための算段でいっぱいだった。熱いとか、苦しいとか、喉が渇いたとか、そんな生存本能に基づく言葉さえ出ないほどに。
――っ、ルキっ⁉ ちょ、大丈――――
夢は、昨夜の記憶と同じように、そこで途切れた。
†
「あぁ、起きたんだ」
ルキが目を覚ますと、酷くつまらなさそうな声が耳朶を叩いてきた。
仰向けに寝かされた姿勢を自覚し、起き上がろうと――
――「っ……ふ」
吸い込んだ空気が、無理矢理に吐き出される。
目だけを動かして胸元を見ると、そこに、一人の少女が跨っていた。
「動かないでよ、抵抗もしないで。姉様に、そう言われてるの」
言いながら、少女は身体を倒し、ルキの顔へと自分のそれを近づけた。
橙の瞳が、ぎょろりとルキの眼を覗き込む。
空色の髪が絹のように落ち、幾重にも布の重なった独特の巫女装束から伸びた腕が、ルキの手を頭上で固定していた。
「……バジ、っつったっけか」
「教えてもない名前で呼ばないで。気色悪い」
「一つ、質問だ。お前、一体なんだ?」
「はぁ? …………知っての通りよ。あたしは、寄生生物・スレイムの一体。今は、この女の子の死体に間借りしてるわ。まさか、覚えてないなんて言わないわよね?」
「別に。ただ、死体の割には健康そうだと思っただけだ」
言うと、ルキは脚を振り上げる。
次の瞬間、バジの両腕が肩口からぶつりと裂けた。
「っ⁉ な、ぁああっ⁉」
切り口から夥しい血が噴き、瞬く間にバジの顔を赤く染めていく。
べろり、と頬に落ちた血を舐めながら、ルキは懐から得物を取り出した。
「飢えを満たせ! 【邪血暴――」
「っのぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ‼」
獲物の血を得物とするナイフを、【邪血暴虐】を振るおうとした刹那、獣のような声が響いた。
強く地面を蹴り、転げるようにしてバジが後ろへと跳ぶ。
同時に、ぐじゅぐじゅと傷口が泡立ち、無数の赤黒い管が伸びていった。
打ち捨てられた腕と接続すると、まるで神経が繋がっているかのように、指先がガリガリと地を穿った。
赤黒の管は瞬く内に切断面同士をくっつけ、バジの腕を、何事もなかったかのように元へ戻した。
「びっ……くりしたぁ……! 唐突過ぎて痛覚切り損ねるし……もう最悪ぅ……」
「……ひははっ、なんだよお前、面白過ぎんだろ」
「はぁ? なんも面白くなんか――――っ⁉」
睨もうと顔を上げたバジの首に、ルキは刃を滑り込ませる。
象牙色のナイフが首筋を、頸動脈に沿って切り開く。
真っ赤な血が緞帳のように広がって――――その全てを、鈍く煌めく刀身が飲み干していった。
【邪血暴虐】――――その刃は血に触れれば、貪欲に吸収し、獲物を干乾びさせる。突き刺せば、ものの数秒で全身の血液を吸い尽くす。
その数秒の、僅かな空隙さえ反撃を許さないように。
ルキは、バジの矮躯めがけて、その刃を突き出した。
「っ、やめろこのぉっ!」
ギャリィィンっ!
金属質な音と感触に、刃の進攻が阻まれる。
裂けた喉で言葉を叫び、バジは、十指から伸びる爪でナイフを防いでいた。
ただの爪ではない。長さが一気に五〇センチほどまで伸び、指を揃えることで壁のように展開された、異様に硬い爪だった。
「ひははっ、ひっははははははぁっ!」
「うっ、さいのよぉっ! なにが可笑しいのよこの異常者っ!」
「可笑しい? 可笑しいさ、可笑しいに決まってる。これが笑わずにいられるか⁉」
ぎゃりんっ、と爪に弾かれて、ルキは思わず後退する。
バジの姿を見ると、腕も喉も、既に傷なんてない。
完全に、完璧に治っている――――これは、異常な事態だった。
スレイムは、あくまで寄生した人間の脳の代わりを果たすだけ。
治癒力を高めるなんて能力はない。少なくとも、ルキが今まで見てきた個体はそうだった。
「神様に、異例尽くめのスレイム、か。ひははっ、いいねぇ、前言撤回だ。お前も、面白そうだよ。バジ」
「っ、だから、教えてもない名前を勝手に呼ぶなキモいっ!」
叫ぶと、バジは伸ばした爪を猫のように構え、吶喊していった。
ルキは真っ向から迎え撃とうと、【邪血暴虐】を振るい、扁平な血の刃を展開する。
「さて――――定石通り、頭蓋を砕くか」
バギッ、と血の刃にバジの爪が食い込む。
瞬間、無防備を晒したバジの額に、ルキが象牙色の刃を捻じ込――
「そこまで、だよ。ルキも、それにバジも」
静かな、凪いだ水面のような声が響く。
同時に、ルキとバジの動きは二人揃って、強制的に止められた。
ルキは【邪血暴虐】の刃先を、指で挟んで制されて。
バジは大きく開かれたその口を、手の平で塞がれて。
間に割って入ったアルルによって、停止を余儀なくされた。
「……アルル、姉様……!」
「もぉ。ルキが暴れないように見張っといてって、私言ったのに。バジまで暴れちゃ元も子もないじゃん」
「う……で、でも元はと言えば……」
「まぁ、なにがあったのか、予想はつくよ。けど、だからって殺そうとするのはダメだよ、バジ」
「うぅ…………分かりましたぁ、アルル姉様」
「うん。……あと、その『姉様』って、なんとかならない?」
「へ? えっと、じゃあ――――アルル様っ♪」
「うん、ごめん、やっぱ姉様でいいや……」
「――――呑気だな、アルル=グル=ボザード」
呆れたようにアルルは肩を落とす――――その拍子に、力の抜けた指先から零れ落ちた【邪血暴虐】を、ルキは勢いに任せて振るった。
ギロチンのように展開された血の刃が、一斉にアルルへと飛んでいく。
「――殺せっ! 【邪血暴――」
「そこまでって、言った筈だよ? ルキ」
爆発、が起きた。
音はない。だが、周囲を眩いばかりに照らす爆炎と、肌を焦がす熱風。
それらが小規模な爆発をありありと物語っていた。
建物の中が、健常な明るさを取り戻す頃には。
ルキの繰り出した血の刃は、全て消え失せていた。
「……今、なにをした?」
「君の出した血の刃に、私の炎をぶつけただけ。君の武器は、一気に蒸発して消えちゃったよ。尤も、あんな程度で私を傷つけられたとは思えないけど」
「なに……?」
「っ、こっの大バカ! この方を、アルル姉様をなんだと心得るのよ無礼者っ‼」
指をピストルの形に構えたアルルの、そのすぐ前にバジが躍り出てくる。
「この方はねぇ! この世界の神様、神族の一柱! その中でも火山を司りし『火山神』! アルル=グル=ボザード様よっ⁉」
「知ってる」
「だったら弁えなさいっ! 口を利くだけでも畏れ多いのに、刃を向けるなんて失礼千万だわ! ねぇ、アルル姉様!」
「あはは、やめてよ。昨日も言ったでしょ。私はもう、そんな風に呼ばれたくは……ないん、だよ」
「あぅ……」
笑みを作っていたアルルの顔が、僅かに沈む。
バジは、はっと気が付いたように顔を背け、肩を落としていた。
「……? 神様呼びのなにが不満だ? 今し方、神様の力を誇示した奴が」
「嫌な言い方するなぁ。殺され得ないって分かってても、刃物向けられるのは生理的に嫌だよ。おっぱい触られて無反応よりも嫌だよ」
「へ? は、え? ね、姉様? 今、え、まさか、あの」
「あー、いや、うん。その辺は置いとこうかバジ。また話長くなりそうだし…………話したいのは、そういうことじゃないしね」
ねぇ、ルキ。
くるり、とその場で回転し、ルキの方へ向き直るアルル。
豊満な胸と、輝く銀髪が遠心力で揺れる。伏し目がちだったアルルの目が、己の髪を追うように持ち上がった。
「君は、私以外に神様っていう存在に、出会ったことがあるかな? 特に違和感なく受け入れてたけど…………受け入れた上で、殺そうとしてきたけど」
「魔獣がいる世界なんだ。神様くらいいるだろ」
「柔軟な発想力でなによりだよ……。けど、その様子だと君は、こっちの世界の実情までは知らないみたいだね。まぁ普通に生きてたら、知ることはできない情報だけどさ」
「……? なにを言って――」
「私たち神族は、『様』なんてつけられるような存在じゃないんだよ。もっと卑しくて、汚らしい」
いやに自嘲気な台詞だった。
ぴくっ、とルキの眉根が動く。
【邪血暴虐】を握る手に、力がこもるのが分かった。胸の奥で、虫が蠢いているような感触がする。
それでも、アルルはまるで懺悔でもするように、言葉を続けた。
「私たち神族は、魔獣の脅威を利用しているんだよ。人間を脅かす魔獣から救ってあげる、そんな耳触りのいい文句で、信仰を集めているだけ。実際は、そんなことしないのにね……」
だから、神様なんて嫌いだよ、私は。
吐き捨てるように、アルルは言った。
「私は、そんな神族を変えたいの。この世界の機構を、まるっと変えちゃいたい。そのために今、色々と活動しているんだけど…………他の神族は、それが気に食わないらしくってね。今、私は追われてる。今回のスレイムみたいに、魔獣に襲撃されることだって何度も――」
「興味ねぇよ、そんなことは」
ルキはナイフをいじくりつつ、溜息を吐き出す。
話に飽きたように、欠伸までしてみせた。
そんなルキを、アルルはぽかんと口を開けて凝視する。
「きょ、興味ないって……」
「長ったらしくなにかと思えば、どうでもいい話だったな」
「どうでもいいって……」
「俺は、お前を殺したい」
ルキは、まるでそれが誓いの言葉であるかのように唱えた。
酷く単純な、明確な望みを。
「ついでに言うならバジもだな。それだけだ。お涙頂戴の自虐話に付き合う義理はない」
「ちょ⁉ なんであたしまでっ⁉」
「殺したら面白そうだからだ。他に理由はねぇよ。俺は満足のいく殺しがしたいだけだ」
「いや意味分かんないし! そんな勝手な――」
「……どうするつもり? ルキ=リビングデイ」
――――微かに、その場の気温が上がり、反比例するように空気が底冷えした。
アルルの手の平に、煌々と炎が灯る。
同時に、彼女の目から放たれる、鋭い気迫。睨み殺さんばかりの凄みが込められたそれに、ルキは、にやりと唇を吊り上げた。
「……ひははっ。なんだよ、そういう顔も、できんじゃねぇか……!」
「今この場で、私とバジを殺すって言うんなら…………不本意だけど、相手になるよ。昨日も言った通り、私は人間が好きなんだ。だからなるべくなら、君のことも、殺したくはない。死んでほしくない。けど――――神族のエゴから人間を救う、その目的を邪魔するなら、唯一の例外を作るのも、已むを、得ない……!」
「ひははっ。いいねぇ。そういう、自分の目的に真っ直ぐな奴は好きだぜ。殺し甲斐があるからな――――だが」
言って。
ルキは、【邪血暴虐】を持つ手をだらんと下げ、深々と溜息を吐いた。
「俺も、力量を見定められないほどバカじゃない。神様だか神族だか知らねぇが、お前が規格外の奴だってことは分かる。今この場で、即殺すってことができるかできないか、忌々しいことに実証済みだ」
「……?」
「連れてけよ。俺も。お前のその、『仲間集め』とやらの冒険によ」
言いながら、ルキは空いた左手を差し出してくる。
まるで無防備な、敵意のないように見える手。寸前までの態度との落差に、アルルは思わず戸惑っていた。
「え? あ、その、えっと」
「不満か? お前にとっても、メリットのある話だと思うがな」
「め、メリットって……」
「人間が死ぬのが嫌なんだろ? 対して、俺は人間を殺すのが生き甲斐だ。だったら、俺を隣で止めてやればいい。お前が止めなきゃ、俺はいくらでも人間を殺すぜ? それでいいのか?」
「っ……、で、でも、私と一緒にいると、魔獣が――」
「魔獣、ねぇ。昨日のスレイムとかか? それと」
今ここに、向かってる奴のことか?
冗談めかして言うルキの――――しかし背後で、びきり、と砕けるような音がした。
――――瞬間、背後から死肉の臭いを纏った爆風が、瓦礫と一緒に飛来した。
「っ⁉」「ルキっ⁉」
「……やっとか、待ち侘びた」
ルキが緩慢に振り向くと、そこにはもう、赤黒い穴が広がっていた。
顔を顰めるような臭い。周囲を取り囲む肉壁と、鋭い牙。じっとりと湿度の高い、不愉快な空間。
そこが魔獣の口内だと、ルキは即座に認識した。
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA‼」
「……うるせぇなぁ」
上顎が、下顎が、ルキの上半身を食い千切らんと迫ってくる。
咄嗟に跳び上がると、ルキは自らの身体を、魔獣の口の中へと放り込んだ。
手には【邪血暴虐】を掲げ、力いっぱい、赤黒い舌へと着地する。
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA⁉」
耳障りな悲鳴に、全身が打たれたように痛んだ。
びりびりと痺れる腕は、しかし刻み込まれた動きを忘れない。
【邪血暴虐】の象牙色の刃が、上顎の硬口蓋に深々と突き刺さった。
どくんっ、どくんっと脈打つように、刀身に血が充填されていく。
「GIIIIAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA‼」
口の中に走る痛みと、全身から血を抜かれる感覚。
果たしてどちらが堪らなかったのか――――魔獣は、ルキのことを不味い飴のように吐き出した。
「っ、とと、と」
ルキは、唾液で濡れた身体を鬱陶しそうに持ち上げた。
その視界に捉えたのは、翼を持ち、窮屈そうに部屋のなかでもがく、一体の龍だった。
「GYAAAAA! GYAAAAAAA! GYAAAAAAAAAAAAAA!」
痛みに喘ぐ翼龍は、動く度にギチギチと、鎧のような鱗を鳴らした。
その凶暴で荒々しい姿に、腰が抜けてしまったのか。へたり込んだバジを庇いつつ、アルルは決死の形相で叫んだ。
「っ、ルキ無事っ⁉ 待ってて! すぐに――」
「手ぇ出すなよ、アルル。殺すぞ」
「っ、なにを」
「言っとくが、お前じゃない。お前を慕っているバジのことを殺すんだ。こんなところで面白い獲物を失うのは、正直惜しいがな」
「なにを、なにを言ってるのさ⁉ あれはヲルバインって言って、魔獣の中でもかなりの上位種! 人間一人で勝てるなんて――」
「勝てる? ずれた話をしてんじゃねぇよ。俺はただ、殺したいんだ」
言いながら、ルキは靴に仕込んでいたナイフを蹴り飛ばす。
さっきは翼龍の舌を、その前はバジの両肩を削いだ仕込みナイフは、今度は見開かれた翼龍の眼を捉えた。
血の涙を流し、翼竜は更に身悶える。
「いいじゃねぇか。面白い。お前と一緒にいれば、こんな奴らがわざわざ殺されに来てくれるんだろう?」
「……そ、そう、取るの?」
「他にどんな受け取りようがあるんだ?」
涼しい声で尋ねながら、ルキは翼龍めがけて突っ込んでいく。
まるで、アルルもバジも殺せない苛立ちを、翼龍相手に晴らすかのように、嬉々とした表情で。
象牙色の刀身から、血の刃が迸る。
肉を貫く感触に、ルキは思わず、頬を綻ばせていた。
三人一組、ようやく完成。
話を進める準備が整ったところで、次から大きく動きが出ます。お楽しみにです。
【次回予告】
異世界の食糧事情を垣間見てみましょう。
味に贅沢を言ってはいけません。
※次回、若干下ネタ注意です。




