第5章 殺人鬼は沐浴を冒涜す
【注意】
この小説には、
・グロテスクな表現
・身勝手な価値観
・異世界厨二バトル
が含まれています。苦手な方はご注意ください。
また、今作には実在の神話に出てくる神々と、よく似た名前のキャラクターが登場します。
ただ、実際の神話を基にはしておらず、あくまで名前を借りているだけです。ご了承くださいませ。
【前回のあらすじ】
バジ「あたし、出会って二分で頭割られた」
アルル「手足切り落とされて、お腹も刺されたよ……」
こんな死なない二人がヒロイン枠です。
「ぅー…………はぁ」
朝の薄い木漏れ日の中。
アルル=グル=ボザードは、一人、マリオット村の外れに佇んでいた。
上半身の鎧を解き、上下一体の薄い貫頭衣を身に纏っている。押さえつけられていた胸部は圧迫から逃れ、丸い膨らみが布を押し上げていた。
彼女が立っているのは、湖畔を思わせる堀の縁。
村を覆う巨大な堀の水を、アルルは肩を落としながら眺めていた。
「うぅぅ……やっぱ冷たい……でもなぁ、髪も肌もどろどろだし、うー、身体洗いたい……けど、けどぉ……」
水に入るのを躊躇するように、何度も足を出しては引っ込める。
しかし、やがて意を決したのか、彼女は身にまとう衣服全てを脱ぎ始めた。
「ふぅぅ――――えぇいっ!」
一糸纏わぬ裸体を晒したアルルが、勢いよく水の中へと飛び込んだ。
銀髪と白い肌を煌めかせた身体が、水音と共に豪快な飛沫を上げる。
「きゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ――――さささささ寒っ! 冷ったぁ……!」
一秒ともたずに立ち上がると、アルルは全身をそぼ濡らし、がたがたと震え始めた。
魔獣の侵入防止用にと、村中に張り巡らされた堀。冬であれば、立ち上る冷気が目で見えたであろう水の冷たさに、アルルは何度も深呼吸を繰り返す。
やがて、震えを強引に静めると、目を閉じ、意識を身体の内部へと集中させる。
「…………燃えろ【火天炎上】――――『熱火噴水』!」
唐突に、アルルが声を上げ、水中に手の平を浸した。
瞬間、周囲の水に変化が生じた。
ぼこっ、ぼこっと絶え間なく音が響き、水底から無数の気泡が立ち上ってきたのだ。
泡は水面で弾けると同時に、細かい湯気を作り出し、辺り一面を噎ぶような霧で覆っていく。
アルルの周りが、一気に湿り気を増し、熱いくらいに温度が高まる。
沸騰、させたのだ。自身の浸かる堀の水、その全てを、一瞬にして。
「ふぅっ。んー、ちょっとぬるいけど、でもまぁこれくらいなら少しは――」
「熱っちぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ‼」
悲鳴と共に、盛大な飛沫が上がり、瞬く間に湯気と化して消えていく。
煙のように広がる湯気の向こうに、ルキ=リビングデイの姿があった。
全身を沸騰した湯で濡らし、火傷寸前の肌から蒸気を発して。
ルキは、アルルの浸かっていた湯の中から現れた。
「――っ⁉ き、君、ルキっ⁉ え、ちょ、きゃ、あ?」
「あつ、あっつっ⁉ 熱湯っつーか、マジで沸騰してんじゃねぇかっ! てっめ、一体どういう神経してやがるアルル=グル=ボザードぉっ‼」
「へ? あ、ご、ごめん――――じゃなくって! な、なんで、なんで君が水中なんかに⁉ い、一体なにをして――」
「うるっせぇよ! 噎び啼け【邪血暴虐】っ!」
必死の形相で叫ぶと、二人が身体を浸ける湯が一斉に震えた。
でたらめに振り回される、象牙色の刃をしたナイフ。その動きに呼応するように、湯は荒ぶり、宙へと浮かんでいく。
気が付けば、堀を埋め尽くしていた水は全て空中に浮かび上がり、ぬかるんだ地面にアルルとルキは直立していた。
「な……⁉」
「くそっ、服が熱い…………風をありがたいと思ったのは、生まれ変わって初めてだ」
「な、なにこれ……⁉ ルキ、君はまさか――」
「俺の【邪血暴虐】は、血液を操るナイフだ――――けどよ、血液ってなぁ一体なんだ?」
頬についた水滴を払いつつ、ルキは言う。
ルキの頭上に、塊となって浮かぶ大量の湯は、徐々にその形を変えていく。歪な、槍の形状。一秒と同じ形に定まらない刃先は、しかし肉を貫くには不自由しないほどに鋭かった。
「赤血球、白血球、血小板、あとは血漿か? 俺はそこまで生物学に詳しくはないが、そういうのが含まれる液体は血だろ? 仮令どんなに薄くても」
言いながら、ルキは【邪血暴虐】を振るう。
その動きを指揮代わりに、熱湯の一本槍は一直線に、アルルへと向かっていった。
「っ!」
ルキは刹那、対象の殺害を確信する。
早朝から村中を駆けずり回り、散乱する村人の死体一つ一つから掻き集めてきた、なけなしの血液。それを堀の水に混ぜて作り上げた凶器。
即興にも拘らず、あまりに巨大なそれに、アルルは思わず目を剥く――――が。
「【火天炎上】――――『劫火焼掌』っ!」
アルルの右手を炎が覆う。
真っ赤に燃える手の平を、アルルは向かってくる槍の切っ先めがけて突き出した。
瞬間、凄まじい音と共に、水でできた槍が焼き尽くされた。
「えほっ、えほえほっ⁉」
太陽の如く真っ赤に燃える手。それに触れるごとに、槍はその端から消え失せ、噎せんばかりの水蒸気となって辺りを覆う。
――――その瞬間を狙いすましたように、ルキは、獣のように笑った。
「っ!」
息を止め、真っ直ぐにアルルへ向かって駆ける。
槍を迎え撃ち、咳き込んで無防備となった隙を突いて、ルキは、アルルの咳が髪を揺らす位置にまで、一気に、肉薄する。
「え――」
「今度こそ、殺させてもらうぞ」
ルキの右手が、アルルの胸を片方摑んだ。横へとずらし、薄い皮膚を露わにする。
左手に握り締めた【邪血暴虐】の刃を、胸の中心、心臓めがけて突き刺した。
が。
「…………チ、ィッ」
「…………」
思わず舌打ちをして、ルキは痛々しく歯軋りを鳴らす。
象牙色の切っ先は、アルルの肌を這う水滴を真っ二つに裂いた――――そこまで、だった。
どれだけ力を入れようと、肉の薄い箇所を選ぼうと、変わらない。
アルルの身体の表面で、ルキの刃は止まっていた。
「ったく、また失敗か。どうなってやがんだよ、お前の身体は」
「…………~~~~ルキぃっ‼ 君は……君はぁっ‼」
「流石は――――神様、ってところかね。人間の身体とは、根本から違うみたいだな」
「っ⁉」
振り上げたアルルの手が、中空で止まる。
表情ごと固まったアルルを尻目に、ルキは鬱陶しそうに湿り気を払った。
「……君、聞こえてたの? 昨日――」
「あいつ、なんていったか、あの巫女さんみたいなガキが言ってたんだよ。寝言でな。うるさくて仕方なかった」
「……バジに、あの子になにもしていないよね」
「へぇ、バジっつーのか、あいつ。……んな睨むな。言ったってあいつは死体だろ。しかも、俺はあいつを一回殺してる。一度食った獲物を、もう一度食おうとは思わん」
「……私を、どうしたいの? なにが望み?」
「あぁ、言ってなかったな。神様だって言うなら、少しは事情も分かるだろ。俺は元々、この世界の人間じゃない。別の世界で死んで、こっちで生まれ変わったんだ。生憎、性根は変わっちゃいないが」
「生まれ変わ……転生? それに、性根って……?」
「昔からだ。どうにも人殺しが好きで堪らない。我慢できない。人を殺していないと頭がどうにかなりそうなんだ。――――だからアルル、お前を、俺に殺させろよ」
つぅ、とナイフの切っ先が、アルルへと向けられる。
アルルはびくっ、と小動物のように背を震わせた。同期して、メロンのように大きい胸が上下する。
「ルキ……君はまさか、『人罰計画』の……?」
「? あ?」
ルキは首を捻るが、アルルはその反応を見ていない。
返事を待たず、腕を組んで立ち尽くしたアルルは、なにやらぶつぶつと呟き始めた。
「知らない……? いや、でもまさか、無意味に……でも、だからって…………本人が……或いは、ううん、…………でも、やっぱり――」
「まぁ、いいか」
考え込むアルルに、ルキは一歩近づいた。
そのまま無造作に手を伸ばすと、右側にあった乳房を乱雑に摑んで――――その中心めがけて、ナイフの刃を捻じ込んだ。
「~~~~っ⁉」
「…………」
三度、アルルは目を大きく見開いた。
象牙色の刃は、やはりアルルの身体を貫きはしない。
むにむにと、餅のような感触の胸に弾かれるばかりだ。ルキは、何度もナイフを前後させつつ、忌々しげに独りごちる。
「チッ、ここじゃねぇか。だとすると、やっぱ本命は眼球か口か……」
「ねぇ、ルキ」
「あ?」
己の名を呼ぶ声に、ルキは素直に反応する。
その瞬間、アルルの脚が一直線に、ルキの股間へ叩き込まれた。
「――――っ⁉ お、ま……なに、を」
ごりっ、と背筋の凍る音がして、ルキは思わず歯を鳴らした。
その姿を、冷たい目で見降ろしながら、アルルは言う。
「君にはね、色々と言いたいことがあるんだよ。これでも神様だしさ。人間が好きな私にしてみれば、あんな風に死体まで殺せる君は、放っておけない。あまりにも、危険過ぎる。――――と、そういう話は後でするとして、さぁ」
すぅ、とアルルは脚を振り子のように撓らせた。
防御する間も、反応する隙さえ与えずに、間髪のない二撃目が叩き込まれる。
「二回もおっぱい触っておいて、無反応なのは女の子としてなんか腹立つっ‼」
その瞬間、ルキの全身に冷気を持った電流が走る。
喀血でもせんばかりの勢いで肺の空気を吐き出して――――ルキの意識は、痛みによって刈り取られた。
きっとこんなお色気要素のないサービスシーンは他にない。
何気にスタイルのいいヒロインは初めて書きました。はい、この発言から色々お察しください。
【次回予告】
三人で仲良くお喋り……とかできる訳ないですよねー……。