第4章 殺人鬼は昂ぶりて吶喊す
【注意】
この小説には、
・グロテスクな表現
・身勝手な価値観
・異世界厨二バトル
が含まれています。苦手な方はご注意ください。
また、今作には実在の神話に出てくる神々と、よく似た名前のキャラクターが登場します。
ただ、実際の神話を基にはしておらず、あくまで名前を借りているだけです。ご了承くださいませ。
【前回のあらすじ】
巨大スレイム、撃破……?
「な、なに、これ…………!?」
村の外縁部を占拠した、死屍累々の山を抜け。
がらんどうの村へと入り、惨状を目の当たりにした少女は、浮かんだ困惑を素直に口にした。
薄布を幾枚も重ねた、十二単のような服装。
装飾が大量に施されたそれは、しかし今やボロボロに汚れ破け、元の面影はほとんどない。
刺し貫かれた筈の顔面は、既に薄い傷を残して治癒している。
少女は――――ルキをマリオット村へと誘い出し、そして殺された、少女だった。
否、その時に少女を演じていた魔獣とも、今は違う。
彼女は、殺されたスレイムと共に少女の死体に潜み、ルキが立ち去った後に、改めて少女の死体を乗っ取ったのだ。
彼女は、群れの中では『バジ』と、そう呼ばれていた。
『仲間外れ』という意味の不名誉な名前を、強制的に与えられていた。
元来、魔獣とは人間を主な食糧とする怪物だ。魔獣は、人間を見たら食わずにはいられない。
にも拘らず、バジにはそんな衝動めいたものなどまるでなかった。
魔獣として、致命的に欠陥品だったのだ。
故に、同族の群れでは常に下っ端で、いいように使われる底辺の存在だった。
そんな群れのことが嫌いで、何度も滅びればいいと思ってはいた。
けど実際、本当に滅びるだなんてこと、考えもしなかった。
特に意味のない、気晴らしの筈だった――――なのに。
「…………!」
足元に散らばる、粘ついた液体。固まった脳漿の如く、乾いて割れやすい黄土色の欠片たち。
同族の成れの果てだと、一目で分かった。
自分の属していた群れが、崩壊したのだと、一発で理解した。
予想に反して、訪れた感情は『困惑』だった。
自分が、どんな感慨を抱いていいのかさえ分からない。そんな心境にさえ、彼女は困惑していた。
棒立ちになる彼女は、自身を広く取り囲む炎の熱さえ、忘れていて。
「なぁんだ……まだ、いるじゃねぇか。殺り残しが」
村の中心部に立ち上る、巨大な火柱。
周囲を昼間のように照らすそれから、ゆらぁ、と出てきた男の姿に、反応するのが一瞬遅れた。
ナイフを構え、バジを認めるやいなや吶喊してくる男に、彼女は見覚えがあった。
この少女の死体を借りて、村へ呼ぼうとした男だ。
彼の得物は、切っ先をバジの頭部へ絞っていた。
遊びも余分もない、ただ殺すために殺すような刃を、男は容赦なく突き出し――
「やめて! もうダメっ、そこまでっ! これ以上は、私が許さないよっ‼ ルキっ‼」
二人の間に、一人の少女が割って入ってきた。
急いでここまで走ってきたのだろう。美しい銀髪は汗でしっとりと濡れ、簡素な鎧はあちこちが脱げかけている。
肩や胸を大きく上下させ、荒い息を吐きながらも少女は、バジの前で大きく手を広げ、身を呈して盾となっていた。
バジは、彼女のことを知っている。
アルル=グル=ボザード――――彼女の属していた群れの長が、策を弄して捕らえた少女だ。
ナイフを構える男のことも、群れの長は捕らえるようにと、そんなお触れを出していた。
ならば、同族たちの策略は、いっそ清々しいほどに失敗したのだろう。
二人は生き残り、自分たちの群れだけが全滅しているのを見て、バジはぼんやりと考えた。
頭が、心が、ついてこないのだ。目の前の現実に。
なにがなんだかも分からない内に、二人は勝手に話を進めている。
「……退けよ、アルル。そいつはお前の大好きな人間じゃねぇぜ?」
「知ってるよ。でも、この子は殺させない。この子の身体は、これ以上、殺させない」
「……どうしても、退かねぇってか?」
「っ、当たり前でしょっ⁉ 君こそ、どうしてこんなことができるのさっ⁉」
アルルが痛いほどに叫ぶのを、バジは言葉さえ忘れて眺めていた。
「魔獣を殺すのは、まだ、まだいいよ! けどっ! 人間の死体まで、あんな切り刻む必要はなかったっ! 残された死体まで傷つけるなんて、そんなの酷過ぎるっ! いくらなんでも、看過できないよっ‼」
「……言いたいことはそれだけ、だな。面倒臭ぇ」
言いながら、ルキと呼ばれた男はナイフを構えた。
象牙色の、やたら装飾の多いナイフだ。バジが取りついている少女の死体の、その顔面を穿った凶刃だった。
一瞬、身体がぶるりと震える。
痛くなんかなかったのに、目の当たりにした同族の死が、リアルに蘇ってくる。
「いいよもう、動かなくて。諸共に殺す。どの道、アルル、お前のことは殺したかったんだ。切って裂いて開いて割って、潰して崩して壊して破いて、焼いて焦がして殺してやるよ。あぁ、愉しみだ。お前を殺したら、俺はどれだけ満ち足りるかな――」
「っ……狂ってる、おかしいよ。そんなに、そんなに殺したいって言うなら――」
アルルの身体もまた、震えていた。
しかし、それが恐れや怯え、そんな負の感情によるものでないのは、バジの目からでもすぐに分かった。
紅蓮色の瞳を炎のように燃やしながら、アルルは、喉が張り裂けんばかりの声で吼える。
「そんなに殺したいなら、まずは私を殺しなよっ! でないと、私は絶対に許さないからっ! 君が犯す殺しの一切を、私は徹底的に、こんな風に邪魔してやるからっ‼」
「そうかい――――なら、遠慮なく」
そんな素っ気ない一言が、アルルの豊満な胸元から聞こえてきた。
視界が遮られる、その空間に身を潜り込ませ。
「っ――――」
男が、ナイフを思い切り突き出す。
瞬間、アルルは小さく呻いて――――身体を、くの字に折り曲げた。
ここにて一区切りになります。
文庫本換算で、第1章が終わった辺り? 気持ち的にはここまでが前奏曲です。
ここから面白くなりますよー!(と自分でハードルを上げていくスタイル)
【次回予告】
新章開幕。
まずは身嗜みから整えていきましょう。